2008年06月28日

ゴンシキ日記5時間目

5/18
日曜。おだやかな休日・・・のはずだが。
今日はお晨朝の日。通常の講義はないのでお晨朝に参拝して今日は終わり。7時過ぎに終わりっていうのもビミョーな話。

ゴンシキは終わりだけど、今日は二か月に一度のお手伝いの日。
大学の准教授のお寺でお参りのお手伝いをしていて、岐阜まで行っている。京都から電車で約一時間半。

10件のお参りをして帰京。駅に着いたらすでに夕方六時。4時起きだけにながーい一日だったさ。




5/19~5/21
21日まで親鸞聖人が生まれたことをお祝いする降誕会の法要が本願寺や日野誕生院(親鸞聖人が生まれたところ。京都市伏見区にある。)で行われているので、それに3日間参拝。
19日は日野誕生院に参拝。住宅地のなかにあって割と静かなところにあった。
田舎のお寺と同じくらいの敷地にゴンシキの生徒100人以上・一般参拝者50人(くらい)が入ると、野外にテントなのに蒸し暑くなるようなすし詰め状態に。
まぁ今日は正座ちゃうかったらから法要に集中できたのはよかったかな。
20日は昼から法要に参拝。今日の内容は変わっていて、読経というよりは会話形式で進んでいく。禅問答ってあるでしょ。師匠と弟子が教義について質疑応答していくやつ。
そんなのを行う。もちろん、普通の口調ではなくて、んー歌舞伎というか狂言というか、そんなかんじの口調でね。それを判断する役の人もいて終りに銅鑼のようなものを鳴らす。

読経でもそうだけど、声の出し方って大事だなーと思った。お経って音階があって、そのとおりに出せばひとまずはOK。
でも、それに加えてお経としてはありがたさや荘厳さも大事なんだよね。その読経の空間を演出するという意味では発声や同じ内容でも緩急って重要なことだと思うようになってきたよ。
まずは腹式での発声をマスターしないと・・・。

21日は音楽法要。電子オルガンにあわせて合唱のように歌っていく(読経していく)。伴奏が入ると普段のお経とは違って荘厳さが増すように思う。
これは関係のある高校の生徒も参拝していて、あんなに広い本堂がギュウギュウ詰め。底が抜けるちゃう!?と思ったのは僕だけだろうか。
午前中の音楽法要で一端終わり、昼からは自由参拝。雅楽の演奏・能の演舞・飛雲閣(京都の三大閣と言われている1つ。金閣銀閣に並ぶ三つ目。)でのお茶会と行事目白押し。
雅楽とお茶会だけ参加して、さぁ帰ろうと思ったら、大学の教授から連絡入り、すぐに大学へ。ゴンシキと大学の二重生活な気がするな。




5/22
相変わらず、御文章・礼讃・正信偈などの講義が坦々と続く。やれどもやれどもお経の本に載ってるものが終わりそな気配はない。
先生が最初に模範として称え、そして自分たちがそれに倣って称えていく。ホントどの講義でもその繰り返し。
でも、生活習慣としてのゴンシキ生活にはだいぶ慣れたし、周りのみんなも仲良くしてくれるので生活自体は楽しくなってきた。

入所前はあんなにイヤがってたのに・・・。

昼からの講義は「声明講讃」。これは実際本願寺や各お寺で称えているお経は聖典の中のどのお経なのかを学ぶもの。
1つの経典でも最初から最後までぜーんぶ称えないものが圧倒的に多い。部分的だったり、1フレーズのみ経典の中からpick-upしたものもある。
どこからどんな意味の言葉を称えているのかを知ることによって、それを伝えることもできるだろう。称えるココロモチも変わってくるだろう。
3月まで大学院にいたし、経典やフレーズは知ってるものは確かに多かった。

でも。
改めて称えていた文を読むと、同じような文は他にもあるのに、この部分をあえて称えることにしたのか考えると自分の世界に入ってしまいそうになっていた・・・。
意外とそんな時間嫌いじゃなかったりするんだな。

そして、とっても気がかりなことがある。
28日に第一回目の中間テスト。音痴キッスィは生き延びれるのか!

2008年06月09日

ゴンシキ日記4時間目

今回はお見苦しい内容含みます。食事時の方はご遠慮いただいた方がよいかも、です。

5/12
月曜日。週明けで行きたくないなぁ・・・とは思わないけど、若干憂鬱なかんじ。
というのも今日はお晨朝の日。月曜の朝から4時起きだよ。ふぅ。
しかーも、体調がよくない!

昨日、ちょっと早めの夕飯で5時頃食事を取った。それからお晨朝のことも考えて10時頃寝たものの、どーしても胃もたれが治らず寝付けない。
てか、胃もたれというよりも気持ち悪い!
11時。我慢できなくなってトイレに駆け込む。

そして・・・何時間も前の食事をぜーんぶ吐いてしまう。

ということがあったからだ。


ほとんど口にできずお晨朝。終了後に何か食べないと、と思いコンビニでスープを購入。

お昼もチョコレートをちょっと食べただけ。

講義中には胃がキリキリ痛むし、どうしたらええの??誰か教えてくれ~(-"-)





5/14
胃の調子はだいぶよくなった。やっと食べれる!
ということで、お昼は定食をたべることに。

やっぱり日本人やね。味噌汁に白いご飯、サバの味噌煮はサイコー!

