2008年06月20日

明日の自分へ

 「祝婚歌」   吉野 弘


    ふたりが睦まじくいるためには
    愚かでいるほうがいい
    立派すぎないほうがいい
    立派すぎることは
    長持ちしないことだと気づいてるほうがいい

    完璧をめざさないほうがいい
    完璧なんて不自然なことだとうそぶいているほうがいい
    ふたりのうちどちらかが
    ふざけているほうがいい
    ずっこけているほうがいい

    互いに非難することがあっても
    非難できる資格が自分にあったかどうか
    あとで疑わしくなるほうがいい
 
    正しいことを言うときは
    少しひかえめにするほうがいい
    正しいことを言うときは
    相手を傷つけやすいものだと気づいているほうがいい

    立派でありたいとか
    正しくありたいとかいう
    無理な緊張には色目を使わず

    ゆったり
    ゆたかに
    光を浴びているほうがいい

    健康で風に吹かれながら
    生きていることのなつかしさに
    ふと胸が熱くなる
    そんな日があってもいい

    そして
    なぜ胸が熱くなるのか
    黙っていても
    ふたりにはわかるのであってほしい


                    『贈る歌』(吉野 弘著,花神社)より「祝婚歌」全文を転載
                             (吉野弘氏のこの作品のみ著作権の発生なし)


……自分で祝って自分で戒めてたら世話ねぇな。

2008年05月21日

降りてくる友情

【メリシャカ!】といえば【4月8日】。

4月8日はお釈迦さまの誕生日とされている日で、そのことを祝う≪降誕会(ごうたんえ)≫という法会がある。
だが、同じ名目の法会でも、≪花祭り≫や≪潅仏会(かんぶつえ)≫という名称で催されていることのほうが多く、そちらのほうが知られているだろうか。

「降りて誕生する」と書いて≪降誕≫という。
字の通り、お釈迦さまは降りて生まれたわけだけど、どこから降りてきたかというと、兜率天(とそつてん)という人間の住んでいる世界より、ずっとずっと高いところにある世界のうちの一世界からと言われている。

それには、お釈迦さま(仏陀)が母の胎内に宿る前に、兜率天にいたという伝承が基にある。
兜率天は、次に生まれ変わるときに悟りをひらいて仏陀となることが約束された菩薩が、修行をしながら過ごす場所。
だから、お釈迦さまが2500年前に降誕されたため、今その兜率天には、次に仏となることが約束されていて、衆生を救うとされている菩薩がいるという。

その菩薩を≪弥勒菩薩≫という。

有名な広隆寺の弥勒半跏思惟菩薩像は、兜率天で瞑想する姿を彫ったもの。
だが、その降誕は56億7千万後という驚愕的な数値もまた有名。
弥勒菩薩はサンスクリット語で≪マイトレーヤ≫。
語源は「ミトラ」であり、慈悲の「慈」という言葉の語源と同じであることから≪慈氏菩薩≫とも呼ばれている。

「ミトラ」には「友情」という意味がある。

それは下から見上げ、上から見下す関係では生じえない。
同じ目線で、同じものを見て、同じことを感じることから生じるもの。
芥川龍之介の『くもの糸』にあるような。
蓮の池の底に映る地獄を見下ろし、お釈迦さまがカンダタのために「くもの糸」を垂らす行為を「慈悲」と思ってしまうけど、それは少し違うということ。

私と同じ「生老病死」と「喜怒哀楽」を知るからこそ。
兜率天から、同じ目線となる場所まで降りてこずにはいられない。
だからこそ、その同じ目線で差し向けられる「慈悲」に、切れてしまう糸を垂らされるときにはない暖かさを、感じることができるのだろう。

この≪降誕会≫は、各宗派の宗祖の誕生日を祝う法会のことを示す場合もあり、今ではこちらのほうに使用されることが主流になってきた。
宗祖方もまた、自身一人のみが救われる道を探されたのではなく。
同じ苦しみを抱き、同じ感情を抱く者のために、救いの道を説かれたということ。

