ダッタボンバ

10年以上前に、数人の仲間と写真のホームページをやっていました。
(前コラムを書いたGuerreroもそのひとり)

その頃は、デジタルカメラもまだ普及しておらず、インターネットもダイヤル回線でした。
そのような環境では、写真一枚の表示に数秒待たされるのが当たり前で、とても見れたものではありませんでしたが、それでも何か表現したいという想いから始めたものでした。
当時のぼくが考えていた「表現」とは、「オレは今ここに生きてるぞ〜!」というような我の固まりで、詰まるところ、それは今もそれほど変わっていません。

フィルム写真を一枚一枚スキャナでしこしこと取り込み、見よう見まねのホームページに更新。スキャナもフィルムスキャナというのが当時一番キレイに取り込めるとかなんとかで、勇んで購入したのを懐かしく思い出します。

そんなに大昔というわけではないのに、ネットの世界では日常の数倍のスピード感覚なので、なにやらおじいちゃんのような気分になってきますね。

それで、その頃のものがまだデーターごとあったので、恥を忍びながらもここに公開させてもらいます。

当時の写真を眺めながら、やはり写真は自分の投影だなぁとしみじみ思います。
よろしければ、ぼくを見てください。


ダッタボンバ photo by toshi
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「足ることを知らば貧といえども富と名づくべし。 財ありとも欲多ければこれを貧と名づく。 」

これは、源信和尚(僧都)と呼ばれた、平安時代のお坊さんの言葉です。
意味は、ほぼ言葉のまま、真に富むということは、財産をたくさん持つ事ではなく、足る事を知ることにある、ということ。
ではなぜ、財産があることよりも、足る事を知る方が「富む」と言えるのでしょう?
この場合の「富む」というのは、物理的なものではなく、心の豊かさ、とでも言いますか、精神的な充足の事を指すと考えられます。
物理的な富、というのは、どれだけ得ても、もっと欲しい、もっと欲しいと、際限の無いものです。仮に今、100万円が手に入ったとしましょう。おそらく、それを使ってそれなりの満足は得る事ができるかもしれません。しかし、それも一瞬のもの。そのお金が減っていけば、また欲しくなるに違いありません。それは額が小さいから?いやいや、100万円だろうと、1億円だろうと、おそらく同じです。
そのような富では、心から満足を覚えることはできません。砂漠で水を飲むようなもので、いくら水を飲んでも、またすぐに渇きを覚えてしまいます。

では、「足るを知る」ということは、どういうことなのでしょう?
100万円を得て、ひととき満足する事と、「足るを知る」というのには、どこに違いがあるのか。
これは、感謝、ということと、深く結びついているのではないかな、と思います。

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写真はあなたの頭の中に現れる

sakullaさんの遺影は私が撮りましょう!。

とうことで写真。


この写真、あなたはどう見ましたか?
右下の赤いのは気にしないで下さい。何なのかわかりません。
ちょっとここから物語を考えてみてください。
以下↓の続きを読むで。
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遺された影

「もし今自分が死んだら、どの写真が遺影に使われるのだろう…」

今回のテーマが『写真』と聞いて、そんなことを思ったのは、先日一周忌の法要で家族の方が持ってこられた遺影に写っていた、見る者の心に灯火をともすような温かな笑顔の女性を、思い出したからかもしれない。

高校生の子供を残して往生された女性の遺影を選んだのは、ご主人だった。

ご主人は、自分が愛した妻の、内面をも写し出しているような写真を、一生懸命探したそうだ。
そして、その写真を見るたびに、自分が愛されていたことを実感する。
笑顔の妻がカメラ越しに見ていたのは、他ならぬ自分自身だったから。

本堂の内陣に置かれた遺影を見て、「持ってきて良かった」と満足そうに呟いたご主人の姿が、妙に印象的だった。

私は旅行先にカメラを持って行ったことがない。
冠婚葬祭や式典でも同じこと。
それは愛情を傾ける対象がいなかったのが最大の要因なのかもしれないが、撮るとしても、こだわりがないから携帯電話のカメラで充分事足りる。
だから当然、自分がまともに写っている写真を、持ち合わせてはいない。

もし今死んだとしたら、写真がないと慌てる家族の姿が目に浮かぶようだ。

遺影の心配などまだ早いと言い切るには、多くの死を見すぎている。
命の終わりに、早いも遅いもないということは、実感の有無に関わらず、揺るがすことのできない事実だから。
今のうちから遺影と思って写真を撮ったり、探したりすれば、それはそれでデス・エデュケーション(死の準備教育)になるかもしれない。

