2008年01月28日

ダッタボンバ

10年以上前に、数人の仲間と写真のホームページをやっていました。
(前コラムを書いたGuerreroもそのひとり)

その頃は、デジタルカメラもまだ普及しておらず、インターネットもダイヤル回線でした。
そのような環境では、写真一枚の表示に数秒待たされるのが当たり前で、とても見れたものではありませんでしたが、それでも何か表現したいという想いから始めたものでした。
当時のぼくが考えていた「表現」とは、「オレは今ここに生きてるぞ~!」というような我の固まりで、詰まるところ、それは今もそれほど変わっていません。

フィルム写真を一枚一枚スキャナでしこしこと取り込み、見よう見まねのホームページに更新。スキャナもフィルムスキャナというのが当時一番キレイに取り込めるとかなんとかで、勇んで購入したのを懐かしく思い出します。

そんなに大昔というわけではないのに、ネットの世界では日常の数倍のスピード感覚なので、なにやらおじいちゃんのような気分になってきますね。

それで、その頃のものがまだデーターごとあったので、恥を忍びながらもここに公開させてもらいます。

当時の写真を眺めながら、やはり写真は自分の投影だなぁとしみじみ思います。
よろしければ、ぼくを見てください。

001.jpg
ダッタボンバ photo by toshi

2007年11月01日

マジック事件

テーマ「家族」からは少しそれてしまいますが、中学校時代の思い出を少し書かせてもらいます。


ぼくが通っていた中学校は、男子は坊主頭でした。
髪は自宅で母親に刈ってもらっていました。
ある時、いつものように、洗面所へ新聞紙を引き鏡に向かい、うしろから母親がはじめの一刈目を入れた直後、

「あぁ・・」

という声が聞こえ、手がピタリと止まりました。

「どうしたん?」

と聞いても返事がありません。手で触ってみると、

一部分髪がない!

バリカンには3ミリ、6ミリ、9ミリというふうに、切り替え式のキャップを付けて頭を刈ります。
そうです。母はキャップを付け忘れて頭を刈ってしまったのでした。左寄りの後頭部からつむじあたりまで肌がむき出しになっていて、後頭部のみ、逆モヒカンのような状態。

あまりのショックに、ぼくは泣きました。
母も泣きました。

少し落ち着いてから、どうしたら違和感なく学校に行けるかということをふたりで考えました。
一つ目の案は「包帯を巻く」でした。
頭をぶつけて仮我をしたということにして、包帯をグルグル巻きにすれば、後頭部の恥部を隠すことができます。ただ、それにはひとつ問題があって、目立ち過ぎるということでした。頭に包帯を巻いて学校へ行ったとして、みんなのリアクションを想像してみると、当時のぼくにとって耐えられるものではありませんでした。包帯案は却下です。

次に考えたのが、「マジック案」。
肌をむき出しになっている部分は白く、他は髪で真っ黒です。白い部分を黒く塗ればなんとかごまかせるのではないか。それが母とふたりで考えに考え抜いて出した案でした。
早速マジックを塗ってみると、これが予想以上に他と溶け込み、これならなんとかなるかもと、母とぼくは少し元気を取り戻しました。
とは言っても、ばれた時のことを考えると、やはり学校へは行きたくありません。そんなぼくの心を父は察していたのか、自転車通学のぼくのあとを車でついてきました。もう逃げ場はありません。マジックを信じて学校へ行くのみです。

学校の駐輪場へ自転車を止めて、いよいよ、勝負の時がきました。
ヘルメットを取った瞬間、

「あーー!」

と友達が声を上げました。
(え?そんなはずはない。入念にマジックを塗ったはずなのに・・)

「どうしたがよ?!頭ズルむけやにか!」

予想外のことが起こりました。
なんと、汗でマジックがとれてしまったのでした。
ショックです。とてもショックです。母とぼくの考えに考え抜いた名案はもろくも敗れ去りました。
でも、友達の笑い声がぼくを吹っ切らせてくれたのか、それほど苦痛はなくなりました。「頭ズル向けがなんだ!」という精神状態にまで、友達がもっていってくれたのかもしれません。

