恐怖のスピーチ。【助け求む!】

 また、結婚式。もう何回行ったことか。

そして今回は緊張も連れて行くことになった。今年に入って「スピーチお願いできませんか」と依頼があったのだ。
そういうのははっきり言って苦手である。

迷いに迷ったが、断るのもなーと思い、受けることになってしまった。
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ウサギとカメ


誰もが知っているイソップ童話の「ウサギとカメ」のお話。

ご存知の通り、ウサギとカメが競争し、その途中で昼寝を始めたウサギを横目に、遅れていたカメが追い越し勝利するという物語だ。

読み聞かせ童話集にあるこのお話を読むと、4歳の息子は決まって「なんでウサギは寝ちゃったの?」と聞いてくる。

もしこれが国語の問題なら、「のろまなカメに負けるはずがないという過信がウサギにはあったから」と答えただろう。

そう考えて、ふとこの童話の内容は国によって受け取り方が異なるという話を思い出した。


 
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カルトに気をつけろ!

先日、とある人と話をしていると、こんな話になりました。

「最近、仕事関係の人からちょっと変なことを言われてさ」

「どんなことですか?」

「なんか、『なんで人間に生まれてきたのか、理由を知りたくないか?』だって」

「え?」

「突然おかしいでしょ?で、話を聞いていると、どうも宗教の勧誘みたいで…」

「ああー… それで、どうされたんですか」

「いや、断ったよ。ウチは浄土真宗の門徒なんで、って」

「おおー、さすがですね」

「まあその時はそれで済んだんだけどね…」

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りこうな桜んぼ

 ほんのすぐそこまで春が近づいている今日この頃、偶然にも金子みすずさんの春な詩と出遇いました。

 

『とてもりこうな桜んぼ』

 

とてもりこうな桜んぼ、ある日、葉かげで考える。

待てよ、私はまだ青い、行儀のわるい鳥の子が、

つつきゃ、ぽんぽが痛くなる、

かくれてるのが親切だ。

 

そこで、かくれた、葉の裏だ、

鳥も見ないが、お日さまも、

みつけないから、染め残す。

 

やがて熟れたが、桜んぼ、またも葉かげで考える。

待てよ、私を育てたは、この木で、この木を育てたは、

あの年とったがお百姓だ、鳥にとられちゃなるまいぞ。

そこで、お百姓、籠をもって、取りに来たのに、桜んぼ、

かくれてたので採り残す。

 

やがて子供が二人来た、そこでまたまた考える。

待てよ、子供は二人いる、それに私はただ一つ、

けんかさせてはなるまいぞ、落ちない事が親切だ。

 

そこで、落ちたは夜夜中、

黒い巨きな靴が来て、

りこうな桜んぼを踏みつけた。



 

 

 

なんだか、読み終わった後に少し切ない気持ちを私は感じました。

「なんてひどい黒い靴なんだ、そしてなんてけなげなさくらんぼなんだ」と思いました。

しかし、自分ごとに置き換えてみると、日頃沢山の人の支えの中で生かされているはずなのに、沢山の人の想いを知らずに踏みつけてしまっているような自分の姿がそこにあるような気がしました。

仏教を学ばせていただいて最近気づくことは、自己が知らされるということです。

それは、見たくもない自分勝手な自分であったり、自分の姿すら見れていない自分の姿であったり、そしてそんな私をも支えて下さるまわりのお陰で生かされている自己の姿であったり。

そんなことを考えさせられた一遍の詩でした。

どうか今日も良い一日をそれぞれに過ごされます様に・・・・

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3月11日を迎えて

東日本大震災から2年が経ちました。皆さまはどこで、どのように迎えられたでしょうか?
メリシャカメンバーそれぞれが、一言ずつ想いを寄せました。

無題.png
(写真洗浄ボランティア)