本当の最悪はこれからだった。

食後、急にお腹がキューっと痛くなる(別にシャレのつもりではない)。ここ数年味わったことない痛さ。普段は便秘気味な自分としては我慢ならない痛さ。

ゴンシキでは決まった時間に休憩はない。休憩まだ?休憩まだ?と自問自答する。てか、休憩になかなか入らない先生に殺意すら・・・。

家に帰ってからも何回トイレに行ったか分らんよ。





5/15
相変わらずお腹の調子が悪い。食べてもすぐ体を通過してしまうかんじなので、スポーツドリンクを少しずつ飲むのがやっと。
熱もないし、動けることは動ける。
ということで、登校。

だんだん、だんだん、脱水症状で意識が朦朧としてくるのが自分でも分かってくる。もう講義は過ぎるのを待つだけの時間。

講義終了後、ソッコー帰宅→近くの病院に行くことにした。
診療まで30分くらいあったからアパートでちょっと寝たけど、全然回復しない・・・。

病院行って10分ほどで呼ばれる。早めに行って正解!
日曜に吐いたこと、昨日から下痢が止まらないこと、それでほとんど食べていないこと、普段は便秘なこと、病状を伝える。

病状は急性腸炎。何かの原因で腸が異常な活動をしているとのこと。

「ほとんど食事取れていないし、点滴しておきましょう」

なんと3年ぶりの点滴。点滴受けてると、フラフラしていた意識がはっきりしてくるのが分かる。頭がしゃきっとなるかんじと言ったらいいのかな。
薬は腸の動きを抑えるものと、整腸剤。

薬も飲んだし、やっと食べても大丈夫やろ。まぁ手始めにうどんかな。このくらいから始めないとまた調子悪くなってもイヤだしな。
今週に入ってまともに食事していなかっただけに、うどんだけでそれはそれは満腹。相当胃袋ちっちゃくなってるんやなぁ。

今日は焼肉小倉優子に行く予定やったのに、さっすがに無理。せっかく誘ってくれた後輩君、ごめんなぁ。来週にはちゃんと行けるから・・・。

2008年05月18日

ゴンシキ日記 3時間目

4/28
いたって淡々と講義が進む。
前の日記で書いた正信偈や礼讃などの読み方を数時間にわたって学ぶ。

ここでの1日はこんなかんじで進んでいく。
8:50          集合・点呼
9:10頃~10:30頃  点呼確認後、勤行実習(本堂での法要と同じように模擬法要を通して行う。10日ごとに当番が回ってくる。)
10:30頃~12:10  午前の講義
12:10~13:10   お昼休憩
13:10~16:00   午後の講義
16:00~        グループごとに掃除・明日の実習の習礼(練習)・自習
自習しないとだいたい夕方5時頃に帰れるかな。

これを基本として時々本願寺で行われる法要に参拝したり、特別授業として真宗に関する他の分野の講義も行われる。

僕はすぐ居眠りをしてしまうから、なるべく寝ないように寝ないように・・・気をつければつけるほどウトウトしちゃうんだよね。いかんっ。


そうそう、上の基本日程に加えて、10日ごとにお晨朝(本願寺で一番最初に行われるお勤めで今は6:00開始。でも5:20集合。)が8:50の前にあることを忘れてたよ。




4/29
世間と同じで休講日。

だーがしかし、三月までいた大学は講義日。
ゴンシキの休講に合わせて、大学の講義のアシスタントを頼まれたため、いつもと同じ時間に起床。
先生が所用で講義に来れない代わりに、小テストをしたり、ビデオを見せたりして欲しいというのだ。
別に僕が講義をする訳ではない。てか、できる訳がない。立場的にも。能力的にも。

それが終って午後はこの前までいたゼミに顔を出す。いやーこの間まではこういうことやってたんだよなぁ。なんか懐かしさすら出てきたよ。




5/2~5/6 この期間は世間と同じようにゴールデンウィーク。やったー(^-^)




5/7
GW明けでだるーいってもんじゃない。
そしてこの日は頭髪検査の日。何故頭髪検査って?真宗では僧侶になる時はスキンヘッドにするけど、それ以降は個人に任されている。
ということはいろんな髪型の人がいるということ。

でも。

法要儀式を専門に学ぶということは、見た目も大切である。だって極端なことを言うと、ロン毛の人が法要儀式をしても、ちょっとビミョーちゃう??
そんなこんなで頭髪検査をして、それなりの見た目を保つことを目的としている。
男やったら、髭× 長い揉み上げ× 髪が耳にかかる× 頭頂部がふわっとしている× というのが基本路線。
あとは個人それぞれ髪のクセとかもあるから、それに合わせて上の路線を守る。
長さについての細かい規定はないけど、これからするとあんまり長めの髪型はムリやねぇ。

