暑い時は熱い想いを。

リニューアル前には何枚かUPしていたので、久々にその続き。

ということでバングラデシュのダッカで出会ったリキシャのにーちゃん。
ものすごく写真を撮って欲しいという熱い想いを今果たしたぞ!!
バングラデシュ-1


どんな風にして写真を固定しているかというと・・・。
バングラデシュ-2





ボタンとボタンの間にはさんでいたんや!
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ブタがいた教室

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先日、お寺の林間学校にスタッフとして参加した。
お寺の林間学校は、北関東エリアの浄土真宗の寺院が企画をする二泊三日の研修旅行。

今年のメインは茶臼岳の登山。
登山中には、石がゴロゴロと転がっている、結構危険な岩山。

仏声人語

大人たちは「ケガはないだろうか」とピリピリムードの中、
子どもたちはワイワイがやがやと山登りを楽しんだ。

この林間学校は寺院の企画。
山登りの他にも、お寺色のあるプログラムが用意されている。

今回は、山登りの後に妻夫木聡主演の「豚がいた教室」という映画を鑑賞した。

仏声人語

この話は、ある小学校であった実話がベースになっている。
ある学校にて、いのち授業の一環として豚を飼い始めた。
それには、育てた豚を自分たちが食べるという約束があった。

子どもたちは一生懸命に豚の世話をした。
豚が一日に食べるエサの多さ。
豚は糞をします、みんなで臭い豚小屋を掃除します。
豚一頭を育てることは大変だが、その分愛着もわいてくる。
豚に名前を付けようと言うことに、Pちゃんと名付けられた。

しばらくして、問題が発生した。
我が子のようにかわいいPちゃん。
約束では自分たちで食べるということになっているが、
そこで、殺しちゃうのはかわいそうだという意見がでた。

・なぜPちゃんを殺す
・学校で育ててもらう
・はじめから自分たち食べる約束だった
・自分たちで責任をとらなければいけない
・食べるとはいのちを受け継ぐ

子どもたちは話に話し合った。
最終的には、Pちゃんは食肉センターへ運ばれていった。

子どもたちとPちゃんのお別れのシーンは言葉を失います。
センターに運ばれていくPちゃんを子どもたちはどこまでも追いかけていく。

「いただきます」というのは、いのちをいただいていることなんだと、教えられる映画だった。

今回は、この話には続きがある。
我々一行は、最終日の昼食に千本松牧場に行った。
そこでは、ジンギスカンと豚肉が食べ放題。

子どもや大人がどうするだろうか。
豚を食べられない子どももいるかもしれないと心配していた。
けれども、みんなおいしそうにお肉を食べていた。

そんな中は、悲しいことにお肉を食べ残す人もいた。
Pちゃんのこと、いのちをいただいていることを忘れて、
自分が腹一杯になったら残している人もいた。
あれだけ命をいただくことの大切さを映画を通して教えられながら、
自分の食欲が満たされれば満足になっている私がいる。
命の大切さを忘れてしまう私がみえてきた。

だからこそ、食事のたびごとに「いただきます」と手を合わせる。
だからこそ、「一粒のお米の中に仏さまがいる」と聞かされてきた。

この映画は、Pちゃんの可愛いお尻のコミカル映像が組み込まれつい笑顔になるが、とても大切な事を教えてもらえる映画でした。


以下は、この映画の題材となった実話が「たけしの日本教育白書」で特集されていた映像(youtube)です。
本物の映像の迫力に驚かされることもさることながら、
北野家でのPちゃんの話には驚くばかり。さすが「世界の北野」です。

ぜひ、ご覧下さい。

命の授業900日(たけしの日本教育白書)
命の授業900日(たけしの日本教育白書)
命の授業900日(たけしの日本教育白書)

また、以下の映画の森の評論によれば、先生と生徒、先生と親・・人々が信頼を構築するプロセスが描かれていると評されている。
ブタがいた教室(映画の森)

たくさんの魅力が詰まっている「ブタがいた教室」という映画です。
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everytime。

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夏が好きなキッスィです。皆さん夏バテしませんか?

