2008年04月19日

龍谷大学付属平安

どうもkenshoです。
昨日から今日まで仕事で京都に行ってました。
仏教婦人会という組織の総会で代表者と一緒に出席してきました。

京都に行くのは1年ぶりで、今回驚いたことが3つあります。
1つ目は、中国人旅行者の異常な多さです。東京の築地も最近中国人観光客が多いですが、さらに京都は多く衝撃を受けるぐらい沢山いました。ようこそ日本へ。
2つ目は、京都駅前のプラッツ近鉄というデパートが潰れてたこと。しかも潰れてたというか建物がなく更地になっていました。このデパートは嫁と付き合っていたころ嫁の住んでいたマンションが近くにあって、散歩がてらよく行ったデパートなので潰れるのはまだしも、建物自体なくなっているのは結構どころかかなり寂しいものでした。
3つ目に驚いたことは、帰りの新幹線をホームで待っていると、なにやら賑やかな集団がいました。近づいてみると阪神ファンの大集団でした。おそらく明日の神宮球場での試合を見に行くのでしょう。僕も阪神ファンの集団のように熱くなりたいです。

さて総会の会場は平安高校、おっと4月1日から改め龍谷大学付属平安高校でした。校門から入ると早速野球部員が沢山いました。土日で練習試合に行くのでしょうか、バスに乗り込みどこかへ行ってしまいました。
平安高校は浄土真宗本願寺派の宗門校であり、龍谷大学も宗門校です。宗門校とは、親鸞聖人のみ教えを建学の精神に掲げ、具体的には仏教もしくは宗教の授業がカリキュラムに入っています。

僕の出身、広島の崇徳(そうとく)高校も宗門校で、広島には浄土真宗本願寺派の関係校が全部で3校あります。崇徳学園と進徳女子高校と広島音楽高校です。
ほかにも全国には、本願寺派の宗門校がたくさんあります。http://www.hongwanji.or.jp/shumon/school/index.html
名称の特徴は、龍谷と名が付く学校が多いことです。龍谷の名前の由来は本山の本願寺(西本願寺)の山号から来ています。このたびの春高バレーの女子で優勝した東九州龍谷高校も宗門校です。

ちなみに浄土真宗には10の派があります。浄土真宗本願寺派、真宗大谷派、真宗高田派、真宗仏光寺派、真宗興正寺派、真宗木辺派、真宗出雲路派、真宗誠照寺派、真宗山門徒派、真宗山元派です。京都の西本願寺が本山なのは本願寺派で東本願寺は大谷派です。西本願寺と東本願寺は通称で、正式には西は本願寺で東は真宗本廟が正式名称です。ここで特徴的なのは、浄土真宗と付くのは本願寺派のみで、それ以外は頭に真宗と付きます。

本願寺派以外の宗門校ももちろんあります。大谷派の関係学校は、多くが大谷と名が付きます。サッカーの強い室蘭大谷高校やオリックス古木の出身校、豊田大谷高校などです。島田紳助の出身校の大谷高校も名の通り大谷派です。

日本には他にも宗教関係の学校が多く、この度の選抜高校野球で見ていると、駒大岩見沢は曹洞宗、聖光学院はキリスト系、常葉菊川は臨済宗、平安は浄土真宗本願寺派、天理は天理教、智弁和歌山は辯天宗と野球が強いのは宗教関係学校も多く含まれます。

最近甲子園に出てませんがPL学園もそうなんです!パーフェクトリバティー教団っていう宗教法人なんです。知ってました?!

