涅槃 de ナイト のご案内
- 2007年01月30日(火) 文:
- シャカレポ
- -
2月5日、神谷町光明寺にて「涅槃deナイト」 〜立松和平と語るブッダと平和〜 が開催されます。
およそ2500年前の2月15日、「ブッダ=お釈迦さま」は、45年に及ぶ伝道の旅を終え、この世を去りました。寺院では毎年この日、「涅槃会」を営み、その遺徳を偲びます。
傷つけあうことを嫌い、平和を求められたブッダ。しかし、いまだに暴力はなくなりません。
“ブッダの言葉”に寄り添いながら、平和を考えてみませんか。
日 時:2007年2月5日(月)午後6:30開演
会 場:光明寺・本堂
(港区虎ノ門3 25 1 東京メトロ日比谷線神谷町駅3番出口から徒歩1分)
参加費:1,000円(当日券のみ、先着約80名)
主 催:平仏集 http://www.peace-sangha.jp/action/NehanDeNight.html
呼びかけ団体:
(特活)アーユス
アーユスHP http://www.ayus.org
(財) 全国青少年教化協議会
平仏集HP http://www.peace-sangha.jp
およそ2500年前の2月15日、「ブッダ=お釈迦さま」は、45年に及ぶ伝道の旅を終え、この世を去りました。寺院では毎年この日、「涅槃会」を営み、その遺徳を偲びます。
傷つけあうことを嫌い、平和を求められたブッダ。しかし、いまだに暴力はなくなりません。
“ブッダの言葉”に寄り添いながら、平和を考えてみませんか。
日 時:2007年2月5日(月)午後6:30開演
会 場:光明寺・本堂
(港区虎ノ門3 25 1 東京メトロ日比谷線神谷町駅3番出口から徒歩1分)
参加費:1,000円(当日券のみ、先着約80名)
主 催:平仏集 http://www.peace-sangha.jp/action/NehanDeNight.html
呼びかけ団体:
(特活)アーユス
アーユスHP http://www.ayus.org
(財) 全国青少年教化協議会
平仏集HP http://www.peace-sangha.jp
国家にとっての命とは
ども、久しぶりのシャカ斬りです。
最近、柳沢厚生労働大臣が、講演で「女性は子どもを産む機械・装置だ」と言う発言をしたことが、大きく報道で取り沙汰されております。
この発言には、私もビックリでした。
よく政治家などの公の人物が、本音をポロっと発言してしまってニュースになることはあって、大抵、その気持ちはわからんでもないとか、心の奥で思っておいても、口に出す事は無いのに、とか、ある程度理解できる部分もあったりするのですが、今回の発言は、本当に思ってもみないことを、講演会と言う公の場で発言した事に対して、驚くと共に、こんな事を考えている人が政治家なのか、ということに、愕然としました。
この発言は、大きく女性の尊厳を傷つけるものです。
そして同時に、人間の「命」を軽視する発言でもあると思うのです。
柳沢氏の発言の中には、「女性は子どもを産む機械であり、機械の頭数は決まっているから、一人頭が頑張ってもらわなければ・・・」というような部分がありました。
これは、現在日本の抱える一つの問題である少子化の問題について、何とかしていかねばならないという国を憂う気持ちからの発言だと考える事が出来ますが、それでも、女性を機械扱いをしていることは許される事ではありません。
そして、上記の発言の裏と言うか、そういう発言をするに至った経緯を推測しますと、とりあえず、出産率を上げて、人口を増やしたい、と言うような思いがあるように思います。その理由は、少子高齢化が進めば、当然国家の収入が減りますし、高齢者へのケアが、国にとって大きな負担になってきます。それを防ぐため、人間を機械のようにたくさん「生産」しろ、というような考えが、どこかにあるように思えなくも無い気がします。
そしてその思いは、結局国民を、人間を、税金を納め、国を成り立たせるためのモノ、ぐらいにしか思っていない、と言うようも感じられます。
つまり、女性が子どもを産む機械で、生まれてくる新しい命は、国を成り立たせるための機械だ、そんな風な思いが、もしかしたら、柳沢氏の頭の中にはあるのかもしれません。