そう思って、友人から携帯に転送してもらった自分の写真をいくつか見てみると。
どれも納得のいく顔をしていなかった。

けれど遺影は、実際に飾られている場面を、自分で見ることも確認することもできない写真。
納得のいく写真で自分を思い出して欲しいと思うのは、当然のことかもしれないけど。
ふと冷静になって、死を前提にしてなお消えることのない虚栄心というかなんというか、そんな何とも言えない感情が見え隠れしているような気もしてくる。

大切なのは、自分が納得するかではなくて、遺された者の納得で。
自分たちが選んだ写真だからこそ、それを見て語られる思い出もあるのだろうし。
自分の中の愛情に気づくと同時に、相手の自分への愛情に気付くこともあるだろうし。
そうやって、つながってゆく仏縁もあるはずだ。

妻の写真を愛おしそうに見つめながら語るご主人を思い出して、そういう考え方もあるのかもしれないと思ったりした。

だが、私の写真がないからといって、卒業アルバムを持ち出すのだけは勘弁願いたい。
卒業アルバムと文集は、1年で時効を迎える代物だというのが私の自論。
遺影に限らず、その二つだけは何があろうと表に出してはならないと、遺言でも書こうかと少しだけ本気で考えて、あまりの滑稽さに可笑しくなった。

まったく、知らず知らずの執着が多い人生だ。


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思い出の一枚

「あけましておめでとうございます」と挨拶を交わしていたと思えば、気がつけばもう1月半ば。時が過ぎるのは早いものですね。

昨年一年を振り返りましても様々なことがありました。その一コマ一コマをカメラ片手に撮り続け、気がつけば何百枚という写真となりパソコンの中で眠っています。カメラがフィルムからデジタルに変わり、一応取っておこうと現像されることもなく日の目を見ることのない写真も多いですが。

その中でも、思い出のある写真が下の一枚。




これは、静岡県伊東の海岸線沿いを車で走らせていた時のものです。
日が沈みゆく姿に「きれい」だなぁと見とれながら、ついシャッターを押していました。

この写真をみて思い出されるのは、真っ赤に燃えるような夕日の美しさもさることながら、その翌日に友人Nくんより送られてきた一通のメールなのです。

それはこんなメール。

かつて或る僧曰く、
正月に朝日を拝む人は多いけれど、大晦日の夕日を拝む人は少ない。
毎年大晦日の夕日を眺め、
おてんとう様、今年一年ありがとうございました、と感謝する。
そういう事を出来る人は豊かな人生をおくる事が出来るのではないでしょうか。



正月に朝日を拝む人は多いけれど、大晦日の夕日を拝む人は少ない。
まさしく、自分のこと、と。

初日の出を見るために、日本一早く日の出がでてくる千葉県犬吠埼には何度をなく足を運んでいた私。でも、大晦日の夕日に気を留めたことは一度もありませんでした。この言葉、私自身に言われているようで「ハッ」としました。

年末、大掃除をしていると引き出しの奥から古ぼけたフィルムカメラが出てきました。

何年前でしょうか?デジタルカメラが発売されました。それまで使っていたそのフィルムカメラはポイッと机の奥の方へ追いやられていたのです。それ以来、デジタルカメラを常時持ち歩く日々。フィルムカメラは、誰にも気にされずに、何年間も置いてきぼりになっていたのです。

でも、いま思います。

フィルムカメラのように一枚一枚無駄に出来ないと、一枚一枚大切にシャッターを押すように、1日1日を大切に感謝の中に暮らしていきたいなと、古ぼけたフィルムカメラが教えてくれているようです。

今日も一日、ありがとうございます。



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写真好き



ご無沙汰しています、ケンショウです。今回のコラムは「写真」ということですが、僕は結構写真が好きな方です。
 
 写真好きというのも考えてみるといろいろタイプがあるわけで、単に写真を撮るのが好きという人。カメラが好きな人。その中でも35mmフィルムカメラが好きな人。デジカメが好きな人。写真を撮るのでも、風景を撮るのが好きな人。人物を撮るのが好きな人。と様々です。
 
 僕の写真好きのタイプは、カメラの機種はある程度の技術が撮れればこだわらず、日常の風景で人の表情を撮るのが好きです。あくまでも日常の何げない写真を撮るのが好きです。なので、旅行などでは一眼レフは持って行かず、コンパクトカメラで記録として撮る程度です。
 
 そんな僕、本格的に写真を好きになったのはバイトがきっかけでした。高校時代から大学に入学したら写真を扱うバイトをしようと決めていて、現像を中心に扱う写真のバイトをまる3年やりました。業務の中で、写真の確認(写真にゴミが写ってないか、色校正はできているかとか)をしますが、お客さんの自分の目線にはない写真を見ると同じ1つの物でも視野が広がり、自分でも撮ってみたくなりました。そして、父からASAHI PENTAXのES-2という35mmフィルムカメラをゆずり受け、学生時代はひたすら写真を撮っていました。そのカメラは3年前に壊れてしまい、今では僕もデジカメを使うようになりましたがフィルムカメラとは撮る姿勢が変わりました。 
 
