2008年11月29日

独身のギモン への返信②

うちは結婚4年目になります。
子どもが先日1歳を迎えました。そんな私のお答え・・・・

●結婚と恋愛、違うものだといいますが、実際違いますか?違うとすれば、どこが違いますか?


全然違います。いや、違いました。
いやいや、違ってきます、ですね。

としさんもおっしゃっているように、恋愛感情がなければ結婚するのは難しいと思います。
でも、ただ一緒にいたいとか予想外に子どもを授かったからとか、そういう理由だけではそれも少し難しいんじゃないかと思うのです。

それはなぜかというと、結婚って生活だからです。

食べ物の好みが違っても恋愛はできますが、結婚するとちょっとめんどくさいことになります。
信じる宗教が違っても恋愛はできますが、結婚するとなるとちょっとためらったりします。
金銭感覚が違っても恋愛はできますが、結婚すると苦労します。

要は、価値観の問題ですね。
お寺の後継を考えると結婚に踏み切れない、ということと同じかもしれませんね。

好きじゃなきゃ結婚できないけど、好きってだけじゃ結婚できない…
「何があってもこの人と暮らしていこう」という覚悟の問題かと思います。

うちの母はこう言ってました。
でも、“その時”は「そんな細かいことはどうでもいい!!この人と一緒にいたい!!」って思えるのよね~
それが若さであり恋愛のパワーよね~と。

恋愛はふたりでするものですが、結婚は多くの場合、その他多数のひとたちが関わってするもの。
子どもを授かろうと思えば、さらに複雑になっていくもの。
だけど、深く進化していくようです。

先日、新聞に結婚と聞いて何を連想しますか?というアンケートが載っていました。
50代の女性の答えが一番気に入ったのでご紹介。
「鍋物」
最初は素材の味だけであっさりだけど、いろいろな物を加えることで濃くなっていく。
人としての経験が加わり、少しずつ人間として濃くなっていく。
子どもが独立すれば、“好みのもの”を入れて楽しめます。

さしずめ、恋愛は、甘いチョコレートのようなものでしょうか。
エネルギー源になったりほっと癒されたりするけど、食べ過ぎるとよくないもんね。


●どんな時にこの人と結婚してよかったと思いますか?

大事なところがわかりあえた時。ですね。
ニュースを見ていてとか、仕事でこんなことが問題になってね、とか話をすると、
同じ感想を持ったり、背中を押してくれたりします。
そういう時には、この人が伴侶でよかったと思います。

最近、子どもが朝起きた時に「うわーいい天気やね~おひさまキラキラやで~おひさまキラキラありがとーって言いや~!
ぼくも元気です~おひさまおはよーって」
と言ってるのを聞いた時、なんかすごーく感動しました。
この人が子どもの父親でよかった、と思ってさ。照。


●よく結婚は「忍耐」というけど、結婚してここは辛い、苦労する、ということはありますか?

ケンカしたときは辛いですよ~逃げようがありませんから。笑。
うちはお互い負けず嫌いなので、正面衝突するとキツイです。

でも、他人と生活するってことで自分自身が気づいたり反省したり感謝したり・・・
自分だけの人生では経験できないことをさせてもらえるんだと思います。
そういう意味では忍耐かもしれないけど、それができるようになるのって、たぶんいいことなんじゃないかな。と。


●結婚して一緒に生活するということの魅力はなんですか?

重複しますが、たったひとりでは経験できないことを、味わうことができるってことでしょうね。
楽しいことばっかりじゃないけど、だからこそ楽しいんだと思うし。
守るべきものがあるってことや、守られているって思うことは、私の生き方の支えになる。
最終的に、一番大事なものが揺るがないってことだけで、強くなれる気がします。

家族が増えていくと、さらに家族のありようが変化していくので、毎日が繰り返しのようで全く違う新しいものであるというのも、魅力かもしれません。


しかし…この記事を書いている真っ最中に何度目かのけっこうな大きなケンカをしました…。
結局、私の気持ちの持ちようや表わし方が、家族の雰囲気に大きく影響するのです。

自分が自分が、、と思っていると、相手を責めたくなる。。
相手のことをまず慮ってみようと心がけると、言い方が変わってくる。
心がけ、というのは他人に強要されるものではないので、やっぱり結局は、「私」のあり方が問題なのだな。

こうやって、自分のことを顧みるチャンスを与えてもらえる環境に感謝します…
ダンナさまも、1歳になったわが子も、メリシャカのご縁も、本当にありがとう!!