GWのあたりから時々中学生が来ます。本堂の縁側でなにやらやっている様子・・・。

そろ〜と覗いてみると、机を出して宿題をやってるではないですか!



お盆とかでお参りに行くと「昔はお寺の境内でよく走り回ってたなぁ」ということを聞きます。
お寺って、子どもだったら遊ぶところだし、大人だったら寄り合いの場所だったみたいです。


みたいです・・・というのは、僕自身そういう印象がないんです。
お盆にお墓参りに来たついでに蝉取りする、という光景は時々見るけど、それはその時だけのこと。
近所の子が日常的に来るっていうことはないですねぇ。

でも昔話だけで聞いていた光景が今、目の前にあるではないですか!(遊びにではないけど・・・)

自転車が二台停まってたので、今日も来てるな!と思ってそろ〜っと見にいったら・・・縁側や本堂でかくれんぼ中。


宿題ちゃうんかいっ。




縁側の机にはやりかけの宿題もあったので、ちょいと長めの休憩・・・だと思う。そう思うことにしよう。



宿題中なのかかくれんぼなのか。それが問題なのではなくて、お寺をそういうふうに使ってくれていることがうれしく思うんです。お寺にいる者としては。





メリシャカメンバーとしさんのお寺ではライブイベント「お寺座」が行われる。
そういうイベントの時、特に何もない時、どんな時でもお寺はウェルカムなんですよー!
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癒えない傷跡

bussei


一年前の今日、私は男の子を出産した。

予定日より数ヶ月も早かった。
標準体重の3分の1にも満たない、あまりに小さな我が子を見て、口から出たのは「ありがとう」でも「かわいい」でもなく、「どうしよう」と「ごめんなさい」と、こらえることのできない嗚咽だけだった。

その日は点滴のアラームに起こされる、いつもと変わらない朝だった。
ただ、朝食を食べている最中に行われた点滴の交換でミスが起きる。

切迫早産で入院すると、多くが腹部の張り止めの点滴の処置が為される。
前回も触れたが、点滴の副作用はかなりキツイ。
手の震えや発熱に加え、人によっては味覚障害や視覚障害が起こり、脚気を引き起こす危険性もあるため、毎日検査が必要とされていた。
効き目を診ながら徐々に濃度と注入量を上げていくのだが、その度に激しいと動悸と吐き気に襲われた。

その動悸と吐き気が、点滴の交換の際に起こってしまう。
原因は点滴から伸びるチューブのストッパーがきちんと締められていなかったため。
チューブ内に残っていた薬が一気に体内に流れ込む。
ミスをした看護師は悶絶する私に気づきながら、担当患者からのコールに応対するために部屋を出て行ってしまう。
しばらくして落ち着くが、数分後、今度は胃痙攣を起こし、激痛のあまりナースコールを押す。
胎児の心拍を診るモニターをつけられているうち、痛みが徐々に下腹部へと移動してゆき、出血がおきる。

後になって知らされたが、それは陣痛と出産を知らせる出血だったらしい。
だが、胃痙攣は神経性のストレスからきたものと判断され、それ以上ナーバスになる情報を私に知らせないようにしたらしい。
そして、私が精神的に限界にきていると診断されたため、処置をせず、産ませる方向に事態は進められていた。

陣痛と知らされないまま、激痛と7時間以上闘い続け、とうとう分娩室にベッドごと搬送されたとき、私が叫んだ言葉は「あの看護師、許さない」だった。

病院側も認めたミス。
だが、あのミスが胃痙攣を誘発し、陣痛へと繋がったかどうか…その因果関係を立証することは難しい。
それでも、あのミスさえなければ、同じ日に同じ結果になろうとも、事態を受け入れることができたはず。

生まれてきた命を抱くことも叶わなず、人工呼吸器に繋げられながらNICUへと運び出されていく痛々しい我が子の姿を見送りながら、溢れてきた感情は虚しさと悔しさと憎しみだった。