まあこれは、私個人の深読みのし過ぎ、なのかもしれませんが、あの発言を突き詰めて考えますと、女性はもちろんのこと、人間の、新しく生まれてくる命の尊厳を大きく傷つける発言のように思えてなりません。
もちろん日本と言う国にとって、少子高齢化に対応する政策はこれから必要とされる事ではあると思います。
それでも、人は、命は、機械のように簡単に「生産」されるものではありません。
いろんな人の想いが重なり合って、無限とも言える命の「縁」が絡み合って、そこに初めて生まれてくる、とても不可思議で、尊いことです。その一人一人の命は、どんな人の命であっても、唯一の、かけがえの無いものであり、同時に全ての命と繋がった、大切な命であるはずです。
それをいくら政治の上での話であるとは言え、人の命を、モノのような扱いをしたり、数字でしか推し量れないような考え方をするのは、やはり許されるものではないかなと思います。
特に、昨年大きな社会問題となった、いじめの問題や、自殺の問題によって、命の大切さをもう一度、社会全体で考えていこうという動きが起こってきている中で、命の尊厳を大きく損ねるような考えを、国を動かす政治家が持っている、ということは非常に残念でなりません。
子どもへの命の教育を叫ぶ前に、まずは大人が、それを実践していかなければならないはず、なんですけどね。
と、ボウズが偉そうに政治に口を出すな、と言われるかもしれませんが、「命」を考えるという時には、政治も宗教も、関係ないのかなと思い、あんまり仏教的な文章にもなってませんが、ちょっと、書かせていただきました。
最近、柳沢厚生労働大臣が、講演で「女性は子どもを産む機械・装置だ」と言う発言をしたことが、大きく報道で取り沙汰されております。
この発言には、私もビックリでした。
よく政治家などの公の人物が、本音をポロっと発言してしまってニュースになることはあって、大抵、その気持ちはわからんでもないとか、心の奥で思っておいても、口に出す事は無いのに、とか、ある程度理解できる部分もあったりするのですが、今回の発言は、本当に思ってもみないことを、講演会と言う公の場で発言した事に対して、驚くと共に、こんな事を考えている人が政治家なのか、ということに、愕然としました。
この発言は、大きく女性の尊厳を傷つけるものです。
そして同時に、人間の「命」を軽視する発言でもあると思うのです。
柳沢氏の発言の中には、「女性は子どもを産む機械であり、機械の頭数は決まっているから、一人頭が頑張ってもらわなければ・・・」というような部分がありました。
これは、現在日本の抱える一つの問題である少子化の問題について、何とかしていかねばならないという国を憂う気持ちからの発言だと考える事が出来ますが、それでも、女性を機械扱いをしていることは許される事ではありません。
そして、上記の発言の裏と言うか、そういう発言をするに至った経緯を推測しますと、とりあえず、出産率を上げて、人口を増やしたい、と言うような思いがあるように思います。その理由は、少子高齢化が進めば、当然国家の収入が減りますし、高齢者へのケアが、国にとって大きな負担になってきます。それを防ぐため、人間を機械のようにたくさん「生産」しろ、というような考えが、どこかにあるように思えなくも無い気がします。
そしてその思いは、結局国民を、人間を、税金を納め、国を成り立たせるためのモノ、ぐらいにしか思っていない、と言うようも感じられます。
つまり、女性が子どもを産む機械で、生まれてくる新しい命は、国を成り立たせるための機械だ、そんな風な思いが、もしかしたら、柳沢氏の頭の中にはあるのかもしれません。
まあこれは、私個人の深読みのし過ぎ、なのかもしれませんが、あの発言を突き詰めて考えますと、女性はもちろんのこと、人間の、新しく生まれてくる命の尊厳を大きく傷つける発言のように思えてなりません。
もちろん日本と言う国にとって、少子高齢化に対応する政策はこれから必要とされる事ではあると思います。
それでも、人は、命は、機械のように簡単に「生産」されるものではありません。
いろんな人の想いが重なり合って、無限とも言える命の「縁」が絡み合って、そこに初めて生まれてくる、とても不可思議で、尊いことです。その一人一人の命は、どんな人の命であっても、唯一の、かけがえの無いものであり、同時に全ての命と繋がった、大切な命であるはずです。
