未知なる世界・レッドカーペット

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先日、メリシャカナイツに参加させて頂きました。

メリシャカナイツとは、メリシャカ・チスイくんが主催しているイベント。

詳しくはこちら

その企画の一つ、レッドカーペットに参加しました。

レッドカーペットとは?
レッドカーペットというお笑い番組があります。
それは、お笑い芸人が1分間でネタを披露、それを審査員が審査するというお笑い番組です。出演する芸人の方々は真剣です。

その法話バージョンです。

6人の布教使が5分という持ち時間でご法話をする。
それに対して、一般参加者の方からコメントを頂くという企画です。

メリシャカ!

ビール片手にと生きたいところですが、そんな余裕はなく。
出演者、めっちゃ緊張しました。

持ち時間はたった5分、されど5分。

カップラーメン・赤いきつねができあがるまでの5分って長いなぁと感じた瞬間でした。

私は、目で見える世界と見えない世界のお話をしました。

目で見える世界は見えない世界で支えられている。
それを教えてくれたのが、お釈迦様の教え。
日常を当たり前と過ごしていく中で大切なものを見失ってしまいます。

どういう人生を私が歩むか???
求め!求め!求め!ていくこともいいが、そこに大切なものを見落としてしまうことがある。
お念仏の響きの中に、仏様の願いを聞きながら歩ませていただく人生。


そういうお話だったような気がします。

というのも、話している内にどこか違う世界にいってしまいました。
不思議な空間をつくりだしていた会場となったカレーうどん美味しいお店VONでした。

また、次回イベントがあったら行ってみたいなぁと正直思いました。
皆様も次回があるそうなので、ぜひご参加下さい。
そこには、未知の世界が待っていますよ。

次回のテーマは『残り3ヶ月の人生だとしたら・・・』 ―緩和ケアに携わる僧侶―。
参加費の一部が「世界の子どもにワクチンを」日本財団(JCV)へ寄付されたりとナイスなイベントです。


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アッと驚くインド旅行記�

IT王国インド。
世界中の経済の中心となりつつある。

先日のニュースによれば、NTTドコモが財閥タタグループのタタ・テレサービシズと資本提携してインドに携帯電話を展開させていくという、またタタモーターズが世界一低価格車ナノを発売したりと、世界経済を湧かせる話題を提供している。


インド社会も変わっている。

インドはヒンズー教の国。
女性は肌を見せない服装が特徴的です。
なので、ちょっと前のインドでは肌を見せる広告はあまりみかけなかった。
ところが、今では、女性の水着姿の絵が町中に貼られいる。

変わりゆくインドの町を変化を感じる。


先日訪れたインドの都市にはフェラガモなどのブランドショップが建ち並んでいた。


インド写真


お馴染みのマクドナルドも。


インド写真


だが、、インドのマクドはちょっと違います。
インドはヒンズー教の国。
ヒンズー教徒は牛肉を食べません。
そのため、マハラジャバーガーでは牛肉ではなくマトンが使われれている。
価格は100RSちょっとなので、日本円で250円位。
インドの物価を考えると、高級な食べ物です。

インド人マルーさんによれば、
首都デリーの地価はあがり、
インド株も上昇をしていたと。

このブランドショップの建っている附近は、ホテル・マンションの建設ラッシュ。


そこで驚きの光景を発見!


インド写真





高層ホテル建設中です。








じっくり見ると











インド写真


梯子をかけて足場の鉄筋を手送りしています。
高層階へのバケツリレーです。



びっくり!!!