そんな感謝の気持ちをお答えに付け加えたいと思います。

2008年11月20日

独身のギモン への返信①

結婚歴1年と数か月。
まだヨチヨチ歩きですが、独身への疑問に返信させてもらいます。
先に、環境によって考え方は大きく違ってくると思うので、ぼくの現在の状況を記しておくと、
妻、母、弟の4人でお寺暮らし。最近、子を授かったので、現在妻子は里帰り中。もうすぐ5人暮らしになります。


○結婚と恋愛、違うものだといいますが、実際違いますか?違うとすれば、どこが違いますか?

「恋愛」はふたりだけの世界で、「結婚」は家族や親族をはじめ、様々な人間関係の中に入っていく感じがします。そういう意味では、恋愛と結婚は別物だと思いますが、一方で、恋愛感情がなければ結婚を考えられないというのが、現代においては一般的ですよね。ぼくもそうでした。
その面から見ると、恋愛と結婚は同じだとも思います。正確に言うと、恋愛の先に結婚がある、ですね。ただ、恋愛感情は一定したものではないので、好きな時もあれば嫌いな時もある。結婚は、それを超えたところにあると考えています。

一昔前の話をおじいちゃんやおばあちゃんに聞いてみると、当時の結婚は家と家の結婚という考え方が強く、当事者のふたりは親の意向に従って結ばれる場合が多かったようです。

結婚当日に初めて顔を合わすという話も多々あって、ある方は、結婚式の当日に嫁ぎ先の村へ初めて行き、住所は知らされているけどハッキリとは家の場所がわからないので、道行く人に「○○さんの家はどこですか?」と聞いたそうです。教えてもらったとおりに道を行き、ようやくその家へ到着すると、旦那になる人はすれ違いであなたを迎えに行ったといいます。しばらく待っていると、玄関からガラッと戸の開く音がしました。そこに立っていたのは、さっき道を教えてくれた人でした。
そうです。その人が結婚相手だったのです。

当時の結婚は、恋愛感情云々ではないだけに、別れるという選択肢はなくて、実家に帰れば追い返されるという時代。現代の感覚からはなかなか想像しがたいことですが、ある意味、そういう結婚も道筋がハッキリしていていいようにも思います。恋愛感情だけの結婚では、どこかで息切れするんじゃないかな、と思っています。


●どんな時にこの人と結婚してよかったと思いますか?

一緒に笑える時や一緒に悲しむ時。ひとりじゃないことがうれしいです。


○よく結婚は「忍耐」というけど、結婚してここは辛い、苦労する、ということはありますか?

常に一緒にいると、当然ぶつかることもあるので、互いにムスッとした時はしんどいです。
妻の苦労は我が苦労、家族の苦労も我が苦労。逆もしかり。みんな連動しているので、不協和音を起こした時が忍耐期でしょうか。


●結婚して一緒に生活するということの魅力はなんですか?

ぼくの場合は独身生活が長かったほうなので、ひとりで気ままは続けられないと強く感じました。
重複になるけど、うれしいことがあれば、ひとりよりふたりのほうが何倍にもなるし、悲しい時は悲しさが少しは和らぐことでしょうか。それと、家庭を築いていく中で、自分にとってのベースが出来ることも魅力です。また、「自分のために」というのはなかなか持続するのは難しいけど、「妻のために、子のために」という大名目が与えられることは、大きな遣り甲斐に繋がります。大切な誰かのために、というのは、深くみると、自分のためですから。


なんて偉そうなことを書きましたが、子育て期間にも入っていない甘ちゃんの言うことなので、適当に聞き流してくださいね。もし来年同じ質問に応えたら、全く違うことを言っているのかもしれません(笑)。


お次は、メリシャカでは結婚歴の一番長いるるさんよろしく~。

2008年11月16日

独身のギモン

どもども、メリシャカ独身代表ケンユウ&キッスィでーす。
せっかく結婚観、ってことでそれぞれの思いを語っているので、ここらで結婚を夢見る独身者から、すでにご結婚されたメンバーに、質問をしてみたい、と思います。

まずは、

○結婚と恋愛、違うものだといいますが、実際違いますか?違うとすれば、どこが違いますか?

