「恩送り」って知ってますか

久しぶりのコラムのタツヤです。
 その間に、先日、日本テレビのニュースエブリの特集コーナーにて拙寺・天真寺の密着取材をしていただきました。今回の撮影は「寺離れを食い止めろ」。日頃の天真寺の活動と弟が仙台にある恩慶寺様に今年の1月から入寺をしており、見習い僧侶の奮闘記という内容でした。 初めての密着取材と言うこともあり、グッタリしましたが、たくさんの学びを頂きました。その映像は「ニュースエブリ」さんのホームページより視聴できるようになっておりました。(期間限定)もしよかったら、ご覧下さい!!!!!http://www.ntv.co.jp/every/feature/20130712.html
(注)flash映像となっておりますので、iphoneなどではご覧頂けないと思われます。


その中で、これから始動するカフェデラテラ@松戸の様子も放映して頂きました。

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結婚しました。

とうとうこの日がやってきた。ドキドキして前日はぐっすり眠ることができず、朝から緊張と睡眠不足でボーっとしている。


そう、今日は結婚式である。


誰のかって??

仏前結婚式、直前の様子
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夏の読書感想文

 
致命的なほど決断力がなく、自己決定権を放棄するほどの依存度の高さを持つ私を心配して、友人があるマンガを貸してくれた。

     
 
『賭博破戒録 カイジ』 (福本伸行・ヤングマガジンコミックス)


思わず「なんでやねん!?」とツッコミを入れたのだが、読んでみるとそこには本当に絵に描いたような転落人生が描かれていた。
 
借金を背負わされ、返済のため命がけのギャンブルをし勝利するも、また借金を背負い、また命がけのギャンブルを繰り返す主人公。
ただの救いようのない人物のようにも見える。
だが、騙し騙され、目を背けたくなるほどの酷い目にも痛い目にも遭いながら、それでも彼は人を信じ、人を助けることを諦めない。
賭けに勝つことなど不可能な状況で、自分と仲間が助かるために、頭を使う。
 
内容があまりに極限過ぎて、自分とは全く無関係の話に思えるが、奈落へと落ちてゆく主人公の姿に、誘惑に対する人間の意志の弱さというものが、気持ち悪いほどリアルに描かれていた。
 
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愛と憎しみの日々

 おはようございます、こんにちは、こんばんは。
しょーしんで御座います。

相変わらずにのんべんたらりと毎日を過ごしておる僕なんですが、もうすぐ人生の中でも割りと大きなイベントがあります。

というのも、実は僕、もうすぐ結婚するんですよね。

少し前に婚約しまして、お互いに両親交えて食事なんかしちゃったりしまして、いよいよ書類揃えて提出しましょうかという段階まで来ています。

最近は
「結婚って… なんなんだろうな…」
などとアンニュイ気分に浸りながら一人スタバでキャラメルマキアートなんぞを嗜む日々でございます。

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「ことば」

 

ことばって、何だと思う?
けっしてことばにできない思いが、
ここにあると指すのが、ことばだ。

これは、詩人、長田弘さんの詩の一節です。

みなさんはこの一節を読んでどんなことを感じられたでしょうか。

「う〜ん」とうなられた方、「その通りだ」と思われた方、首をかしげられた方もいらっしゃるかもしれません。

ことばの裏側に「想い」というものがあるとしたら、その「想い」をことばというもので表現するのはとても難しいことだと最近思います。

ことば一つのいい間違いで、いらぬ喧嘩をしてしまったり、嫌な思いをよく繰り返してしまいます。

「分かってくれるだろう」との甘えから、ことばが抜け落ちてしまうことがあると思っていましたが、本当はことばの前に相手へ伝えたい「想い」が抜け落ちてしまっていたのかもしれません。

アメリカの画家であり、絵本作家のターシャ・テューダーはこんなことばを残しました。

心は一人ひとりちがいます。
その意味では、ひとはいつも「ひとり」なのよ。


ことばにした「想い」がどうしても伝わらない。

それはことばの力が足りなかった訳でも、ことばの裏の想いがこぼれおちた訳でもなく、元々私たちの心が一人ひとり違うことをターシャは思い返させてくれます。

分かってくれると思って、理解されなければ、腹が立つのは当然です。

しかし、元々私たちはどんなに一緒に時間を過ごしても、想いを通わせても別々の存在なのです。

だからこそ、そんな私たちは「分かりあえないことから」はじめてみてみてもいいのかもしれません。

そうすると、また別の世界が見えてくるかもしれないと、気づきながらも自分の思い通りにならない人の心に心を悩ます私でした。

そう考えると仏さまの「あなたが救われないのなら、私は決して安らかな世界には生まれない」とのことばが、なんだかいつにもまして私に呼びかけて下さっているようでした。


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君と僕とアミダ様の法話「ウロボロスの蛇」

 タイの思想家アジャンチャオという僧侶は、人間をよく蛇で譬えている。


「コブラ

人はイライラする時 コブラが頭の中にいるようだ

コブラは 放っておけば 何もしないで

通り過ぎる

コブラを考えて 近づけば 噛まれる


なるべく コブラを考えなければ 

自然と 平和が戻る」

なるほど。自分の中にいる蛇を掴もうとして、噛まれて傷ついてしまう自分。妙に納得する。
もしかしたら僕たちは、自分の中でのセルフイメージを自ら傷つけて、傷ついたと錯覚することが多いのではないだろうか。自らネガティブなイメージに囚われていくような。もちろんそれだけではないし、相手やきっかけの出来事があってのことだと思うが。
しかし、コブラを考えないようにすればするほど、自分の中のコブラは大きくなっていくようで困る。

また、アジャンチャオには、こういう言葉もある。

「不快なことに動揺するのが蛇にかまれるようなものだとしたら、楽しいものを掴もうとするのは、蛇の尻尾を掴むようなものである。遅かれ早かれ、蛇はあなたに噛みつくだろう」

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七条大宮 キッチンNagomi の、のれんのこと。

七条大宮にある「キッチンNagomi」の代表を務めております。
キッチンNagomiは、震災後、京都に避難・移住したきた方々の集いと就労の場、そしていろいろな人と人との縁をつないでいく場所です。

震災後に京都で出会った私たち。

3・11以降、想像を絶するさまざまな「非日常」を経験したみんなは、衣食住だけじゃなく、健康、家族、仕事、人間関係・・・つまりは、生きることそのものを見つめなおし、問い直し、新しい日常を作っていこうという気持ちで、今、キッチンNagomiに集う仲間になりました。

この7月からは、平日のランチと夜の居酒屋というスタイルで、営業しています。
ランチは、「ママが、子どもたちに安心して食べさせられる食事」
居酒屋は、「おいしいものを食べて飲んで笑顔になれる居心地のいい空間」
でありたいなぁ、と山積の課題を抱えながらも、ちょっとずつちょっとずつ、進歩していきたいな、と思っています。

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