以前、ある雑誌で他宗の僧侶が書いていた文章を思い出す。

 仏教には「慈」「悲」「喜」「捨」という4つの観念の実践がある。
 この4つのうち「捨」が特に難しい。
 「捨」とは同一の心を持つこと。
 親しみ愛する人にも、怨み憎むものにも、すべて同一の心を持つことが「捨」。
 けれど、人から受けた怨み等は簡単に捨て去れない。

日常の些細な不快感でさえ、ときに素通りすることができずに腹を立て、その正当性を主張し、胸を張る。
そんな些細ことさえ捨てられない、小さな私を戒めながら生きてきたはずなのに。
この憎しみを捨ててたまるかと、さらに胸を張ることで、早産してしまった自分を一生懸命庇護している、さらに小さな私がそこにはいた。
ただ経過が順調であれば、その感情もそれほど引きずるものではなかったはずなのに。

出産から3日、赤ちゃんの主治医から脳内出血があると宣告される。
その日、涙は枯れることがないのだと初めて知った。

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寺フェス!

サマソニ、フジロックも終わり、夏フェスシーズンもボチボチ終わりが見えてきておりますが、
お盆が終わる頃からがアツいのが、お寺で行われる音楽を主体としたイベント、「寺フェス」です。
今年もいくつかの「寺フェス」が行われるようなので、一部をご紹介!

)楷蟷LIVE 他力本願でいこう!2009
言わずと知れた「寺フェス」のパイオニア的存在、「他力本願で行こう!」が今年も8月22日、東京築地本願寺に於いて開催されます。
これまで向井秀徳やジム・オルーク、みうらじゅんに猫ひろし、二階堂和美や遠藤賢治、はたまたサワサキヨシヒロ!にde de mouseなどなど、
仏教の懐の広さを見せるように、多種多様なアーティストを巻き込んで行われてきたこのイベント、今年も豪華かつ個性豊かなアーティストを迎えて、音楽と、そして仏教も同時に楽しめる、素晴らしいイベントです。
今年はライブ開始前に、境内でなんと、足湯が楽しめるとか!しかも本物の温泉、信州の名湯、渋温泉のかけ流し!
他にもフードコートはもちろん、ワークショップや夜はキャンドルイベント、他にも法話や法要、仏典童話紙芝居など、盛りだくさんの内容となっております。

そして今回の出演アーティストは以下の通り。
・ASA-CHANG&巡礼  
・大友良英
・Tiger Fake Fur(川本真琴) 
・BAN BAN BAZAR  
・サワサキヨシヒロ! 
・COTOBUKI(VJ)
・コーヒーカラー  
・キウイとパパイヤ、マンゴーズ
今年も「本堂」と言う非日常空間で、ここでしか味わえない贅沢な時間を過ごせること間違いなし!しかも入場無料!(本堂は整理券が必要)

詳細情報はコチラから。
■他力本願で行こう!2009 オフィシャルサイト
http://www.hongwanji-shutoken.net/tariki


Slow Music Slow LIVE '09
8月28日〜30日の三日間、こちらも東京、日蓮宗の大本山、池上本門寺にて開催されるSlow Music Slow LIVE '09。仏教、というものからは離れ、エコをテーマとした音楽イベント。
仏教を楽しめる、というイベントではなさそうですが、今をときめく美しい声を持った女性ボーカリストが一堂に会すと言っても過言ではない豪華なラインナップ。
ゆったりまったり、音の波に揺られたい方はコチラも要チェック!

出演アーティストは以下。
8/28
・持田香織 
・Salyu
・大橋トリオ 
・宝美(opening act)

8/29
・平原綾香 
・中 孝介
・コトリンゴ 
・羊毛とおはな
・Dew 
・ハミングキッチン(opening act)

8/30
・押尾コータロー 
・アン・サリー
・元ちとせ 
・土岐麻子
・ji ma ma 
・城南海(opening act)

