10年間付き合っていた男性に、突然別れを告げられ、
「別れるくらいなら死んでやるっ」
そう叫んで、女は台所から包丁を持ち出した。
けど、その切っ先は「死んでやる」と言いつつも、自分じゃなくて男のほうを向いていた…っていう知り合いの話がある。(←私ではない)
愛する人との別れは苦しいもの。
仏教は生きるうえでの苦しみと向き合うことを大切にしているから、いろんな苦しみを挙げていて、この愛する人との別れも「愛別離苦(あいべつりく)」って言葉で表現してる。
それは包丁を握ってしまうほど愛した人と別れるのは苦しいし。
愛する我が子と離れなければならないこともツライだろう。
それから、愛する人とどんなに長く添い遂げようと、いつか必ず別れはくる…死という別れが。
けど、愛を得られない苦しみっていうのもある。
包丁を握って脅しても、失った愛は得られない。
好きになった人に、好きになってもらえるとは限らない。
親の愛を得られない子供もいる。
どんなに努力しても、どんなに欲しいと願っても、手に入らない苦しみがある。
それを「求不得苦(ぐふどっく)」という。
そして、愛は憎しみに変わることもある。
彼女は思いとどまったけど、結婚すると思って10年を過ごしていたのに、いきなり別れようなんて言われたら…。
結婚したいと思うほど愛する人でも、その感情は一瞬で憎しみに変わることもあるはず。
そういう人には会いたくない…けど会ってしまう苦しみ、それを「怨憎会苦(おんぞうえく)」という。
あと1つは「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」。
彼女だって、包丁を握りたくて握ったわけじゃない。
なのに、気がついたら包丁を彼に向けていた。
人間の心身は5つの構成要素でできていて、それらが思い通りにならないことをいう。
これら4つの苦しみは、生・老・病・死っていう苦しみに加えると8つになるから、「四苦八苦」と言われる、人間の根本的な苦しみを表してる。
苦しみっていうのは「思い通りにならない」ってこと。
人を愛するっていうことは、思い通りにならないことだらけだ。
思い通りにできてたら、きっと私はとっくに結婚していただろうしね。
けど、私が今苦しんでいることは、紀元前のすんごく昔の人たちも、同じように同じようなことで悩み苦しんでいたわけだ。
そう考えると、その昔の人たちに起こったことも、遠くの国の見たことのない人たち起こっていることも、無関係な他人事だとは思えなくなってくるから不思議。
うーん、何が言いたいのかっていうと…。
別れ話をするときは、台所の近くはやめましょう。
それから、包丁は用法を守り正しく扱いましょう…?
コメント (2)
愛っていうのは、相手を自分の思い通りにしたいという欲望の表れでもあるんでしょうね。
そういう執われた自分の姿に気づけると、同じように執われている相手にも優しくできるのかもしれません。
まぁ、舞蹴さんに包丁と向けたとしても、その女性は一時期ではあっても愛しいと思っていた大切な人のはず。
そんな彼女に罪を犯してほしくなかったら、全力で何が何でも逃げ切ってください。
健闘を祈ってます(笑)
投稿者: sakulla | 2006年12月03日 12:27
日時: 2006年12月03日 12:27
包丁を向けられた経験があります。(7・8年前になるか)
愛憎表裏一体なのでしょうか、愛深いゆえ憎しみも・・・怖い、
でも向けられた本人(私)にも原因があったのです(反省)。
愛を欲とされることを考えると、お釈迦さまは
「愛を育むことは生半可な努力じゃすまねーぞー、精進しなさい」
っと言ってる気がします。
バイオレンスな愛が好きな人もいることでしょうが、愛について一度考えることは、好いことですよねw
永遠の愛となるために!!
最後にワンルームマンションでは、包丁から逃れられませんw
投稿者: 舞蹴 | 2006年12月01日 19:32
日時: 2006年12月01日 19:32