さすがインド。


これが、インドの魅力です。
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洋服と車。

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昨日、また友達が結婚しました。

ま、結婚はしたい時が適齢期だと思ってますので。



京都から実家に戻って一か月。
目下の悩みは、自分の部屋が片付かないこと。そして車購入するのに、どんな車種にするか。
まだまだ定着した実感がありません。

昔からあんまり洋服を捨てることができなく、どんどん溜まっていって、それをそのままアパートから持って帰ったもんやから収拾つかなくなっています。
テレビでやっていたのを思い出しました。一年着なかったらその洋服はこれから先着ることはない、と。

でも、お寺ってお参り以外は基本的に私服。接客モードから作業モードまでの洋服が必要なんですよね。
特に作業して汚れてもいいものはいくつあってもいいし、残しておこうと思っちゃうんです。

んでもって収納ボックスたくさん買ってきたけど、全然足りず、脱ぎ散らかしのように散乱している状態が1か月続いてます。



そして。

実家では両親と弟と自分の4人だけど、車は3台。
要は僕以外は基本的に一人一台で、立地としては車がないと不便ないわゆる田舎。
飲みに行くのに、車でないと行けない。そんなとこです。
あっ、言っときますけど飲酒運転を肯定してるんではなくて、そのくらい家の周りにはお店がないってことが言いたいワケです。

そんなこんなで車を購入しようという話が持ち上がっているんですけど、これまたどんな車にしようか悩んでるんです。
小回りが利くコンパクトカー。
最近話題のエコカー。
性能がいい中古車。
高速でも安定した走り。

中古車はちょっと方向違うけど、それ以外の項目を満たす車ってないんすかねー。
正直、あんまり車詳しくないんでオススメあったら教えてください!!



捨てれない洋服とまだ見ぬ自分の車。
それって、「執着」という言葉に尽きると思ったんですよ。
着ないのに着ると思って、捨てずにおくココロ。
不便だと思って便利にしたいと思うココロ。

便利にしようとすることは悪いことではないけど、現状では満足できない。
それは「モノ」にこだわっている証拠。ずーっと残るわけでない「モノ」にしがみついているなーっと思ったんです。


この際!思い切って優先順位の低い洋服は処分しようと思います。
処分といってもただ捨てるのではなく、フリーマーケットに出したり東南アジアとかに洋服を送る機会があれば、そうしようと思います!
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おしゃかしゃま

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野球選手は何の話をしても野球に例えたり、
建築家はどこへ行っても建物に目が行ったり、
話し手はどんな話を聞いても自分だったらどう話すかと考えるように、
お坊さんは、仏教的な目線で世の中を見ています。
これらはいわゆる職業病のようなもので、ぼくの場合、特に言葉に敏感に反応します。
と言っても、小難しい話ではなく、ごく単純なところから意識しています。

最近気になったのは、RADWIMPSというバンドの「おしゃかしゃま」という曲。
ジャケ買いならぬタイトル買いで、こんな名前を付けられたら、おシャカさまファンとしてチェックせずにはおれません。

RADWIMPSのこと自体よく知らなかったのですが、ちょっと調べてみると、ここ数年で爆発的に人気が出ているバンドだそうで、オリコンの一位を取ったり、ソーシャルネットワークのmixiでは音楽コミュニティの中で、ミスチルに次ぐ2位のメンバー数で17万人を超していました。4人組のメンバーで全員1985年生まれ。わ・わかい…。

曲を聞いてみると、ポップで遊び心のある曲に、ストレートでセンスのいい歌詞が気持ちよくて、なるほど人気があるのにも頷けます。

ぼくの気になった曲「おしゃかしゃま」は、冒頭の歌詞がとても印象的です。

カラスが増えたから殺します
さらに猿が増えたから減らします
でもパンダは減ったから増やします
けど人類は増えても増やします

僕らはいつでも神様に願って拝んでても
いつしかそうさ 
僕ら人類が神様に気付いたらなってたの
何様なのさ


大人になると、いろんな常識やら決まり事にがんじがらめになって、いつの間にか、型にはまった常識人に育て上げあげられていく感じがします。若さは、そんな大人の矛盾をぶっ壊すような力がありますね。

ただおかしいと思ったことを口にする。それだけのことだけど、周りの目や常識や、己の力をある程度知ってしまった大人には、なかなか口に出来ないことです。

こんな曲が今若い人の中で人気があるというのは、とても心が温まる想いがしました。


さてさて、
メリシャカも今一押しのイベントとして行っているメリシャカナイツは、そんな若い熱さがみなぎっています。

叩きたければ叩けばいい。
ぼくらはただ仏教をいかに発信していくかを模索し続けていくんだ。

そんな想いがいっぱい詰まったメリシャカナイツ
要チェックです!
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京都×メリシャカナイツ第3夜 告知!

