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家族の痕跡は日常の中に

家族とは集団生活の最小単位というふうに定義され、法的には家族法、相続法等様々な規定に縛られている。行政上、司法上のものだ。家族にもいろいろな形態が存在するが、日々において実感できうる家族は日常の中でしか存在しないと思う。

数ヶ月前、友人の母が亡くなられた。
友人が記憶にない位幼い頃に父が他界し、小学生の時母も病に倒れ、亡くなられるまでずっと入院して闘病生活を送られていた。
母の入院後友人とその姉は里親のもとで育ち、結婚し、子供にも恵まれ新たな家族を持った。友人にとって元々の家族というのはどんな存在だったのかは、時折断片を語るものの、それ以上聞くのは、はばかっていたのでわからない。

用があってメールを送ったところ、母亡きあと心体とも落ち着いたから、これから一人で昔家族で住んでたところを写真を撮り歩きに行くという返事が用件に添えられて来た。数十年前に両親とも存命で、父亡き後も元気だった母と姉と家族として住んでいた場所、つまり生まれてから家族という「日常」が存在していた地区に行き、その痕跡を探して写真を撮ってまわるのだ。
以前、里親の元に行くまで辛い時期を過ごした場所でもあると吐き捨てるように言った友人の顔が一瞬よみがえる。

後日そういえば…とその時の様子を聞いてみた。景色は時代が流れずいぶん様変わりしていたという。前述メールに、二人とも別れの時以降忙しくて涙を流す暇もなかったと、苦笑いマーク付きでよこした友人だったが、うっすらとした痕跡をおさめた写真を姉と見ながら、急に悲しくなって二人で泣いたのだと他人事のように笑って教えてくれた。

幸いにも私にとって一番身近な家族は生きている。そして家族が存在していた、或いは生きている痕跡は色濃く日常の至るところにある。友人は幼い頃に複雑な思いで住んでいた場所にそんな日常の痕跡を求めにいった。うっすらとした痕跡しか写っていないはずの写真を見て、何故友人と姉は急に悲しくなったのだろうか。
そんな事を考えながら私の日常の中にある色濃い家族の痕跡を撮ってみた ―

難しい題目だから写真でごまかそうと思って。

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縦スクロール感謝です。
写真のアップ方法がわからず遅くなった事をお許し下さい。

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