教室へ入っていくと、みんながぼくの頭を見にきました。他のクラスからもぼくの頭を見物しに何人もやってきます。そうこうしているうちに、吹っ切ったはずのぼくの心はどんどん弱まっていきます。ついには、先生まで介入してきて、「笑った人は謝りなさい」と言い、数人が微妙な表情でぼくに謝る姿をみて、ついに限界点に達しました。

なんとしてもここから逃げ出す。

お腹が痛いとか風邪気味という理由では、父にこっぴどく怒られてしまいます。
どうしたら家に帰れるか?
ぼくがとった行動は、正常な状態では考えられないことでした。

コンクリートに肘をぶつけて折る。

あまりにも痛々しい話ですが、人はアドレナリンを放出し過ぎると、なんでもやってしまうようです。泣きながら何度もコンクリートに肘をぶつけました。

保健室へ行き事情を話し、家に帰ってすぐに病院へ行きました。
看護婦さんに「頭はどうしたの?」と言われて、キャップを付け忘れて刈ってしまったことを言うと、ぼくに強く同情してくれて、「えらいね」と言われたことをよく覚えています。肘は骨折まではしていなくて、ヒビが入ったということでした。石膏をつけてもらい、帰宅したぼくは、キャップなしで完全に丸刈りにしてもらいました。初めからこうしていればよかったというのは後の祭り、とにかく、身も心もスッキリした状態になって、心新たに翌日から学校へ行ったのでした。


親子ふたりで泣いているシーン、
真剣にマジックを塗っているシーン、
それに満足しているふたり、
泣きながら肘をぶつけているシーン、
翌日、ツルツル頭に石膏をしているシーン
どれをとっても、尋常ではありませんが、この出来事を思い出すたびに家族で笑い転げています。

2007年08月18日

正座

「イタイ話」をテーマにこちらでまわしているメンバーコラム。すっかり滞らせてしまいました。
ご無沙汰です。みなさんお盆はいかがお過ごしでしたでしょうか?


お坊さんにとって、まずイタイと言えば、正座です。これは何年やっていても痛いものは痛いです。痛さがなくなるわけではなくて、痛さに慣れるといった感じでしょうか。とは言っても、現場ではそれほど長い法要はないので、取り立ててイタイ話ではなく、むしろおつとめ中はそれだけをやっていればよいので、ある意味ラクなわけですが、今回はあえて「正座」をピックアップして書いてみます。

正座のコツは?と言えば、とにかく“動かない”ことです。痛さに負けて、足を組み替えたりすると、一瞬痛みは和らぐのですが、その後、痛さがより増します。動かさないことによって、痛さを最小限に抑えつつ、結局は痛さに慣れるしかありません。

肉体的“痛さ”はいろんな感情を生みだしますが、これを、精神科医キューブラー・ロスさんの著書「死ぬ瞬間」にある“死にゆく過程の五段階”に(無理やり)当てはめてみると以下のようになりました。


①認めない
まずは、現状が認められません。
一時間以上も正座することになんの意味があるんだ?!
イスでいいじゃないか!そもそも、仏教を学ぶのになんで正座なんか必要がある!
などと、とにかく、認めないことですね。

②怒り
いくら自分が認められなくても、現状が変わらないことを知ると、次に「怒り」がやってきます。
痛さを全く感じていない人を見れば、なんであいつは痛がっていないのに、俺はこんなに痛いんだ?!と思ったり、この現状を作り出したのは誰だ!と、言い知れぬ怒りを他人に探します。

③取引き
自分の力ではどうにもならないことを知ると「どうか私を助けてください」というように奇跡を期待します。

④抑鬱
どれも効果がないことを知ると、次はウツ。深いため息と絶望に襲われます。

⑤諦めと別離への準備
最後に、この現状から逃れようとする心を止めて、すべてを受け入れます。
痛い時は痛いままに。正座と共に生きていこうじゃないか。
そうすると、なぜか、フッと楽になるでしょう。