チケットや詳細情報はコチラから。
■Slow Music Slow LIVE '09オフィシャルサイト
http://lultimo.jp/smsl/


お寺座 vol.4
夏フェスの熱がクールダウンするころ、メリシャカでもおなじみ「お寺座」が今年も富山県は宇奈月温泉ほど近くのお寺、善巧寺さんにて、9月12日、開催されます。
「お寺は文化の発信地」をテーマとしたこのイベントも、今年で4回目。毎年地方とは思えない豪華なアーティストが出演し、北陸はもちろん、全国からお客さんがやって来られ、音楽はもちろん、お寺の本堂という空間で、法話や法要も同時に体験できる稀有なイベントです。
これまで、曽我部恵一さんやrei harakamiさん、七尾旅人さんや二階堂和美さん、サワサキヨシヒロ!さんやストロングマシーン2号さんなど、ジャンルの枠を超えた素晴らしいアーティストが出演してくれましたが、今年も素晴らしいアーティストの出演が決定しております。
まずは中山うりさん。アコーディオンを抱え歌う姿は"アコーディオンを抱えたシンデレラ"とも評され、エキゾチックで心地よい音と歌声を披露してくれます。
そしてお次はクリエイターとして多方面で活躍されているJun Nishimuraさん。アンビエントなエレクトロニカサウンドをメインに演奏されるそうですが、お寺の本堂で、一体どんなパフォーマンスを見せてくださるのか、興味津々です。
そして、3組目はINO hidefumiさん。フェンダーローズ奏者として知られ、クールながらも温かみのある飴色のサウンドは、多くの音楽好きを虜にしてきました。その生の、しかもバンドセットでのパフォーマンスが見られる機会は、北陸ではそうそうありません!
そんな3組のアーティストのライブのほかに、境内では象のバイクに跨った!?金剛力士像の展示も行われるとか。
日時は2009年9月12日(土)、17:30(受付開始16時)から。是非是非おこしください!

チケットやアーティスト情報、イベント詳細はコチラから。
■お寺座公式サイト
http://www.zengyou.net/oteraza/
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お盆とモンスター

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皆さんメリシャカ。ケンユウです。
今年の夏はあまり夏らしくありませんが、気がつけばもうお盆の時期となりました。皆さんもお墓参りなどされたでしょうか?

さてこのお盆、という行事ですが、起源は「盂蘭盆経」というお経に由来すると言われております。
このお経に書かれておりますのは、目連尊者というお釈迦様のお弟子とお母さんのエピソードです。目連尊者は神通力に勝れたお弟子として有名だったのですが、ある時、亡くなった母親が、死後どうなっているかが気がかりになって、どこにおるのかを探ると、餓鬼道に堕ち、物を食べようとすれば口の前で燃え尽きてしまい、飢えに苦しんでおるという姿が見えました。それを見た目連尊者は、どうして自分に優しくしてくれた母が餓鬼道に堕ちておるのか悩み、なんとかして母を助けたいと、お釈迦さまに相談します。するとお釈迦様は、あなたの母親は、我が子が可愛いあまり、他の子どものことを全く考えず、あなたにばかり愛情をそそいだ。人に施さず自分勝手な愛情を持ったために、今餓鬼道におるのです、とおっしゃり、それを助けたいのであれば、雨季の、僧侶の安居(あんご)という修行期間が終わる日に、僧侶や人々に食べ物を施し供養しなさい、そうすれば、母も飢えの苦しみから救われるであろう、とおっしゃいました。
そのエピソードが元となって、今のお盆と言う行事が行われるようになったと言われます。今のお盆は、どちらかと言うと、先祖供養、亡くなった人に対して食べ物をお供えしたりお経をあげたり、という色が強いですが、元はいろんな人に布施をすることが始まりだったようです。

まあ、先祖供養についてや、死後に餓鬼道と言う苦しみの世界があるとか、死後苦しみの世界に堕ちた人を、生きている我々がどうこうできる、ということに関しましては、いろいろご意見もあろうかとは思いますが、それについては今回は置いておくとしまして、このお経が今の私たちに、何を伝えたいのか、ということを考えたいと思います。

