私は信じやすく、騙されやすい。
なので、とても疑い深い。
だから今回のテーマを知ったとき、「おいしい話には裏がある」という意味での「おいしい話」かと思ったたんだけど…どうやら私だけだったみたいだ。
そういう意味での「おいしい話」を考える時、最初に思い浮かんだのは笑いながら心の隙間を埋めてくれるセールスマンの喪黒福造さん。( 藤子不二雄A 『笑うせぇるすまん』 )
悩んでどん底にいる人や、追い詰められている人に、その悩みに合った商品を勧め与えては、相手の心の隙間を埋めてくれる。
それは、悩みを解消するどころか、人生を思い通りにできるほどの品で、使った人は舞い上がる。
けれど、そういうものには必ず「○○してはダメ」という条件がつくのがお約束。
なのに、使う人はその条件を守れずに、喪黒福造さんに奈落の底へ「ドゥーン」と落とされてしまう。
小さい頃、たまに見ていたこのアニメの内容に、どうして条件を守らないんだろうと不思議に思っていたけれど。
大きくなって、さまざまな誘惑に溢れた生活を知ってしまうと。
「あと少しだけ」「あと一回だけなら大丈夫」と、奈落に落ちていった人たちの心情が、よぉく分かってきたから情けない。
「おいしい話」っていうのは、言い換えれば自分にとって「都合の良い話」ということだ。
その「都合のいい話」についてくる条件も、考えてみれば薬の箱の裏に書いてあるような使用上の注意のようなもの。
だけど、その使用上の注意が「自分にとって都合の悪い話」となる場合があって。
本来、守れば問題ないものなのに、なぜか守らず…いや、なぜか守れないで。
どうするかといえば、その都合の悪さを無視してしまったり、無理やり自分の都合よく捻じ曲げてしまう。
風邪気味で薬を飲んだあとに、車を運転したとして。
けど使用上の注意には、眠くなるから運転してはならないと書いてあるけど、大丈夫だろうと勝手に判断してしまう。
そうしてうつらうつらと眠くなり、前方不注意でガードレールにぶつかったとしたら…。
自分の過失を認める人もいるけれど。
なんで眠くさせるんだと、原因を見ないで薬のせいにして逆ギレする人もいるだろう。
自分にとって都合の良い部分だけをピックアップしておいて。
あとの都合の悪さは捻じ曲げて、挙句に都合の悪いもののせいにする。
それが、誰にとっての価値判断の末に出た良し悪しかを、考えることもなく。
とまあ、ようは自分にとってだけ「おいしい話」には気をつけてという話だ。
そこには必ず、条件があって、その条件を受け入れられない自分がいる場合もあるということ。
それから、もう少し視野を広げたら、全人類、全生物、全環境にとっての「おいしい話」という都合の良いことも、存在しないということにも、思い当たるかもしれない。(私も今、気がついた)
それが何故かということに、答えをくれるのが仏教だ。
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