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麗しの奈良

今度は奈良に出没してきたので、そのレポを。

3度目の奈良。
正直、京都の駅に降り立っても古都の気配を感じることはないけれど、奈良は駅を出てすぐ若草山を望むことができ、古代の香りを身近に感じることができるから好き。

今回は過去に行ったことのない場所を中心に巡るのが目的。
興福寺・奈良国立博物館・薬師寺・唐招提寺・高松塚古墳・石舞台・飛鳥寺・秋篠寺
とまあ、飛鳥方面まで網羅して、仏像でお腹いっぱい胃もたれ状態。
けど、奈良に来たらやっぱり大仏は外せないということで、3度目のご対面をしに東大寺へ。

3度目だから、大して感動はないかなと思ったけど、やっぱデカイっ!!
大仏殿(金堂)を見ただけで感動してしまった。
この大仏殿、実は2度焼失してて、今のは江戸時代に再建された3番目のお堂。
しかも、あのサイズで前の2つよりも小さいというから驚きだ。

続いて、ついに大仏さまとご対面…やっぱデカっ!!
この大仏の正式名称はサンスクリット語の音写で、【盧舎那仏(るしゃなぶつ)】といい、「全てを照らし出す光の仏」という意味を持つ。
ちなみに、意味からも推察できるけど、密教の大日如来と元を同じにする仏さま。

この盧舎那仏という仏は、光明を放つのみで教えは説かないという特徴がある。
経典でも、ほとんど代弁者に喋らせ、口を開かない。
黙して語らず、ただ光を放つその訳は、言葉を発すると分別が混じって、真実が真実のままではなくなってしまうから。
話さないことで、真実を表すということらしい。

で、この仏が登場するのが『華厳経』という経典。
その中に【因陀羅網(いんだらもう)】の例え話があって、それによると帝釈天の宮殿には因陀羅網という網が張られていて、網の目の一つ一つに宝珠があり、無数の宝珠が相互に映し合っているという。
私たちも含め、ありとあらゆる存在は孤立しているのではなくて、網の目のように繋がりあい、互いに互いの因となり縁となって生じあっているということの例え話。

…うーん、かなりイイ話だ。
ちなみに『華厳経』には善財童子という少年が、菩薩や富豪や遊女など様々な人たち53人を訪ね歩く話もあり、一説に、これが【東海道五十三次】の五十三の元となったと言われてるのはプチ知識。

というわけで、東大寺は華厳宗という宗派のお寺である。
もともと、奈良時代に今で言う県に一つ、国分寺という寺を建立させ、それらの総国分寺としての性質を東大寺に持たせていた。

【四天王護国之寺】

これが東大寺の名称であり存在理由であった。
国を護るための本寺を、壮大な世界観を持つ華厳経(正確には梵網経)を具現化した寺に置いた当時の朝廷の思いを考えると、なかなか面白いものがある。
(その世界観は大仏の座ってる蓮台に描かれていて、その説明が書かれた看板が近くにあるので、行ったら読んで)

いろいろ書いたけど、どれか一つでも記憶に残して見てみると、また違う東大寺が見られるかも。
にしても、東大寺は堂内の写真撮影が自由…正直、それが一番驚いた。

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2006.4.26-
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