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もしも、ほかで出遇っていたら・・・?

お久しぶりです。るるです。
ずいぶん間があいてしましましたが、こんな恋愛論でも待っていてくれるありがたい方々の声援を受けまして、復活いたします。
最後までおつきあいくださいませ。

男の子から、彼女を泣かせてしまった、と相談を受けました。
どうして?と聞くとこういう答えが。

付き合って間もない頃。
デートの時間は、何より最優先で、逢いたくて逢いたくて。
ただ見つめあって、出逢った頃の話を何度も何度も繰り返す。
あの時、あんなことがあったよね、あの時どう思ってたの?
そういえば、あの時どうしてあんな風にしたの?
オレのどこが好き?
私のどこが好き?

なぁんて。他愛もない話をどれだけしても、それは全部が甘いささやき。
周りのことなんて何も見えなくて、ただそばにいるだけで幸せ。
そんな時の出来事だったのです。

彼女は、いつもの甘い言葉の続きでこう口にしました。
「ねぇ、わたし、どこであなたに出逢っても、必ず好きになったと思う」
彼女が期待した言葉は、おそらく「オレもそう思うよ」でしょう。

しかし、彼はお寺に生まれた子でした。
だから、当然のようにこう答えたのでした。
「いや、そもそもこれ以外だったら逢ってないし、恋愛してないと思うよ」

それを聞いた彼女は泣いてしまった、というのです。

私は、その時の彼のあわてふためいた姿を思い浮かべて、気の毒やらおかしいやら。
彼には、彼女がなぜ泣くのかがわからなかったのでしょう。

そう彼は、真実を口にしただけ。
私たちの出遇いには、「もしも」はないのです。
人智を超えた、不可思議としか言いようのない縁に導かれて、ひとつひとつの縁があり、出遇いがあるのです。
だからこそ、この出遇いがどれほど大切で、どれほど輝いているか。
ここで、こうして出遇って、しかも気持ちの通じ合ったふたりだからこそ、尊いのです。
だからこそ、お互いの気持ちを思いあい、助け合い、一緒の時間を過ごすことが幸せなのです。

考えてみてください。
私たちは生まれてこの方、どれだけのひとと出遇ったでしょうか。
数え切れないほどの出遇いがあり、いろんな関係性があり、名前や顔さえ覚えていない人のほうが多いのに、
そんな中で、家族でもない人と友達になり、そして恋をする。

それは、とてもとてもはかりしれないご縁ではないでしょうか。
そこから学ぶべきことは山ほどあるはず。
大切にしなければならないことは山ほどあるはず。
変わらないものはありません。
その人との恋も、必ず終わりがあります。
どういう形であれ、ね。

自分の思い通りにいかないからと言って、泣いている暇も、怒っている暇もないのです。
そんな無駄なことに時間を費やさず、そこから何を学べるかを考えた方がいい。

恋愛状態にあるとき、私たちはお互いが向かい合っている感じがします。
でも、そこから相手だけを見つめて、前に進んでみてください。
そう、それでは「正面衝突」です。
でも、お互いが手をつなぎ、同じ方向を向いていたらどうでしょう。
絶対にぶつかることはありませんよね。

有難いことに、親鸞聖人は誰よりもそのことを実践された方です。
最愛の妻と共に仏道を歩まれ、その姿を後世にお示しくださいました。
互いを菩薩と尊敬しあい、同じ方向を向いて生きられた、まさに理想の夫婦です。

思い通りにならない人生だからこそ、この出遇いを大事にしたいものです。


例の彼は、その後、うまくフォローをしたのか、失敗したのか・・・。
今は、違う女の子と付き合っているみたいですがね。笑。

では、このへんで。るるでした。

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2006.4.26-
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