2007年04月12日

サイズ:身長160cm

約10年前、車で人身事故を起こしたことがある。
10月末の雨の肌寒い日の夜。後ろからついてくる遊ぶ予定にしてた友人を気にしながら運転をしていたところ、道路の真ん中を歩く黒い人影が突然現れました。
あわててハンドルを切ったのですが、ドアミラーに体がぶつかり、その拍子でその人の顔面が助手席と後部座席のドアの間にぶつかり、2週間ばかし病院送りにしてしまったのです。その時時速30K出てるか出てないか位だったけど、倒れてからしばらく起きなかったので「(人生が)もう終わった」と思いながら救急車を呼んだ後、警察の調査を受けていました。

その時後ろにいた友人はもう一人の友人に電話。
今回はその電話の彼の事。
彼はその電話の後すぐに駆けつけてくれました。で、持ってきてのが

彼の妹のスキーウェア(当時中学生)

そして興奮気味に
「着ろ!寒いからとにかく着ろ!!」

着れられるわけ無いじゃん…そんな小さいの…(心の声)
その気持ちをむげに断るわけにもいかず
「ありがとう、借りるよ。寒くなったら着させてもらう」ともらいましたが、着ようとしないので
「早く着ろよ!、こんな時に…お前風邪引くぞ!!」と大まじめ。
思わず笑ってしまいました。

俺以上にパニックってる…。(心の声)

不安に駆られている時にそんな彼の訳の分からない励ましで冷静さと落ち着きを取り戻してもらった。そして彼は家族の車に乗って帰る最後の最後まで一人付き添って励まし続けてくれたのだ。
当事者よりもパニックになってた彼だったけど、そんな気持ちが何よりも嬉しかったし、心強かった。
今でも感謝している。

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2007年04月10日

親ごころ

小学生の頃、ピアノを習っていました。
母親の願いで行かされていたため、あまりまじめな生徒ではなく、よくさぼって教室の近くにある高校のグランドで野球部の練習を見ていたことを覚えています。

教室は電車で20分ほどのとなり町にありました。
ある日の練習後、どこかに財布を無くしてしまい、電車で帰れなくなったことがありました。駅から教室までの間に落としたのか、どこを探しても見つかりません。たまらず教室から家へ電話をかけると、タイミングが悪く父が出ました。

タイミングが悪いというのは、うちの父はとても厳しかったからです。
中学生になってからも父と目を合わすことが出来ないほどに怖い存在でした。

“財布を無くしたので迎えに来て欲しい”ということを伝えると、案の定、一喝されてから、“無くしたのは自分の責任、歩いて帰って来い”と返答がありました。歩いて帰ると2時間ほどでしょうか。その時の自分の気持ちは記憶にありませんが、とにかく、歩いて家へ向かいました。テクテク歩く道中をどことなく覚えています。

半分ほど来た頃に、ふと後ろを振り返ると、平行して並ぶ道にいる車に気付きました。止まっているようにも見えるその車は歩くほどのスピードでトロトロ走っています。少し気にかけながらも、再び歩き出しました。しばらくして、また後ろを振り返ると、だいぶ離れたところで一定の距離を保ちつつその車がいました。今で言うなら、まるでストーカーのように、ずっとぼくをついてきているようでした。そして、何度かそれを繰り返しているうちに、その車がうちの車であることに気付きました。子供心に「何してんの?」「いるんなら乗せてよ!」と思ったに違いありませんが、父のもとへこちらからおずおずと行けるわけもなく、結局そのまま歩いて帰り着きました。
家へ帰ってからも、その話題は一切出ませんでした。


こんな他愛もない話ですが、今でもふと思い出すことがあります。
ぼくにもいつか子が恵まれ、子が似たような失敗をした時、おそらく父と同じ対応をするのかもしれません。

2007年04月08日

ショッカーは我にあり

shinkiです。

本日、メリシャカ一周年記念ですよ。
メリシャカ仏教講座も本日からスタートです。
すばらしくシャカさんと、メンバーと、これを見てくれる皆さんのおかげ。
みなさんありがとう。

ん〜もうこのサイトが活動はじめて一年ですか…。
なんかもう5年くらいやってるような気がします。
最近、あまり参加してないけど、一年目の一発目コラムいかしてもらいやす!

