2007年08月23日

次のテーマを早く…

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早く起きなさい
早く寝なさい。
早く着替えなさい。
歯を磨きなさい。
手を洗いなさい。
靴を揃えなさい。
電気を消しなさい。
宿題しなさい。
勉強しなさい。
家に帰りなさい。
学校に行きなさい。
貯金しなさい。
余裕を持って仕事に行きなさい。
期限を守りなさい。
就職しなさい。
仕事しなさい。
掃除しなさい。
謙虚になりなさい。
責任を持ちなさい。
我慢しなさい。
早く病気を治しなさい。
早く結婚して落ち着きなさい。
ゴミを出しなさい。
しっかりしなさい。
自分でしなさい。
けじめなさい(byマッチ)←こういうのが痛い
時間を守りなさい。
トイレに行きなさい。
痩せなさい。
大人になりなさい。
気を付けなさい。
早めに言いなさい。
タバコをやめなさい。
無駄使いはやめなさい。
食べなさい。
来なさい。
…決めなさい。(注:タイトル)


しなさい、しなさい、しなさい、しなさい…
耳が痛い。
一体いつまで「しなさい」と言われるのだろうか?
しかし言われなくなった時には孤独を感じるのだろうか?。

それがわかるのは社会的死を意味するのか?臨終を迎えるときまでわからないのだろうか?

メリシャカサイト的には「きちんとコラムは守りなさい。」
どう?耳が痛いでしょ?w

2007年08月18日

正座

「イタイ話」をテーマにこちらでまわしているメンバーコラム。すっかり滞らせてしまいました。
ご無沙汰です。みなさんお盆はいかがお過ごしでしたでしょうか?


お坊さんにとって、まずイタイと言えば、正座です。これは何年やっていても痛いものは痛いです。痛さがなくなるわけではなくて、痛さに慣れるといった感じでしょうか。とは言っても、現場ではそれほど長い法要はないので、取り立ててイタイ話ではなく、むしろおつとめ中はそれだけをやっていればよいので、ある意味ラクなわけですが、今回はあえて「正座」をピックアップして書いてみます。

正座のコツは?と言えば、とにかく“動かない”ことです。痛さに負けて、足を組み替えたりすると、一瞬痛みは和らぐのですが、その後、痛さがより増します。動かさないことによって、痛さを最小限に抑えつつ、結局は痛さに慣れるしかありません。

肉体的“痛さ”はいろんな感情を生みだしますが、これを、精神科医キューブラー・ロスさんの著書「死ぬ瞬間」にある“死にゆく過程の五段階”に(無理やり)当てはめてみると以下のようになりました。


①認めない
まずは、現状が認められません。
一時間以上も正座することになんの意味があるんだ?!
イスでいいじゃないか!そもそも、仏教を学ぶのになんで正座なんか必要がある!
などと、とにかく、認めないことですね。

②怒り
いくら自分が認められなくても、現状が変わらないことを知ると、次に「怒り」がやってきます。
痛さを全く感じていない人を見れば、なんであいつは痛がっていないのに、俺はこんなに痛いんだ?!と思ったり、この現状を作り出したのは誰だ!と、言い知れぬ怒りを他人に探します。

③取引き
自分の力ではどうにもならないことを知ると「どうか私を助けてください」というように奇跡を期待します。

④抑鬱
どれも効果がないことを知ると、次はウツ。深いため息と絶望に襲われます。

⑤諦めと別離への準備
最後に、この現状から逃れようとする心を止めて、すべてを受け入れます。
痛い時は痛いままに。正座と共に生きていこうじゃないか。
そうすると、なぜか、フッと楽になるでしょう。


たかが正座を“死ぬ過程”と比較するのはおかしな話ですが、この五段階は、いろんな場面でピタッと来る時があるように思います。⑤の“諦め”とは、「あきらかにみる、ありのままをみる」という仏教観に近いかもしれません。自分自身を考えてみると、①から④をグルグル回っているのかも。
みなさんもお試しあれ。