これはあくまで私の味わい、でありますが、お釈迦さまが一番おっしゃりたかったことと言うのは、亡くなった人を救う術ではないように思います。そこではなく、目連尊者のお母さんが、我が子可愛さのあまりに、周りのことを全く顧みなかったという生き方、そういう生き方をしないでね、という所にあるのではないでしょうか。
近年、よくモンスター・ペアレンツという言葉を耳にします。我が子可愛さのあまり、学校や先生に無理難題を要求したり、とんでもないクレームをつけたりする親のことを指す言葉ですが、そういう親が増え、教育の現場で大きな混乱が起こっているそうです。
よく、クラスで劇などをする時に、我が子が端役や悪役であることが気に入らないという親が多く、何人もの子どもが主役を演じる、という話を耳にしますが、こういうことは、まさに目連尊者のお母さんと同じ、我が子可愛さのあまり、周りのことが全く見えなくなっている状態だと思います。
そういう、我が子さえ良ければ、自分さえ良ければ、後のことはどうなってもいいという心、その心こそが餓鬼という、あさましく醜い姿であります。しかし人はいろんな繋がりによって互いに支えあうことによって生きることができるもの。我が子が可愛いというのはわかるけれども、自分のことだけを考えるのではなく、周りのこともしっかり考えられるような生き方をして欲しい、ということがお釈迦さまがおっしゃりたかったこと、つまりこのお経の“胆”ではないかなと思います。

ま、まだ人の親にもなったことのない者がこんなことを言っても全く説得力に欠けるわけではありますが、このことは子を持つ親に限ったことではありません。ついつい自分勝手で独善的な考え方に陥ってしまい、周りの人のことが見えない、餓鬼と言うモンスターになりがちな私でありますから、お盆と言う機会に、お墓参りやお寺参りをし、亡き方を偲ぶと共に、自分のあり方と言うのも見つめていきたいものですね。
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京都×メリシャカナイツ最終夜!告知!

いよいよ最終夜!「いろいろなことがあったなー」と感慨深いですが、すべてのものは終わっていきます。だからこそ儚く愛おしいのでしょう。


「京都×メリシャカナイツ 第5夜(全5回 最終夜)」

テーマ:『いきなりはじめる仏教生活』
ゲスト:釈 徹宗 さん(兵庫大学教授 浄土真宗本願寺派如来寺住職)

1961年、大阪府出身。 龍谷大学大学院、大阪府立大学大学院博士課程を修了後、大阪府池田市にある如来寺(浄土真宗本願寺派)住職となる。法務のかたわら兵庫大学などで教鞭をとり、さらにはお寺の裏にある一軒家で地域の認知症高齢者のためにグループホームを運営するなど、多彩な活動を展開される。
仏教界の白石さん的存在。
著書『親鸞の思想構造』『いきなりはじめる仏教生活』『仏教ではこう考える』、また内田樹氏との共著『いきなりはじめる浄土真宗』『はじめたばかりの浄土真宗』など。



参加者からメリシャカナイツへのご意見として「テーマがだんだん専門的になってきていて、社会人として予習していかなくていいの?と思ってしまう」という躊躇われているものがありました。実際参加してみたら基礎知識なしでも興味深かったという声もあります。恥ずかしながら僕がそうでした。
最終回は仏教エンタメサイト「メリシャカ」の原点回帰として、テーマはそのものずばり「仏教」です。

最後の京都×メリシャカナイツ(第5夜)では「いきなりはじめる仏教生活」というテーマで、釈徹宗先生にお話をいただこうと思います。メリシャカナイツを始めるにあたって、最後釈先生にお出でいただけたらという想いを企画担当のアサノさんと語っていました。夢が現実になるとは!

仏教とは、ちまたにあふれており、身近なものなんですね。私たちはそれぞれに問題や悩みを抱えていますが、仏教的な視点「知見」は、自分自身を振り返ることができ、解決のヒントを与えてくれます。

人生の大問題「生老病死」から、日頃のささいな疑問や悩みまで、「知見」を通して見えてくるものがあることを、お教えいただけたらと思います。
参加者からの質問、お悩み相談(?)の時間も、とらせていただきたいと考えています。

日 時  2009・9・8(火) 19:00スタート 
場 所  VoNN(ヴォン) 京都市下京区西洞院五条下る八百屋町58イチハタビル1階北側
    tel&fax;:075-352-5111 e-mail:[email protected]
    URL:http://www.ist-one.net/vonn/welcome.html
    
スケジュール 18:30 オープン 19:00スタート
       19:00 声明(お経のうた)(10分)
       19:10 法話
       19:20 「いきなりはじめる仏教生活」    
       20:30 FREE 
内 容  
  仏教の知見を手あたり次第活用して、おススメの仏教生活を提案。
  自由な人生の回路が開けてくる!

