ども、久しぶりのシャカ斬りです。
最近、柳沢厚生労働大臣が、講演で「女性は子どもを産む機械・装置だ」と言う発言をしたことが、大きく報道で取り沙汰されております。
この発言には、私もビックリでした。
よく政治家などの公の人物が、本音をポロっと発言してしまってニュースになることはあって、大抵、その気持ちはわからんでもないとか、心の奥で思っておいても、口に出す事は無いのに、とか、ある程度理解できる部分もあったりするのですが、今回の発言は、本当に思ってもみないことを、講演会と言う公の場で発言した事に対して、驚くと共に、こんな事を考えている人が政治家なのか、ということに、愕然としました。
この発言は、大きく女性の尊厳を傷つけるものです。
そして同時に、人間の「命」を軽視する発言でもあると思うのです。
柳沢氏の発言の中には、「女性は子どもを産む機械であり、機械の頭数は決まっているから、一人頭が頑張ってもらわなければ・・・」というような部分がありました。
これは、現在日本の抱える一つの問題である少子化の問題について、何とかしていかねばならないという国を憂う気持ちからの発言だと考える事が出来ますが、それでも、女性を機械扱いをしていることは許される事ではありません。
そして、上記の発言の裏と言うか、そういう発言をするに至った経緯を推測しますと、とりあえず、出産率を上げて、人口を増やしたい、と言うような思いがあるように思います。その理由は、少子高齢化が進めば、当然国家の収入が減りますし、高齢者へのケアが、国にとって大きな負担になってきます。それを防ぐため、人間を機械のようにたくさん「生産」しろ、というような考えが、どこかにあるように思えなくも無い気がします。
そしてその思いは、結局国民を、人間を、税金を納め、国を成り立たせるためのモノ、ぐらいにしか思っていない、と言うようも感じられます。
つまり、女性が子どもを産む機械で、生まれてくる新しい命は、国を成り立たせるための機械だ、そんな風な思いが、もしかしたら、柳沢氏の頭の中にはあるのかもしれません。
まあこれは、私個人の深読みのし過ぎ、なのかもしれませんが、あの発言を突き詰めて考えますと、女性はもちろんのこと、人間の、新しく生まれてくる命の尊厳を大きく傷つける発言のように思えてなりません。
もちろん日本と言う国にとって、少子高齢化に対応する政策はこれから必要とされる事ではあると思います。
それでも、人は、命は、機械のように簡単に「生産」されるものではありません。
いろんな人の想いが重なり合って、無限とも言える命の「縁」が絡み合って、そこに初めて生まれてくる、とても不可思議で、尊いことです。その一人一人の命は、どんな人の命であっても、唯一の、かけがえの無いものであり、同時に全ての命と繋がった、大切な命であるはずです。
それをいくら政治の上での話であるとは言え、人の命を、モノのような扱いをしたり、数字でしか推し量れないような考え方をするのは、やはり許されるものではないかなと思います。
特に、昨年大きな社会問題となった、いじめの問題や、自殺の問題によって、命の大切さをもう一度、社会全体で考えていこうという動きが起こってきている中で、命の尊厳を大きく損ねるような考えを、国を動かす政治家が持っている、ということは非常に残念でなりません。
子どもへの命の教育を叫ぶ前に、まずは大人が、それを実践していかなければならないはず、なんですけどね。
と、ボウズが偉そうに政治に口を出すな、と言われるかもしれませんが、「命」を考えるという時には、政治も宗教も、関係ないのかなと思い、あんまり仏教的な文章にもなってませんが、ちょっと、書かせていただきました。
コメント (2)
kakaさん
コメントどうもありがとうございます。
柳沢氏の発言は、女性だけでなくて、全ての人の命を冒涜するものに思えたので、このような事を書かせていただきました。
命と言うものは、そんなに簡単に生まれてくるものではないし、
おっしゃる通り、女性は命がけですもんね。
そこのところの制度がキチンと整ってもいないのに、
産めよ増やせよ、だなんて、勘違いもはなはだしい限りだと思います。
僧侶が政治に、というのは、
一度それで、怒られた事があるんですよ(笑)
でも、
本当は、一部の人の利益を守るためのような政治家ではなくて、
本当に国民一人一人、
小さな声にも耳を傾けられるような人が、政治をすべきなんでしょうけどね。
投稿者: kenyou | 2007年08月16日 00:09
日時: 2007年08月16日 00:09
ここにきて、初めて女性として救われた気がしています。
私も5人くらい、生めるものなら生んでやりたいが、いえ、生ませていただきたいのですが、女性というものがいかにデリケートで、妊娠出産育児というのが、いかに命がけであるかということは、女性でなくては分かりません。すみません。
僧侶が政治に口出すということもあってもいいのでは?
むろん、私など、政治家には決してなれませんが、小さな底辺で暮らす人の、小さな声を持って、政治の世界に足を踏み入れた人もいます。
そういう人が沢山政治に参加できる世の中になってほしい。
投稿者: kaka | 2007年07月06日 06:22
日時: 2007年07月06日 06:22