僕の場合、おしゃれ!?坊主くらい短いので長さは問題ないけど、揉み上げ。これが問題。
むかーし流行ったテクノカットまではいかないまでも、耳の上部くらいまでにしないといけないのがこれまたツライところ。
でも、規定なんだししゃーない。アキラメテ短めにしとかないと・・・。

2008年05月09日

ゴンシキ日記 2時間目

4/7
今日から本格的に講義開始。
「正信偈」「礼讃」「読物」といったタイトルの講義が今日から行われる。

「正信偈」とは、親鸞聖人が書いた漢詩のような定型句のお経。
その後に「和讃」というこれまた親鸞聖人が書いた七五調の和語を合わして1つのお経として称えるんだけど、その和讃の数が半端なく多い!
そしてその和讃1つ1つ音階が違うのでそれを教わる→称えるという講義。

「礼讃」は中国の善導というお坊さんが書いた漢文のお経。これは他のお経に比べて速く読む上に、音程の高低差が激しい!それを教わる→称えるという講義。

「読物」は本願寺の八代に蓮如上人という方がいはって、その方が書いたお手紙を節をつけて読むもの。他のお経とは音階の動きが違うし、他の経典以上にお手紙の内容がお経読みでも伝わるようにフレーズを大切にしていかなくてはいけない。
そこがまた難しいんだよね。節にとらわれすぎるとフレーズを無視してしまうし、フレーズにこだわりすぎると朗読になってしまってお経としては不十分になってしまう。その両立が難しいお経。

他にも講義はたくさんあるんだけど、これらが割と主なものかな。


もともと、カラオケも音痴で苦手だから声を出して体で音程や高低を覚えることが大事!
毎日のどがカラカラになるくらい声だしてるけど、もっと楽な発声を覚えなくちゃ。




4/13
4/14
4/15
三日間本願寺で行われる「立教開宗法要(親鸞聖人が真宗を開いたことを記念する法要)」に外陣参拝。(外陣とは・・・本堂の一段高くなっている仏さんが安置してある側ではなく、一般の参拝者も座る畳の部分。)
始まる五分前くらいから正座を始める。

いつ終わるんだろう。
いつ終わるんだろう。
いつ終わるんだろう。

そう思い始めて約二時間。
もう内部でどんなお勤めがされているのか、どんな荘厳(飾り付け)がされているのか、そんなことを観察する余裕!?余裕という言葉なんてあったっけ??

正座ってあまりに長時間経つと、足首付近がしびれるのではなく、ひざが痛くなるもんなんやね。いざ終って立ち上がろうとすると、しびれではなく、ひざが伸びない。
これは年齢も関係あんのかな。でも周りを見ると、みんなムクッと立ち上がって歩いてるじゃん。
あ~タブン体が硬いせいかな。


しかーも、三日連続2時間ぶっ通しで正座をすると、足がおかしくなってくる(涙)どんなおかしさって?ひざをついただけで激痛&五分で脂汗、それだけでもおかしさ伝わるかな!?

2008年04月27日

ゴンシキ日記 1時間目

4/3
入所の日。ただ、寮に入るわけでないので入社日のような気分。
ゴンシキははっきり行って苦手。ていうかむしろ避けれるものなら避けたいと思うくらい。

とっても気が重い。

まぁ今日は講義や生活全般のオリエンテーションだし、座っとくだけか!?
ゴンシキに入所したのは総勢106人。これだけが読経したらやっぱり迫力は違うね。
入所したてでまだ本格的に習ってないのに、それでも異様とも思えるほどの重厚感ある響きやね。
さっすが坊さん。

講義が今から始まっていくけど、講義を受けるのはすべて白衣と布袍(ふほう)着用なんだって。
要は白い衣の上に黒い衣を着ている服装のことで、通学はスーツだけど、行ったら速効着替える。
行き帰りで30分もスーツ着てない気がする・・・。逆に考えると何着も必要ないということか!?


そうそう、白衣・布袍で講義受けるんだけど、問題はトイレ。
正確に言うと、白衣は衣ではなく、布袍が衣に当たる。その衣を着てトイレに入るのは、やっぱりマナー違反。
なので、一度布袍をトイレに入る前に脱いでいざ!坊さんの出入りするトイレには入口に洋服を引っかけるフックがだいたいつけてあるから、そこで布袍を掛けて入る。
洋服の時よりも若干時間がかかるから、男子トイレですら混む。昔、ドット混む(.com)とかって言葉あったような。カンケーないからまぁ置いといて。

トイレ行くと着崩れるから直さないといけないし、時間はかかるし、結構大変トイレ1つとっても大変なんすよ。

なんか決まり事もたくさんあるし、一日目から不安要素たっぷり。まずは7月までの前期課程をがんばろっと。(前期課程と後期課程があって、前期で終了してもよい。)