たかが正座を“死ぬ過程”と比較するのはおかしな話ですが、この五段階は、いろんな場面でピタッと来る時があるように思います。⑤の“諦め”とは、「あきらかにみる、ありのままをみる」という仏教観に近いかもしれません。自分自身を考えてみると、①から④をグルグル回っているのかも。
みなさんもお試しあれ。

2007年04月10日

親ごころ

小学生の頃、ピアノを習っていました。
母親の願いで行かされていたため、あまりまじめな生徒ではなく、よくさぼって教室の近くにある高校のグランドで野球部の練習を見ていたことを覚えています。

教室は電車で20分ほどのとなり町にありました。
ある日の練習後、どこかに財布を無くしてしまい、電車で帰れなくなったことがありました。駅から教室までの間に落としたのか、どこを探しても見つかりません。たまらず教室から家へ電話をかけると、タイミングが悪く父が出ました。

タイミングが悪いというのは、うちの父はとても厳しかったからです。
中学生になってからも父と目を合わすことが出来ないほどに怖い存在でした。

“財布を無くしたので迎えに来て欲しい”ということを伝えると、案の定、一喝されてから、“無くしたのは自分の責任、歩いて帰って来い”と返答がありました。歩いて帰ると2時間ほどでしょうか。その時の自分の気持ちは記憶にありませんが、とにかく、歩いて家へ向かいました。テクテク歩く道中をどことなく覚えています。

半分ほど来た頃に、ふと後ろを振り返ると、平行して並ぶ道にいる車に気付きました。止まっているようにも見えるその車は歩くほどのスピードでトロトロ走っています。少し気にかけながらも、再び歩き出しました。しばらくして、また後ろを振り返ると、だいぶ離れたところで一定の距離を保ちつつその車がいました。今で言うなら、まるでストーカーのように、ずっとぼくをついてきているようでした。そして、何度かそれを繰り返しているうちに、その車がうちの車であることに気付きました。子供心に「何してんの?」「いるんなら乗せてよ!」と思ったに違いありませんが、父のもとへこちらからおずおずと行けるわけもなく、結局そのまま歩いて帰り着きました。
家へ帰ってからも、その話題は一切出ませんでした。


こんな他愛もない話ですが、今でもふと思い出すことがあります。
ぼくにもいつか子が恵まれ、子が似たような失敗をした時、おそらく父と同じ対応をするのかもしれません。

2007年02月03日

友だち

メンバーが同じテーマを順番に書いていくメンバーコラム。
3巡目のテーマは「友だち」です。

「本当の友だちって?」「親友ってなに?」
ということは、誰しも思春期に一度は考えたことがあるでしょう。
歳をおうごとに、そういう問いはあまり考えなくなりますが、あえて今回は友だちについて考えてみようと思います。

前置きとして、ぼくが日常考える友だち観は、
「今話している人が友だち」
この人は親友で、この人は親友じゃない、なんてことを考えていると、正直頭が痛くなります。
だから、今目の前にいる人が友だち。
相手がそう思っていなかったとしても、ぼくの中で友だち。
もちろん、その中で気の合う人や合わない人はいますが、それは自分の容量にも関わることなので、あまり考えないようにしています。


では、まず、
「友」を辞書で調べてみるとこうありました。

(1)親しく交わる人。ともだち。友人。朋友(ほうゆう)。
(2)志を同じくする人。同志。
(3)常に好んで親しんでいる物。
(4)道づれ。なかま。

この4つの中では、(2)の「志を同じくする人」というのが、特に深く関わる人をさすように思います。
例えば、学生時代の部活動。目的を同じくするメンバーとは、より深い関係を持つことになりますね。ひとつの目的に対してどれだけツライ経験をしたかによって、人と人の繋がりはより濃くなっていくのでしょう。逆に言うと、目的が違っていたりツライ経験もなかったら、それほど深い関係にはならないように思います。ぼくの場合も、仏教専門学校の寮生活を共にした人や、劇団のメンバーなどは、その後数年会っていなくても、変わらない絆が結ばれています。どちらもその背景には、きつい生活やつらい練習がありました。「夫婦」というのもそういうものではないかと考えます。ここで重要なのは、好きとか嫌いという個人的都合を、部分的に超えていることだと思います。どんな人でも深く付き合えば、好きなところもあれば嫌いなところもあります。それを含めた上での共同作業が、人と人をより深い関係にするものだと思います。