5月21日は浄土真宗の開祖、親鸞聖人がお生まれになられた日と伝えられている。

親鸞聖人は比叡山から下りて後、民衆の中で仏法を説き続けられた方。
今日は上も下もない等しさがあることを、降りて同じ目線となった友情が、教えてくれる日だ。

2008年01月22日

遺された影

「もし今自分が死んだら、どの写真が遺影に使われるのだろう…」

今回のテーマが『写真』と聞いて、そんなことを思ったのは、先日一周忌の法要で家族の方が持ってこられた遺影に写っていた、見る者の心に灯火をともすような温かな笑顔の女性を、思い出したからかもしれない。

高校生の子供を残して往生された女性の遺影を選んだのは、ご主人だった。

ご主人は、自分が愛した妻の、内面をも写し出しているような写真を、一生懸命探したそうだ。
そして、その写真を見るたびに、自分が愛されていたことを実感する。
笑顔の妻がカメラ越しに見ていたのは、他ならぬ自分自身だったから。

本堂の内陣に置かれた遺影を見て、「持ってきて良かった」と満足そうに呟いたご主人の姿が、妙に印象的だった。

私は旅行先にカメラを持って行ったことがない。
冠婚葬祭や式典でも同じこと。
それは愛情を傾ける対象がいなかったのが最大の要因なのかもしれないが、撮るとしても、こだわりがないから携帯電話のカメラで充分事足りる。
だから当然、自分がまともに写っている写真を、持ち合わせてはいない。

もし今死んだとしたら、写真がないと慌てる家族の姿が目に浮かぶようだ。

遺影の心配などまだ早いと言い切るには、多くの死を見すぎている。
命の終わりに、早いも遅いもないということは、実感の有無に関わらず、揺るがすことのできない事実だから。
今のうちから遺影と思って写真を撮ったり、探したりすれば、それはそれでデス・エデュケーション(死の準備教育)になるかもしれない。

そう思って、友人から携帯に転送してもらった自分の写真をいくつか見てみると。
どれも納得のいく顔をしていなかった。

けれど遺影は、実際に飾られている場面を、自分で見ることも確認することもできない写真。
納得のいく写真で自分を思い出して欲しいと思うのは、当然のことかもしれないけど。
ふと冷静になって、死を前提にしてなお消えることのない虚栄心というかなんというか、そんな何とも言えない感情が見え隠れしているような気もしてくる。

大切なのは、自分が納得するかではなくて、遺された者の納得で。
自分たちが選んだ写真だからこそ、それを見て語られる思い出もあるのだろうし。
自分の中の愛情に気づくと同時に、相手の自分への愛情に気付くこともあるだろうし。
そうやって、つながってゆく仏縁もあるはずだ。

妻の写真を愛おしそうに見つめながら語るご主人を思い出して、そういう考え方もあるのかもしれないと思ったりした。

だが、私の写真がないからといって、卒業アルバムを持ち出すのだけは勘弁願いたい。
卒業アルバムと文集は、1年で時効を迎える代物だというのが私の自論。
遺影に限らず、その二つだけは何があろうと表に出してはならないと、遺言でも書こうかと少しだけ本気で考えて、あまりの滑稽さに可笑しくなった。

まったく、知らず知らずの執着が多い人生だ。

2007年10月24日

感謝の花束

外見が似てると言われたことはない。

けれど。
偏頭痛もちなところも、腰痛や肩こりがひどく、サロンパスが手離せないところも、貧血症のところも。

似なくてもいいじゃないかと思うところは、嫌になるほどソックリで…。
そういう意味で、遺伝子を疑うことはない。

私はその不調を、つい口にしてしまうけど。
私など、比べ物にならないくらいの不調を抱えながら。
本当の辛さを隠しては、大したことはないからと、小さな不調だけを口にしてカモフラージュしてやり過ごす。

だから、「大丈夫よ」と何でもないような顔に安心して。
その奥にある苦しみに、思いを傾けることができない自分の至らなさを、後になって悔やんでしまう。

痛みを抱え、絶望を抱え、心身のバランスが崩れかけた危うさを抱えながら、生きている人がいる。

普通に暮らしているように見える人が、全員健康とは限らないということを。
いつもいつも、その姿が教えてくれている。

思い通りにならない身体で、思い通りにならないなりに生きることを受け入れたその人の目に映る世界が、優しいものであったかは分からない。
それでも、その視界には失った健康の他にも大切なものが映っていて、その中に私も含まれていたらいいなと、思ったりもした。