明日はお晨朝(朝一で行われる本願寺でのお勤め)じゃん。起きれる心配やわ。4時起きなんてしたことねぇよ。はぁ・・・。







4/4
ひたすらねむーい。新鮮な気持ち。んな気持ちになんて程遠いわ。
遅刻したらあかんというプレッシャーと慣れない早起きに戸惑うばかり。

今日もオリエンテーションと京都市内にある大谷本廟(親鸞聖人の御廟)に参拝。

これから2週間ほどの講義予定をもらう。さっすが本堂での法要の作法を専門に学ぶところだけあって、本願寺で行われる法要に参拝がけっこう組み込まれてる。

ということは・・・。正座の嵐か。


終わった後、この前まで籍があった大学の先生と会食。4時起きだけに、食べながら朦朧してきたよ。

2008年04月15日

ゴンシキ日記 0時間目

ども。4月になってどんな生活っすか?
3月から引き続き同じところに通勤通学する人。同じとこに住んでるけど、新しい学校職場で生活が変わった人。住んでるとこも生活もすっかり変わった人。

まぁいろいろやと思います。

私キッスィは住んでるとこは変わらないけど、春から生活が変わりました!
4月から勤式指導所という声明(お経に節をつけて読むもの。作法なども含む)を勉強する研修期間に通っています。

キッスィは浄土真宗本願寺派という宗派に属しているんだけど、そこは宗派のお手本となるような声明のできる人を養成する専門的な研修機関で、声を出す毎日に・・・。

お経って抑揚ないじゃん。ってよく言われるんだけど、歌と同じで音階・・・といっても西洋音階ではなく東洋音階ってやつだけど・・・があって、
ちゃんとどの音で発音するのか、どのタイミングで発音するのかっていうのが決まってるもんなんすよ。

よくお坊さんが複数集まったところで読経を聞くと、テキトーに読んでるようでピタッと合ってるでしょ。あれって、ちゃんとその宗派で決まってるからなんです。

んで、キッスィ自身はもともと極度の音痴。音痴ということは、音程が取れないということで、声明がヘタでもあるということ。
こんなんでは実家に戻って苦労する・・・ということで勤式指導所に通うことに。


3月までは大学院で浄土真宗について勉強してたんやけど、それとは全く違う世界。
仏教(宗教だったら何でもそうかもしれんけど)は、教義と儀礼がセットになってると思うんだ。
今まで教義について勉強してたから、これからは儀礼についても学ぶ。それって大事なことかなーっと。


その勤式指導所というとこは、真宗の僧侶でないと入学することができないんだ。ある意味閉鎖的かもね。

じゃあ具体的にどんなことをやってるのか、そして苦悩する日々を日記に書いていこうと思ってます。

ん~週一くらいのペースでUPできたらいいなぁ。

と自分に課してみる・・・。

2008年01月11日

ハワイ3

旅行にカメラはお決まりのように付きものである。

いい景色をシャッターにおさめ、後々にそれを眺める。はたまた現像して関係者に配る。ごく一般的な話である。


でも。

僕は旅行にはカメラを持っていかない。カメラ持っていないというのもあるけど、その印象深い光景をココロに焼き付けたいのだ。
ココロと言ってもその光景はだんだん忘れていって色褪せるどころか、色も形もなくなっていく。それでも、光景をみたその一瞬の感動を大切にしたいという思いからカメラではなく、第一印象をこの我が二つの眼に焼き付けるようにしている。

そんな僕があろうことか、「写真」というテーマを提案してみた。

ということで数少ない写真の中から気になる1枚をご紹介。

これはハワイにある真宗のお寺の全景。ハワイ別院という浄土真宗の寺院で、お寺が建ったのは1889年。以前、僕がハワイについて書いたコラムに写真載せて無かったなーっと思って。
ただし、これも一緒に行ったメンバーからもらったデータである。やっぱりカメラは持ち歩かない。

ぱっと見た時は中東のイスラム教寺院のモスクにも似てるんじゃないか、とも思わせるそんな異国情緒たっぷりの建物である。
詳細は以前書いたコラムを参考にしてもらうとして・・・。
その①
その②

ハワイやアメリカ本土では仏教が静かなブームとなっていて、その方々は主に瞑想に関心を持って、そのから仏教について知りたがると聞いたことがある。
その瞑想(meditation)は仏教の宗派において、いろんな解釈があるから一概に「こうだ!」とは言えない。
でも、それで少しでも興味を持ってくれて、仏教のいいところが人種や言葉や国を越えて広まっていけばいいなぁと思う今日この頃。

仏教って、人に優しくなれるものだと思うんです。仏さんって、自分だけがよかったらそれでいい!のではなく、それを慈悲のココロでみんなにも分け与えようとしているだし。
それを聞いて、その少しでもそのココロに触れて自分たちもそのココロに学ばせてもらう、それが人に優しくなるってことかな、と。