仏教では、
1、「仏さま」
2、「仏さまの教え」
3、「仏さまの教えを大切にする者の集まり」
を三つの宝と言いました。
「宝」とは文字どおり、人にとって最も大切なものを指しますが、その中で、3の「仏さまの教えを大切にする者の集まり」という、いわば「友だち」を重要視しています。
これは、おシャカさま当時(2500年以上前)から一貫していることで、仏教ではひとりで学びひとりで修行することを良しとせず、必ず師を持ち仲間を持つことを勧めます。逆に言うと、ひとりで修行しひとりで悟ったという人は「怪しい」ということにもなるでしょう。
この考え方にはいろいろな含みがあると思いますが、ぼくもこれには強く共感します。
例えば、ミュージシャンなどでも、ひとりでまったく新しい音楽を作り上げるということは、その人が天才でない限りあり得ないでしょう。既存のものを壊すというパンク精神から生まれた音楽も、既存のものがあったから生まれたものです。ですから、尊敬する人をもたないミュージシャンがいるとしたら、ぼくは首を傾げます。これは音楽に限らず、どのジャンルにおいてもいえることだと思います。


「師(尊敬する人)に出会うこと」と「仲間に出会うこと」が、
この世に生まれた最高のヨロコビだと思う今日この頃。


続くメンバー、お気軽にお願いしまーす。

2007年01月04日

賀正

明けましてメリシャカ!
みなさん正月はいかがお過ごしでしたでしょうか。

ここでは方言をテーマにメンバーコラムが回っています。
メリシャカメンバーは見事に全国散り散りで、
千葉、神奈川、名古屋、京都、富山、石川、岐阜、福井、広島、岡山、長崎、佐賀、山口
と、13県を制覇しています。
この勢いで各都道府県すべてにメンバーがいてもいいですね。
まずはメンバーから全国制覇!

さて、ぼくは富山県在住です。
富山弁の特徴は、語尾に「ちゃ」や「け」などが付きます。
「わからんがいっちゃ~」
という感じです。
他に特徴的なもので、否定を意味する「なーん」や「やーわ」という言葉もなかなか味があって使い甲斐(?)がありますよ。ただ、メンバーの方言コラムを見ていても思ったのですが、方言は文字だけではなくて生声で聞かないと、なかなか伝わりにくいですね。
ということで、富山弁をフルに使ったフラッシュがあったので紹介させてもらいます。
このフラッシュは、BOUZ TRACKを作成してくれた富山の奇才アーティスト宮坂さんの作品で、地元のグリーンカフェというお店のために創られたプロモーションフラッシュアニメ。第6弾までリリースされています。
かなりポップでおもしろいので是非ご覧ください。

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#04#05#06

地方の時代と言われていますが、地元の良さというものは灯台下暗しでなかなか気付かないことが多々あります。だから、地方ではいまだ決して追いつかない都会に憧れ都会のマネをし、地元の良さを減退し続けているのかもしれません。
これは、お寺に関しても言えることで、お寺に生まれお寺で育った者には、本来のお寺の良さというものを見失っている場合があります。
自分の足元をしっかり認識した上で、その長所を最大限に活かしてアピールしていきたいものです。それには、外からの視点というものがとても重要なので、このメリシャカにおいても、いろんな方の意見が聞ける場であってほしいと個人的に願っています。
どうぞ今後ともメリシャカをよろしくお願いします!