たぶん私は、どんな娘でありたいかと問われたら。
その人に「生んでよかった」と、思ってもらえる娘でありたいと答えるだろう。

そんな、言葉に尽くし難い感謝の思いを、年に一度、花に託してしまえたらいいのだけれど。
カーネーションの嫌いなその人には、届きそうにもないようだから。
どうせ届かないなら、ここで言ってしまっても、いいだろう。

「お母さん、生きててくれて、ありがとう」

2007年07月20日

心の段差

ちょっとの段差につまづいて膝をついた。

家の中は、建て替えときに祖父母に合わせてバリアフリーになっている。
階段以外、生活空間で足を上げる機会が少なくなった。
段差のないことが、私の中で当たり前になってきている。

バリアフリーに慣れると、段差があることを忘れてしまう。
段差があることのほうが、悪いことのように思えてくる。
小さな段差に敏感になり、つまづくと目くじらを立ててしまう。

人と人との関係も、なんとなく似てるなぁと思えてきた。

すべてが同じなわけはないし、並べば平坦になることもない。
それぞれが違うのだから、それは当然のこと。
だけど、違うなりにも同類と判断したグループはできるわけで。
そうすると、そのグループに入らないものの違いに対して、敏感になってくる。
自分の価値観で、違うものを、時には嫌悪し、攻撃し、差別し、排除する。
違って当然ということを、認めることができなくなる。
そういう心の段差が生じることもあるということ。

「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」

『阿弥陀経』という経典にある一節。
浄土に咲く蓮華の華のことで、それぞれがそれぞれの色に光を放ち合い、照らし合っているさまを説いている。

一人一人の持つ特質を発揮し、また発揮されたものを受ける止める。
せっかく違うのだから、その違いを認め、違いを尊重し、違いを愛する…そういう心持ちでありたい。

「みんなちがって みんないい」

まったくその通りだ。

段差をなくすことが根本的な解決ではない場合もある。
段差があることを知る、認識する。
まず、そこから始めないと、たまに遭遇する段差に驚き、排除しようと躍起になる。
自分のほうがスタンダードだと、ぶつかり合うこともあるかもしれない。
段差はあって当然という認識。
その上で、その段差を超える懐の深さというか、なんというか…。
まあ、そんなものが、人間同士それぞれが関係することによって培われていけたら…。

などと、つまづいて膝をついたまま考えてた。

それは本堂での法事が終わり、墓地へ移動する途中のこと。
お参りの方々の目の前で転んで、持っていた携帯用の鐘が虚しい音を響かせながら飛んでいった。
その状況のあまり痛さと恥ずかしさに、思考が現実逃避したらしい。

誰にも手を差し伸ばされなかったことに、自分の魅力のなさを痛感する…。
肉体的にも精神的にイタイなぁ。

2007年05月16日

ココロのスキマ

私は信じやすく、騙されやすい。
なので、とても疑い深い。

だから今回のテーマを知ったとき、「おいしい話には裏がある」という意味での「おいしい話」かと思ったたんだけど…どうやら私だけだったみたいだ。

そういう意味での「おいしい話」を考える時、最初に思い浮かんだのは笑いながら心の隙間を埋めてくれるセールスマンの喪黒福造さん。( 藤子不二雄A 『笑うせぇるすまん』 )

悩んでどん底にいる人や、追い詰められている人に、その悩みに合った商品を勧め与えては、相手の心の隙間を埋めてくれる。
それは、悩みを解消するどころか、人生を思い通りにできるほどの品で、使った人は舞い上がる。
けれど、そういうものには必ず「○○してはダメ」という条件がつくのがお約束。

なのに、使う人はその条件を守れずに、喪黒福造さんに奈落の底へ「ドゥーン」と落とされてしまう。

小さい頃、たまに見ていたこのアニメの内容に、どうして条件を守らないんだろうと不思議に思っていたけれど。
大きくなって、さまざまな誘惑に溢れた生活を知ってしまうと。
「あと少しだけ」「あと一回だけなら大丈夫」と、奈落に落ちていった人たちの心情が、よぉく分かってきたから情けない。

「おいしい話」っていうのは、言い換えれば自分にとって「都合の良い話」ということだ。
その「都合のいい話」についてくる条件も、考えてみれば薬の箱の裏に書いてあるような使用上の注意のようなもの。
だけど、その使用上の注意が「自分にとって都合の悪い話」となる場合があって。
本来、守れば問題ないものなのに、なぜか守らず…いや、なぜか守れないで。
どうするかといえば、その都合の悪さを無視してしまったり、無理やり自分の都合よく捻じ曲げてしまう。