そんなココロがあちこちに広まってみんなが暖かいココロを持てるようになればいいなぁ、と壮大なことを風邪で頭がボーっとしている状態で考えてみました。

やっぱり脳の記憶には限界があるんかな。オススメのデジカメあれば教えてくださいまし。

2007年09月29日

会ったことのない長兄。

うちの父親は10人兄弟の9番目として生まれた。

父親の親戚ではおもしろい現象が起こっていて、10番目の義理のお母さんは1番目と同い年だという。
昔は兄弟が多かったのでそういうことは珍しくないのかもしれない。

でも。

今では親子ほど年の離れた兄弟はあまり見かけなくなった。少子化の影響もあるだろう。


そして。

10兄弟のうち8人が今現在生きている。1人♀は3歳、もう1人♂は戦争中に軍事工場の空襲で亡くなっている。

父親は戦後生まれ。

ある時ふと思った。「父親は空襲で亡くなった実の兄のことを知らない。」
そう思ったらすごくさみしい気持ちになった。兄弟の顔を知らないなんて今の自分には考えられないからだ。

一度だけそのことを父親に聞いたことがある。小さく「うん」とうなずいて少し影のある表情をした。

それ以来、その顔も知らない僕からしたら「おじ」の話をしていない。

2007年07月07日

熱視線。

イタイ話・・・そういえば骨折したことがない、ということをまず思った。
割とスリムな方なのでポキッといきそうなものだが、案外しぶといらしい。

それは置いといて。
僕は普段からのほほーんと生きている印象を持たれがちである。
でもそれはある意味当っていて、楽観主義なのも合わさって、いたーい視線をもいたーいとも思わずに生きてきた気がする。

特に海外。

「旅の恥は掻き捨て」とはよく言ったもんで、まさにそれを地で行くようなことをよくやったものだ。


とある国のバスターミナルにて。

「○○行きのバスはどれ??てか、どれ?どれ?」

とその場で騒ぎ立てる1人の日本人。ただ通りがかっただけのおっちゃんに詰め寄る日本人。
怪訝そうな顔をされながらも、バスまで同行してくれて、さらにバスの運転手の人にまで「この日本人○○行きたいらしいからよろしく」
と言ったかどうかは分からないけれども、無事目的地まで行くことができた。

おそらく周りにいた人はまさにいたーい眼で僕を見ていたに違いない。

今思えば、物怖じしない青春だったような気がする。


いったいどんだけの世界の人々に迷惑かけてるんだろう。そう思うと愕然とした。
迷惑をかけながらも人々とつながっていく自分がいて、そしてみんながいる。

これからもいろんな人に迷惑をかけていくかもしれない。
旅行だけでなく、実生活でも迷惑をかけるかもしれない。
いや、すでに迷惑をかけているかもしれない。

それでも僕と接してくれる。

接してくれる・・・裏返せば見ず知らずの僕へのやさしさとも言えるだろう。
それを感じることこそ周りに対する感謝のココロなのだろう。

いたーいと思う視線が実は裏を返せばあたたかいココロなのかもしれない。

2007年05月07日

「鯖街道」

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みなさんどんなGWでしたか?カレンダー通り休みの方、みんなが休む時に働く方、GWなんてまったく関係のない方、いろいろでしょうね。
もう何年も会っていなかったご婦人(over 60's)に「相変わらず若いね~。18、9くらいに見えるね~。」と言われたキッスィです。さすがにウソっぽかったです。

食べ物って人間にとって生きていくためには不可欠なものじゃないですか。
でも、最近ではメタボリックという言葉もよく聞くようになりました。生きていくために必要な食べ物によって生きていくことがで困難になっていく。なんだかおもしろい(語弊あるかもしれませんが)現象だなーと思いました。
食べ物って同じものでもところ変われば調理方法も変わります。その地方独自の郷土料理はその土地でその食材の持ち味を生かした方法で調理されています。同じ食べ物・・・例えば魚介類だったら、海の近くではそのまま食べているものでも、内陸部では保存のきく調理されていたりして、その変わりっぷりに驚かされます。

鯖はその典型的な例でしょうね。

今住んでる京都からこの間、敦賀までふらっと行ってきました。JRの新快速電車が関西エリアから敦賀まで延長運転されるようになって、アクセスしやすくなりました。乗り換えなしで行けるのはそれはそれは魅力的です!
まぁ青春18切符が余ってたし、消化したかったのが一番かも・・・。

目的は日本海の海の幸。行きながら、福井の若狭地方から京都まで鯖街道って呼ばれてるんだよな、と思い出しました。
鯖街道・・・若狭の海で獲れた鯖に塩をまぶしたものを籠に詰めて背負い、夜を徹して京都へ向かう道はいつの頃からか「鯖街道」と呼ばれるようになったそうです。