参 加 費  1ドリンク制 800円(内100円は、下記ワクチン※へ寄付)
参加人数  20名程 席に限りがございますので、ご参加希望の方は事前にVoNN(ヴォン)までご連絡ください
主  宰   メリシャカ  

「世界の子どもにワクチンを」日本財団(JCV)は、途上国の子どもたちにワクチンを贈る、認定NPO法人です。
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おかげさまで高校野球

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野球好きにはたまらない時期になりました。
高校野球の地方予選が全都道府県で終了し、各代表が決定しました。
代表校にはBESTのプレーが出来るよう願ってやみません。
個人的には、宗門校であり大学母校の冠が付いて初めて出場の京都代表 龍谷大学平安高校を応援します。
もちろん地元広島代表の如水館も応援します。

今年の第91回夏の高校野球選手権大会は全国で4041校が予選を戦ったそうです。

その中の1校を紹介します。

先日、BS日テレで放送されていた千葉県松戸市にある松戸国際高校野球部の話です。現在の監督は、元市立船橋野球部監督である石井忠道先生が指揮を努めて三年目。
1・2年生は、併せて40名ぐらいの部員ですが、3年生はたったの1名。
しかもその3年生は残念ながらレギュラーではないのですが、野球部のキャプテンを務めている。
監督も言っていましたが、高校生の部活の世界では技術的に上手い選手が発言権があり、統率力が生まれ自然とそういう人がキャプテンになるそうですが、このキャプテンは違っていました。技術的には足りないが、他の面で色々サポートしているたった1人の3年生であるキャプテンは、練習も一番先に来て、帰りも練習場の確認で一番最後に帰る、そんな姿を後輩が見ていて自然と尊敬されるようになったそうです。

今年の夏の予選は残念ながら3回戦で敗退。
相手チームの校歌をベンチ前で聞いているたった1人の3年生のキャプテンは、我慢していた涙が止めどなく流れていた。
そこには、3年間の流した汗とキャプテンの苦労と色々なことが含まれていたに違いない。

最後の監督インタビューで、監督にとって高校野球とは一言で教えて下さいとの質問に、「おかげさま」で生かされていることを高校野球で知って欲しい。
これにはいたく感動し、一人でぼろぼろ涙を流している僕がそこにいた。
世の中は、仕事が出来る人が尊敬されたり、営業の売り上げがいい人がそこの会社ではいい社員である利潤追求と競争社会で成果主義の世界です。そこには、他人を思いやり助け合う心が薄れていることが現状です。
監督は、勝負事なので勝つことは当たり前で望むのだが、勝利追求主義でが目的ではなく勝つためには色々な支えで成り立っている、ご縁の教えを説いているんだとのこと。

僕が甲子園を目指すなら松戸国際高校に行くな。 
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チベット仏教×チベット問題

8月29日 京都×メリシャカナイツ第4夜が開催されました。
いつものように、お勤めと法話が最初にあります。
メリシャカメンバーのキッスィさんがお勤めの導師を勤めて下さり、ケンユウさんがご法話でチベット問題を自らの視点で語ってくださいました。

今回はゲストの岡本法治先生より、チベット仏教とチベット問題についてお話をいただきました。
チベットの旗を会場のVoNNに掲げてのお話でした。今この旗はチベットに持って入って掲げると、中国政府から捕まってしまうそうです。自分の国の旗が掲げられないと言う、非常に厳しい状況にあるのです。
その旗には、三宝を表すマークが示されてあります。三宝とは、「仏・法・僧」のことで、チベットという国が仏教の教えを根底としていることがあらわされているんですね。