風邪気味で薬を飲んだあとに、車を運転したとして。
けど使用上の注意には、眠くなるから運転してはならないと書いてあるけど、大丈夫だろうと勝手に判断してしまう。
そうしてうつらうつらと眠くなり、前方不注意でガードレールにぶつかったとしたら…。

自分の過失を認める人もいるけれど。
なんで眠くさせるんだと、原因を見ないで薬のせいにして逆ギレする人もいるだろう。

自分にとって都合の良い部分だけをピックアップしておいて。
あとの都合の悪さは捻じ曲げて、挙句に都合の悪いもののせいにする。
それが、誰にとっての価値判断の末に出た良し悪しかを、考えることもなく。

とまあ、ようは自分にとってだけ「おいしい話」には気をつけてという話だ。
そこには必ず、条件があって、その条件を受け入れられない自分がいる場合もあるということ。

それから、もう少し視野を広げたら、全人類、全生物、全環境にとっての「おいしい話」という都合の良いことも、存在しないということにも、思い当たるかもしれない。(私も今、気がついた)

それが何故かということに、答えをくれるのが仏教だ。

2007年04月07日

持つべきものは…

「自ら其の睫を見る能わず」

友人が訓戒にしている言葉をプレゼントしてくれた。

「100歩先にいる人の髪の毛先まで見ることができる者でも、自分の睫を見ることはできない」

転じて。

「人の欠点は見えやすいけど、自分の欠点は見えにくい」

ということらしい。
らしいというのは、意味まで教えてくれなかったからだ。
調べてみると、中国の法家・韓非の著書『韓非子』の観行篇にあるものだった。

相手の欠点には、それがどんなに些細なものであっても過敏に反応する。
けど、その欠点は、自分の中にある欠点と、同様の場合が多々ある。
自分の外側には眼が届いても、自分の内側には総じて無頓着だ。
その欠点に対する非難は、自分の内側を外側と同じくらい見つめることができれば、自然と自分に向かうのだが…そうはなかなかいかないもんだ。

自分の欠点が見えないということは、必然的に「自分は正しい」という思い込みが、相手に対する評価の根底に潜んでいるような気がする。

自分を棚上げして、相手の欠点を見つけては、鬼の首を取ったかのように非難し、相手を一刀両断してるけど。
本当はその刀の切っ先を、自分に向けるのが仏教の智慧なんじゃないだろうか。
そうして自分の有り様を知ることができる…気づかされるんだと思う。

誰もが皆、自身を棚上げした錆び付いた刀を振り回してる。
そして、自分で自分を斬りつけなくても、自分が誰かを非難するように、私もまた、常に誰かに一刀両断されていることに気づく。

鬼の首を並べる虚しさと、その首の中に自分がいるという苦しみ。

そういうことに気づくことで、相手を思う気持ちとかが、変わることもあるだろう。

なんて、偉そうに書いてるけど、こうして誰かに諌められないと、自分の睫の存在も、鬼の首にも気づけないことに気づかないんだな。
ありがとよ、友人。

2007年03月02日

不愉快な仲間たち

ども、sakullaです。
今回は友達というテーマなわけですが…うーん、正直キッツイ。
まあ、いろんな人たちと関わる中で、なんとなく思ったのが、友達でも、恋人でも、夫婦でも何でも。

「人は相手に自分に【あるもの】と【ないもの】を求める」

てなことが人間関係には言えるのかな、と個人的には感じているわけで。
この2つのバランスが良ければ良いほど、付き合いも長く深くなるんじゃないかなぁって…さて、どうでしょう?

けどね、これは人間関係を客観的に見た場合を含めて思ってることで、自分に当てはめると、ちょっとイヤ~な気分にもなるのです。
だって、私の女友達は変わってる人ばっかりだからっ!!
こんな友人、フツーいます?