 というのもデジタルカメラは、写真を何枚撮っても後でデータを消すことができますが、フィルムカメラは現像に出すのにお金がかかるのです。なので、いわゆる乱れ撮りはできないので、フィルムカメラの時は「一シャ(シャッター)入魂」でした。でもデジタルカメラも便利ですね。まずお金がかからないのとパソコンで管理や編集が出来るし、何でも出来るわけです。フィルムカメラを使っている時の、「デジタルカメラなんて」って言っていた時代が懐かしいです。
 
 そんなフィルムカメラでもデジタルカメラでも出来上がった写真、他の人の写真を見るとき、こういう見方をしたりすることがありませんか。例えば、僕だったらもっと上手く撮れるとか、このアングルはないなとか、僕だったら色校正はこうするなとか。自分だったらという立場で写真を見ることがあります。
 
 他の人の写真は、自分にはない目線で物事を見ることができます。いつも見ている風景でも、自分とは違った目線だと違う印象を受けます。自分の写真と他の人の写真を通じて、互いの違いが共有しあえればもっともっと写真を撮るのが楽しくなるのではないのでしょうか。
 
 そんな今日この頃、先月長女が産まれたことによって写真熱が再熱し始めました。
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photo is a pleasure



ども、ケンユウです。今年もメリシャカ。
さて、今回のテーマは「写真」との事。
もうご存知の方もおられるかもしれないですけど、私は写真撮るの結構好きで、去年はついに念願のデジタル一眼レフカメラも買ってしまいました。
まだそんなに写真撮れていないのが残念なんですけど、今年はそのカメラを持って、いろんな写真を撮ってみたいな、と思っております。

とは言え、写真が楽しくなったのはここ2年ぐらいの事で、カメラを持つようになったのも、ここ4年ぐらいでしょうか。
ちょうどデジカメが安くなりだした頃、1台目を買ったんですけど、その頃はまだそれほどデジカメで写真を撮る事は少なく、ちょっとした思い出を残すために写真を撮るような感じでした。
それが、だんだんいろんな写真を撮るのが楽しいな、と感じてきたのは、インドやイギリスを旅行したのが大きいかもしれません。普段見ている日本の風景とは全く違う景色を見て、感動したり、面白いなと思ったり、それが一つのきっかけだったように思います。
その後日本にも、実は面白いもの、感動する風景があるじゃないか、とカメラでよく写真を撮るようになっていきました。
そして、カメラを持っていると、それまで気にも留めなかったような物に目が行ったり、見え方が変わったり、不思議と敏感になれる気がします。
カメラを持つ事で、いろんな出遇いがある。それが、楽しみの一つなのかもしれません。
しかし、メリシャカには写真の好きな方がたくさんおられて、皆さんいい写真を撮られるんですよ。それを見てると、ああ、いい目をしているなあ、といつも感心しきりです。
が、それもまた面白いんですよね。他の人の撮った写真を通して、いろんな景色を見たり、その人の視点を味わう事ができて。
最近は、私もしてますけど、ネットで撮った写真を公開できたりしますから、いろんな人の撮る写真を簡単に見れるようになってます。それも、写真を撮るためのいい刺激になっているような気がします。

と、だんだん話がまとまらなくなってきましたけど、これからも、楽しく写真を撮っていきたいものです。
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ハワイ3

旅行にカメラはお決まりのように付きものである。

いい景色をシャッターにおさめ、後々にそれを眺める。はたまた現像して関係者に配る。ごく一般的な話である。


でも。

僕は旅行にはカメラを持っていかない。カメラ持っていないというのもあるけど、その印象深い光景をココロに焼き付けたいのだ。
ココロと言ってもその光景はだんだん忘れていって色褪せるどころか、色も形もなくなっていく。それでも、光景をみたその一瞬の感動を大切にしたいという思いからカメラではなく、第一印象をこの我が二つの眼に焼き付けるようにしている。

そんな僕があろうことか、「写真」というテーマを提案してみた。

ということで数少ない写真の中から気になる1枚をご紹介。



これはハワイにある真宗のお寺の全景。ハワイ別院という浄土真宗の寺院で、お寺が建ったのは1889年。以前、僕がハワイについて書いたコラムに写真載せて無かったなーっと思って。
ただし、これも一緒に行ったメンバーからもらったデータである。やっぱりカメラは持ち歩かない。

ぱっと見た時は中東のイスラム教寺院のモスクにも似てるんじゃないか、とも思わせるそんな異国情緒たっぷりの建物である。
詳細は以前書いたコラムを参考にしてもらうとして・・・。
その?
その?