2007年08月08日

夢と現実。

痛い話と言えばボクは夢。昔から決してカラダは丈夫な方ではないけれど、いつも骨折の一歩手前。ある意味頑丈なカラダですが、なぜか決まって一番痛い思いするのが夢。一年に一度は必ず夢がある。

それはこうだ。幼少の頃通っていた幼稚園の別棟は二階が入り口で、一階まで階段がある。しばらくその場所には行ってないが確実に二十段はあると思う階段をいつも上からジョンプして一気に一階まで降りようとするのだ。常にハラハラドキドキでジャンプして地面が迫る瞬間にガクっと起きて目を覚ます。毎回このパターンだ。

なぜこんな夢を見るのかはわからないが、いつも何かに挑戦したいのか?それとも自分のビビリを試しているのか。仏教には、如幻夢という言葉がある。この世は夢まぼろしの如しと言う訳だ。しかし人間ってヤツは、夢と現実を区別する。本当にそうだろうか。夢がどういうシステムで見るのかは個人的な憶測に過ぎないが(専門家の方、間違ってたスイマセン)、現実の見るもの・感じるものすべての認識って脳が判断するハズだ。一方で、夢も脳が判断する。こんなこと考えてたら、じゃあ夢と現実ってどんな違いがあるのかサッパリ分からんようになってくる。

現実ってなんなんでしょ。だったら如幻夢なんだろう。とはいっても現実現実だと思っちゃう所に自分の”現実”があるのかもしれない。多分、それが現実で如幻夢ね。

2007年07月28日

柱も痛いんよ

kenshoです。やっとこさ、夏本番の暑さになってきましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
僕は夏風邪を引いてしまい、自分の声も誰かわからないような声になっています。

さて、この時期になると各都道府県で盛り上がっているのが、夏の高校野球の地区大会でしょう。
僕の故郷の広島は強豪がひしめく激戦地です。
ちなみに僕の母校の崇徳(そうとく)高校は、去年の広島県大会で準優勝をし今年も期待をしていましたが、今年は初戦敗退という結果でした。
1年生の秋から4番を打っている井上君という選手は、負けた後ベンチで泣き崩れている選手とは別に、ただ呆然と「よくわからない。信じられない」とただ一人立ち尽くしていたそうです。
1年生から4番を打ち去年は準優勝で、3年生になった今年はもちろん決勝までの6試合をやるつもりで、初戦敗退の事実をなかなか受け入れることは出来なかったのでしょう。高校野球は勝つチームの感動もありますが、負けたチームに対する私たちの悲しむ慈しむ感情が自然に湧いてくるという点でも感動を受けるのでしょう。

さてさて、夏の話題はそこそこにしてメリシャカコラムの「イタイ話」ですが、皆さんも幼少の頃こんな思い出があると思います。
一生懸命遊んでいると柱か何かに体をぶつけて、痛くて我慢できずぶつかった柱にやつ当たりをしませんでしたか。
子ども心に頭の中では、「この柱が悪いんだ。柱をたたいてやろう。」と思っていたはずです。
柱をたたくことによって、自分の腹立ちをしずめ、その場をおさめようとしたのでしょう。

僕の第一子が12月に産まれる予定です。

子どもが成長していくにつれ、僕の幼少時代と同じような光景を目にすることでしょう。
そんな時、
「痛かったじゃろう。かわいそうに。父さんがなでてあげちゃるけえね。でもね、痛かったじゃろうけど、この柱も痛かったんよ。父さんと一緒にこの柱もなでちゃろうね」と慰めたい。

人生の苦しみに出会ったとき、苦しみを与えたと思われる相手を探し出し、その相手を責めることによって己を納得させようとする習慣を、知らず知らずのうちに自分にも子どもにも植え付けていないだろうか。
己だけが主張せず相手の立場を充分に理解したいものです。

2007年07月20日

心の段差

ちょっとの段差につまづいて膝をついた。

家の中は、建て替えときに祖父母に合わせてバリアフリーになっている。
階段以外、生活空間で足を上げる機会が少なくなった。
段差のないことが、私の中で当たり前になってきている。