前回の京都×メリシャカナイツ「お坊さんレッドカーペット」面白かったという声を結構聞きます。
嬉しいことです。もしかしたら第2回もあるかも!?ご期待下さいね。

今回でいよいよ第3夜。メリシャカナイツも折り返し地点に。
どんどん加速していこうと思います。
今回は「死」を真正面から取り上げた意欲的なイベントです。
皆さんのご参加をお待ちしています。




■京都×メリシャカナイツ
第3夜(全5回予定)
『残り3ヶ月の人生だとしたら・・・』 ―緩和ケアに携わる僧侶―

ゲスト 阪本 尚樹 さん (緩和ケア病棟に常駐する僧侶 患者さんとの対話を通してケア活動をされています)

日 時 2009・5・26(火) 19:00スタート 
場 所 VoNN(ヴォン) 京都市下京区西洞院五条下る八百屋町58イチハタビル1階北側
    tel&fax;:075-352-5111 e-mail:[email protected] URL:http://www.ist-one.net/vonn/welcome.html
    
スケジュール 18:30 オープン 19:00スタート
       19:00 声明(お経のうた)(10分)
       19:10 法話
       19:20 「残り3ヶ月の人生だとしたら・・・」    
       20:30 FREE 
内 容  
ゲストのナビゲートのもと、緩和ケア病棟に携わる看護士さんとの話し合いの場を持ちます。
「緩和ケア」とは、がんなどの疾病をかかえた方の、身体やこころの苦痛を和らげ、
その人らしい日常生活が送れるように援助するかかわりです。
残された人生の「質」とは?病、そして死を通して見えてくるものとは?
いのちの大問題について、今回のメリシャカナイツでは、現場のお話をお聞きしながら、
あえて踏み込んで話し合っていきます。

参 加 費  1ドリンク制 800円(内100円は、下記ワクチン※へ寄付)
参加人数  20名程 席に限りがございますので、ご参加希望の方は事前にVoNN(ヴォン)までご連絡ください。
主  宰 メリシャカ 

「世界の子どもにワクチンを」日本財団(JCV)は、途上国の子どもたちにワクチンを贈る、認定NPO法人です。
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「いのちの食べかた / Our dairy bread」

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私たちが口にする「日々の糧(our dairy bread)」が、
如何にして私のところにやって来るか、その過程をとらえたドキュメンタリー映画。

全編を通して、ナレーションや解説と言ったものは全くなく、
見ていてわかりにくい場面はあるのですが、
押しつけがましい無駄な主観を省くことで、
見ている側にいろいろなことを考えさせてくれる仕上がりになっております。

そしてその淡々と映し出される映像が描くものは、
紛れもない事実であり、
私がこのいのちを紡ぎ続けるために、必要な事柄です。
ただやはり、牛や豚や鶏や魚といった生き物が、工場で機械的に、物のように「生産」され、
合理的に「処理」されていく姿は、ショッキングであり、思わず目を背けたくなったり、残酷な映像にも見えるかもしれません。

けれど、どのような手段を用いるにしても、
我々が他の命を殺め、それを糧としていただいている事実は変わりはありません。
ですから、単純に残酷だとか、かわいそうといった感情で判断して、
我々が他の生き物を殺して「日々の糧」にして命を繋いでいるという揺るぎなき現実から目を背けるのではなく、
「食べる」というごく自然な行為の裏にある見えない真実の姿を真っ直ぐ見つめるとともに、
自らの手を汚さずに、いのちをいただけているということや、
「いただきます」という言葉の本当の意味、
私自身が「生きる」とはどういうことなのかなどにも思いを馳せつつ、見ていただきたい作品です。
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はなむけのコトバ