「学仏大悲心」という言葉があります。仏さまの「慈悲」の心を学ばせていただくという言葉。私はこれを「浄土真宗を学ぶこと」だと理解していました。けれど、そうではないのかもしれません。学ぶとは真似ぶこと。仏さまのお慈悲に包まれた私が、仏さまのお慈悲を真似させていただく。もちろん、それを100%成し遂げることは出来ないことでありましょう。けれど、自分に出来ることを一つ、一つ、広げてゆくことも大切な事であるはずです。
東日本大震災から2年。まだまだ何一つ出来ていない私ですが、仏さまの慈悲の心を少しでも真似させていただけるよう、沢山の悲しい出来事を経験された方のことを思い、原発の問題、私の生活の在り方も含めてしっかりと向きあっていかねばならないと改めて感じています。

震災被害にあわれた全ての方に。

南無阿弥陀仏
ケンユウ


復興とは?絆とは?支援とは?寄り添うとは?再建とは?避難とは?放射能とは?原子力とは?
答えは何もわからなくて、どれが正しいともわからなくて、わからないまま、たくさんの人に出会いました。
でも、ただ一つわかったことは「あなたに出会えてよかった」という関係性は、いつからでもどこにいても、どんな状況からでも作ることができるということ。そして、その言葉はお互い様の作用として、心をほんのりとあたたかくし、力強くするのだ、ということ。
失われた日常を、新たに作り直して行くのは、その心の積み重ねなのかもしれないと思います。
今日から始まる三年目に、私にも皆様にも、ひとつでも多くの「あなたに出会えてよかった」が訪れますように。
るる


移りゆく毎日の中で、節々に震災のことを思い出します。「悲しみは時が解決してくれる」その言葉が当てはまらない現実を知った出来事でした。
何が自分にできるのか、はたまたできないのか。山口に住む自分にとっては葛藤の日々です。ありのままのことを知り、そのことを「忘れない」。そこが自分の出発点な気がします。
キッスィ


3歳の娘は「花は咲く」の歌をよく歌っています。
復興支援のこの歌について、作詞された岩井俊二さんは「この歌は震災で亡くなった方の目線で作りました」と言われています。
そう聞かせて頂きますと、とても印象的な歌詞があります。
「私は何を残しただろう」というところです。
日々を目先の利益に振り回されて生活している僕自身の在り方を、この歌は、そして被災地の現実は問うているのではないでしょうか?

「私は何を残しただろう」という、声なき声を大切に、残して下さった問いを大切に、これから自分にできることをしていきたいと思います。
南無阿弥陀仏
チスイ


昨年、石巻で地域の祭りを地元の方々と一緒に準備させていただく縁がありました。祭りも終盤に差し迫ったとき「みんな明るいでしょう、家流された人間とはとても思えないでしょう」と笑いながら仰られた言葉が、忘れられません。笑顔の奥に隠した涙があること、復興という言葉の陰に、ぬぐいきれない不安、厳しい現状があることを忘れてはならないと感じました。あの時ごちそうになった手作りカレーと焼きそばは最高でした。
シュウ


私は震災以降、何度も福島県を中心にボランティアとして足を運びました。写真洗浄や傾聴ボランティア、炊き出しなど悲しみに打ち拉がれた被災者の声なき声に耳をそばだてていました。しかし思いました。私は寄り添っているつもりでボランティアの活動をしていましたが、実はそうではなかったということに。本当には寄り添えない。なかなか寄り添うことが出来ないことへの「痛み」から発する行いであったのです。その「痛み」を大切にすることが真の寄り添いへの一歩かもしれません。南無阿弥陀仏。
ケンショウ

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OKINAWAが教えてくれたこと

先日、沖縄に行ってきました。沖縄は、母親のふるさと。沖縄と聞けば、どこまでも広がる真っ青な海、沖縄そば、シーサー、豚料理、ゴーヤ、ナンクルナイサー・・・いろんな風景が思い出されます。

こちらは、首里城のシーサー
よーく見ると、愛嬌のある可愛いお顔をしています。
h2503031.JPG

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