よく坊さんが『お寺に少しでも足を運んでもらおうと…』という記事をテレビや新聞で目にする。それはそれで良いでしょ。実際そうなんだから。でも一つ自分が思うのが、何か無理矢理じゃない?って思うんですよね。
よく昔の人は、子供の頃は訳が分からずともお寺に行っていたと言いますが、それは今みたいにゲームがあったり習い事をしてる人が少なかったから?遊ぶ場所がなかったから?
ちょっと違うだろう〜と個人的には思っちゃったりします。ただ”生活の一部”にお寺という通り道があっただけなんじゃないのかなって。だからお寺に足を運ばない人だって、今も昔もいるんだから、そう変わりはないんだと思うんですけどね。
つまり人間は変わってない訳で、変わったのは生活様式。それこそ多趣味、多文化のワールドワイドな異種格闘技戦。それを仏教は盾を用いて弾いてきたのかもしれないな…と思うこの頃。伝統を守るのではなく、保守の方に回っちゃったんだと思いますね。
だからこそ仏教を通り道に無理に置くのではなくて、仏教のある通り道を歩いてもらえば良い。それは一番手軽なのは、音楽だったりするわけで、頭から宗教うんぬんじゃない。
ちなみに自分はロックが好きなのだが、仏教讃歌にはロックというジャンルがない。ゴスペルがうらやましい(笑)。仏教讃歌にロックがあってもいいじゃない。それこそ僕らの世代の生活様式であり、通り道なんだと思うんです。
”メリシャカ”とはそんな想いが通じるムーブメント。(…にできればなあ〜)
何という理由もない。ただアツいだけ(笑)。
メリークリスマスのパクリだが、パクリというだけだ。
なんてコンセプトのはっきりしないものなんだろうと言われるかもしれないが、
コレという”コンセプトの無いという名のコンセプト”であってほしい。
それが私の思う”メリシャカ”。これこそエンターテイメントなんでしょう。