それをいくら政治の上での話であるとは言え、人の命を、モノのような扱いをしたり、数字でしか推し量れないような考え方をするのは、やはり許されるものではないかなと思います。
特に、昨年大きな社会問題となった、いじめの問題や、自殺の問題によって、命の大切さをもう一度、社会全体で考えていこうという動きが起こってきている中で、命の尊厳を大きく損ねるような考えを、国を動かす政治家が持っている、ということは非常に残念でなりません。
子どもへの命の教育を叫ぶ前に、まずは大人が、それを実践していかなければならないはず、なんですけどね。
と、ボウズが偉そうに政治に口を出すな、と言われるかもしれませんが、「命」を考えるという時には、政治も宗教も、関係ないのかなと思い、あんまり仏教的な文章にもなってませんが、ちょっと、書かせていただきました。
平等院鳳凰堂
- 2007年01月27日(土) 文:
- シャカレポ
- -
突然だが、宇治の平等院に行ってきた…1人で。
はいそこ、哀れみの目をするのはやめましょう。
10円硬貨にデザインされてる平等院鳳凰堂。
池の中島で、鳳凰が翼を広げたかのような優雅な姿を、平安の昔から保ち続けている。
ちなみに現在、屋根の両端に乗ってる鳳凰像はレプリカ。
本物は平等院の敷地内にある鳳翔館というミュージアムで見ることができた。
この鳳凰も1万円札にデザインされてるから、お財布に在庫がある人は見てみて。
お堂の中に安置されているのは3メートル弱の【阿弥陀如来坐像】。
ようは座ってる「阿弥陀如来」という仏さまだ。
阿弥陀如来が安置されてるから、本当は「鳳凰堂」じゃなくて、「阿弥陀堂」というのが正式名称。
そもそも、平等院が建立されたのは平安時代後期の1052年。
有名な藤原道長の息子で、藤原頼道という時の権力者が、別荘を寺院に変えたことが始まりとなる。
この1052年っていうのがポイントで、この年は末法元年とされていた。
「末法」とは、お釈迦さまが亡くなって2千年が経過すると、その後1万年間はお釈迦さまの教えだけが残って、どんなに修行をしても悟りを得る者はいなくなるという時代観のこと。
この思想が中国から伝わってきて、人々を動揺させてしまったわけ。
そのちょうど2千年後にあたるのが、どうゆう計算か1052年となっていた。
時代は内乱、飢饉に天災、政治も乱れてダメダメ尽くし。
そういう世も末な雰囲気の中で、人々は現世の救いを見つけられず、来世の極楽往生を願う風潮が台頭してくる。
それで流行したのが阿弥陀仏信仰。
阿弥陀如来に救いを求めて、極楽浄土に往生しようという信仰で、それが平等院の建立の根源にあるものだ。
だから、鳳凰堂は建物自体が極楽浄土を表している。
そういうわけで、池の対岸はこの世となり、そこから鳳凰堂が表す阿弥陀如来の西方浄土を見るという観念があったようだ。
堂内は、金色の阿弥陀如来像に、金色の台座に、金色の光背に、金色の天蓋にと、目にも眩しい世界が広がっていた。
壁の上部には雲中供養菩薩という、雲の上で楽器を奏でたり、舞を舞いながら阿弥陀如来を供養する菩薩像が52体もかけられいて、壁や扉には9通りの往生の様が描かれていた。
とまあ、いろいろ書いたが、今はどれも風雨にさらされ、堂内の華やかさは見る影もない。
昔の様子が見たいと思ったら、これも鳳翔館で3分ほどのグラフィック映像が常時流れてるから、見てみてほしい。
どうしようもない現実の苦しみから逃れるために、救いを求め、見えぬ何かに縋り付く。
そういう者たちを、1千年もの間ただ見守り続け、そして未だ続く末法の世を照らし続けている仏たち。
その優雅な姿とは裏腹に、極楽往生を願い、この世に浄土を作り出した当時の人々の思いの根本にある、切実で、けれど自分本位な逃避と救済を待つ心は、今を生きる私の中にもあることを、教えてくれる。
ちなみに私は、今回が2度目の来訪。
1度目は6、7年程前で、そのときは池が工事中で水がなかった…。
今回は水はあったけど、堂内には台座も、光背も、天蓋も修復中でなかった…。
しかも、52体あるはずの雲中供養菩薩は半分が出張中(←鳳翔館に引越し)
入った瞬間、荒れ寺かと思うほど、殺風景で寂しい感じがした。
さらに、追い討ちをかけるかのように雨がパラつく。
さすがに自分自身が寂しくなってきた。
というわけで、本来の目的地である中村藤吉本店へ生茶ゼリイを食べに急いだ。
美味しかった…って、なんじゃそりゃ!?
