お寺でイベント
ここ10年ほどの間にお寺で音楽会や落語会などのイベントが盛んに行われるようになった。
うちのお寺では昭和53年に父と繋がりのあった永六輔氏を迎え「野休み落語会」がはじまった。落語はお坊さんのお説教がルーツだから、これはある意味「落語家の里帰り」。当時、お寺の本堂で落語を聞くというのはとても斬新なものだったと思う。お寺は法事と葬式の場所、という先入観に一石を投じていた。
はじめの頃は父が前説として、お説教を担当していた。それが5年ほど経った頃からお寺代表のあいさつに変わっていた。この会はあくまで永六輔氏が主導を握る会だった。永さんはお寺の息子だからお寺に対する理解はある。しかし、あくまでそこを離れた方。こちらの想いとかけ離れたことも軽く口にされる。父が往生してからは、女将として母があいさつをするようになった。しばらくして、落語会は終わった。理由はゲストの高齢化となっているが、本当の理由はなんだったのか。父のドキュメントを撮った番組で永さんがこんなことを言われていた。「お坊さんがいなくなった」。永さんは父との強い繋がりの中でこの会をやっていた。坊主がいなけりゃお寺じゃない。この言葉はぼくに強く突き刺さった。永さんと対等に渡り合える坊主がいなければこの会は成立しない。確かにその通りだと思う。
お寺でイベントをやる理由はそれぞれだろう。法要の記念イベントとしての余興、イメージ改革、人に集まって欲しい、これを縁に他の行事にも是非ご参加を、などなど。どんなイベントを行うにしても、坊主と出演者は対等でなければならないと思う。そうでなければ、ただの場所貸し。ちょっと変わった場所でこんなことが?!なんてものはすぐに飽きる。そこに集まる人たちはあくまでその出演者を覩に来ている。それとお寺の仏事は全くの別物。現に落語会に来てくださったお客さんがうちの他の行事にも顔を出したかというと、20年以上やってそんな人はひとりもいない。そんな下心を持つぐらいならやらないほうがよいだろう。
お寺から提供できるものはなにか。それは仏教しかない。法話とお経がなければお寺じゃない。たまには余興的にゲストをお招きするのも色を付けてもらえるのでよいかもしれないが、お寺主導でイベントを行うなら、法話とお経は欠かせない。それをいかに提供していくかが問題。幸いにアーティストは時代の一歩先をいき世の中に対して一言モノを言いたい人たちであったり、基本的には平和を求めている。このアクセクとした時代に嫌気をさし、テレビなんてクソくらえという想いを持った人もたくさんいるだろう。それぞれに方向は違うが、そのあたりで通じるものがある。ぼくら坊主は仏教で世界は変わると思っている。アーティストはアートで世界は変わるという信念が少なからずあるだろう。一般的には、両者とも社会のオマケのように受け取られているが、その両者がうまく手を取り合えた時、仏教ルネサンスになるかもしれない。
メリシャカでなにか事を起こす時は坊主が前面に出るでしょう。別にぼくらが出たがりというわけではありません。だってその都度懺悔させられるし、基本的にみんな恥ずかしがりです。でも、あえて坊主が世に出ていかなければならない時代突入だと感じています。このまま時代の流れのままにいけば仏教・お寺は影すら消えてしまいそうですから。ぼくらの背景はあくまで仏さまという信念のもと、踏ん張って前に出ますよ!
と、誇大妄想を描きつつ、なんか楽しいことをやりたいな、と思う今日この頃です。
うちのお寺では昭和53年に父と繋がりのあった永六輔氏を迎え「野休み落語会」がはじまった。落語はお坊さんのお説教がルーツだから、これはある意味「落語家の里帰り」。当時、お寺の本堂で落語を聞くというのはとても斬新なものだったと思う。お寺は法事と葬式の場所、という先入観に一石を投じていた。
はじめの頃は父が前説として、お説教を担当していた。それが5年ほど経った頃からお寺代表のあいさつに変わっていた。この会はあくまで永六輔氏が主導を握る会だった。永さんはお寺の息子だからお寺に対する理解はある。しかし、あくまでそこを離れた方。こちらの想いとかけ離れたことも軽く口にされる。父が往生してからは、女将として母があいさつをするようになった。しばらくして、落語会は終わった。理由はゲストの高齢化となっているが、本当の理由はなんだったのか。父のドキュメントを撮った番組で永さんがこんなことを言われていた。「お坊さんがいなくなった」。永さんは父との強い繋がりの中でこの会をやっていた。坊主がいなけりゃお寺じゃない。この言葉はぼくに強く突き刺さった。永さんと対等に渡り合える坊主がいなければこの会は成立しない。確かにその通りだと思う。