普通の家庭に生まれたのに、10代の頃から寺に嫁にいきたいって願望を抱いた末、叶えてしまった女とか。
披露宴で、『暴れん坊将軍』のテーマ曲を流しちゃう新婦とか。
旦那を日本に残して、タイへ出家しに行って丸坊主になって帰ってきた主婦とか。
合コンの二次会で、目当ての男性にアピールするために『天城越え』を歌っちゃう人とか。
三十路を前に青春18切符で上京し、趣味に散財してから帰る新妻とか。

もう、理解不能の宇宙人のような人たちなんだけど、付き合いも長いから慣れちゃって、最近じゃ突飛な行動にもいちいち驚けなくなってきた。
…ある意味、私も末期症状かもしれない。

自分に【ないもの】づくしの人ばっかり。
自分に【あるもの】を、この人たちの中にもあるって認めたくない。

けど、きっと……あるんだろうなぁ。
一緒にいて楽しいだけじゃないし、「それはどうよ?」と思うことは互いに言える関係。
そういうことはバランスが良くなきゃ言えないし、言えなきゃ長くは続かない。
まあ、【ある】とか【ない】とか、こだわる必要も感じないから長く続くって考え方もあるのかな。

けど、こんなキッツイ友人から見ても、自分の女友達が僧侶になったことも十分変わってるか…。
ということは、私が一番レアキャラかもしれない…それはそれでショックだわ。

2006年12月25日

ハマっ子じゃん!

ども、神奈川県横浜市在住のsakullaです。

前回のタツヤさんに続いて、東京都近郊にいるもんで、方言と言われても…ね。
思いつくのは語尾に「じゃん」をつけるのくらいかな。
けどこれも、もう横浜特有の方言じゃなくなってるし…なんかつまらん。

横浜といっても、私の住んでいるところは海からは離れてて、15年前までは山と森に囲まれたのどかな農村地帯だったけど。
バッサバッサと拓かれて、今じゃすっかり新興住宅地に様変わりして、区の人口の平均年齢が33歳まで下がってるような地区。

若い世帯が多いから、この時期になるとどこの家もイルミネーションで飾り付けがされてて、中には目を奪われて運転ミスして事故るんじゃないかってくらい、とんでもなく派手な飾りつけがされてるし。

ちなみに私はサンタクロースを信じていた記憶はない。
まあ、朝起きて枕元にプレゼントが置いてなかったら、サンタを信じる根拠はないわけで。
けど、プレゼントをもらえなかったかというと、そうではない。
うちにはクリスマスプレゼントの代わりに、年末プレゼントという奇妙なものがあって、なぜか25日以降に親からもらってたな。

そもそもクリスマスはイエス・キリストの聖誕祭。
なのに、メインはツリーとイルミネーションと、サンタの格好をしたアルバイトやクリスマス商戦に取って代わられてるのが現状。
そういうとこを僧侶の視点から見れば、この異様な盛り上がりを羨むことはない。

対して、お釈迦さまの誕生日は4月8日で、この日は「花まつり」と言われてる。
認知度の違いは明確すぎるほどあるけど、それはまだいろんな可能性があるってことだ。

だからといって、認知度を上げるために、例えば菩提樹のてっぺんに宝輪をつけたり(笑)、仏舎利に見立てた干菓子をばらまく(失笑)とか、そういうクリスマスとかバレンタインに対抗するような企画性の必要なものは、やらなくていいと個人的には思う。

ただ、父の日とか母の日とか、両親に感謝する日があるように、4月8日が肉親や、日頃お世話になってる人だけじゃなくって、すべての人や物に感謝するような「ありがとうの日」になればいいなぁなどと思ったりする。

この私が、本当にいろんなものに支えられているってことを思い出す縁とする日。

ある日突然、目の前に降って湧いて出たようなものは何一つない。
ボールペンの向こう側にだって、チョコレートの向こう側にだって、どんなものにも作る人がいて、その人の家族がいて、生活がある。
中には、その人たちの過剰な労働の末にあるものを、知らずに平然と使ったり食べたりしてることもあるだろうし。
それから原料も必要だし、自然や地球の恩恵も必要だ。
そういう、普段の生活で「あって当たり前」と思ってる物や人の、その先にある、ありとあらゆるつながりに思いを馳せて、一つ一つに「ありがとう」って思う日。

あえて、そういう日って決める必要はないかもしれないけど、何より私自身がきっかけがないと忘れてしまうから。
「縁起」というつながりを悟ったお釈迦さまの誕生日が、そういう当たり前に感じてるつながりへの「ありがとう」の心を育てる日になったらいい…てなことを横浜の片隅で、隣んちのイルミネーションを見ながら思うわけですわ。

え~と、そういや方言だったね、テーマは……全然関係ないじゃんっ!