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15年来の友人から、結婚式のスピーチを頼まれた。

ちょっとドタバタしている最中で、正直遠慮したいところだったが…。
自分の結婚式の時にスピーチを頼んだ手前、断ることができずに引き受けた。

昔だったら、いろいろ詮索されるのが面倒で、自分が僧侶であることなど億尾にも出さずにいたけれど。
結婚してしまえば、そんなの関係ないやと自身の素性を明らかにしたスピーチ文を考えている自分が興味深い。

もっとも、その文の原案は自分の結婚式の際に、エンドロールの代わりにスクリーンに流したメッセージ。
オレンジレンジの『キズナ』の曲にのせて、会場の人たちへの感謝の気持ちを綴ったもの。

自分たちの結婚式には、関わった多くの人たちの心に仏縁の花を咲かせるものでありたいという願いを込めた。

お寺の関係者だけなら、難しい言葉を使っても大丈夫だけど。
そうじゃない人の心に届くものにしたかったし、影で支えてくれたスタッフの人たちにも伝えたかったから。
仏教だけど、それを前面に出さないで、砕いて綺麗な言葉を探して組み立てた文。


 すべてのものは移ろいゆきます

 花が咲き続けるということがないように
 人が若くあり続けるということがないように

 人の心もまた、同じ気持ちのままではいられません

 だからきっと「永遠に変わらぬ愛」というものは、ないのかもしれません
 けれど、「変わりゆく愛」を共に育ててゆくことはできるのだと思うのです

 変わることを恐れるのではなく
 変わることを悲しむのでもなく

 互いに変わり合えることを喜ぶということ
 互いに変わり合える【今】があることを喜ぶということ

 それは、無限に広がるご縁に支えられているからこそ、【今】があるということに
 気付くことでもあります
 そして、支えられてようやく【今】がある私と同じように、限りないご縁に支えら
 れた相手の幸せを願うことから、すべてが始まるのだと思うのです

 時の流れと共に、止まることなく変化を繰り返す世界に生きるからこそ
 今日という日を一緒に過ごしてくださった皆さまと出遇うことができました

 すべてが未熟な私共には、このご縁が何よりの財産でございます

 移ろいゆく世界の中で、移ろいゆくことを
 ご縁につながれたすべての方々と、一緒に楽しみながら過ごしていきたい…

 そして、互いに生きる喜びを確認し合うかのように
 二人のこれからの日々を大切に過ごしていきたいと思っております

 本日は本当にありがとうございました



この文が、私の思ったように伝わったかどうかは分からない。
基本的に飲み放題の結婚式で、最後まで読解能力が保たれているとは思えないし。
それでも、たった一人にでも、何か伝わるものがあったなら、それでいい。

…そういう思いで、こんな文をいくつも作って、詰め込んだ。

花嫁のくせに、両親への手紙を読まずに手渡しで済ませ、参列者への謝辞をして、メリシャカメンバーに【饒舌な花嫁】という勲章を頂いたくらい、言葉の嵐が吹き荒れた結婚式。
その場にいた友人なのだから、私に祝辞を頼んだ結果は…分かっているはず。

友人とのエピソードを盛り込んで、その後に原文をコンパクトに再構築したもので締めればいいだろう。
さあ、考えるか…本番は明日……明日なんだよなぁ。

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ウソつきのススメ!?

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皆さんメリシャカ。ケンユウです。

さて、今年もお釈迦様のお誕生日である4月8日、メリシャカの日を迎えたわけですが、4月にはもう一つ、面白い日が、ありますよね。
そう、その日とは、エイプリルフール。ウソをついても良い日、です。
最近はネットの普及もあってか、そのエイプリルフールを楽しもうと言う動きが盛んで、いろんなところで、まるでウソのセンスを競うかのように、いろんなウソが飛び交ったりしております。海外では、新聞にまでウソニュースが載るんだとか。
中にはウソか本当かわからないような巧みなものもあり、年度初めの日にちょっとだけ厄介だったりもするのですが、夢のあるウソや、ウソを楽しもうとする姿勢は、面白いものだと思います。