『ショッカーは我にあり』。

とは初代仮面ライダー"藤原弘、"さんの言葉です。
まあ、俺が語るのは仮面ライダーくらいなもんで…。

数年前、姪っ子を車に乗せて運転していたときのことでした。
俺『仮面ライダー主題歌集聴かせてやるゾ。』
姪『え〜!聴きたい聴きたい!』

というのも、普通小さい女のコというのは、あまり仮面ライダーが好きでないのに、
この子はめずらしく好きらしい。
そんでもって、ここぞとばかりにCDをカーオーディオにブチ込んだのでした。
そして『仮面ライダー龍騎』の主題歌が流れていた時のことです。

姪『この歌好かん!(嫌い)』
オレ『なんで?』
姪『だって龍騎おもしろーなかったもん。友達もおもしろーなかったって言いよった。』
オレ『おもしろかったたい。』
姪『だって仲間同士で戦うとやもん。訳わからん。』
オレ『そこが醍醐味たい。』
姪『なんで?』

…と話は続くのですが、私はその時この小学校低学年の姪に、
人間ってどうするかワカラン生き物やろ?とか、
ムカついたら相手を叩きたくなるやろ?とか、
あれに出て来る仮面ライダーは自分の姿やぞ…と大人げなく教えると、
姪はこう言いました。

『そっか…人間だもんね。』…と。

自分が言った言葉に対して返してくれたことばなんだけど、
人間だもんね…って単純な言葉の重みをすごく感じました。
つまり、以外で純粋な心にしびれた訳ね。

別に人間って悪い生き物だから、
悪くて当然ということではなくて、
その可能性を自分の中に認めた時、
はじめて相手を認めることができるのだろうと思った。

まさに悪の軍団ショッカーは俺の中に有るんだろうな。
認め合う世の中になればちったあ平和になんのかな?
まあ、それができないから精進って言葉があるんだろうね。

まあ、俺の中でのイイ話。

そしてお釈迦サマの教えが世界に伝わるよう願いつつ、メリシャカっ!

2007年04月07日

持つべきものは…

「自ら其の睫を見る能わず」

友人が訓戒にしている言葉をプレゼントしてくれた。

「100歩先にいる人の髪の毛先まで見ることができる者でも、自分の睫を見ることはできない」

転じて。

「人の欠点は見えやすいけど、自分の欠点は見えにくい」

ということらしい。
らしいというのは、意味まで教えてくれなかったからだ。
調べてみると、中国の法家・韓非の著書『韓非子』の観行篇にあるものだった。

相手の欠点には、それがどんなに些細なものであっても過敏に反応する。
けど、その欠点は、自分の中にある欠点と、同様の場合が多々ある。
自分の外側には眼が届いても、自分の内側には総じて無頓着だ。
その欠点に対する非難は、自分の内側を外側と同じくらい見つめることができれば、自然と自分に向かうのだが…そうはなかなかいかないもんだ。

自分の欠点が見えないということは、必然的に「自分は正しい」という思い込みが、相手に対する評価の根底に潜んでいるような気がする。

自分を棚上げして、相手の欠点を見つけては、鬼の首を取ったかのように非難し、相手を一刀両断してるけど。
本当はその刀の切っ先を、自分に向けるのが仏教の智慧なんじゃないだろうか。
そうして自分の有り様を知ることができる…気づかされるんだと思う。

誰もが皆、自身を棚上げした錆び付いた刀を振り回してる。
そして、自分で自分を斬りつけなくても、自分が誰かを非難するように、私もまた、常に誰かに一刀両断されていることに気づく。

鬼の首を並べる虚しさと、その首の中に自分がいるという苦しみ。

そういうことに気づくことで、相手を思う気持ちとかが、変わることもあるだろう。

なんて、偉そうに書いてるけど、こうして誰かに諌められないと、自分の睫の存在も、鬼の首にも気づけないことに気づかないんだな。
ありがとよ、友人。

2007年04月05日

熱海へ

ケンユウさんから「ちょっといい話」つぎお願いします、とバトンを受け取ってから「はい、分かりました」と言いながら、1泊2日で熱海初島に行ってきました。

といいますのも、学生時代に一緒に過ごした先輩・友人で一緒に「温泉に行こう」と計画していたのです。男4人旅です。

当日は、新幹線の東京駅のホームで集合。
東京から熱海まで新幹線こだま号で1時間。お酒、おつまみ片手に楽しい一時です。
そして、熱海港から船に揺られること25分、宿泊地・熱海初島に到着しました。

初島は、春休み期間中と言うこともあり、家族連れのお客さんでにぎわっておりました。
最上階にある眺めのいい温泉に入り(実際は曇り空でしたが)、おいしい料理(中華料理)を食べて、夜遅くまでみんなでお酒を飲みながら語り明かしました。

