ビギナー事務局─攤能回。走り抜ける】

今までのはこちら。
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本番始まり、さっそく2人の法話。1人は女性布教使さん。ボクの友人でもあるが、最近あちこちで布教をしていて若手女性布教使さんの中では実力者だ。
後ろの受付付近で聞いていたけど、とっても明るく丁寧にお話していて、聞いていて心地よい。

2人目は東京の男性布教使さん。ボクと同い年で実力も布教に出ている数も桁違いだ。なんだ、この安定感。う、うらやましい・・・。
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秋の読書感想文 『すべてがFになる』


私は数字の計算が大っ嫌いである。

小学生の頃、授業中に終えられなかった二桁同士の割り算のプリントを居残りで解いていたときのこと。
頭の中がグチャグチャになって目が回り、だんだんと気持ち悪くなってきて泣いてしまったことがあった。
「泣いても問題は解けません」
先生からもっともらしい注意を受け、私は吐き気を堪えながら下校時間までプリントと向き合った。

中学でも同じ症状に悩まされたため、中一のときに数学教諭だった担任に質問した。

「なんで数学を勉強しなきゃいけないの?」

この吐き気を受け入れるだけの理由が欲しかったのだと思う。
だが、記憶力の良い私がその時の先生の返答を覚えていないということが、高校卒業まで続いた吐き気への答えなのだろう。

 『すべてがFになる』

昨日から始まったフジテレビのドラマだが、原作は同名の小説である。
原作者の森博嗣氏はこの小説を書いた当時、現役の国立大学工学部の助教授だった。

文系の中でも現代語文にのみ特化した私が、理系人の書いた理系小説を手に取ったのは、装丁のシンプルな美しさと殺人要素があったからだ。
だが読んでみると、電子メールと言っていた時代にあって、コンピューター用語を含めよく分からない概念も出てきたが、それだけに少し頭が良くなったような勘違いを与えてくれる面白い作品だった。

何より、言い方が最上級に悪いが、命の使い方が恐ろしく効率的で、論理的な思考に基づく殺人は、理解できないことこそが健常な思想である安心を私に教えてくれた。
 

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何も無駄にはさせない在り方 〜 仏教とyogaと私 〜


大変ご無沙汰しております。

 

小さな秋をまちで見かける季節となりました。

 

皆様どのような日々をおすごしでしょうか。

 

とあるご縁で、最近私は「仏教とyogaってどんな関係があるんだろう」ということをひっきりなしに考えております。

 

現時点で、行き着いたことは「何も無駄にはさせない在り方」がそこにあるということでした。

 

yogaは仏道の修行のひとつで心と身体の統一をはかるものとも、うっすら学ばせていただくこともあったのですが、自分とつながったところではリアルにはなかなか想像がつきませんでした。

 

私はヨガインストラクターとは名ばかりで、日常の中でそんなに頻繁にyogaをすることはありません。

 

しかし、たまに身体が悲鳴をあげているなぁ…と感じたら、すぐさまyogaに身体を預けます。

 

yogaに出会う前、私の中で痛さやだるさはただの苦痛であり、痛みであり、なくなってほしいものでした。

 

しかし、yogaと出会ってからは忌むべき「身体の悲鳴」は違う意味も持つ様になりました。

 

yogaをしながら「あぁ、こんだけ身体に無理をかけてたんだなぁ。身体だけではなく、心も随分酷使していたんだなぁ」なんてことに気づかされます。

 

また、痛みがあるからこそ、普段は当たり前になっている「普通に過ごせること」への有り難さを教えてもらいます。

 

そう感じていくと、忌むべきはずだった「身体の悲鳴」は、無理を無理と感じ取れていない自分への、有り難いことを勝手に当たり前にしていた私への「こえ」だったことにも気づかされるきがするのです。

 

そして、仏教もまたそんな側面があるように思うのです。

 

見たくないものや都合の悪いこと、悲しいこと、つらいことはおこらない方が勿論いいです。

 

しかし、私たちの人生で全くそのことに、であわないというのは無理な様にも思います。

 

だからこそ、そんなつらいおもい、悲しいおもいを「つらさ」「悲しさ」だけでは決して終わらせない、何も無駄にはさせない、あり方がそこにあるような気がするのです。

 

「仏教とyogaと私」私が言葉にさせてもらうにはとっても大きなテーマですが、大事に、大事に考え続けていきたいと思います。

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仮面ライダードライブのあのひと。

10月5日からスタートした、「仮面ライダードライブ」。
少し前からギョーカイで話題になっていたのですが(笑)、そこに本願寺純という、仮面ライダーの上司役の警部が出演しています。演じるのは、片岡鶴太郎さん。

 http://www.tv-asahi.co.jp/drive/cast/


この本願寺警部のキャラクター設定が、なんと「占いマニア」なのです。
なので、お坊さんギョーカイでちょっと話題になっていました。

浄土真宗では、占いの類はいたしません。

親鸞聖人は「かなしきかなや道俗の良時吉日えらばしめ天神地祇をあがめつつト占祭祀つとめとす」と、その風習に一喜一憂している様子を嘆くお言葉を残されています。


ですが、このことを重視するあまり、「占いに頼るなんてバカバカしい」「わかっとらん!」という言い方をしてしまったり、口には出さなくとも鼻で嗤うような態度や、卑下するような態度で、相談した方を追い詰めて傷つけてしまうことがあるようなのです。

こうなると、まったく、本末転倒ではないでしょうか。


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