こんにちは。
世の中はゴールデンウィーク。
お出かけする方も多いことでしょうが、法事を営む方もけっこうおいでのようです。
いい季節ですからね、親戚一同が会して近況報告をしたりされたり、
一杯酌み交わし、季節のお野菜をいただいて、
家族ってなんだろー
親戚ってなんだろー
いのちってなんだろー
わたしってなんだろー
と軽く思索にふけるのも、また素敵な休日ではないでしょうか。
それこそ、実りの休日、ゴールデンウィークでございますね。
とか言いながら、自分はなんら変わりのない時間を過ごしている、るるです。
仏教恋愛論、数々の反響をいただいて大変嬉しく思っております。
ホントにありがとうございます。
さて、vol4は、ちょっとポエムチックにまいりたいと思います。
では、ごゆるりと。
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「キミのことが大好きだ。死ぬまでキミを離さない」
「こころから愛してる。死ぬまで一緒にいよう」
情熱的な瞳で、あなたは言った。
あたしは嬉しくて幸せで、ただうなずくだけだった。
あの日から、片思いが恋に変わったの。
そして、恋は愛へと変わっていくのね。
でも、不思議なことがあるの。
手に入った瞬間から、失うことが怖くなる。
ひとりの時間はとても不安。
恋が恋愛になったとたん、我慢も始まる。
あなたを想うととても強くなれたの。
でも今は、同じくらい弱くなってるあたしがいる。
・・・あたしは、欲張りかしら。
「死ぬまでキミを離さない。死ぬまで一緒にいよう」
そんな言葉じゃ足りないの。
だって、あなたが死んでしまったり、あたしが死んでしまったら、
それで終わりってことなの?
いのちはいつか尽きる。
どんなに愛しても、どんなに寄り添っていても、いつか別れは訪れる。
これは、仕方のない真実なの。
「僕はキミを置いては死なないよ」なんて笑っているけど、
ねぇ、あなた。
そんなこと、誰も約束してくれないのよ。
さびしいね。
かなしいね。
・・・でも、それが生きるってことなのかしら。
でも、教えてもらったの。
あたしは、死んでもあなたと一緒にいることができるって。
あたしが先にいってしまったら、あなたを待ってるなんて言わないで、
ずっとそばにいるからね。
天国で安らかに眠ったりしないし、草葉の陰から泣いたりもしない。
あたしは、光となり風となって、ずっとあなたのそばにいる。
あなたのいのちを、一緒に生きる。
あなたの悲しみは、あたしの悲しみ。
あなたの喜びは、あたしの喜び。
こんな愛し方、素敵でしょう?
あなたも同じよ。
先に死んでしまっても、ずっとあたしのそばにいてよね。
わかった?
・・・約束してくれるの?
でもその約束は、あたしとしてもだめなのよ。
あたしや、あなたの力でそうできるわけじゃないから。
ずうっと前から、「心配しなくっていいよ、ちゃんと一緒にいられるよ」
って言ってくれる存在があったのに、
あたしたちはそれに気づかなかったのね。
指切りじゃなくて、手を合わせて。
あたしの名前じゃなくて、その働きの名前を言って。
変わらないものなんてないけれど、あなたと一緒にいられるのなら、
あたしはもう、不安なんて感じなくてもいいのよね。
ずっと一緒に生きていこうね。
苦しいことも悲しいことも、全部一緒に味わっていこうね。
思い通りにならない時も、ふたりの気持ちが遠くなった時も。
お互いのことを見つめるのも大事だけど、そうすると前に行こうとした時に
ぶつかってしまうの。
だから、あたしたちは、同じ方向を見ていよう。
同じ方向へ歩いていこう。
えっ?
今なんて言ったの?
・・・・・・それは、プロポーズ?
もちろん、返事はイエス!