そんなエイプリルフール、皆さんもウソをついてみられたでしょうか?私も今年は、たまにはエイプリルフールにチャレンジしようと、某SNSサイト上の日記で、ウソをついてみようと試みたんですが、いざウソをつくとなると、結構難しいんですよね。
まず、エイプリルフールのウソですから、人を傷つけたりするものであってはいけないし、結婚しますとか、あまりにリアルすぎると言うか、なんか「ウソです」ってバラした後、自分が悲しくなるウソも面白くないし、そこそこ本当っぽくて、かつ夢があるセンスあるウソを、と思うと、なかなか思いつきませんでした。
まあ、幸い、私には「とある」ネタがあって、某テクノポップアイドルユニットがウチの寺にくる!なんて、普通じゃウソとバレバレなウソをついたのですが、諸事情により、上手くウソにかかってくれる人もいて、「やった!」とほくそ笑んだわけです(笑)

しかし、あんまり見事にそのウソに騙されるもんですから、喜んだのはいいものの、それがウソだと言い出しにくいと言うか、なんだかちょっと罪悪感を感じてしまいました。もちろん、エイプリルフールだと言うことで許していただけたとは思いますが、もしそれが、何でもない時についたウソならば、私は「ウソつき」のレッテルを貼られ、信用を無くしていたことでしょう。ウソをつくことは、それなりのメリットもあるかもしれませんが、それがウソだと判明した時のリスクは、大きいのです。


さてさて、仏教では、基本的にウソをつくことを善しとしません。基本的にウソは、人を欺くためのもの。人を傷つける、あるいは騙すことをことを目的としたウソもあれば、自分の体面を守ったり、自己防衛のためのウソ、あるいは逆に、人を傷つけないためのウソ、なんてものもありますが、真実とは異なることを口にするということは、人を欺く、ということです。そしてそのウソ、と言うものは、人を傷つけるだけではなく、ウソをついた側の心も乱します。エイプリルフールにウソをついた私のように、罪悪感に苛まれることもあるでしょうし、ウソをつく時には、心の中に、ネガティブなモノが必ず形成されます。それは、自分を良く見せたい、と言う思いであったり、相手を自分の思い通りにしたいという思いであったり、自分の欲望や、煩悩と呼ばれる冥(くら)い心の相(すがた)が渦を巻いて、そこからウソが作られるのです。そしてそのネガティブな要素は作られたが最後、消えることはなく、心の奥底に蓄積されていきます。ですから、ウソを一つつくたびに、心は汚染されていきます。
そしてさらに悪いことに、一つウソをつくと、そのウソがバレないようにと、またウソをつかねばならないことが、しばしばあります。ウソをウソで塗り固める、というやつですね。そうしますと、心の奥底に、どんどんと冥いものが蓄積されていきまして、ウソに対しての罪悪感などが、麻痺してきてしまいます。そうするとまたウソがつけてしまえるようになり、あらら、見事に負のスパイラルの完成、と相成るわけですね。
まあ、そうやってウソと言うものは、心を汚し、話すという行為をも汚すものですから、仏教では善しとしないわけです。
それを表すお釈迦様の逸話に、お釈迦様は、ウソをつかないことを徹底するために、約束事すらしなかった、と言われています。どういうことかといいますと、約束をしても、その約束が守れない場合、ウソを言ったことになるからです。今日とも知れず明日とも知れない我が身であり、未来がどうなるかなど決して予期できないのに、約束をするということは、ウソをつく種を植えるようなもの。ですから、お釈迦様は約束をされず、沈黙を持って了解された、と言われています。