・学生時代の思い出話
・それぞれが今どんなことをしているのか
・これからどういう道を歩んでいこうか
・そして、仏教について

と書いてみれば格好いいが、お酒を飲みながら他愛もないことを語り合い。夜2時3時まで続きました。

そんな折り、友人の1人がポツリと言いました。

こうやってみんなで過ごすことっていいなぁ。

みんなうなずきました。そして、こう続きます。

学生時代には当たり前のことで何とも思わなかったけれど・・・

それぞれが違う道を進み、新しい家庭を築き、そんな生活の中で気の置けない仲間達と一緒に過ごす。学生時代には当たり前のことであった。電話をすればいつでも会えた仲間達。そんな友と一緒に過ごせたことに安らぎを覚えた一言です。

忙しい日常の中にいると、足下に咲いている一輪の花に目がとまらない。次から次へとこれをやらねば、あれをやらねば。と追いまくられる現実です。

そんな日常から離れた一時の中で、人と人のつながり、いつも当たり前のように支えてくれている人々の大切さをかみ締めさせていただきました。

なにか「ちょっといい話」というよりは、気持ちのいいお風呂に入って「ちょっと気持ちのいい話」になってしまいました。

でも、熱海の温泉は最高です!

2007年03月31日

マタ

ども、ケンユウです。
今回は、「ちょっといい話」というコラムのようですが、いざ、考えてみると、ありそうなようでなかなかないものですねえ。

で、一つ思い出したのが、ウチで昔飼っていた、猫の事です。
まだ私が小学生くらいの時に、ウチで「マタ」という猫を飼っていました。
その猫は、もともと野良で、ウチのじいちゃんがお参りに行っている途中で、えらくなついて擦り寄って来たらしく、ウチに連れ帰ってきました。
ところがその当時、既にウチでは1匹猫を買っていましたので、その猫と仲良くできるかとか、2匹飼えるかどうかを、家族で話し合い、結局飼えないかもしれない、ということになって、かわいそうでしたが、その猫を、もといた場所に連れて行くことになりました。
ところが明くる朝、なんと、その猫が、ウチまで戻ってきてるんです。
じいちゃんは、車でお参りに行っていて、ウチから3kmほど離れたところからその猫を連れてきて、またそこまで車で一度戻しに行ったのに、一晩かけて、3kmの道を歩いてウチまでやって来たんです。
それにはさすがに家族一同驚いて、一度は捨ててしまったけれど、自分の力でお寺まで戻ってきた、これはお寺に縁のある猫だ、ということで飼う事にしました。
「マタ」という名前は、その一度捨てたにも関わらず、また戻ってきた猫だから、というのが由来です。

で、幸い、ウチで元々飼っていた猫はメスで、マタはオスで、意外と仲良くなりましたし、
マタは愛想が良いと言うか、人懐こい猫でしたので、最初は飼えるかどうか、と心配しましたが、すぐにウチにもなじみ、みんなに可愛がられました。
でも、元は野良猫でしたので、外に遊びに行くのが好きで、夜になっては外でケンカして、朝になると怪我をして帰ってくるような事もよくありました。

そしてそれが悪かったようで、いつしか他の猫から病気をもらい、かさぶたが沢山できるような病気にかかってしまいました。
まあもともと、若い猫ではなかったのもあるのかな、とは思いますが、家に来て3年程たったころ、病気もあってだんだん体が痩せて、弱々しくなっていきました。

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2007年03月28日

HAPPY BIRTHDAY

20代半ばの居酒屋の店員に年下だと思われ、タメ語で話しかけられる30代キッスィです。

前回のともだちコラムでも触れましたが、先日インドへ行ってきました。
僧侶として尊敬する先輩の呼びかけで集まった、20人で仏教遺跡を巡る旅です。
下は25歳、上は72歳の幅広いメンツ。まとまりの無いまとまり、それでも団結していく、そんな20人でした。

その中で初めて顔を合わす方もいたので初日の晩餐・・・ではないですけど昼餐で自己紹介をしていきました。

「○○です。○○県から参加しました。○○さんとは○○なつながりで今回の旅に誘っていただきました」てなかんじです。一般的ですよね。旅の後半で誕生日を迎える人がいて、そのことを踏まえて自己紹介される方もいました。


・・・キッスィの番。
「キッスィです。僕も近々誕生日迎えます。僕はこの帰りにタイに独りで寄りますが、その時に迎えます。・・・よろしくお願いします。」

人前で話す時って、無意識にしゃべってしまうことってありませんか?僕もそうなんです。誕生日のこと言わなくてもいいのに、口だけがひとり歩きしてしまいます。


で、10日後の最後の晩餐。

ちょうどその方の誕生日だし、多分サプライズでその人のケーキを準備しているかもしれないなーとは思っていました。

来たのはケーキは二つ。

ん、なんで???(゜_゜>)


店員さんはまっすぐ本日誕生日の方、もう一人の店員さんは僕の方へケーキを持ってきます。

うわっ僕も!?