バリアフリーに慣れると、段差があることを忘れてしまう。
段差があることのほうが、悪いことのように思えてくる。
小さな段差に敏感になり、つまづくと目くじらを立ててしまう。

人と人との関係も、なんとなく似てるなぁと思えてきた。

すべてが同じなわけはないし、並べば平坦になることもない。
それぞれが違うのだから、それは当然のこと。
だけど、違うなりにも同類と判断したグループはできるわけで。
そうすると、そのグループに入らないものの違いに対して、敏感になってくる。
自分の価値観で、違うものを、時には嫌悪し、攻撃し、差別し、排除する。
違って当然ということを、認めることができなくなる。
そういう心の段差が生じることもあるということ。

「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」

『阿弥陀経』という経典にある一節。
浄土に咲く蓮華の華のことで、それぞれがそれぞれの色に光を放ち合い、照らし合っているさまを説いている。

一人一人の持つ特質を発揮し、また発揮されたものを受ける止める。
せっかく違うのだから、その違いを認め、違いを尊重し、違いを愛する…そういう心持ちでありたい。

「みんなちがって みんないい」

まったくその通りだ。

段差をなくすことが根本的な解決ではない場合もある。
段差があることを知る、認識する。
まず、そこから始めないと、たまに遭遇する段差に驚き、排除しようと躍起になる。
自分のほうがスタンダードだと、ぶつかり合うこともあるかもしれない。
段差はあって当然という認識。
その上で、その段差を超える懐の深さというか、なんというか…。
まあ、そんなものが、人間同士それぞれが関係することによって培われていけたら…。

などと、つまづいて膝をついたまま考えてた。

それは本堂での法事が終わり、墓地へ移動する途中のこと。
お参りの方々の目の前で転んで、持っていた携帯用の鐘が虚しい音を響かせながら飛んでいった。
その状況のあまり痛さと恥ずかしさに、思考が現実逃避したらしい。

誰にも手を差し伸ばされなかったことに、自分の魅力のなさを痛感する…。
肉体的にも精神的にイタイなぁ。

2007年07月17日

おばあちゃんの智慧袋

「痛い話」で思い出すのは、昨年末の捻挫です。本当に痛かった。すぐに病院に行けば良かったが、忘年会に行きたかったので、そのまま足を引きずって飲みに行ってしまった。それがより悪化した原因のようです。でも、その話は築地本願寺のテレフォン法話でさせていただきました。ぜひ、お聞き下さい。
 ↓  ↓
http://www.tsukijihongwanji.jp/tsukiji/howa.html
(これは築地本願寺3分間法話でいろんな話が放送されています)


で改めて、「痛い話」を考えていると、グラグラッと地が揺れました。新潟県中越沖を中心とする震度6強を観測した地震でした。千葉にいた私も震度3の揺れを感じました。報道番組からは、地震により全壊した家屋、行き場を失い避難所で生活せざるを得ない人たち、倒れた電車の姿が伝わってきます。


その中で、全壊になった家屋から助け出される女性の姿が映し出されていました。
「大丈夫ですか」という消防員のかけ声、「痛いよ」「助けてくれ」という家屋に体をはさまれている女性の叫び声がします。緊迫した状況であります。そんな中「がんばれ」というそばにいた消防団員の声が聞こえてきた。その消防団員は自分は何もできずに、助けたいという一心で出てきた言葉なのでしょう。


そのシーンは、私に3年前の新潟大地震の時のある被災者の方の言葉を思い起こさせました。
それは、新潟のおばあさんの「地震にあったことは災難だったけれど、人の優しさに出会うことができてうれしかった」という言葉です。


人類が万物の霊長といったところで、長い地球の歴史に比べれば、ほんの少しの歴史であります。私たち人類が地球を間借りしているといってもいいかもしれない。そのため、地球の変動=災害に悩まされてきたのが、人類の歴史でかもしれません。災害を経験するたびに嘆き、喪失感が生まれてきます。


