癒えない傷跡
- 2009年08月17日(月) 文:sakulla
- 仏声人語
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一年前の今日、私は男の子を出産した。
予定日より数ヶ月も早かった。
標準体重の3分の1にも満たない、あまりに小さな我が子を見て、口から出たのは「ありがとう」でも「かわいい」でもなく、「どうしよう」と「ごめんなさい」と、こらえることのできない嗚咽だけだった。
その日は点滴のアラームに起こされる、いつもと変わらない朝だった。
ただ、朝食を食べている最中に行われた点滴の交換でミスが起きる。
切迫早産で入院すると、多くが腹部の張り止めの点滴の処置が為される。
前回も触れたが、点滴の副作用はかなりキツイ。
手の震えや発熱に加え、人によっては味覚障害や視覚障害が起こり、脚気を引き起こす危険性もあるため、毎日検査が必要とされていた。
効き目を診ながら徐々に濃度と注入量を上げていくのだが、その度に激しいと動悸と吐き気に襲われた。
その動悸と吐き気が、点滴の交換の際に起こってしまう。
原因は点滴から伸びるチューブのストッパーがきちんと締められていなかったため。
チューブ内に残っていた薬が一気に体内に流れ込む。
ミスをした看護師は悶絶する私に気づきながら、担当患者からのコールに応対するために部屋を出て行ってしまう。
しばらくして落ち着くが、数分後、今度は胃痙攣を起こし、激痛のあまりナースコールを押す。
胎児の心拍を診るモニターをつけられているうち、痛みが徐々に下腹部へと移動してゆき、出血がおきる。
後になって知らされたが、それは陣痛と出産を知らせる出血だったらしい。
だが、胃痙攣は神経性のストレスからきたものと判断され、それ以上ナーバスになる情報を私に知らせないようにしたらしい。
そして、私が精神的に限界にきていると診断されたため、処置をせず、産ませる方向に事態は進められていた。
陣痛と知らされないまま、激痛と7時間以上闘い続け、とうとう分娩室にベッドごと搬送されたとき、私が叫んだ言葉は「あの看護師、許さない」だった。
病院側も認めたミス。
だが、あのミスが胃痙攣を誘発し、陣痛へと繋がったかどうか…その因果関係を立証することは難しい。
それでも、あのミスさえなければ、同じ日に同じ結果になろうとも、事態を受け入れることができたはず。
生まれてきた命を抱くことも叶わなず、人工呼吸器に繋げられながらNICUへと運び出されていく痛々しい我が子の姿を見送りながら、溢れてきた感情は虚しさと悔しさと憎しみだった。
以前、ある雑誌で他宗の僧侶が書いていた文章を思い出す。
仏教には「慈」「悲」「喜」「捨」という4つの観念の実践がある。
この4つのうち「捨」が特に難しい。
「捨」とは同一の心を持つこと。
親しみ愛する人にも、怨み憎むものにも、すべて同一の心を持つことが「捨」。
けれど、人から受けた怨み等は簡単に捨て去れない。
日常の些細な不快感でさえ、ときに素通りすることができずに腹を立て、その正当性を主張し、胸を張る。
そんな些細ことさえ捨てられない、小さな私を戒めながら生きてきたはずなのに。
この憎しみを捨ててたまるかと、さらに胸を張ることで、早産してしまった自分を一生懸命庇護している、さらに小さな私がそこにはいた。
ただ経過が順調であれば、その感情もそれほど引きずるものではなかったはずなのに。
出産から3日、赤ちゃんの主治医から脳内出血があると宣告される。
その日、涙は枯れることがないのだと初めて知った。
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