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占いの裏側

こんにちは。
こっちにも進出してきました。るるです。

なんか、、ヤフーって最近占いに力入れてる?
いろんなやつが出てますね。

私は占いって必要ないと思ってます。
字画も、風水も、四柱推命とかそういうのも。
でも、興味があります。

それは、「なぜその判断になるのか」と「人はなぜそれを信じるか」に興味があるからです。
学問として気になるのかな。
実際、動物占いがはやった時には、「なんで当たってるんだろう?」って真剣に考えたこともあります。
ちなみにチーターかなんかでしたが。

統計学とか心理学として説明がつくのであれば、それは信用に足りるかもしれません。血液型なんかは、統計の最たるものかなと思います。風水も基本的には建築学かなんかでしたね。


占ってほしいと思う時。
それは、人が「迷っている」時です。
誰かに、何かに、背中を押してほしいのです。
道しるべがほしいのです。
必ず見てしまう目覚ましテレビの占い。雑誌の占いコーナー。
そのつもりはなくても、ついつい目が行くんですよね。

つまり古代から占いが必要であった理由は、人が迷う存在だからってことなんですね。

「四十にして不惑」と孔子はのたまったそうですが、まず難しいことです。
だって、人生は80年、90年と誰もが思う現代。
人生の半分で、迷わないなんてありえない。
というより、いくつになったって迷わない人間は稀有でしょうね。

人は必ず迷う。惑う。
「私は今、迷っている」
まず、それを自覚することが大切なのではないでしょうか。
そして自分が何に迷っているか、それに耳を傾ける。
それがはっきり分かったら、自分で道を選び、自分で判断し、その道を歩むことができるでしょう。
何かに、誰かに責任を回避したり転嫁したりすることなく。
何者かもわからないものに身をゆだねたりすることもなく。

また、占いを言い訳にするのは筋違いです。
字画が悪かったからだ、運勢が悪かったからだという逃げ道にしてしまっては、何の解決にもならない。

自分の願いや、自分への願いに思いをはせる。
今日やるべきことは何か。
自分はどう生きたいのか。
他人にどうあってほしいのか。
そのために、必要なことは何か。


それが、力強く生きるということではないか、と思う今日この頃です。

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2006.4.26-
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