インドから直で伝わったチベット仏教は、中国を通して伝わった日本の仏教と異なるところもありますが、やはり根底で繋がっていることが多いと思いますし、その考え方からは色々学ばされました。
チベット仏教でも「殺生」は厳しく戒められています。徹底して蚊やヒルを殺さないそうです。なぜなら、自分の血を吸う蚊やヒルを「前世では私の母だったかもしれない」と見るからだそうです。仏教の根底には、小さないのちを大切にするまなざしがあるのだなと、あらためて感じました。
「一切の有情はみなもつて世々生々の父母・兄弟なり」と『歎異抄』でおっしゃった親鸞聖人と通じるものがあります。

お話の後、岡本先生へ「チベット問題に対して、今、私たちにできることはなんですか?」という質問がありました。それに対して岡本先生は「まず、現状知ることから始めましょう」と仰いました。
苦しみには2種類あるそうです。一つは知られている苦しみ、そしてもう一つは知られていない苦しみ。
チベット問題だけではないですが、テレビには映されていない事実もあります。事実をきちんと知っていくことが自分たちにできる第一歩だと思いました。

また、チベット仏教では「死」をとことん見つめていくという岡本先生のお話に関して、初めて参加された方から「私は葬儀会社に勤めていて、日々人の死と向き合っています。最初は大変だと思いました。でも、生だけではなくて死も私の一部で、今まで自分が見えてなかった部分が見えてきたようで充実しています」というようなお話がありました。
このご意見が本当に身に迫って私は感動しました。

イベント終了後は、各自思い思いに語ったり、先生に質問をしたりしました。美味しい生ビールを頂きながら、チベットの仏具の御鈴を鳴らしたり(なかなか鳴らない!コツがいるのです)楽しい夜でした。
岡本先生貴重なお話、どうも有難うございました。

今回の参加者は25名でした。本当に有難うございました!
参加費の一部2500円が「世界の子どもにワクチンを」日本財団(JCV)に寄付されました。
尚、当初の募金目標金額1万円に達しましたので、ご報告させていただきます。有難うございました。

次回で京都×メリシャカナイツはいよいよラストを迎えます。9月8日 ゲスト釈徹宗先生です。
悔いのないように、ガンガンいきますよ。どうぞご参加下さい!
告知もあるかも!?

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イヤイヤ期

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うちの子、イヤイヤ期に突入の模様です。

あんまりはっきり喋ったりしていないし、そんなに語彙が多くもないのに、やたらはっきりと、

「イヤッ!!」とか「ぃやじゃっ!」とか言って、それはもう、みごとにプイっとそっぽを向きます。

こちらの心に余裕があれば、その見事なまでの「身体ごと横にひねってぷいっと横を向く仕草」を笑えるのですが、いつもいつもそんな余裕はありません。

ものすごーーーく腹が立つこともあります。
「なら、ご飯食べんでいい!!!」とか本気で怒ってしまうことだって、あるんです。


あの手この手でなだめすかしたり、小芝居をしたり、ほめ倒したり、選択させたり、
どうにかこうにか、大人の思惑を遂行するのって、疲れます…
今はまだ、多少のごまかしが効きますが、そのうち「そんな手には乗らん」という学習をするんでしょう。

怒るな叱るな、と言われてもね…


第一次反抗期、という人間の成長にとっては大事な過程のひとつではあります。
自我の芽生えの証拠で、なんでも自分でしたい、思いどおりにしたい、もしくはしたくない。
そういう時期なんだと言われますが…


こんなに小さな時から、“我”というものがあって、思いどおりにならないと怒ったり泣いたり甘えたり、しなければならないわけだ、人間って。
しかも、大人と違ってうまく言葉で伝えられないから、もどかしいんだろうし。
大人ほど複雑ではないのでしょうが、自分の感情をもてあますことだって、あるんですよね。


こういうの、仏教ではどう解釈するんでしょうかねぇ。


「子どもはみんなほとけの子」……… 

………イヤイヤ、悪魔の二歳児(イヤイヤ期)という表現のほうにうなずいてしまいますですよ…
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