心の奥のほうがうわーっと熱くなり、感動で思わず涙が流れました。

ハッキリ言って全く予想していませんでした。ちらっと言ってたことを覚えてくださった方がいたんですね。
メンバーみんなで「HAPPYBIRTHDAY」まで歌ってくれて、すごく心に残る旅になりました。

独りで生きているんではなかった、自分のことを考えてくれる人が周りにはいるんだ、周りのたくさんの人に支えられて生きてるんだというのを実感めっちゃ実感しました。


実際の誕生日は、タイのプーケットで何事もなくひっそりと独りの晩餐でした。
裏思い出はケーキの前で涙したときに、「キッスィ幸薄そう・・・」と爆笑で言われたことでしょうか。

2007年03月27日

祖父の思い出

小学生の時家庭訪問って皆さんの学校でもあったでしょ。私が6年生の家庭訪問の出来事。今でもそうなんだけど、その頃の私はとにかくだらしがなくて何事にもルーズで、忘れ物をしたり、宿題とか提出物とか期限内に出せなくていつも担任の先生に怒られていた。だから家庭訪問の時も話の8割は「お母さん、もう少ししっかり指導してください」という内容だった。あとで母に絞られるだろうなぁと思いながら私は終始うつむいていた。
15分くらいで話が終わって、先生が帰ろうとしたその瞬間、応接間のドアが突然バーンと開いて祖父が登場した。そして「先生!うちのマサキはとっても良い子なのでどうぞよろしくお願いします!」と突然の直訴。私は驚くやら恥ずかしいやら。先生は苦笑いしていた。
私は祖父から怒られた記憶というのはほとんど無い。どんなときでも味方してくれた。きっと孫が怒られ詰めだったのをずっと聴いていたのだろう。それでいたたまれなくって、親心というか祖父心からそのような行動に出たのだろうと思う。そういう人がいてくれたということはとても有り難いことだったなあと今思う。

2007年03月24日

布施のお話

こんにちは。るるです。
今回のテーマ、私の素敵な友達2人の話から。

R子は、薬剤師。
薬局で働いてます。お客様に親身になって服薬指導や相談に応じている心優しい女の子。
この薬局に、聴覚にハンディのある初老の男性がやってきます。
薬の説明や病気に対する不安などは筆談でのやり取りになります。
だんだん仲良くなってくるにつれて、彼女の中に「この人と筆談せずにスムースに会話できるようになりたいな」と思う気持ちが芽生えてきて、去年から手話の勉強を始めるようになりました。
でも、本当に、通じるだろうか?と不安を抱えたまま、一度も披露することはありませんでした。

けど、とうとう“その日”が来たのです。
その男性が、薬局にやってきました。
いつもと違うのは、なにやらかわいい箱を持っていること。
彼は、R子のほうにやってきて、その箱を手渡します。
「いつもお世話になってます。お薬のことを分かりやすく書いて説明してくれてありがとう。これは気持ちばかりですがどうぞ」というメモを添えて、それはチョコレートの箱だったそうです。

R子は、ここだ!と思いました。
そして、ゆっくり手話をはじめたのです。
『とても嬉しいです。ありがとう。○○さんも(病気の治療を)頑張って!』

すると。
びっくりした表情の男性。『君、手話の勉強をしてるの?』
R子『はい。少しだけ』
きちんと、会話になってるではありませんか。
変に緊張していっぱいいっぱいなR子。
それでも嬉しそうな彼の表情は、とても印象深いものになりました。


M美はナース。
いつも明るくってしっかりもので、一緒にいると元気をもらえる、笑顔の素敵な女の子。
こんな話を聞かせてくれました。
彼女の病院に、お坊さんが入院してきたそうです。
「なんかね、本当に笑顔が素敵なの。別に何かあるわけじゃないのに、本当に和む笑顔なんよ~。
笑顔だけで、人を癒せるってすごい~って思って。仏教っていいなぁって思わされたんだよ」

このお坊さん、決して法を説いたり説法をしたりしたわけじゃない。
ただ、入院中に自分のいのちを見つめられ、とらわれのない心・感謝の心で日日すごしておられたんじゃないだろうか。
それが、多くの患者さんを抱えて多忙なナースの心に響くほどの仏の笑顔としてあらわれたんだと思う。
それを感じるM美の感性があってのことなんだろうけど、仏縁って確かにあるなぁ、と思ったんですね。