鯖街道を調べていて気づいたことがあります。
鯖って“生き腐れ”と言われるほど腐りやすいから、それを防ぐために塩で日持ちできるようにして、京都の人たちにも新鮮とは言えないけれど食べてもらおう、という考え方なのかなと思ってたんです。
でも、鯖街道には“京は遠ても十八里”という言葉が街道沿いに残っているそうです。この言葉って京都は遠いとは言っても十八里(約70km)、たかが70kmでしょ!という意味合いだと受け取れるんです。ということは、なんとかしてこの鯖を新鮮な状態で京都の人に食べてもらおうという心意気を感じませんか!?だって、腐るのが早いなら海に近い地域だけで食べたらよい話で、それをわざわざ京都の人にも食べてもらおうとしたその気持ちに感服でした。
さらに調べると、一人の人が若狭から京都に運ぶのではなくて、宿場→宿場→宿場でリレー形式で運ばれていたとも書いてありました。

それが現在では京料理の中でも有名な鯖寿司になっていったんでしょうね。偶然にもGW中に京都の鯖寿司頂きました。竹の皮に包んであってご飯も凝縮したかんじで食べ応えのあるお寿司でした。冷蔵庫で数日は持つんですって。

京都で食べた鯖寿司もおいしいですけど、敦賀で食べた焼鯖寿司もこれまたおいしかったぁ!
京都のは熟成した感じだとすると、敦賀のは新鮮な鯖をすぐ焼いて寿司にしました、て感じです。焼き目が香ばしくてご飯も京都のに比べたらふわっとしてあっさりしています。

このような同じ食材でも違う調理。鯖街道がなければこれは実現しなかったことです。
写真のように線路がちゃんとあって行きやすい道筋ではないと思います。その険しい道を鯖というバトンでどんどん運ぶすがたは、運び屋さん(言い方まずかったでしょうか…汗)からすると、見ず知らずともいえる自分が生きていくために、一生懸命やってくださったことですよね。線路のようにずっと続く鯖街道を鯖というイノチの源をバトンとして自分にまで至る。支えられてでしか生きていないんですね、人間って。

若狭⇔京都の鯖街道とは違う鯖街道が今あるんだって。

ノルウェー⇔日本
ノルウェーから鯖を輸入してて、この日本への空路を「現代の鯖街道」と呼ぶこともあるそうです。グローバル化してるとはいえ、それも現実だろうねぇ。

2007年03月28日

HAPPY BIRTHDAY

20代半ばの居酒屋の店員に年下だと思われ、タメ語で話しかけられる30代キッスィです。

前回のともだちコラムでも触れましたが、先日インドへ行ってきました。
僧侶として尊敬する先輩の呼びかけで集まった、20人で仏教遺跡を巡る旅です。
下は25歳、上は72歳の幅広いメンツ。まとまりの無いまとまり、それでも団結していく、そんな20人でした。

その中で初めて顔を合わす方もいたので初日の晩餐・・・ではないですけど昼餐で自己紹介をしていきました。

「○○です。○○県から参加しました。○○さんとは○○なつながりで今回の旅に誘っていただきました」てなかんじです。一般的ですよね。旅の後半で誕生日を迎える人がいて、そのことを踏まえて自己紹介される方もいました。


・・・キッスィの番。
「キッスィです。僕も近々誕生日迎えます。僕はこの帰りにタイに独りで寄りますが、その時に迎えます。・・・よろしくお願いします。」

人前で話す時って、無意識にしゃべってしまうことってありませんか?僕もそうなんです。誕生日のこと言わなくてもいいのに、口だけがひとり歩きしてしまいます。


で、10日後の最後の晩餐。

ちょうどその方の誕生日だし、多分サプライズでその人のケーキを準備しているかもしれないなーとは思っていました。

来たのはケーキは二つ。

ん、なんで???(゜_゜>)


店員さんはまっすぐ本日誕生日の方、もう一人の店員さんは僕の方へケーキを持ってきます。

うわっ僕も!?

心の奥のほうがうわーっと熱くなり、感動で思わず涙が流れました。

ハッキリ言って全く予想していませんでした。ちらっと言ってたことを覚えてくださった方がいたんですね。
メンバーみんなで「HAPPYBIRTHDAY」まで歌ってくれて、すごく心に残る旅になりました。

独りで生きているんではなかった、自分のことを考えてくれる人が周りにはいるんだ、周りのたくさんの人に支えられて生きてるんだというのを実感めっちゃ実感しました。


実際の誕生日は、タイのプーケットで何事もなくひっそりと独りの晩餐でした。
裏思い出はケーキの前で涙したときに、「キッスィ幸薄そう・・・」と爆笑で言われたことでしょうか。

2007年02月13日

トモダチプライス

キッスィです。皆さまいかがお過ごしでしょうか?

