仮面ライダードライブのあのひと。
- 2014年10月08日(水) 文:るる
- 仏声人語
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10月5日からスタートした、「仮面ライダードライブ」。
少し前からギョーカイで話題になっていたのですが(笑)、そこに本願寺純という、仮面ライダーの上司役の警部が出演しています。演じるのは、片岡鶴太郎さん。
http://www.tv-asahi.co.jp/drive/cast/
この本願寺警部のキャラクター設定が、なんと「占いマニア」なのです。
なので、お坊さんギョーカイでちょっと話題になっていました。
浄土真宗では、占いの類はいたしません。
親鸞聖人は「かなしきかなや道俗の良時吉日えらばしめ天神地祇をあがめつつト占祭祀つとめとす」と、その風習に一喜一憂している様子を嘆くお言葉を残されています。
ですが、このことを重視するあまり、「占いに頼るなんてバカバカしい」「わかっとらん!」という言い方をしてしまったり、口には出さなくとも鼻で嗤うような態度や、卑下するような態度で、相談した方を追い詰めて傷つけてしまうことがあるようなのです。
こうなると、まったく、本末転倒ではないでしょうか。
人が、占いに頼りたくなるのはどんな時なのでしょう。
それは間違いなく、自分の道や生き方に迷いがあるときです。
何人たりとも、全く迷いのない人生など、存在しません。
明確な目標があって躊躇なく生きているように見える人でも、そこに至るまでには迷いや悩みや葛藤があり、意識無意識にかかわらず、何かを選び取り何かを決断し、同時に選び捨てて、その人の人生のひぐらしをしているのでしょう。
その、日々の迷いの中にある命の姿の、もっとも本質的なところをさらけだし、直視し、そのうえで、それを解決するものは占いではない、とおっしゃってくださったのが、「かなしきかな」という言葉なのではないか、と捉えています。
占いがダメ!なのではなく、必要としない生き方ができるようになる。これが聖人の言葉の意味なのではないでしょうか。
ちなみに、私も占い嫌いじゃないです。
ただ、自分の選択の根拠にはならない、というだけのこと。
言葉の選び方、その人の不安や願いを読み解く観察力と技術、話法など、本当に勉強になるな〜と思って楽しむことがあります。その人の幸せを願って、気持ちに寄り添って少し背中を押してあげたり、客観的にアドバイスをしてくれる人の存在は、本当に大切なものですよね。
自分の決断が正しいのか。どの道を選ぶのがよいのか。
それが人生を左右するような大きな決断であればあるほど、自信がなくなるのは誰しも同じ。
けれども、どんな選択をしても、そのことに悩み迷い後悔することがあっても、そのことを丸ごと受け止めて、誰かや何かのせいにすることなく、最終的にこれでよかったんだなと思える人生を歩みたいものですね。
さて、今期の仮面ライダーは、どんな哲学を持ってどんな敵と戦うのでしょう。
展開が楽しみです!
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