2008年01月16日

写真好き

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ご無沙汰しています、ケンショウです。今回のコラムは「写真」ということですが、僕は結構写真が好きな方です。
 
 写真好きというのも考えてみるといろいろタイプがあるわけで、単に写真を撮るのが好きという人。カメラが好きな人。その中でも35mmフィルムカメラが好きな人。デジカメが好きな人。写真を撮るのでも、風景を撮るのが好きな人。人物を撮るのが好きな人。と様々です。
 
 僕の写真好きのタイプは、カメラの機種はある程度の技術が撮れればこだわらず、日常の風景で人の表情を撮るのが好きです。あくまでも日常の何げない写真を撮るのが好きです。なので、旅行などでは一眼レフは持って行かず、コンパクトカメラで記録として撮る程度です。
 
 そんな僕、本格的に写真を好きになったのはバイトがきっかけでした。高校時代から大学に入学したら写真を扱うバイトをしようと決めていて、現像を中心に扱う写真のバイトをまる3年やりました。業務の中で、写真の確認(写真にゴミが写ってないか、色校正はできているかとか)をしますが、お客さんの自分の目線にはない写真を見ると同じ1つの物でも視野が広がり、自分でも撮ってみたくなりました。そして、父からASAHI PENTAXのES-2という35mmフィルムカメラをゆずり受け、学生時代はひたすら写真を撮っていました。そのカメラは3年前に壊れてしまい、今では僕もデジカメを使うようになりましたがフィルムカメラとは撮る姿勢が変わりました。 
 
 というのもデジタルカメラは、写真を何枚撮っても後でデータを消すことができますが、フィルムカメラは現像に出すのにお金がかかるのです。なので、いわゆる乱れ撮りはできないので、フィルムカメラの時は「一シャ(シャッター)入魂」でした。でもデジタルカメラも便利ですね。まずお金がかからないのとパソコンで管理や編集が出来るし、何でも出来るわけです。フィルムカメラを使っている時の、「デジタルカメラなんて」って言っていた時代が懐かしいです。
 
 そんなフィルムカメラでもデジタルカメラでも出来上がった写真、他の人の写真を見るとき、こういう見方をしたりすることがありませんか。例えば、僕だったらもっと上手く撮れるとか、このアングルはないなとか、僕だったら色校正はこうするなとか。自分だったらという立場で写真を見ることがあります。
 
 他の人の写真は、自分にはない目線で物事を見ることができます。いつも見ている風景でも、自分とは違った目線だと違う印象を受けます。自分の写真と他の人の写真を通じて、互いの違いが共有しあえればもっともっと写真を撮るのが楽しくなるのではないのでしょうか。
 
 そんな今日この頃、先月長女が産まれたことによって写真熱が再熱し始めました。

2007年07月28日

柱も痛いんよ

kenshoです。やっとこさ、夏本番の暑さになってきましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
僕は夏風邪を引いてしまい、自分の声も誰かわからないような声になっています。

さて、この時期になると各都道府県で盛り上がっているのが、夏の高校野球の地区大会でしょう。
僕の故郷の広島は強豪がひしめく激戦地です。
ちなみに僕の母校の崇徳(そうとく)高校は、去年の広島県大会で準優勝をし今年も期待をしていましたが、今年は初戦敗退という結果でした。
1年生の秋から4番を打っている井上君という選手は、負けた後ベンチで泣き崩れている選手とは別に、ただ呆然と「よくわからない。信じられない」とただ一人立ち尽くしていたそうです。
1年生から4番を打ち去年は準優勝で、3年生になった今年はもちろん決勝までの6試合をやるつもりで、初戦敗退の事実をなかなか受け入れることは出来なかったのでしょう。高校野球は勝つチームの感動もありますが、負けたチームに対する私たちの悲しむ慈しむ感情が自然に湧いてくるという点でも感動を受けるのでしょう。

さてさて、夏の話題はそこそこにしてメリシャカコラムの「イタイ話」ですが、皆さんも幼少の頃こんな思い出があると思います。
一生懸命遊んでいると柱か何かに体をぶつけて、痛くて我慢できずぶつかった柱にやつ当たりをしませんでしたか。
子ども心に頭の中では、「この柱が悪いんだ。柱をたたいてやろう。」と思っていたはずです。
柱をたたくことによって、自分の腹立ちをしずめ、その場をおさめようとしたのでしょう。