と、それほどまでに仏教で避けられているウソであるのに、なぜタイトルが「ウソつきのススメ」なのかって?いや、ホントはウソはつかないほうが、いいんですよ、人のためにも、自分のためにも。けれど、ウソをついてしか生きられないのが私たち。心にもないお世辞やらキレイ事を言わねばならないこともあるでしょうし、心のままに言葉を発していては、いろいろといざこざも出てくるでしょう。ウソは人間関係を円滑にするために、ある程度は必要なものだったりします。また、口に出さなくとも、自分を良く見せたいと綺麗に着飾ったり、化粧をしたりするのも、ウソをつくのと、原理と言うか、心の作用のレベルで見れば同じもの。ですから、ウソなしに生きれないほど、ウソにまみれきっているのが、人の姿と言っても、過言ではないように思います。
そういう私であるから、せめて、自分がウソをついて生きているという自覚と言うか、ウソをつく時・ついた時に、「自分は今ウソをついている」という意識を持つこと、或いはウソをついた時に動く心の模様をじっくりと観察する、ということを心がけたいな、と思うわけです。
そういう意味で、エイプリルフールは格好の機会となるわけで、来年の話になりますが、ぜひ皆さんも一つウソをついて、自分の心が動く様をじっくりと観察し、煩悩とにらめっこしてみるのも、面白いかと思う次第でございます。
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メリシャカナイツ第2夜 〜お坊さんレッドカーペット〜

メリシャカナイツ
皆さんメリシャカ♪
今日はお釈迦さまの誕生日!
つまり、メリシャカデー。
と、いうことは!?
昨日は、メリシャカイブでした。

家族がチキンを食べないイブです。
恋人たちがホテルに行かないイブです。

一部のお坊さんたちが密かにテンション上がるイブでありました。

僧!
あ、違った

そう!
昨夜はメリシャカナイツ第2夜

お坊さんレッドカーペットだったのです。

以下レポート

今回も参加者は店内いっぱいの30人ほどで、まずは、前回同様声明から始まりました。
その後にイブには付きもののケーキにロウソクを立てるセレモニーを行いました。
VoNNのマスターの可愛い奥様手作りのロールケーキには、「メリシャカ」と書かれたクッキープレートが!!  

感動しました。

メリシャカナイツでは、毎回参加費のうち100円をワクチン募金にさせていただいています。
今回特別ゲストとしてその募金先である 認定NPO法人「世界の子どもにワクチンを 日本委員会」の佐藤さんと森下さんに、遥々東京よりお出でいただき、活動の説明をしていただきました。
5月10日には西本願寺聞法会館の日曜講演(10時から)で詳しくお話をいただく予定です。

そして、いよいよレッドカーペットへ。

6人の若手僧侶が、5分間の持ち時間を使って「笑い」「感動」「仏教の教え」をテーマ(ハードル高ッ!)に熱く語りました。



法話メンバーは

〆箴紊気鵝聞眞慮)→理知的かつ滑らかな話しぶりで圧倒されました!
∪虱佞気鵝米租膰)→時事ネタから一気にほとけさまの世界へ。感動しました!
h單弔気鵝並膾緝棔泡今回唯一の女性僧侶。弾丸娘。ストレートさにノックアウト。
に匆さん(奈良県)→その場に立つだけで芸人よりもおもしろい。笑いに見る仏教。
ゥ織張笋気鵝弊虱娶)→メリシャカメンバー。改めて仏心に気づかされました。
Ε船好ぁ焚山県)→メリシャカメンバー。姑息な手段を使うも薄い笑いにショック。

あくまでも私チスイの個人的意見ですが、それぞれにテーマに沿って分かりやすく、かつ仏教を喜びながら語っていったと思います。

お客さんからも鋭い感想や質問をいただき、特別ゲストの福間義朝さんの講評が、よりお話に深みを与えてくれました。
最後は福間さんが参加者の方からの質問に答えながら、「輪廻転生」「縁起」「仏教に主義はあるのか」について、目から鱗が落ちるお話をして下さりました。
今回も、NPOの方が来て下さったり、空海を研究されているVoNNの常連さんが来て下さったりして、色々な角度から仏教の話がされて、とても刺激的な夜でした。

イベントは以上で終わりましたが、その後も思い思いに語り合い熱い夜は続くのでした。



前回に引き続き、本願寺布教研究専従職員の浅野さんには企画運営からお世話になりました。ありがとうございました。

彼岸寺さんに今回もイベント告知をしていただきました。どうもありがとうございました!