仏教には布施というものがあって、財を施す財施(ざいせ)・法を説く法施(ほうせ)・そして、所有するものがなくてもできる無財(むざい)の七施があります。

無財の七施とは、まわりの人にやさしい目で接する眼施(げんせ)、柔和な顔・にこやかな姿で相手に接する和顔施(わげんせ)、他の人にやさしい言葉で接する言辞施(ごんじせ)、自身を正しくして人に礼をつくす身施(しんせ)、思いやりのある態度で相手に接する心施(しんせ)、座席を他の人にゆずって喜ぶ床座施(しょうざせ)、自分の部屋や家庭を他の人にも温かい場所にしてゆく房舎施(ぼうしゃせ)とされています。

R子の手話も、入院したお坊さんの笑顔も、M美の感性もこの無財の七施にあたるなぁ、と思ったのでした。
私はどうだろう?
今、まさに問われているんですよね。

2007年03月19日

笑っちゃおう!

「ちょっといい話」と考えてみても中々思いつかない。
僕の思考回路が、ちょっと良い事と悪い事と思ってしまっているからだろう。

今、お彼岸の時期ということもあり、お寺の仕事で何かと忙しい思いをしたりします。
「忙しい」、心を亡くすとは よく出来た漢字だなぁ。

いえねぇ、自分の都合をどうしても優先させて、相手に無理を聞いてもらっています(お彼岸参りで)。(反省)

だからこそ、満面の笑みを浮かべてご挨拶。(作戦でもありますが・・・)
すると笑顔で返してくれます。

笑顔は大切です。フワっと暖かい気分になります。

今までの僕の素行が帳消しになったような・・・それは、無理、無理。

しかしながら、会話がスムーズになりますね。
楽しいひと時を送れます。

そのときのお茶が、これまた美味い。

「和顔愛語」とは、善意の心で優しい笑顔で接し、優しい言葉をかけることです。
簡単そうで難しいと思います。
ついつい相手のことを思えなくて、言葉が足らなかったり・・・忘れてたり・・・。

でも、笑えるときには笑いましょう!お腹いっぱい!!

2007年03月15日

ちょっといい話

メリシャカコラムリレー、今回の御題は「ちょっといい話」です。

○自分よりも相手を大切にできたら素敵ではないか?

なかなかできないが、仏教を学んでいく中で、時々思うことがあります。
自分のことよりも相手を大切にできたら、きっと僕はもっと幸せなのだろうかな。
めったにできるものじゃないけれど。

今日、京都でおぼうさんの研修が終わり、岡山の実家まで新幹線に乗って帰っている時のことです。

ちょうど夕方だったため、乗る人がすごく多くて、イスに座れず友達と二人で立っていました。多分新大阪で座れると思って、混む車内を耐えていました。

座椅子と座椅子の通路には人がいっぱいでした。まるで芋の子を洗ったような!

ギュウギュウ人が詰め込まれた中で、そこに、お弁当やお茶を売っている人が通ってきました。

正直「今来るのか!」と思いましたよ。余計狭くなるじゃん。たぶん通れないと思うよと。

「すみません、通らせてください」と相手に聞こえるようにはっきりと、でも相手を気遣う優しい声で売り子さんはお弁当とお茶を抱えてこっちにきました。

僕は何気なく注目していたら、彼は、お客さんを気遣いながら、限界の限り身体を細めて、歩いていました。

反対の方から、ビジネスマンがトイレに行くのか、携帯電話をかけようとデッキを向かうのかは分からないけれど、さっとこちらに来ようとした時、即座に売り子さんは「こちらにいらっしゃいますか?」とサラリーマンに聞きました。

こちらに来ることが分かると、今までやっとのことで通ってきたこれまでの人の波を、どんどん後退されていったのです。

また、混んでいる中の前進、初めからやり直しです。

でも、サラリーマンを先に通すために、自分がせっかく頑張って来たのに、後ろに下がったその心優しさには、ちょっと頭が下がりました。

人は大勢狭い所でギュウギュウいるものではありません。

疲れのせいもあり、ちょっとイライラしていた僕には、「自分のことよりも相手のことを気遣われる」売り子さんの後ろに下がられた行動が、とてもあたたかく感じたのです。

新大阪の駅で僕はやっと座ることができました。「他の人に取られるな!」と、我先にと座った僕は、売り子さんを思い出して少し恥ずかしくなりました。

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