僕の第一子が12月に産まれる予定です。

子どもが成長していくにつれ、僕の幼少時代と同じような光景を目にすることでしょう。
そんな時、
「痛かったじゃろう。かわいそうに。父さんがなでてあげちゃるけえね。でもね、痛かったじゃろうけど、この柱も痛かったんよ。父さんと一緒にこの柱もなでちゃろうね」と慰めたい。

人生の苦しみに出会ったとき、苦しみを与えたと思われる相手を探し出し、その相手を責めることによって己を納得させようとする習慣を、知らず知らずのうちに自分にも子どもにも植え付けていないだろうか。
己だけが主張せず相手の立場を充分に理解したいものです。

2007年06月09日

好き嫌い

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Kenshoです。
皆さんは食べ物で好き嫌いはありますか?

幼少時代の僕はほんとに好き嫌いが激しい子どもでした。(今でもねぎは大の苦手ですが・・・)
そんな子どもだったので、母が栄養を考えて出してくれる食事は、ほとんどといっていいほど食べることが出来ませんでした。
家族ですし屋に行っても、注文するのは卵、いか、卵、いか・・・そのくらいしか食するものがありませんでした。おかげで、栄養が偏りすぎたせいか色んな病気にかかっていたことを思い出します。

幼稚園の時、給食が嫌で嫌でたまらなく、嫌なら家に帰ろうと判断し幼稚園を抜け出して、本当に家に帰ってきた記憶があります。
毎回帰るわけにもいかず、仕方なく給食を食べていましたが、嫌いな食材が出てくると机の下から遠くへ投げていました。
それほど好き嫌いが激しい子どもでした。

そんな時代から何十年経過した今では、さすがに(ねぎ以外は)出された食事は美味しく頂いています。


考えてみますと私たち人間というのは、自分勝手な生き物です。
日頃おいしく頂く牛肉も、人間においしく食べられるために牛として生まれてきたわけではありません。
私たちは、生き物を品物のように扱う世の中に対して、別の角度からいのちをとらえ直すことが必要ではないでしょうか。

仏教では、五戒といって人間がしてはならない五つの戒めがあり、その一つに不殺生戒があります。自分自身が生きることを願うならば、同時に他のいのちもまた保証しなければなりません。
しかし現実には、他のいのちを食べずには生きることができない私たちがいます。

いただきます
とは、有難い、申し訳ないといろんな気持ちが込められている言葉です。
他のいのちを奪わないと生きられない私たちだけれども、感謝の気持ちを持って頂くことにより、いのちを粗末にしてはいけないという方向に広げていくことができるのではないでしょうか。

そんなことを思うと、簡単に好き嫌いなんて言えなくなります。
ねぎも有難く調理法を変えて頂こうと思います。

2007年03月07日

トモダチ

ケンショウです。今回のコラムテーマの「友達」について書かせてもらいます。
さてさて、僕の友達を考えてみると今も深くつきあっているのは、やはりその時々の環境が同じだった人が多いですね。
たとえば、中学時代ソフトテニス部(当時は庭球部と言っていた)の同級は今だに地元に帰ると、よく会ってその時のつらかった練習のことなど思い出話をしますし、男女問わずよくうちの寺に顔を出してくれます。
あとなんと言っても大学の友達は、もう一生のツレだなとはよく思います。同じ志をもった全国の若人が共に時を共有することは、高校・中学とはひと味違う付き合いです。

龍谷大学を卒業するときに、仲のよかった同士で記念に輪袈裟(僧侶が首からさげる略式の袈裟)を作りました。内側の片側に、みんなの名前を入れて、その反対側にこんな文章を刻みました。

「一切の梵行の因は善知識なり」

今でも年数回は思い出の京都で飲み会を開いています。
そんな時僕は思います。

善知識と思える友達に出会えたご縁の深さを。

2007年01月12日

広島じゃけえ。

こんにちは、広島県三原市出身で現在東京都中央区在住のケンショウです。三原市は広島市内から約70キロ離れたところに位置します。

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今回のテーマは方言ですが、広島の方言といえば皆さん思いつくのはじゃけんでしょうか。僕の出身の三原ではじゃけんと言わずにじゃけえと使います。四国の方はだけんとか言いますね。広島弁は、標準語と語尾・イントネーションが違い東北弁とか薩摩弁のような地元の人でないと解らないような方便ではありません。
しかし、広島特有の単語もありまして
めげる→壊れる
ちゃり→もみあげ(三原では使わず広島市内方面で使う)
あと広島に住んでいるときは標準語だと思っていた
たう→届く などなど。