はいそこ、哀れみの目をするのはやめましょう。
10円硬貨にデザインされてる平等院鳳凰堂。
池の中島で、鳳凰が翼を広げたかのような優雅な姿を、平安の昔から保ち続けている。
ちなみに現在、屋根の両端に乗ってる鳳凰像はレプリカ。
本物は平等院の敷地内にある鳳翔館というミュージアムで見ることができた。
この鳳凰も1万円札にデザインされてるから、お財布に在庫がある人は見てみて。
お堂の中に安置されているのは3メートル弱の【阿弥陀如来坐像】。
ようは座ってる「阿弥陀如来」という仏さまだ。
阿弥陀如来が安置されてるから、本当は「鳳凰堂」じゃなくて、「阿弥陀堂」というのが正式名称。
そもそも、平等院が建立されたのは平安時代後期の1052年。
有名な藤原道長の息子で、藤原頼道という時の権力者が、別荘を寺院に変えたことが始まりとなる。
この1052年っていうのがポイントで、この年は末法元年とされていた。
「末法」とは、お釈迦さまが亡くなって2千年が経過すると、その後1万年間はお釈迦さまの教えだけが残って、どんなに修行をしても悟りを得る者はいなくなるという時代観のこと。
この思想が中国から伝わってきて、人々を動揺させてしまったわけ。
そのちょうど2千年後にあたるのが、どうゆう計算か1052年となっていた。
時代は内乱、飢饉に天災、政治も乱れてダメダメ尽くし。
そういう世も末な雰囲気の中で、人々は現世の救いを見つけられず、来世の極楽往生を願う風潮が台頭してくる。
それで流行したのが阿弥陀仏信仰。
阿弥陀如来に救いを求めて、極楽浄土に往生しようという信仰で、それが平等院の建立の根源にあるものだ。
だから、鳳凰堂は建物自体が極楽浄土を表している。
そういうわけで、池の対岸はこの世となり、そこから鳳凰堂が表す阿弥陀如来の西方浄土を見るという観念があったようだ。
堂内は、金色の阿弥陀如来像に、金色の台座に、金色の光背に、金色の天蓋にと、目にも眩しい世界が広がっていた。
壁の上部には雲中供養菩薩という、雲の上で楽器を奏でたり、舞を舞いながら阿弥陀如来を供養する菩薩像が52体もかけられいて、壁や扉には9通りの往生の様が描かれていた。
とまあ、いろいろ書いたが、今はどれも風雨にさらされ、堂内の華やかさは見る影もない。
昔の様子が見たいと思ったら、これも鳳翔館で3分ほどのグラフィック映像が常時流れてるから、見てみてほしい。
どうしようもない現実の苦しみから逃れるために、救いを求め、見えぬ何かに縋り付く。
そういう者たちを、1千年もの間ただ見守り続け、そして未だ続く末法の世を照らし続けている仏たち。
その優雅な姿とは裏腹に、極楽往生を願い、この世に浄土を作り出した当時の人々の思いの根本にある、切実で、けれど自分本位な逃避と救済を待つ心は、今を生きる私の中にもあることを、教えてくれる。
ちなみに私は、今回が2度目の来訪。
1度目は6、7年程前で、そのときは池が工事中で水がなかった…。
今回は水はあったけど、堂内には台座も、光背も、天蓋も修復中でなかった…。
しかも、52体あるはずの雲中供養菩薩は半分が出張中(←鳳翔館に引越し)
入った瞬間、荒れ寺かと思うほど、殺風景で寂しい感じがした。
さらに、追い討ちをかけるかのように雨がパラつく。
さすがに自分自身が寂しくなってきた。
というわけで、本来の目的地である中村藤吉本店へ生茶ゼリイを食べに急いだ。
美味しかった…って、なんじゃそりゃ!?