【我が町】
県名  : 富山県 
市町名:黒部市(宇奈月町と合併しました)
《人口数》
富山県:1,109,205人(平成18年10月1日現在)
黒部市: 4万人ぐらい
長所・キーワード:
立山黒部アルペンルート宇奈月温泉八尾風の盆、米、水、魚

2006年11月11日

すきたちもん

みなさんこんにちは。
お寺の職務について8年ほどのトシです。
どの職業も10年は経験しないとモノにならんと言いますが、ホントに10年でいいのかと不安になってきました。惰性で過ごす10年と1日1日を大切にした10年では雲泥の差があるのでしょうね。

さてさて、

ぼくの住む富山県は昔から保守的とよく言われています。
その一旦を小学校の頃によく使っていた言葉から紹介してみましょう。

すきたつ

という言葉があります。

あいつすきたっとるじゃ」とか、「お前すきたつなま!
という使われ方がします。

これは「調子に乗る」とか「格好つける」のようなニュアンスがあって、
ようするに、「あいつ調子に乗ってるよ」「お前格好つけるなよ」という意味になります。
これは人と違ったことは嫌われるという村意識からくる言葉でしょう。
格好をつけることが嫌われるということは、「格好をつけない」という美意識が生まれます。
格好つけないように気を付けた格好つけ
が富山スタイルと言えるのかもしれません。

これは「出る杭は打つ」的な考え方になってきますが、最近これに関して思うのは、
打たれて引っ込むぐらいの杭は、元々それほど出る杭ではなかったのかなと。
打たれても打たれても「出る杭は出てくる」ように思います。
むしろ、杭は打たれれば打たれるほど強くなると考えるようになりました。

え~、何が言いたいのかと言えば、特に何もないんですけど、
富山というか、田舎全般が、「世界の中の日本」のように感じることがあるので、
少し想うところを書かせてもらいました。


次のメンバーコラムは、同県出身の同級生で、メリシャカに素材提供をしてもらおうと引きずり込んだGuerreroくんです。よろしくー。(すきたつなよ)

2006年07月27日

お寺でイベント

ここ10年ほどの間にお寺で音楽会や落語会などのイベントが盛んに行われるようになった。
うちのお寺では昭和53年に父と繋がりのあった永六輔氏を迎え「野休み落語会」がはじまった。落語はお坊さんのお説教がルーツだから、これはある意味「落語家の里帰り」。当時、お寺の本堂で落語を聞くというのはとても斬新なものだったと思う。お寺は法事と葬式の場所、という先入観に一石を投じていた。

はじめの頃は父が前説として、お説教を担当していた。それが5年ほど経った頃からお寺代表のあいさつに変わっていた。この会はあくまで永六輔氏が主導を握る会だった。永さんはお寺の息子だからお寺に対する理解はある。しかし、あくまでそこを離れた方。こちらの想いとかけ離れたことも軽く口にされる。父が往生してからは、女将として母があいさつをするようになった。しばらくして、落語会は終わった。理由はゲストの高齢化となっているが、本当の理由はなんだったのか。父のドキュメントを撮った番組で永さんがこんなことを言われていた。「お坊さんがいなくなった」。永さんは父との強い繋がりの中でこの会をやっていた。坊主がいなけりゃお寺じゃない。この言葉はぼくに強く突き刺さった。永さんと対等に渡り合える坊主がいなければこの会は成立しない。確かにその通りだと思う。

お寺でイベントをやる理由はそれぞれだろう。法要の記念イベントとしての余興、イメージ改革、人に集まって欲しい、これを縁に他の行事にも是非ご参加を、などなど。どんなイベントを行うにしても、坊主と出演者は対等でなければならないと思う。そうでなければ、ただの場所貸し。ちょっと変わった場所でこんなことが?!なんてものはすぐに飽きる。そこに集まる人たちはあくまでその出演者を覩に来ている。それとお寺の仏事は全くの別物。現に落語会に来てくださったお客さんがうちの他の行事にも顔を出したかというと、20年以上やってそんな人はひとりもいない。そんな下心を持つぐらいならやらないほうがよいだろう。