でも、その経験を通してみえてくる世界もあるのです。そこに目を向けていき、大切なものを感じ取っていくのが人類の智慧なのかもしれません。痛みや苦しみがあると「なんでケガをしてしまったのか」とその事実ばかりに目がいってしますが、ちょっと離れてみると、そこに大切なものが落ちているかもしれません。そんなことを、新潟のおばあちゃんが教えてくれました。


今回の震災被害が少しでも早く復興することを願うばかりであります。

2007年07月12日

傷つけた痛み

「痛い」といえば、骨折したことも痛かったし、自転車に乗っていて車に軽くはねられた事もありますし、親知らずも痛かったですねぇ・・・。
肉体的な痛みではない「痛い」だと、運転中、不注意で前の車にぶつかってしまった事や、ついこの間、高速道路で、追い越し車線をずーっと走っていたら、それが違反で、覆面パトカーに捕まった事、などでしょうか。
あとは、失恋というものも精神的にかなり「痛い」経験ですね。

でも、自分がいろんな怪我や失敗や失恋した事以上に「痛かった」事は、自分の言葉や行いによって、好きな人の心を深く傷つけてしまった事、そしてその事に気付けなかったこと、傷つけたことに気付いても、その人の気持ちをしっかり受け止められなかったこと、かもしれません。
自分としては、その時、相手のことをちゃんと愛していた、と思いますし、大事にしていたつもりでした。ですから、もちろん傷つける気なんてサラサラ無かったですし、傷つけている、と知っても、自分では大事にしているつもりでいたので、それを信じたくなかったし、相手の気持ちを理解することはできませんでした。

しかし、そう言う自分の想いは結局独りよがりな「つもり」でしかなく、相手の受け取り方や、感じ方、考え方というのに大きなギャップがあって、相手からすれば、私が大事に想っている「つもり」でいても、それが感じられなかったのでしょうし、私には傷つける「つもり」はなかったとしても、たくさん傷ついていたのです。
なのに、その自分と相手の違いを認めることなく、自分は大事に想っているのだから、と自分の想いばかり押し付け、相手の気持ちというものを理解しようとしなかった。これもまた、相手を傷つける事になったのだと思います。
もちろん、人と人は違うものだし、相手の気持ち、感じているものを100%理解する、ということは、不可能かもしれません。でも、違うからと言って、相手の気持ちに寄り添っていくことが出来ずに、相手を傷つけ続けたことは、今でも悔やまれるし、考えると、心が痛みます。

私は、別れた後になって、好きな相手のことを傷つける、ということの「痛さ」というものに気付いたわけですが、本当は、その「痛み」に、一緒にいる時に気付くべきだったし、それ以上に、自分のしたことで相手が傷ついているということ、そして相手の気持ちというものをよく考え、受け止めていかねばならなかったのだと思います。

自分のしたことを正当化するつもりではありませんが、どれだけ好きな相手であっても、恋愛をして一緒にいる中で、傷つけてしまう事って、きっとあると思います。
もちろん、一番大切なのは、そうならないように相手に思い遣りを持って接することなんですけど、どれだけ好きで、思い遣っているつもりでも、感覚に違いがある以上、気持ちのすれ違いや、思慮が足りずに、傷つき、傷つけられる事もあるでしょう。
だからこそ、自分の想いばかりに目をやって、自分を正当化するのではなくて、相手の気持ちをしっかり考え、受け止めようとする事が、相手の痛みを知るためにも、負わせてしまった傷を癒すためにも、大切になってくるのでしょうね。


まあ、私が今感じる痛みなんかよりも、その時の相手はもっと傷ついて、心の痛い思いをしていたでしょうから、本当はこんな事言えた義理ではないのでしょうし、今更こんなことを言っても、相手が傷ついた事を帳消しに出来るわけではありません。
こうして後悔している事すらも、もしかしたら、単なる自己満足や自己愛から来る、独りよがりなものに過ぎないのかもしれないですけど、ね。。。