広島じゃけえ。
- 2007年01月12日(金) 文:
- 仏声人語
- -
こんにちは、広島県三原市出身で現在東京都中央区在住のケンショウです。三原市は広島市内から約70キロ離れたところに位置します。
今回のテーマは方言ですが、広島の方言といえば皆さん思いつくのはじゃけんでしょうか。僕の出身の三原ではじゃけんと言わずにじゃけえと使います。四国の方はだけんとか言いますね。広島弁は、標準語と語尾・イントネーションが違い東北弁とか薩摩弁のような地元の人でないと解らないような方便ではありません。
しかし、広島特有の単語もありまして
●めげる→壊れる
●ちゃり→もみあげ(三原では使わず広島市内方面で使う)
あと広島に住んでいるときは標準語だと思っていた
●たう→届く などなど。
あとは、広島の文化というとなんといっても広島東洋カープでしょう。広島をでて早十年になりますが、阪神ファンとカープファンは特別な感じがします。2009年には新球場が完成しますので、楽しみです。
広島弁で話すとこんな感じです。
「去年は、カープの黒田が残留してくれたけぇ、バリ嬉しいかったのう!来年は前田が2000本安打達成するけ、みんなで見に行って球場を真っ赤に染めんとのう。は〜じゃけど、とりあえずはプレイオフに進出せにゃ〜いけんわ!」
てな感じでしょうか。
【我が町】
県名 : 広島県
市町名:三原市(2005年3月22日に、三原市、本郷町、久井町、大和町が合併しました)
《人口数》
三原市:106,229(H12年国勢調査)
三原市、
広島東洋カープ
今回のテーマは方言ですが、広島の方言といえば皆さん思いつくのはじゃけんでしょうか。僕の出身の三原ではじゃけんと言わずにじゃけえと使います。四国の方はだけんとか言いますね。広島弁は、標準語と語尾・イントネーションが違い東北弁とか薩摩弁のような地元の人でないと解らないような方便ではありません。
しかし、広島特有の単語もありまして
●めげる→壊れる
●ちゃり→もみあげ(三原では使わず広島市内方面で使う)
あと広島に住んでいるときは標準語だと思っていた
●たう→届く などなど。
あとは、広島の文化というとなんといっても広島東洋カープでしょう。広島をでて早十年になりますが、阪神ファンとカープファンは特別な感じがします。2009年には新球場が完成しますので、楽しみです。
広島弁で話すとこんな感じです。
「去年は、カープの黒田が残留してくれたけぇ、バリ嬉しいかったのう!来年は前田が2000本安打達成するけ、みんなで見に行って球場を真っ赤に染めんとのう。は〜じゃけど、とりあえずはプレイオフに進出せにゃ〜いけんわ!」
てな感じでしょうか。
【我が町】
県名 : 広島県
市町名:三原市(2005年3月22日に、三原市、本郷町、久井町、大和町が合併しました)
《人口数》
三原市:106,229(H12年国勢調査)
三原市、
広島東洋カープ
ソウルランゲージ
- 2007年01月08日(月) 文:
- 仏声人語
- -
本年もよろしくお願いいたします、ゲレーロです。
方言という事ですが、私は前に書いているとしのお寺と目と鼻の先に家がありまして…
ま、彼の言うとおりですので富山弁に関しては彼のコラムを参照してもらう事にします。
さて、とっさの時には大抵生まれ育った土地の言葉が出てくるものです。
藤井隆のテレビ番組で方言(訛り)を使うと国文学者の金田一春彦先生がチーンと鳴らされ、訛った得点を競い、点数の低かった方が勝つという「なまり亭」というコーナーがありました。出演者は必死で標準語を話そうとするも、とっさに方言で聞かれるシチュエーションや、電話で出身地の親しい友人、家族と話しをすると、ついつい方言が出てしまう。このコーナーはとても面白く、興味深いものがありました。
それはその方言を使った時の出演者からテレビ用の言葉ではなく、人間らしい嘘のない魂のこもった言葉が聞けるから。そして出演者のテレビ用の顔の皮が剥がれていく瞬間をかいま見る事が出来るのも、もう一つの要因でした。
そう、方言(訛り)には魂が込められているのです。まさにソウルランゲージなのです!!
ところで大学進学をきっかけに東京に出た私は、色々な地方から来る人たちと接する事で色々な方言を聞きました。やはり彼らもとっさの時には国なまりが出ます。銀座で生まれ育った友人からも時折江戸っ子訛りが聞かれます。東京だって地方の一つなのです。
では一番方言・訛りを聞く事が出来る「とっさの時」というのはどんな時なのか?