お寺から提供できるものはなにか。それは仏教しかない。法話とお経がなければお寺じゃない。たまには余興的にゲストをお招きするのも色を付けてもらえるのでよいかもしれないが、お寺主導でイベントを行うなら、法話とお経は欠かせない。それをいかに提供していくかが問題。幸いにアーティストは時代の一歩先をいき世の中に対して一言モノを言いたい人たちであったり、基本的には平和を求めている。このアクセクとした時代に嫌気をさし、テレビなんてクソくらえという想いを持った人もたくさんいるだろう。それぞれに方向は違うが、そのあたりで通じるものがある。ぼくら坊主は仏教で世界は変わると思っている。アーティストはアートで世界は変わるという信念が少なからずあるだろう。一般的には、両者とも社会のオマケのように受け取られているが、その両者がうまく手を取り合えた時、仏教ルネサンスになるかもしれない。

メリシャカでなにか事を起こす時は坊主が前面に出るでしょう。別にぼくらが出たがりというわけではありません。だってその都度懺悔させられるし、基本的にみんな恥ずかしがりです。でも、あえて坊主が世に出ていかなければならない時代突入だと感じています。このまま時代の流れのままにいけば仏教・お寺は影すら消えてしまいそうですから。ぼくらの背景はあくまで仏さまという信念のもと、踏ん張って前に出ますよ!

と、誇大妄想を描きつつ、なんか楽しいことをやりたいな、と思う今日この頃です。

2006年06月12日

祝!

メンバーのひとりケンショウくんが結婚しました!

披露宴最後の新郎スピーチが印象的。
「違いを認め合える夫婦に…」
と。かっこいいこと言うなぁ。

メリシャカのほうは、6月下旬にメンバーが京都で集合。
これからのことを話し合うと思うので、その後新たにメリシャカ再出発になるでしょう。

2006年05月18日

誰の人生?

前世ってあると思う?
霊っていると思う?
超能力ってあると思う?

こんな質問をたまに受けます。お坊さんもそういう人種だと思っている人は多いようです。
ぼくの答えは、正直、どっちでもいいです。

おシャカさまは「人生は苦だ」と言われました。
「苦」とは「思い通りにならない」ということ。
それに四苦八苦あるといいます。
四苦とは生・老・病・死。人は年をとって病気して死んでいく。それをあきらかに見つめて歩む道が仏道です。

前世があろうとなかろうと老病死はきます。
霊が見えようと見えまいと老病死はきます。
超能力があろうとなかろうと老病死はきます。
仏教では、苦の原因を霊や前世などに責任転嫁はしません。

当たり前過ぎておもしろくないですか?
もっと、自分の生活を劇的に変化する“なにか”が欲しいですよね?超常的な力で一発逆転したいですよね?
でもそれは、自分の足で歩くことを放棄することでした。仏教をよりどころに生きるというのはそれとは真反対の生き方だと思ってください。

ちょっと愚痴になりますが、お寺で生活していても、皆さんと同じくいろんなことが起こります。お寺ではいくつも会があって、そこにはいろんな人たちがいます。何十人の意見を汲み取ってひとつの行動を起こす、なんて力は僕にはありません。誰かの意見に傾けば他の誰かが気分を悪くする。人の意見に振られ過ぎると八方美人と見られ、ひとりでやると誰も相手にしてくれない。そんな状況になるといつも逃げたくなります。小心者の自分には柄じゃないといつも思います。いっそ誰かに決めてほしいです。ズバリ言ってほしいですよ。
でも、そんなことが当たり前のようにやってくるのが人生だと先輩方は言いました。

人生は苦。思い通りには絶対にならない。
ならばその人生を食い尽くしてやろうじゃないですか。甘味も苦味も、渋味も、辛味も、臭味も、全部食ってやる!吐きそうになっても食ってやる!
そう思えた時、だいぶ楽になりました。
そんなに不味いものばっかりでもないですね。

あ、でもね、
それから数年経った今、またいろんなことから逃げようとしてます。やっぱりシンドイことは後回しになりますね。アハ。


*どうぞテレビにはお気をつけください。

2006年05月14日

お名前

シャカサイトなのにおシャカさまの情報がほとんどないぞ!
ということで、まずはお名前からご紹介します。

このサイトでは、シャカという言葉をよく使っていますが、これは通称、呼び名です。
以前、高校生がいろんな略した言葉を使うことに、それは「ことばの乱れだ!」と言わたことがありましたが、仏教の世界ではよく言葉を略します。