●神奈川県横浜市 (人口360万6650人)
●ちなみに観光名所だったマリンタワーと氷川丸は、本日25日をもって営業中止となりました。
  お疲れ様、そしてありがとう。

2006年11月04日

3番手は新人です

初めまして。
メリシャカ!リニューアルに伴い、新規参入を果たしましたsakullaと申します。


では、まずは軽く自己紹介などを。


私は神奈川県にある浄土真宗のお寺に、2人姉妹の次女として生まれました。
そう、次女として生まれたハズなんですよ、確か…。
けど気がついたら、いつの間にか跡取り娘になっていました。


これは勉強しなきゃなぁって感じで、関東の仏教系の大学に進学。
そこの仏教学科でせっせと学び始めるも、その大学はうちのお寺の宗派とは違う宗派の学校。
これは宗門の勉強もしなきゃなぁって感じで、東京仏教学院という浄土真宗の夜間学校にも入学。
仏教のダブルスクール状態で両校を卒業しました。
その後もしばらく学生を続けさせて頂き、大学院(修士)で奈良時代の国家と仏教の関係について研究するという、またまた宗門とは離れた分野に没頭する日々を過ごしていました。
そして、フリーター生活を経て、お坊さんになったはいいけど、その時は既に夜学を卒業してから4年近くが経っていて…。
正直、頭がリセットされていたことに危機感を感じ、現在は寺務のかたわら再び東京仏教学院の研究科へ聴講生として通っているという毎日です。


にしても、今まで読む側だったのに、こうして読まれる側になるとは…。
結構テレちゃうもんですが、これも有り難いご縁ですし、本当に光栄なことだと思ってます。


さて、メリシャカ!に参加するときに、自分のプロフィールを書いたんだけど、その項目の中に、「自分にとって仏教は?」っていうのがありました。
そのとき、パッと出てきたのが「目を見開くこと」だったわけです。


よく使われるし、数行前にもある「有り難い」って言葉、これはお釈迦さまが語られた言葉として経典にあるお話から広まったもの。
どんな話かというと。
人間に生まれるということは、100年に一度、海上に頭を出す亀がいて、その頭が大海に浮かぶ板に開いた穴にスポッと入ることより稀で、有り得ないことだっていう話。
ここから「有ることが難しい」=「有り難い」って言葉ができたというわけです。


普段、何にも考えないで「ある」ということが当然だと思って生きている。
それは家族であったり、友人だったり、食べ物だったり、生きていることだったり。
そんな意識することさえ忘れた、数限りない当たり前のなかで、私たちは生活をしているけど。
でもそれは、全然当たり前のことじゃなくって、その全てが、ただ有るだけでも難しいことばかりです。


人間に限らず、この世界に生を受けたものは、ただ有ることだけでも難しい存在。
それは生のないモノだって同じこと。
なぜなら、全てが想像するなんてできないほどの、無数のつながりによって、ようやく存在することができているから。
このつながりとはご縁のことです。
そのご縁の一つ一つも、当たり前にあるもんじゃない。
そのうちの一つでも欠けたら、それは存在しえなかったかもしれないし。
そして私も、いなかったかもしれないってくら大切なものです。
そんなつながりに、私は支えられて生かされてる。


「あって当然」のものなんて何一つない。


有り難いことを、有り難いと思わず、当然と思って生きてきた自分の姿を、目を反らさずに見ること。
有り難いことを、有り難いと、そのままを見ること。
こういうことが、私にとっては「目を見開くこと」って表現になったわけです。
当たり前のことが当たり前じゃないことに気づいたとき、感謝という思いが生まれるんだと思うから。
そして、そのことに一人一人に気づかせてくれるのが、仏教いう宗教の姿なんだと思うのです。


大事なことは、そういうことに、1人では気づけないということ。
仏法に出遇い、いろんな人と、いろんなことに出会い、そういうご縁に触れることで、見えなかったことや見ようとしなかったことが見えてくるんじゃないかな。


メリシャカ!に、そして皆さんに、出遇い難くして出遇えたご縁に感謝して…メリシャカ!!


…とかなんとか書いてはみたものの…こんなんでイイんですかね?
何はともあれ、今後ともヨロシクお願いしまーす。


今日のメリシャカ!

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