あとは、広島の文化というとなんといっても広島東洋カープでしょう。広島をでて早十年になりますが、阪神ファンとカープファンは特別な感じがします。2009年には新球場が完成しますので、楽しみです。

広島弁で話すとこんな感じです。
 「去年は、カープの黒田が残留してくれたけぇ、バリ嬉しいかったのう!来年は前田が2000本安打達成するけ、みんなで見に行って球場を真っ赤に染めんとのう。は~じゃけど、とりあえずはプレイオフに進出せにゃ~いけんわ!」
てな感じでしょうか。

【我が町】
県名  : 広島県 
市町名:三原市(2005年3月22日に、三原市、本郷町、久井町、大和町が合併しました)
《人口数》
三原市:106,229(H12年国勢調査)
三原市
広島東洋カープ

2006年11月25日

友引?大安?

ケンショウです。改めて自己紹介をさせていただきます。
広島県三原市出身で、県外の人に広島のどこですか?との質問には、尾道の方ですと最近答えます。
広島から出て早9年目、初めて会う方々と出身の話になるとき広島の三原ですと答えると「あ~北の方ですね」との返答がかなり多い。皆さん三次市(みよしし)と間違えてるんだな~とのやりとりを何回もしました。三原市はあまり知られてないようなので、最近は尾道の方ですと答えると、「あ~」となんとなく場所を理解してくれます。

さてさて、私事ですが昨年結婚して、ちょうど1年が経ちました。入籍日は11月11日です。物忘れの激しい僕でも覚えられるとの配慮から11/11が入籍日になりました。
6月10日の結婚式にはメリシャカメンバーのとしさん、チスイくん、れんさん、タツヤさんにも来て頂きとても楽しいひとときを過ごすことができました。
その結婚披露宴でホテルの担当者と打ち合わせを何回もしましたが、そこでのやりとり。

僕たちの披露宴担当の方が、「そうですね~ お日にち 仏滅でないのでご安心を」と。
そこで僕たち、「仏滅でもまったく問題ありませんので」と言うと正直びっくりされたのが印象に残ってます。
さて、よく世間では結婚式は大安に、法事や葬儀は友引を避けないと、とよく聞きますね。
日の六曜といいますが、そのことについて少し書かせて頂きます。

日の六曜は先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口の六種があります。中国が起源で発案は定かではないそうですが、勝負事を占いで表したのが始まりのようです(仏教では釈迦が占いを禁じています)。なかでも友引は「相打ち友引き勝負なし」と引き分けという意味でした。
その六曜は、日本には14世紀頃に伝来しました。しかし、いつの間にか本来の意味とはかけ離れて今日の日本では、先にあげた「結婚式は大安に、法事や葬儀は友引を避けないと」と一般的に使われるようになった。
しかし親鸞聖人は、ご自身の和讃で「日の吉凶を選ぶことはよくない」と説かれています。

今日の日本ではどうでしょうか?テレビをつけると、なんとかセラピストとかなんとかさんが希望をもたす意見も言いますが、不安をかき立てることを言ってるのをよく目にしますね。
親鸞聖人は占いやまじないに頼る人生は、自分自身を見失う大変悲しいことであるとおっしゃられています。
浄土真宗のみ教えは、阿弥陀如来さまの光明に照らされている私たちが、自分自身の欲の深さに気づかされ、目覚めさせていただける教えであります。
占いやまじないには一切左右されない力強い人生を歩むことができるのものです。

話は戻りますが、披露宴の担当の方は仏前結婚式を見たことがないというので、早速築地本願寺の結婚式を見に来て感動して帰っていかれました。

今日のメリシャカ!

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