こんにちは。るるです。
今回のテーマ、私の素敵な友達2人の話から。
R子は、薬剤師。
薬局で働いてます。お客様に親身になって服薬指導や相談に応じている心優しい女の子。
この薬局に、聴覚にハンディのある初老の男性がやってきます。
薬の説明や病気に対する不安などは筆談でのやり取りになります。
だんだん仲良くなってくるにつれて、彼女の中に「この人と筆談せずにスムースに会話できるようになりたいな」と思う気持ちが芽生えてきて、去年から手話の勉強を始めるようになりました。
でも、本当に、通じるだろうか?と不安を抱えたまま、一度も披露することはありませんでした。
けど、とうとう“その日”が来たのです。
その男性が、薬局にやってきました。
いつもと違うのは、なにやらかわいい箱を持っていること。
彼は、R子のほうにやってきて、その箱を手渡します。
「いつもお世話になってます。お薬のことを分かりやすく書いて説明してくれてありがとう。これは気持ちばかりですがどうぞ」というメモを添えて、それはチョコレートの箱だったそうです。
R子は、ここだ!と思いました。
そして、ゆっくり手話をはじめたのです。
『とても嬉しいです。ありがとう。○○さんも(病気の治療を)頑張って!』
すると。
びっくりした表情の男性。『君、手話の勉強をしてるの?』
R子『はい。少しだけ』
きちんと、会話になってるではありませんか。
変に緊張していっぱいいっぱいなR子。
それでも嬉しそうな彼の表情は、とても印象深いものになりました。
M美はナース。
いつも明るくってしっかりもので、一緒にいると元気をもらえる、笑顔の素敵な女の子。
こんな話を聞かせてくれました。
彼女の病院に、お坊さんが入院してきたそうです。
「なんかね、本当に笑顔が素敵なの。別に何かあるわけじゃないのに、本当に和む笑顔なんよ~。
笑顔だけで、人を癒せるってすごい~って思って。仏教っていいなぁって思わされたんだよ」
このお坊さん、決して法を説いたり説法をしたりしたわけじゃない。
ただ、入院中に自分のいのちを見つめられ、とらわれのない心・感謝の心で日日すごしておられたんじゃないだろうか。
それが、多くの患者さんを抱えて多忙なナースの心に響くほどの仏の笑顔としてあらわれたんだと思う。
それを感じるM美の感性があってのことなんだろうけど、仏縁って確かにあるなぁ、と思ったんですね。
仏教には布施というものがあって、財を施す財施(ざいせ)・法を説く法施(ほうせ)・そして、所有するものがなくてもできる無財(むざい)の七施があります。
無財の七施とは、まわりの人にやさしい目で接する眼施(げんせ)、柔和な顔・にこやかな姿で相手に接する和顔施(わげんせ)、他の人にやさしい言葉で接する言辞施(ごんじせ)、自身を正しくして人に礼をつくす身施(しんせ)、思いやりのある態度で相手に接する心施(しんせ)、座席を他の人にゆずって喜ぶ床座施(しょうざせ)、自分の部屋や家庭を他の人にも温かい場所にしてゆく房舎施(ぼうしゃせ)とされています。
R子の手話も、入院したお坊さんの笑顔も、M美の感性もこの無財の七施にあたるなぁ、と思ったのでした。
私はどうだろう?
今、まさに問われているんですよね。