但し酒に酔った時を別にしてねw。
私がよく目の当たりにしたのが感情を露わに怒る時でした。
怒りというのは、その多くが突発的に起こります。また、怒れる人というのは魂が爆発し、多かれ少なかれ興奮した状態です。つまり魂を揺さぶられている状態。ですからそんなときに出るのは「ソウルランゲージ」、まさに魂を込めて感情を表現する事が出来る最強の言葉が方言なのでしょう。
あ、私が友人達をよく怒らせていた訳じゃないですからね。でも多いかも…w
ちなみに…私はというと普段は富山弁で話していますが、実は感情を露わに怒る時、「標準語」になります。これに気がついたのが富山に戻り社会人生活をスタートさせた時でした。
よくよく考えてみると私は感情を露わに怒った時というのが、高校を出て東京に進学するまでほとんどなかったという事に気がつきました。まぁ怒られる事は多々ありましたが、それだけのんびりとした生活を送っていたのでしょうか。そんな事もあるのかと我ながら驚くと同時に、大学生時代の俺は怒りまくっていたのかと少々凹みます。方言で怒る時はちょっと頭ン中で翻訳してて、考える余裕があるので怒りも若干治まってます。
ということで「標準語」で怒っている私を見たら…本気モードですw
方言という事ですが、私は前に書いているとしのお寺と目と鼻の先に家がありまして…
ま、彼の言うとおりですので富山弁に関しては彼のコラムを参照してもらう事にします。
さて、とっさの時には大抵生まれ育った土地の言葉が出てくるものです。
藤井隆のテレビ番組で方言(訛り)を使うと国文学者の金田一春彦先生がチーンと鳴らされ、訛った得点を競い、点数の低かった方が勝つという「なまり亭」というコーナーがありました。出演者は必死で標準語を話そうとするも、とっさに方言で聞かれるシチュエーションや、電話で出身地の親しい友人、家族と話しをすると、ついつい方言が出てしまう。このコーナーはとても面白く、興味深いものがありました。
それはその方言を使った時の出演者からテレビ用の言葉ではなく、人間らしい嘘のない魂のこもった言葉が聞けるから。そして出演者のテレビ用の顔の皮が剥がれていく瞬間をかいま見る事が出来るのも、もう一つの要因でした。
そう、方言(訛り)には魂が込められているのです。まさにソウルランゲージなのです!!
ところで大学進学をきっかけに東京に出た私は、色々な地方から来る人たちと接する事で色々な方言を聞きました。やはり彼らもとっさの時には国なまりが出ます。銀座で生まれ育った友人からも時折江戸っ子訛りが聞かれます。東京だって地方の一つなのです。
では一番方言・訛りを聞く事が出来る「とっさの時」というのはどんな時なのか?
但し酒に酔った時を別にしてねw。
私がよく目の当たりにしたのが感情を露わに怒る時でした。
怒りというのは、その多くが突発的に起こります。また、怒れる人というのは魂が爆発し、多かれ少なかれ興奮した状態です。つまり魂を揺さぶられている状態。ですからそんなときに出るのは「ソウルランゲージ」、まさに魂を込めて感情を表現する事が出来る最強の言葉が方言なのでしょう。
あ、私が友人達をよく怒らせていた訳じゃないですからね。でも多いかも…w
ちなみに…私はというと普段は富山弁で話していますが、実は感情を露わに怒る時、「標準語」になります。これに気がついたのが富山に戻り社会人生活をスタートさせた時でした。
よくよく考えてみると私は感情を露わに怒った時というのが、高校を出て東京に進学するまでほとんどなかったという事に気がつきました。まぁ怒られる事は多々ありましたが、それだけのんびりとした生活を送っていたのでしょうか。そんな事もあるのかと我ながら驚くと同時に、大学生時代の俺は怒りまくっていたのかと少々凹みます。方言で怒る時はちょっと頭ン中で翻訳してて、考える余裕があるので怒りも若干治まってます。
ということで「標準語」で怒っている私を見たら…本気モードですw
賀正
明けましてメリシャカ!
みなさん正月はいかがお過ごしでしたでしょうか。
ここでは方言をテーマにメンバーコラムが回っています。
メリシャカメンバーは見事に全国散り散りで、
千葉、神奈川、名古屋、京都、富山、石川、岐阜、福井、広島、岡山、長崎、佐賀、山口
と、13県を制覇しています。
この勢いで各都道府県すべてにメンバーがいてもいいですね。
まずはメンバーから全国制覇!