恋愛と結婚は別物と言ったり、延長線上にあるものと言ったり、色々な意見あるかと思いますが、実際結婚された方は、どう思っているのか、教えていただけると嬉しいです。

お次は、

●どんな時にこの人と結婚してよかったと思いますか?

未婚の我々からすれば、結婚そのものがいいじゃないか!と思ったりもしますが、さらに、実際の生活で、ああ、この人と結婚してよかった。なんてことがあれば、ガンガンのろけてください(笑)

三つ目は、

○よく結婚は「忍耐」というけど、結婚してここは辛い、苦労する、ということはありますか?

未婚の我々としては、どうしてもスウィートな結婚生活を妄想しちゃったりなんかしがちですが、現実はそうでもないとか… 
楽しいこともあれば、辛いこともある。結婚して、一緒に生活するなかでこういう部分が辛い、苦労するということがあれば参考までにお願いします。

そして最後に。

●結婚して一緒に生活するということの魅力はなんですか?
今まで違う道を歩んできた二人が一緒に生活を共にするという結婚。
この結婚の、一番の魅力というか、こういうことがあるから結婚は素晴らしいんだ、という、結婚自体の魅力について、教えてください。

と、こんな感じですかね?
るるさん、としさん、チスイさん、ちょっと抽象的な質問かもですが、よろしくです!

2008年11月09日

結婚についての往復書簡

としさんから再度質問状が・・・。はてはて正直非常に難しくて、困ったことです。でも往復書簡のようで面白いですね。

①結婚の決め手はなんでしたか?
一目ぼれして、会って話してみて、「もうこの人しかおらん!」と思ったからです。
(僕はなにいってるんだ~!)

②ひとりの青年としての結婚、お坊さんとしての結婚、
両面において、なにか想いがあれば聞かせてください。

青年として僕は「自意識」が大きすぎて、いつもこてんぱんになっている人生を送ってきました。そしていつも、僕はそのことを暗い詩に書き溜めたり、鬱々とネットに文章をアップしてきました。
そんな中、彼女と出逢い、性格は変わりませんが少し楽になってきました。もちろん大変な面は多々ありますが、彼女とディスカッションを続けていくうちに、客観的に見ることの大切さを教えてもらったのです。もう、こてんぱんにです。

僧侶としては、仲人をして頂いた恩師に、「愛はいつか冷めます」と結婚式の新郎新婦紹介で言われてしまいました。
「え・え~?結婚式そうそう、そりゃないよ」と思いました。が、その後に先生はこう続けられました。
「愛は冷めますが、ご縁は続きます。ご縁は感じていけます。
偶然も奇跡もありません。二人出遇ったのは宿世からの深いご因縁です」

「縁」とは、、

昔、花嫁さんは縁側から、その家に入られたそうです。それはまさしく「縁」の側だったのです。
縁側から入られた花嫁さんは、一番最初に座敷の、その家のお仏壇に手を合わされご挨拶されたそうです。
ふたりの出逢いには意味がある。今は何かはわからないかもしれないけれども、きっと意味があるのでしょう。
そして、昔、家族が亡くなるとやはり、縁側から出棺されていったそうです。
縁に始まり、縁に終わる夫婦。別れにもきっと意味があるのだろうと思うのです。

そう言えば、出逢ったのはメリシャカパーティーで、そのテーマは「宴(縁)」でした。

としさんに僕から質問。

一、喧嘩した時の対処法を教えてください。予防法なども。

2008年11月03日

愛にもいろいろありまして

愛とは煩悩であるとはどういうこと?
それをどう受け取ってる?

と、としさんからの質問第二弾です。


まずは、煩悩とは…
身心を悩まし苦しめ、煩わせ、けがす精神作用。
貪(とん)・瞋(じん)・痴(ち)は根元的な煩悩として三毒という。
この三毒は、言い換えれば、欲望、怒り、愚痴 (道理をわきまえない愚かな心・わがままな心の事)であり、
迷いや苦しみの原因となる 心のあり方 をいいます。

人を好きになったら、心が乱れます。
一緒にいたい、声が聞きたい、もっと知りたい、好きになってほしい、と思うでしょう。
ああしてほしい、こうしてほしい…
これ、欲望です。

