お坊さんに聞いてみよう12(メリシャカメンバーのこたえ:うり)
- 2013年05月13日(月) 文:uritomo
- 仏声人語
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私は死んだら「あの世」があって、亡くなった母に会えると信じています。皆さんはどのように考えますか?(PNピーコ)
こんにちは、ピーコさん、私、うりともうします。
今回いただいたお質問、私なりの考えを少し書かせていただければと思います。
ピーコさんは「あの世」があって、亡くなったお母様に会えると信じてらっしゃるのですね。
私はなんだかそのことにすごく親近感を覚えました。
というのも、ピーコさんがおっしゃる「あの世」と、まったく同じではないかもしれませんが、私は亡くなった方々と「お浄土」という世界でお会い出来ると信じているからだと思います。
また、ピーコさんは亡くなったお母様を大切に想ってらっしゃる様に感じました。
私の大好きな亡くなった祖母は、先に亡くなった祖父を想い「お浄土ではきっと歳をとらないから、私が死んでお浄土にいったとしても、歳を取りすぎたばあさんがやから、わからんかもしれん」とよく冗談をいっていました。
私はまだ死んだ後の世界に行ったことがないので、その世界があるのかないのか、あるとしたらどんな世界かは正直分かりません。
だけれど、「お浄土にいってもおじいちゃんは歳を取りすぎた私気づいてくれるかわからん」といっていた祖母の顔はとっても穏やかな顔だったことを覚えています。
そして、私もそんな世界に生まれたいと思いました。
そして、祖母がどうしてその様に考えていたかというと、亡くなった祖父は浄土真宗の僧侶で、親鸞聖人という方のお話を大切に聞いている人でした。
その親鸞聖人という方がこんな言葉を残されているそうです。
「この身は今は歳きわまり て候えば、定めて先立ちて往生し候わんずれば、浄土にて必ず必ず待ちまいらせ候べし」
つまり、「私は大変年老い、恐らく先に浄土に往生することでしょうが、必ず、必ず浄土でお待ちしています」ということであります。
きっと亡くなった祖父もこの言葉を大切にしている誰かと出会い、この言葉をきき、この言葉を大切にしていたのだと思います。
そう思うと、私は一度も会ったことのない祖父にすら、「今」会えた気になります。
亡くなってもまたあえる世界があると想うとき、遠い未来ではなく、既に亡くなった方と「今」会っている様なそんな感覚に陥るのでした。
ピーコさんが想うお母様にお会い出来ること心から願っています。