先日ちょいとインド・タイに行ってきました。二つの国に行ったのですが、それぞれ旅のスタイルは全く違うものでした。
インドはお坊さんたち20人ほどのツアー、タイは一人で個人旅行です。
一回の旅行でなぜこうなるのか。

タイ国際航空を使って関空→バンコク→インド(観光)インド→バンコク→関空の行程だったんですが、帰りにバンコクでみんなとは別れて一人で旅をさらにしてました。

旅先でよく聞くフレーズがあります。
「アナタトワタシ、トモダチ。トモダチプライス。イマダケトモダチプライス。」

そう、土産物屋です。しかも割とカジュアルな青空店舗でよく聞きます。

それにしてもよく海外に行くと話しかけられるんです。
タージマハルでカメラ持ったインド人が近寄ってきて、日本人なんて珍しいだろうから一緒に写って欲しいのか!?と思い上がってたら、カメラ渡されるし・・・。しかもこの建物入れろとか注文多いし!
デリーの博物館でも、同じツアーのメンバーと数人で見物していても外国人に話しかけられる、っていうよりカメラ渡されるのはなぜか僕なんです。まぁ選ばれたんやからヨシとしましょ、と思うようにしています。

初めて会った外国人ともトモダチ、10年以上付き合いのある人とも友達、
ぜんぜん会ったことないけどともだち、知り合いの知り合いで知っている友だち。
いろんなトモダチの形態あります。

トモダチって、点と点の関係ではないのかなーっと思うんです。
この世の中でこんなに多くの人がいる中で、知り合ってともだちになるチャンスはなかなかない筈です。
僕がインドに行かなかったらトモダチプライスを提示してくれた方とも会わなかったかもしれない。
しかもその方がその日にお店を出していても他の対応をしていたら僕とは話をしなかったかもしれない。
僕も話しかけられて立ち止まらなかったらトモダチプライスも出てこない。そしてお互いがトモダチと思えるような会話が不可欠。
いろいろな条件がピタッと重なった時でないと成立しないことだと思うんです。
X軸を場所・Y軸を時間という座標軸にしてみると、自分のXとY・インド人のXとYの値がお互い一致した時。それは後にも先にも今しかない。もっと言うと、そこにZ軸の気持ちの通じ合いの度合いも一致しないと成立しないかもしれない。
それは偶然の一致とも言うかもしれません。

でも、

それって、偶然だったんでしょうか・・・。自分でインド行きを決定し、青空店舗の近くを通りがかり、
そのトモダチと話してもいいかなと思い、と選択肢がいくつかあったのにそれに決めたからであり、
よくよく考えてみると自分でそこに至るまでのきっかけをちゃんと作っている気がします。
偶然にもいきなり話しかけられた、と思っても偶然の必然かもしれません。

そのすごい確率の必然であえたことに驚くとともにトモダチになれた!?ことに感謝しないといけないですね!

結局、トモダチプライスは交渉決裂してしまいました・・・。ただのしつこい呼び込みだっただけ!?

2006年12月14日

ニセ関西人

京都在住して9年経ったものの、よくニセ関西人っぽいと言われるキッスィです。
つい先日、趣味でやっているエレクトーンのアンサンブル部門のコンテストがあって、それに出場したところ・・・ナント優秀賞!!次の大会に進むことになりました。
アンサンブルとは・・・1つの曲をパート別に分けて演奏する形式のことで、トランペットパート・サックスパートみたいに分けてエレクトーンで演奏していきます。
今回の僕のパートはコーラの瓶です・・・。ん?コーラ瓶は鍵盤ちゃうやん!!
アンサンブルではエレクトーンの他にドラムやパーカッションも加わることがあるんです。それでもなんでコーラの瓶!?
コーラの瓶に水を入れて吹くと、音が出ます。その音を使って演奏するのが今回の使命なんです。
適当に入れたら音階作れるだろうと軽く思ってたんですが、ところがどっこい、けっこう難しいんですよ。意外と水の量って少し違っても音階が変わっちゃって、練習の時はその微調整だけで一苦労なんです。

そのエレクトーンは幼稚園のころから現在まで習っています。高校までは山口、大学時代は静岡、現在は京都と住まいは変わりましたけど、好きなことはやっぱり続けたい!ということで今に至ります。
一番にエレクトーンを通して思ったのは、音楽っていうのは方言関係無いということです。音を楽しむというココロ、それがあればどの土地であろうと関係ないのだ!とは痛感しました。


ん?それではテーマの方言になってないやん!!


静岡に4年、京都に9年住むと、すっかり地元の言葉は話さなくなってしまいます。実家に帰ると客観的に自分の家族の言葉を聞いてしまいます。
変な意地があって、地元でも京都弁話してしまうんです。そんな意地も一週間も居ればすっかり地元に馴染んでしまいます。
多分影響受けやすい性格だと思うんですよ。自分ではそう思ってます・・・。

でもめっちゃ方言ってえぇと思うんやってぇ。だってな、その方が伝わりやすいこともあるやんか。
京都って「まぁ、ぶぶづけ(お茶づけ)でもいっぱいどうどす?」って言わはってもホンマに食べてもうたらあかんって言うやん。そのへん難しいよな。
方言話せるいうのはその土地の文化も受け入れて初めて話せるんやろうね。僕はまだまだニセ京都人やわ。本物には近づいても本物にはなかなかなれへん、そんなもんかなぁ。


そうじゃねぇ。でもぶぶづけって酒飲んだあと食べたかったら食べてもえぇんじゃないん?