私はこんなに好きなのに、どうしてわかってくれないんだろうとか
浮気されて腹が立つとか
デートで割り勘だったとか(笑)
いつまでたっても結婚の話をしてくれないとか
これ、怒り。

なんであんな子のほうがいいのかなんて思ったりとか
心変りが許せないとか
付き合った途端冷たくなったと感じているとか
結婚したらこんな人だと思わなかったとか
これ、愚痴。

執着・嫉妬・憎しみ・悲しみ…煩悩の特徴は、すべて愛の中に入っています。
「こんなに苦しいなら、好きにならなきゃよかった」って一度や二度は感じたことあるでしょう。
それって、まったくその通りだな、と思うわけです。

愛は愛でも、「愛欲」の世界です。


だけど、恋愛における煩悩が悪いことばかりかというと、当然そうでもない。

それは、正しく作用するなら、人を成長させる。
深い悲しみは人を思慮深くするし、切ない気持ちは人を優しくさせることもある。
人を愛すると、としさんもおっしゃっているように、精神的に安定したり
高揚したり、穏やかな気持ちになったり強くなったりする。
自分の存在が肯定されていることで、生きる力になります。

周りの人にも優しくなれるし、結婚式当日なんて感謝の気持ちでいっぱいです。
ね、チスイくん。

これは、愛は愛でも「慈愛」などという表現のほうがしっくりきますかね。

でも、人を好きになると必ずと言っていいほど「思い通りにならんな」ということに直面する。
嬉しいことがあったらなった分だけ悲しみを強く感じるし
楽しかった思い出があればあるだけ、辛い度合いも深くなる。

きっとそれは、表裏一体なんだろう。
何かではかることができるのならひょっとしたらプラスマイナス0なのかもしれない。
いい時も、永遠に続くわけではない。
悪い時も、いつか必ず変化が訪れる。

そういうことを知ることができたら、案外冷静に自分を見ることができ、また成長することができると思います。


だから、問題は、「正しく作用する」
ここなのです。


お釈迦様は、八正道というものを示されました。
正見 (正しく見る)
正思 (正しく思う)
正語 (正しく語る)
正業 (正しく働く)
正命 (正しく生活する)
正進 (正しく人と調和する)
正念 (正しい目的意識を持つ)
正定 (正しい反省と瞑想、禅定(ぜんじょう))

ということで、この中でも正見、正思、正語の3つが大事だとされています。


私の今のこの気持ち。
仏教に照らし合わせて“正しい”かどうか。仏道にかなっているか。

自分勝手になりすぎていないか。
傲慢になっていないか。
独りよがりになっていないか。

それは本当に相手のためを思っていることなのか。
ひょっとして、自分のことだけを考えているだけなんじゃないか。

自分の気持ちを見なおし、相手を思いやり、どういう言葉をかけたらいいか。
仏教はそれを考えさせてくれるんだと思います。。


・・・それでも、間違うことが多い私でした。
いや、今だって間違い続けている毎日なんだと思います。

夫に対して、風呂掃除をしてくれないとか、飲み会が続くとか、ささいなことで腹を立て、
私だって育児も仕事もしてるのに、とつい言いたくなります。

相手のことを思いやり、常に和顔愛語で…なんて超理想論。
「私が」「オレが」の小競り合いです。苦笑。


だけど、大事なところは共有しあえる。
生きる上で守っていきたいものや、目指していく道が、同じ方向を向いているな、って感じます。

お互いが真正面から向き合っていると、周りが見えずに一歩を踏み出したとき、正面衝突しちゃう。
だけど、お互いが同じ方向を向いて歩けば、多少の小競り合いはあったとしても、衝突することはないでしょう。

今は、私たち夫婦の間には、小さな子どもがいて、お互いがその手を引いています。
だから、ちょっと足並みがそろわなかったりすることもあるんだけど。
子どものよちよち歩きに合わせ、また互いの歩くスピードにも合わせていく作業中です。

これからも、間違い続けていくかもしれない。
慈愛ばかりの毎日ではありえないし、愛欲にとらわれることもあるだろう。

でも、煩悩をいっぱい抱えた手のままで、つないで歩いて行けたらいい。
正しく導いてくれるほうへ、一緒に歩いて行けたらいい。


そんな風に思います。
お答えになったでしょうか。

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コメント

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2006.4.26-
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