少し脱線しますが、ボディーピアスもインドの修行者の間ではよくされていたことで、有名なダルマさんも大きなピアスをしていますね(意味合いはさておき)。当たり前と思っていることも、時代や国によって常に変わり続けるもので、チョンマゲやお歯黒がポピュラーだったのはそれほど昔の話ではありません。農耕民族の血を持つぼくら日本人は、いくら個人主義や個性をうたわれても、人と違ったことをやる場合「ちょっとだけ」違わせるぐらいがほどよいという具合で、大きく違うのはアウト。そのへんの微妙なさじ加減に気を使いながら、思春期時代を過ごします。
それでも、もし、がっつりと目立ちたいというのなら、ぼくの今一押しは「お歯黒」です。これは、1000年以上の歴史があって、「お歯黒禁止令」が出るまでは貴族や皇族の間で流行ったものでもあります。また、歯の表面を覆って歯を保護し、虫歯予防にも効果があったとされています。ナチュラル志向でインパクト大!そろそろ誰かやるのではないかと密かに思っているのですが、今のとこどこにも動きはないようです。個人的にはビョークのお歯黒が見たいです。
まぁ、外見的な主張はもうそれほど重要ではないですね。

話を戻します。
シャカ(釈迦)は「釈迦族」という意味があります。2500年ほど前のインドでは、小国大国がいくつもあって、その中の釈迦族という種族におシャカさまは生を受けました。
また、「シャカ」は「釈迦牟尼」(しゃかむに)を略したもので、牟尼(むに)が「聖者」という意味だから、釈迦牟尼=「釈迦族の聖者」ということになります。
これを」略して、「おシャカさま」と呼び親しんできたわけです。

さらに、「世尊」や「仏」を付け足して、「釈迦牟尼世尊」、「釈迦牟尼仏」とも言います。「仏」はインドのサンスクリット語「Buddha」(ブッダ)を漢字に音写したもので、「目覚めた者」という意味です。手塚治さんのマンガの影響で「ブッダ」という呼び名も有名ですね。

これらはすべて、おシャカさまを尊ぶ人たちがその偉大さと尊敬の意を込めた呼び名でした。

本名は「ゴーダマシッダルタ」と伝えられています。

「ゴータマ」は「最上の牛」という意味で、
「シッダールタ」は「目的を達した者」ということです。
インドでは牛は聖なる動物として尊ばれ、また、これには、当時すでに釈迦族が農耕民族であったことが推察されるとも言われます。


ゴータマシッダルタ
釈迦牟尼世尊
釈迦牟尼仏
ブッダ
おシャカさま


いろいろな呼び名があって混乱を招きそうですが、まずはお名前について少し書かせてもらいました。走り書きのまとまりのない文章なので、訂正などありましたらよろしくお願いします。

2006年05月02日

おまけびと

五月になりました。昨日今日とぼくの地元では黄砂がひどくて車が砂だらけになりました。みなさんの地方はいかがでしょうか?

メリシャカ状況はyahooに紹介された数日、ピーク時は1日1000件ほどの来客がありましたが、それ以後はだいぶ落ち着いたようです。カテゴリは「仏教」に入りました。(紹介文に「コンサートやカフェでの法話会等のイベント開催」とあり、開催ではなく紹介だと訂正を申請中です)
アクセス数に一喜一憂するのはあまり体に良くないので、個人的なサイトなら気にしないようにしたいところですが、「メリシャカ」に限っては、目的が世界へ広める!なので、来客数をとても気にしています。やはり大手や人気サイトに取り上げてもらうと一気にアクセスが増えるようですね。とは言っても、開設一ヶ月弱のこれからのサイトなので、あまり欲ばらず内容充実に力を入れたいところです。