ただし。
結婚式は、あたしたちがいつも一緒にいられるってことを教えてくれた仏さまの前で、しようね。
あなたが生まれてきてくれたこと。あたしが生まれてきたこと。
たくさんのいのちのおかげであたしたちが出遇えたこと。
いっぱい感謝できるような結婚式にしようね。
ありがとう。
あなたに遇えてホントによかった。
大好きなあなたへ。
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乙女チックすぎますか?笑。
いやいや、恋愛真っ只中にいるひとは、歯の浮くようなセリフも平気なんです。
それが、恋でございますわね。
浄土真宗の宗祖親鸞聖人は、妻帯をした方です。公然と、という意味です。
恵心尼とおっしゃる奥様と、それはそれは信じあい助け合っておられたようです。
お互いを仏様の化身だ、と敬いあっておられたことが、文献から分かります。
まさに、理想のふたりなのです。
そして、ひと組でも多くのおふたりが、
仏前結婚式の意味合いやよさを知ってくれたらなぁ。
以上、るるでございました。
コメント (7)
YASUさん、初めまして。コメントありがとうございます。
浄土真宗では、この世のいのちがつきたら即、仏の身にならせていただける教えだと受け取っております。パートナーの方がなくなっても、必ず同じ仏になって、お浄土のみならず、たった今、ここで出遇えるそうです。生身の身体に触れることはできないけれど、「死んでからも一緒にいられる」ここに真宗の髄があるように思います。
投稿者: るる | 2006年10月31日 01:09
日時: 2006年10月31日 01:09
はじめまして。こんばんは。無常の風が吹き荒れるこの世、生きとしいける者たちは絶対に死という恐怖から避けることはできない。釈尊は死後の世界をあえて弟子たちに話していなかったように思える。だから結婚して一生のパートナーとして歩んだならばあの世でも二人で暮らすことができるかもしれないですね。(初期の仏教では一人になることが強調されていますが・・・。)
投稿者: YASU | 2006年10月31日 01:09
日時: 2006年10月31日 01:09
madeline さんこんにちは。コメントありがとうございます。
相手が仏様のようだと思えば思うほど、“ああ、あたしこれじゃだめだわ、もうちょっと考えよう”っていう気持ちも生まれてきたりしませんか?
それって、智慧の働きですよね、きっと。
それでも、そんな境地に至れない私たちでも黙って見守ってくださるからこそ、阿弥陀様は阿弥陀様なんだよな、って思ったりするわけです・・・。
投稿者: るる | 2006年10月31日 01:08
日時: 2006年10月31日 01:08
私は「お互いに仏の化身だ!」と思われることなんか
絶対に絶対にない!断言!
あまりに自由でわがままで自己愛深すぎる・・・アタシ。
相手が仏様のようだと思えば思うほど
甘えてしまうよーな・・いかんな。
仏から一番離れた存在のよーな気がしてきた…反省。
結局、恋愛の究極は信頼し合うことだと思うけど
そこまで到達するには山やら谷やらを
共に超えて一緒に勝ち取るものなんでしょうね…
投稿者: madeline | 2006年10月31日 01:08
日時: 2006年10月31日 01:08
sakullaさん>
>気持ちいいくらい乙女チック
に笑ってしまいました。してやったり、みたいな。笑。
体験談、読ませていただきましたよ~。ナイスなお友達ですね。素敵です!!!
りんごちゃん>
うんうん、言葉にするとそうなるんだけど、言葉を超えたものってのが確かにあるのよね。
投稿者: るる | 2006年10月31日 01:07
日時: 2006年10月31日 01:07
すてきです♪
先に死んだり死なれたり。
さみしいけれど。
そばにいてもいなくても、
きっとそばにいるんだろな。
投稿者: りんごちゃん | 2006年10月31日 01:06
日時: 2006年10月31日 01:06
気持ちいいくらい乙女チックですね(^^)
「死ぬまで君を離さない」
「死んでも君を離さない」
同じようでもベースにある考え方次第で全然違いますよね。
私も触発されて、体験談など書いてみました。
投稿者: sakulla | 2006年10月31日 01:06
日時: 2006年10月31日 01:06