こっちの方が自分としてはやっぱりしっくりきます。

県名:山口県
市町名:岩国市(2006年3月に合併して岩国市になりました!)
人口数:山口県…1486238人(2006年6月1日現在) 岩国市…152790人(2006年12月1日現在)
山口県 岩国市のウリ:何と言ってもふぐ!地元ではスーパーでもふぐ刺し売ってますよ!あっでも今日京都のアパート近くのスーパーでふぐ刺し見かけたことは見逃してくださいな。

そうそう、コーラ瓶演奏の本番は12/24。応援よろしくっす!!

2006年11月02日

二番目はキッスィです!

どもども!二番目の登場キッスィです。みなさんいかがお過ごしでしょうか?
自己紹介ですか・・・なんせ話下手なのでうまくできるかどうかわかりませんが、させていただきます!

山口県にあるお寺の長男として生まれるものの、大学はお寺とは全く関係のない静岡の大学へ。
大学3回生から4回生にかけて就職活動をし内定ゲットするも、卒業する直前に内定辞退し、メリシャカメンバーのるるさんも行った中央仏教学院に入学。
これまた卒業間際に社会で働きたいと思い、語学学校の受付事務として数年働く。
でも、お寺のことを思い出し、本願寺の中にある研修機関にてしばらく勉強したあと、もっと浄土真宗を勉強したいと思い、龍谷大学の大学院に入学。そして現在に至っています。
今現在は大学院、実家のお寺の手伝い、関西の知り合いのお寺のお手伝いをしながら京都に住んでいます。

趣味は…なんかお見合いみたいやなぁ…海外旅行、ダイビング、エレクトーン演奏
海外旅行は特に大好きで今までに27カ国訪問しました。海外旅行をしていて思うのは、それぞれの国の文化は宗教が深く影響しているということ。食文化は特に顕著で、インドでは神聖な動物である牛は食べないし、イスラム教の国では穢れた動物であるとされる豚(ハムや豚骨のスープも含め)は食べません。
日本人の自分から見ると、牛や豚を食べない代わりに羊や鶏肉のような他の肉類を食べていて、食べ物との付き合い方をうまくやっているなぁと感心しました。
ただ、当事国の人々にしたら心底その宗教の教えに従うことがなかったら、食べないということを実行することはないと思うのです。
それをしっかり守って生きている・・・それはその宗教が表面的に存在するのではなく、人々の心の中にまで行き届いているという姿の象徴なんでしょうね。

これを見た方々にぜひオススメする旅行先はカンボジアのアンコールワットです。旅行先であまり観光スポットに行くことはあまりない僕がここはよかった!!と言える場所です。
アンコール・ワットとはどんなところ!?
アンコール・ワットとは、カンボジアの言葉で「寺院の都」を意味し、クメール王国における宗教施設の集大成といえる大寺院。12世紀前半にスールヤヴァルマン2世により創建されたヒンズー教寺院で、ヒンズー教三大神の中のヴィシュヌ神が安置されていたが、その後仏教国になり、ヴィシュヌ神→仏像に置き換えられる。

その景色は圧巻です。今まで日本で生活してきた自分が小さく思えるそんな空間がそこにはありました。
そのアンコール・ワットの塔に登ることができるので、急な階段をよじ登っていくと、緑のカーペットの中にまたまたひろーい空間に点在する遺跡が見えます。

その見るものすべてが飲み込まれるくらいの景色。ふと下方に目をやるとその塔に伸びる道。
その一筋の道には両脇に地雷の犠牲になった方々が物乞いしてる。数ヶ月前に偶然みたNHKスペシャルを思い出す。
地雷の犠牲になった人は一つの地域に集められ、政府からの保護はほとんどない。
生活するためには物乞いするしかなく、そのためにバイクタクシーでアンコール・ワットへ毎日向かう。
そこで得たお金のほとんどはバイクタクシーの代金で消えてしまうが、収入としてな無いよりはましという現実。

そのNHKスペシャルで一人のおばちゃんがクローズアップされていた。そのおばちゃんもバイクタクシーで往復する生活。
そのおばちゃんが自分が行った時にもいるではないか!僕で役に立つのならばわずかながらお金を入れよう・・・。

でもちょっと待てよ。たまたまそのおばちゃんはTVで知っているけれど、その両脇にいる同じ状況の人はお金いれないでいいのか?

このことは僕にいろいろなことを投げかけてくれました。
ボランティアとは。
知ってる側面だけで判断する自分。
そして人間が生きるということ。

宗教って自分を見つめるということでもあると思うんです。それを海外旅行を通じて僕に教えてくれました。


ある方がこんなことを言ってました。
「本来、宗教は人の心の中に住むもので、怖いものでもなく、怪しいものでもなく、生きていく上で航海の羅針盤のような存在ではないかと思うんです。
このサイトの中に、皆さんにとっての羅針盤になるヒントが隠されているかもしれません。探してみてはいかがですか?

キッスィの自己紹介はこのくらいで。次回の登場は・・・お楽しみに。

あっ言い忘れてました。ダイビング好きな方いたら国内外問わず情報ください。待ってます!!

今日のメリシャカ!

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