さて、メンバー内の話になりますが、ひとつ宣伝です。
チスイ&kawashimamasakiによるお坊さんユニットバンド「おまけびと」のニューアルバムが4月8日メリシャカデイより発売されています。オフィシャルサイトもリニューアルされています。
おまけびとがどんなバンドかというと、サイトのbiographyにはこうあります。

佐藤チスイのコミカルでネガティブ自意識過剰で仏教讃歌大槻ケンヂで私小説な歌詞 + 不条理でショッキングなボーカル + カワシマの荒々しく大胆な演奏と細やかな録音技術 が融合した、宅録を軸に活動するロックバンドである。

セカンドアルバム『LOVE尊者』(オフィシャルサイトから視聴出来ます)では楽曲的にもメタルからヒップホップ、CMソングのような曲までいろいろ挑戦したこともあってか、今回のサードアルバムは、「おまけびと」はこんなことをやりたいんです、という想いが結集された内容だと感じました。コミカルでネガティブな歌詞にも磨きがかかり、特に音が統一感を持っています。個人的にはファーストアルバムから一貫して、ヘタウマ的なボーカルにアコースティックなフォーク調な曲が耳に馴染みます。

2006年04月12日

ごあいさつ

「メリシャカ&ブットバイ」をダウンロード4分11秒

2006年04月10日

ループ

古代インドでは歴史を記録し残していく文化はなかったという。それは輪廻転生(りんねてんしょう)という、人は生まれ変わり死に変わりしていく世界観に基ずく。いのちはループされるもので、今の世は仮の宿だから、それをわざわざ書き残す必要性はなかったと。線ではなく、円で見る世界観。

続きを読む "ループ" »

2006年04月08日

メリシャカ!

言葉というのは、とにもかくにも使ってみなけりゃ始まらない。
ということで、「メリシャカ」とただひたすら書き込んでいくコンテンツを設けます。
足跡帳・掲示板代わりにもお使いください。
一番下の「コメントを投稿」からどうぞ。

2006年04月02日

検索

このサイトは、「メリシャカ」という言葉を10年後に世界へ普及させることを目的としていて、その第一歩がサイト開設。オープンはもちろん釈迦の誕生日に合わせて4月8日のメリシャカDAY。来年の4月8日には第一回メリシャカイベントをリアルでブチかますことになっている。

普及にあたって、まずバロメーターとなるのは、ネットならば検索だろう。googleやyahooの検索に何件ヒットするのか?オープン6日前の今調べてみると、

google5件、yahoo5件。

その中、リンクページなどが含まれているので、実質は3件。
その3件はすべてメンバー内のページである。
(このサイトもまだ引っかからない)
つまり、つい数ヶ月前までは検索ヒット件数0件。
「メリシャカ」という言葉はこの世に存在しなかった。

これは…

「おいしい」じゃないか!!


1年後の目標ヒット数を掲げよう。
謙虚に100件ほど?思い切って10,000件?
実質ヒット数とリンクを含めたトータルヒット数のどちらに照準を合わせるかの問題もある。
これはメンバーと会議を重ねて、結果はのちほど報告しよう。


尚、「メリシャカ」という言葉の発端は、メンバー内での飲み会の時にひとりの男が発した言葉による。

キリスト教がメリークリスマスなら仏教はメリシャカでしょ!


カ・・カルイ・・・。
でもなんかいい!響きがいい!!

さらに、そのルーツを辿ると、その男が参加している仏教を学ぶ勉強会「慈照庵」(じしょうあん)から生まれた言葉であった。2年ほど前からメリシャカが流行っていたらしく、それをこの度、うちらが借用することになったのである。メリークリスマスのぱくりであり、さらに、慈照庵のパクリでもあった、「メリシャカ」。

そんな言葉にぼくらは情熱を燃やすのです。

今日のメリシャカ!

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メリシャカサイトには複数のブログ(上部メニュー)とフラッシュコンテンツ(最上部メニュー)があります。その中で、トップページとなる「普及委員会」では、メンバーコラムや近況報告等を記していきます。

   *ヒトコトどうぞ。
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