さて、ぼくは富山県在住です。
富山弁の特徴は、語尾に「ちゃ」や「け」などが付きます。
「わからんがいっちゃ〜」
という感じです。
他に特徴的なもので、否定を意味する「なーん」や「やーわ」という言葉もなかなか味があって使い甲斐(?)がありますよ。ただ、メンバーの方言コラムを見ていても思ったのですが、方言は文字だけではなくて生声で聞かないと、なかなか伝わりにくいですね。
ということで、富山弁をフルに使ったフラッシュがあったので紹介させてもらいます。
このフラッシュは、BOUZ TRACKを作成してくれた富山の奇才アーティスト宮坂さんの作品で、地元のグリーンカフェというお店のために創られたプロモーションフラッシュアニメ。第6弾までリリースされています。
かなりポップでおもしろいので是非ご覧ください。
#04、#05、#06
地方の時代と言われていますが、地元の良さというものは灯台下暗しでなかなか気付かないことが多々あります。だから、地方ではいまだ決して追いつかない都会に憧れ都会のマネをし、地元の良さを減退し続けているのかもしれません。
これは、お寺に関しても言えることで、お寺に生まれお寺で育った者には、本来のお寺の良さというものを見失っている場合があります。
自分の足元をしっかり認識した上で、その長所を最大限に活かしてアピールしていきたいものです。それには、外からの視点というものがとても重要なので、このメリシャカにおいても、いろんな方の意見が聞ける場であってほしいと個人的に願っています。
どうぞ今後ともメリシャカをよろしくお願いします!
【我が町】
県名 : 富山県
市町名:黒部市(宇奈月町と合併しました)
《人口数》
富山県:1,109,205人(平成18年10月1日現在)
黒部市: 4万人ぐらい
長所・キーワード:
立山黒部アルペンルート、宇奈月温泉、八尾風の盆、米、水、魚
みなさん正月はいかがお過ごしでしたでしょうか。
ここでは方言をテーマにメンバーコラムが回っています。
メリシャカメンバーは見事に全国散り散りで、
千葉、神奈川、名古屋、京都、富山、石川、岐阜、福井、広島、岡山、長崎、佐賀、山口
と、13県を制覇しています。
この勢いで各都道府県すべてにメンバーがいてもいいですね。
まずはメンバーから全国制覇!
さて、ぼくは富山県在住です。
富山弁の特徴は、語尾に「ちゃ」や「け」などが付きます。
「わからんがいっちゃ〜」
という感じです。
他に特徴的なもので、否定を意味する「なーん」や「やーわ」という言葉もなかなか味があって使い甲斐(?)がありますよ。ただ、メンバーの方言コラムを見ていても思ったのですが、方言は文字だけではなくて生声で聞かないと、なかなか伝わりにくいですね。
ということで、富山弁をフルに使ったフラッシュがあったので紹介させてもらいます。
このフラッシュは、BOUZ TRACKを作成してくれた富山の奇才アーティスト宮坂さんの作品で、地元のグリーンカフェというお店のために創られたプロモーションフラッシュアニメ。第6弾までリリースされています。
かなりポップでおもしろいので是非ご覧ください。
#04、#05、#06
地方の時代と言われていますが、地元の良さというものは灯台下暗しでなかなか気付かないことが多々あります。だから、地方ではいまだ決して追いつかない都会に憧れ都会のマネをし、地元の良さを減退し続けているのかもしれません。
これは、お寺に関しても言えることで、お寺に生まれお寺で育った者には、本来のお寺の良さというものを見失っている場合があります。
自分の足元をしっかり認識した上で、その長所を最大限に活かしてアピールしていきたいものです。それには、外からの視点というものがとても重要なので、このメリシャカにおいても、いろんな方の意見が聞ける場であってほしいと個人的に願っています。
どうぞ今後ともメリシャカをよろしくお願いします!
【我が町】
県名 : 富山県
市町名:黒部市(宇奈月町と合併しました)
《人口数》
富山県:1,109,205人(平成18年10月1日現在)
黒部市: 4万人ぐらい
長所・キーワード:
立山黒部アルペンルート、宇奈月温泉、八尾風の盆、米、水、魚
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