sakullaさんの遺影は私が撮りましょう!。
とうことで写真。

この写真、あなたはどう見ましたか?
右下の赤いのは気にしないで下さい。何なのかわかりません。
ちょっとここから物語を考えてみてください。
以下↓の続きを読むで。
たわいもない写真です。
素晴らしい写真だ!というかたの審美眼を疑います。
何が何だかわからない…ましてやこれは私が撮ったのかもわからない。撮影者がどこでどんな感情だったかもわからない。意図も何かわからない(ちなみに私が撮りました)。
とりあえず偉そうに考えて欲しいと書いたので、考えてくれた方ありがとうございます。
おそらく考えてくれた方の頭の中でこの写真に見える客観性(見えている事実)から、想像という過程を経てあなたの主観性が生まれていると思います。
つまり写真とは匿名性を秘めた個人の心の中を切り取るものであり、他者はその写真から様々な想像をするしかないものであろうと思うのです。
そして他者の想像力をかき立てることによって、何らかの強い感情を他者に与える事ができるかどうか?
これがあるのがいい写真ではないかと思うのです。
きっとこの写真からは何の感情も起こらないと思います。
「で、この写真は何なんだ?」でしょう。強いて言うならばイライラ感は与えられたと思います(笑)
それはそれでいいんです。
写真の撮影者、つまりこの場合、私があれこれ言っても他者には通じません。世に晒した瞬間、写真は他の人の主観にゆだねられ、撮影者から離れるるからです。
もし、この私の撮った写真が何らかの感情を引き起こすものであったなら…私は今の仕事を辞めて写真家になるべきなのです。またはそんなあなたがプロの褒め殺し屋、または嘘つき家として私が認めます。
で、この写真は何かって?私にとっては重要な意味をなす場所です。
あえてタイトルをつけるとしたら…「左足の蹉跌」。
あー、センス無いなぁ。