2007年07月07日

熱視線。

イタイ話・・・そういえば骨折したことがない、ということをまず思った。
割とスリムな方なのでポキッといきそうなものだが、案外しぶといらしい。

それは置いといて。
僕は普段からのほほーんと生きている印象を持たれがちである。
でもそれはある意味当っていて、楽観主義なのも合わさって、いたーい視線をもいたーいとも思わずに生きてきた気がする。

特に海外。

「旅の恥は掻き捨て」とはよく言ったもんで、まさにそれを地で行くようなことをよくやったものだ。


とある国のバスターミナルにて。

「○○行きのバスはどれ??てか、どれ?どれ?」

とその場で騒ぎ立てる1人の日本人。ただ通りがかっただけのおっちゃんに詰め寄る日本人。
怪訝そうな顔をされながらも、バスまで同行してくれて、さらにバスの運転手の人にまで「この日本人○○行きたいらしいからよろしく」
と言ったかどうかは分からないけれども、無事目的地まで行くことができた。

おそらく周りにいた人はまさにいたーい眼で僕を見ていたに違いない。

今思えば、物怖じしない青春だったような気がする。


いったいどんだけの世界の人々に迷惑かけてるんだろう。そう思うと愕然とした。
迷惑をかけながらも人々とつながっていく自分がいて、そしてみんながいる。

これからもいろんな人に迷惑をかけていくかもしれない。
旅行だけでなく、実生活でも迷惑をかけるかもしれない。
いや、すでに迷惑をかけているかもしれない。

それでも僕と接してくれる。

接してくれる・・・裏返せば見ず知らずの僕へのやさしさとも言えるだろう。
それを感じることこそ周りに対する感謝のココロなのだろう。

いたーいと思う視線が実は裏を返せばあたたかいココロなのかもしれない。

2007年06月19日

水ヨウカンが降ってきた!

リレーコラム、今回のテーマは「イタイ話」です。
失敗話や、本当に痛かった話などなどです。

これは忘れもしない僕が小学5年生の時に起こった災難「リアルに痛かった話」です。

僕の住む田舎では家を新築する時に、家の棟が組まれたら大工さんとそこの家の人が屋根に上り、そこから集まった近所の人にお餅を投げてお祝いするという習慣があります。
それを「棟上げ(餅投げ)」と言います。
たいていは屋根の上で神主さんが祝詞を読み上げてから行うのですが、お寺の家が建った時には、お坊さんが上がって、お経を読んでいました。

ある日、小学5年の僕は放課後、友達と一緒に近所の棟上げに向かい、お餅が投げられるのを今か今かと待っていました。そこの今回建つ家は大きく立派で、投げられるお餅の数も多かったのです。
そして、お餅だけじゃなくて、お菓子や、後でお酒と変える木の札、そしてなんとお金まで投げられるという噂でした。僕はどきどきして、今日はいっぱい取ってやると意気込んでいました。

祝詞が終わりいよいよ餅投げが始まりました。持って行ったビニール袋にお餅を拾って入れていると、僕の頭上からなんと「缶入り水ヨウカン」が降ってきたではありませんか!
なんと、頭の上にまるで隕石のごとく缶が降り注ぎ、頭から血が噴出し始めたのです!

その後あまり覚えていませんが、家までなんとか帰ったのは良いものの、血が止まらなくて救急車で病院まで運ばれてしまいました。傷口は浅くて、少し縫うだけで直ったのですが、棟上げをした家の人は大変申し訳ないことをしたとお詫びに何度も来て下さいました。

しかし、その時僕が一番驚いたこと、それは血まみれになりながらも、自分の頭に降ってきた水ヨウカンの缶を拾って袋に入れて持ち帰っていたという驚愕の事実!です。ぼっこぼこの水ヨウカンの缶を、なぜ拾おうとする、自分よ。
「そんなに食べたかったのかい?」子どもの頃の自分にそう問いかけたいです。

今回あきらかになったことは、僕の欲の心は根深いな、「人よりいっぱい拾ってやる」という思いは際限がないな、ということ。
もう一つ言えるのは、子どもの頃から降ってくる水ヨウカンを除けられないような、ぼーっとしていたやつだったのだなというダブルショック!!

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