ハワイやアメリカ本土では仏教が静かなブームとなっていて、その方々は主に瞑想に関心を持って、そのから仏教について知りたがると聞いたことがある。
その瞑想(meditation)は仏教の宗派において、いろんな解釈があるから一概に「こうだ!」とは言えない。
でも、それで少しでも興味を持ってくれて、仏教のいいところが人種や言葉や国を越えて広まっていけばいいなぁと思う今日この頃。

仏教って、人に優しくなれるものだと思うんです。仏さんって、自分だけがよかったらそれでいい!のではなく、それを慈悲のココロでみんなにも分け与えようとしているだし。
それを聞いて、その少しでもそのココロに触れて自分たちもそのココロに学ばせてもらう、それが人に優しくなるってことかな、と。

そんなココロがあちこちに広まってみんなが暖かいココロを持てるようになればいいなぁ、と壮大なことを風邪で頭がボーっとしている状態で考えてみました。

やっぱり脳の記憶には限界があるんかな。オススメのデジカメあれば教えてくださいまし。
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写真ブーム再び

学生のころ写真部に所属していた。
入部の動機は自分の中に「何か表現をやっているひとになりたい!」という思い込みがあり、その手段として努力や技術を要する絵画や音楽よりも、感性ひとつ、シャッターを押すだけなんとかなる写真ならお手軽で、ひょっとしたら僕の未知なる才能が花開くかもしれない、という安易な発想だった。
19歳の夏にニコンのFE2というマニュアルのカメラを片手に全国あちこちをさまよった。人物の写真を撮りたかったが、言うまでもないが見ず知らずのひとを撮影するには相当高度のコミュニケーション能力が必要となる。これも言うまでもないが現在もそうだが当時の僕にはそのような能力はゼロに等しかった。仕方なく苦し紛れに野良猫や石ころや公園のブランコなどを沢山撮影した。
部では秋に年に一度の展示会があった。そこにその情けない旅路の記録写真を出した。
僕の作品は、部のSM写真専門の先輩やアイドル専門の同級生から完膚なきまでにコキ下ろされた。傷ついた僕は幽霊部員となり、僕の写真ブームはあっけなく終焉を迎えた。そしてFE2は部屋の奥深くに押し込まれ、二度とシャッターを押すことは無くなった。

しかしそれから10年以上の時を経て、写真部のトラウマの傷も癒え、再び僕の第二次写真ブームがやってきた。娘の誕生を期に先月12年ぶりに一眼レフを購入し、毎日撮影している。そして作品をパソコンで鑑賞して独り悦に入っている。
どんな超スーパーセクシーお色気ムンムンな美女よりも、我が子ほど魅力的な被写体はないなあ思う今日この頃です。
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苦手な自分

明けましておめでとうございます。
昨年中は駄文・迷文、遅い投稿等、何かとご迷惑おかけいたしました。
本年も同様の失敗をする恐れがございますが、
何卒、昨年同様相変わらずのご声援・ご一読の程、
宜しくお願い申し上げます。

                        舞蹴


この度は写真というお題をいただきました。
写真・・・、うーん、難しい。

私自身、写真についてどう思っているのかといいますと

風景写真や他人の写真を見るのは結構好きです。
ですが、自分が写真に写るのがどうも苦手です。

その苦手な自分が写っている写真・・・

笑顔はすんなり出ます。
正直、自分の笑顔は100万ドルの笑顔だなぁと思ったりします・・・(汗
ニヤケ具合が度を超していて、見ていて引くときがあります。
まぁ、楽しかったんでしょう。。。

また、私、三枚目・四枚目な顔をでありますので、写真に写る瞬間、
出来るだけ二枚目で現像されるようにという浅ましい心が出てきます。
集合写真とか免許の写真とか・・・
私、そんな心境が正直に顔に現れるようです。恥かしい。。。

今のカメラは便利です。そんな無駄にあがいている自分の姿をすぐその場で見ることが出来ます。
その姿に落胆。。。でも、自分。。。

ホントに写真は正直です。誤魔化しません。

年末に大掃除・・・
何年か前の写真が出て来て、仲間と根限りにはしゃいでいる自分の姿を見ました。

何か口から出ています・・・蛸の足みたいです。
長い・・・生蛸だw

不細工な顔で写っているんですが、妙に愛着を感じます。

その時々を誤魔化しなく正直に写してくれるカメラ君。

不細工だけど懸命にはしゃいで楽しそうにしている過去の自分の写真を見て

「不細工だけど好いじゃないか!我武者羅でも好いじゃないか!
今、今を生かされてるんだから、今年も俺ファイト!」


と思ってしまいました。

結局、失敗したと思った自分の恥かしい写真も時間経過と共に
自分の許容範囲の広がりと共に許されていくのか・・・(例外もあります)

ちょっとした自分発見でした。
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