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『納棺夫日記』を読む

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ケンショウです。

 映画「おくりびと」がアカデミー賞・外国語映画賞を受賞し、大きな反響を呼んでいる。メディアではあまり触れることのない「死」をテーマに、ユーモアを交えた映画だそうだ。私が「だそうだ」というのは、まだ映画を見ていないからだ。
 この映画の「おくりびと」には原作といわれる本がある。それは、富山県で納棺夫をされていた青木新門さんの『納棺夫日記』である。主演の本木雅弘さんがこの本を読んで、いたく感動されたらしい。しかし、完成した映画を鑑賞した青木新門さんは「宗教色がない・死者をどこにおくるのか描かれていない」との理由で原作者とされることを拒んだそうだ。
 私はその話を聞いて、映画「おくりびと」より青木新門さんの『納棺夫日記』の方が気になり、本屋へと足を運んだ。本屋には、「おくりびと」フィーバーでメインの陳列棚に渋い装丁の『納棺夫日記』が沢山積まれていた。手に取り、裏表紙の解説の文を読むと「著書は宮沢賢治や親鸞に導かれるように・・・」と書いてある。ますます興味がわき、足早に帰路につき直ちに読み始めた。
 すらすらと3時間ほどで読み終えたが、久々に名書に出会えたと思う。この本をモックン(本木雅弘)が読んで感動したのかと思うと、とても嬉しい気持ちになった。
 
 3つの章で構成されていて、なかでも第3章「ひかりといのち」は、親鸞のとかく重くなりがちな教義的な内容を、巧みな文章力で読みやすく書かれている。 
 また、我々の現代社会についての死のとらえ方も鋭く記している。
”死を忌むべき悪としてとらえ、生に絶対の価値を置く今日の不幸は、誰もが必ず死ぬという事実の前で、絶対的な矛盾に直面することである。”
”現代人の不幸は、自らの死を見つめて生きていないところにある。”
”〈生〉にのみ価値を置く今日の我々は、自分だけは変わらないとする我執のため、この〈無常〉という言葉も死語に近い状態である。”

 
 青木さんは、一方で現代の既成仏教教団にも苦言を呈している。私が日頃から思っていることと重なっていたので、「うんうん」頷きながら読み、僧侶としての自分の立場を考えさせられた。

 仏教では、「いのち」を生死であらわす。私達は、いのちというと生きることの「生」ばかりを気にして生きていないだろうか。一人で生まれ、一人で死んでいく。この事実を私達は分かっているのにも関わらず、身近な方が亡くなっても自らの死を意識することは少ない。 
 青木さんは、そんな中で親鸞聖人・お釈迦様が出合われた「ひかり」を通して、自らの死生観に「ひかり」が出合うことを描いている。
 青木さんは、「ひかり」に出合うことを本の中でこのように記している。
”ひかりに出合うとは、生への執着がなくなり、同時に死への恐怖もなくなり、安らかな清らかな気持ちになり、すべてを許す心になり、あらゆるものへの感謝の気持ちがあふれ出る状態となる。” 
 
 私はこの本を読んで、青木さんが、実際に納棺夫の体験を通して「ひかり」に出合い自らの死を見つめて生きながらも、我々凡夫が捨てきれない生に執着してる生々しい姿を感じた。そして、「ひかり」に救われていくありがたさを感じ、多くの人に「ひかり」の教えを伝えていくご縁づくりをしていかねばと、まさに「喝!」を入れられた。
 
 『納棺夫日記』。
 カバンに入れておき、いつでも読みたい本の一冊となった。  



 さて、気まぐれ東京写真ですが、今回は東京のさくらの名所、新宿御苑に行った時の写真です。
桜も綺麗ですが、桜と他の樹木との自然のコントラストには感動すら覚えました。


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