お寺でイベントをやる理由はそれぞれだろう。法要の記念イベントとしての余興、イメージ改革、人に集まって欲しい、これを縁に他の行事にも是非ご参加を、などなど。どんなイベントを行うにしても、坊主と出演者は対等でなければならないと思う。そうでなければ、ただの場所貸し。ちょっと変わった場所でこんなことが?!なんてものはすぐに飽きる。そこに集まる人たちはあくまでその出演者を覩に来ている。それとお寺の仏事は全くの別物。現に落語会に来てくださったお客さんがうちの他の行事にも顔を出したかというと、20年以上やってそんな人はひとりもいない。そんな下心を持つぐらいならやらないほうがよいだろう。
お寺から提供できるものはなにか。それは仏教しかない。法話とお経がなければお寺じゃない。たまには余興的にゲストをお招きするのも色を付けてもらえるのでよいかもしれないが、お寺主導でイベントを行うなら、法話とお経は欠かせない。それをいかに提供していくかが問題。幸いにアーティストは時代の一歩先をいき世の中に対して一言モノを言いたい人たちであったり、基本的には平和を求めている。このアクセクとした時代に嫌気をさし、テレビなんてクソくらえという想いを持った人もたくさんいるだろう。それぞれに方向は違うが、そのあたりで通じるものがある。ぼくら坊主は仏教で世界は変わると思っている。アーティストはアートで世界は変わるという信念が少なからずあるだろう。一般的には、両者とも社会のオマケのように受け取られているが、その両者がうまく手を取り合えた時、仏教ルネサンスになるかもしれない。
メリシャカでなにか事を起こす時は坊主が前面に出るでしょう。別にぼくらが出たがりというわけではありません。だってその都度懺悔させられるし、基本的にみんな恥ずかしがりです。でも、あえて坊主が世に出ていかなければならない時代突入だと感じています。このまま時代の流れのままにいけば仏教・お寺は影すら消えてしまいそうですから。ぼくらの背景はあくまで仏さまという信念のもと、踏ん張って前に出ますよ!
と、誇大妄想を描きつつ、なんか楽しいことをやりたいな、と思う今日この頃です。
富山@お寺座LIVE
滑り込みで告知します!
一週間後の7月17日(海の日)、メリシャカメンバーとしさん企画のイベント、「お寺座」が開かれます。
■日:2006年7月17日(祝)
■時:開演pm7:00 (開場6:30)pm10:00終了予定
■所:富山県黒部市宇奈月町浦山497「白雪山善巧寺」
■会費:2000円(チャイ付き)
出演者
■出演者:
−弘雄介(シタール、民族楽器)、小泉哲也(タブラ)
−サワサキ・ホット・スプリングス(電子音楽)
(サワサキヨシヒロ!with Toshifumi Tsuyama)
−曽我部恵一(ロック弾き語り)
−おまけびと(お坊さんバンド)
錚々たるメンバーです!+おまけびと(カワシマとチスイ)も参加させていただけることになりました!
としさんサンキュー!!
メリシャカメンバーも、ケンユウさんタツヤさん舞蹴さんたちがお経部隊として参加!お坊さん魂を見せたります!
様々なジャンルの音楽が集まります。民俗音楽、ギター、電子音楽。それにVJが加わり、お経とのコラボがある。法話も入る。本当に盛りだくさん!
全国各地から老若男女様々な人たちが集まって、出会いがあって、喧騒があって、それが全部お寺であるのです。
お寺という空間で、それらがどんな化学反応を起こしてくれるのかワクワクします。
お寺座!一緒に楽しみましょうね。(チケット予約はお早めに)
公式HP
一週間後の7月17日(海の日)、メリシャカメンバーとしさん企画のイベント、「お寺座」が開かれます。
■日:2006年7月17日(祝)
■時:開演pm7:00 (開場6:30)pm10:00終了予定
■所:富山県黒部市宇奈月町浦山497「白雪山善巧寺」
■会費:2000円(チャイ付き)
出演者
■出演者:
−弘雄介(シタール、民族楽器)、小泉哲也(タブラ)
−サワサキ・ホット・スプリングス(電子音楽)
(サワサキヨシヒロ!with Toshifumi Tsuyama)
−曽我部恵一(ロック弾き語り)
−おまけびと(お坊さんバンド)
錚々たるメンバーです!+おまけびと(カワシマとチスイ)も参加させていただけることになりました!
としさんサンキュー!!
メリシャカメンバーも、ケンユウさんタツヤさん舞蹴さんたちがお経部隊として参加!お坊さん魂を見せたります!
様々なジャンルの音楽が集まります。民俗音楽、ギター、電子音楽。それにVJが加わり、お経とのコラボがある。法話も入る。本当に盛りだくさん!
全国各地から老若男女様々な人たちが集まって、出会いがあって、喧騒があって、それが全部お寺であるのです。
お寺という空間で、それらがどんな化学反応を起こしてくれるのかワクワクします。
お寺座!一緒に楽しみましょうね。(チケット予約はお早めに)
公式HP
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