おいしい話?

おいしい食べ物・・・美味しい話・・・おいしい・・・おしい〜。

非常に困りました。

確かに「お袋の味」「祖母の味」は"思い"も一緒に食べています。おいしいですよ〜、チスイさんw

最近は「お袋の味」が「袋の味」となって行く現実がありますねぇw
そんな話もいいのですが・・・・

ん〜、困ったw

僕は食べ物の好き嫌いは少ない。むしろこれといって浮かびません。・・・特別に好きなものも特に限定できません。

しいて言えば・・・

傷んでしまったもの、腐敗してしまったものは無理です。

わがまま言います、
「胃が弱いので・・・そればかりは遠慮させて下さい。」

鮮度の良いものが好きです!


野菜、肉、魚・・・それぞれ食べ頃があります。旬があります。

今でしたら、丁度、家の裏山で筍が生えてます。
美味いよ!って書いていたら・・・妙に焼き筍が食べたくなってきたw

タラの芽もいいなぁ!つくしも美味いし、ワラビも美味い。

春にしか味わえないですよ♪

と調子良く書いてますが・・・



タラの芽、つくし、ワラビ、筍ってね、将来ある これからっていう若者じゃないでしょうか・・・

お肉で例えた方がいいですか?

猪(チスイ氏はかなり詳しい。)は食べ頃は2〜3歳です。寿命は10年。
鶏は自然な状態で寿命は15年、卵屋さんの鶏の寿命は2年ぐらい。(年間250個の卵を産ませているから)
ブロイラーは、生まれて2ヵ月半以内を食べている。
牛の場合、自然な状態で寿命は20歳、乳牛は人口妊娠をさせて乳を搾取するので5〜6歳の命。
牛肉は詳しくないのですが、脂ののった良い時期に食用になるのでしょう。

考えてみれば、食卓に上がる命達は過酷な生き方を僕達によってさせられているのでしょうね。

。。。。。

おいしい話の裏には悲しい話があるんですね。

「おいしい」だの「まずい」だの勝手なことを言ってる僕です。

改めて、その犠牲となっている命のことを考えてみるのもいいのではないでしょうか。
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おふくろの味

メリシャカを御覧の皆さんの「おふくろの味」って何ですか?

誰しもあると思うんです。忘れえぬ、記憶の中のおふくろの味っていうのが。
おやじの味でも良いですし、おばあちゃんの味っていうのでも結構です。
(そう言えばおばあちゃんの味「ぽたぽた焼き」っていうお煎餅があったな。まだあるのだろうか。食べたいなー)

少し前に僕が受けたお坊さんのお説教の研修会で、先生が僕たちに「おふくろの味」を聞かれました。

ある人は「やっぱりカレーでしょ」と言い、ある人は「味噌汁」と言い、ある人は「料理じゃあないけれど・・・」と言って、実際にお母さんと交わした会話を紹介されました。

ある友達は「米っす。米はこしひかり。あと高知のカツオの刺身っす!」と言いました。おふくろ関係ないじゃん!ブランドじゃん(笑)でも、彼には彼なりにおふくろの味にまつわるエピソードがあることでしょう。

先生は、「今皆が言ってくれた『おふくろの味』は私の頭に鮮明に、絵となり香りとなり、伝わってきました。そういうイメージをお話しすることが、聞き手との共感を生むのです」と仰いました。お話をする時には、相手の脳裏にイメージを送ることが大切なのですね。


僕のおふくろの味は、ミックスジュースです。幼稚園の頃園から戻ってきたら、いつも母が作ってくれていたのです。バナナと牛乳、時に缶詰のミカンやパイナップルを入れてくれて、ミキサーしたものを飲むと、幼稚園児ながらに僕は「肉体疲労の回復」と「なんとも言えない安堵感」を感じていたのです。

年長組になった時、妹が生まれ、母はその後間も無く保育園に勤めるようになりました。小学校に通うようになった僕は、家に帰ってもミックスジュースがありません。
本当に恥ずかしいことに、僕はお寺の前にある保育園に何度も出かけて行って母親が勤めているところを見ては「おかあさん、はよう帰ってきてくれー!」と泣いていたと言う事です。

今から思えば、あのミックスジュースには、母親を独占できていた頃の思い出が詰まっているように感じるのです。

関西の駅などで売っているミックスジュース屋さん、好きでよく飲んでいます!あれは本当に美味いですね。おふくろを思い出します。(生きてるけど)
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メリシャカフォトコンテスト



メリシャカ1周年企画として、フォトコンテンストを行います!
携帯カメラ、コンパクトデジカメ、デジ一眼など、デジタル写真ならなんでもOK。
携帯電話やパソコン内に溜まっている写真データーの中からでも、1枚応募してみませんか?

下記の詳細をご覧のうえ、どうぞご参加ください。


応募締め切り:6月1日(金)

■テーマ:縁(えん)
仏教には"縁起"という言葉があります。
"縁起"とは、すべての人、すべてのものは何一つとして無関係な存在はなく、
みなつながり存在しているという世界観のことをいいます。

目に見える縁、 目には見えない縁、
うれしくなる縁、 悲しくなる縁、
・・・
あなたはどんな時に、どんなものに、"縁"を感じますか?

■応募資格:メリシャカサイトを見たことある方

■応募点数:お1人様1点

■応募方法:
以下の4項目を記載して、[email protected]まで写真と一緒に送ってください。
○お名前
○Webネーム(掲載の際に、サイトで紹介するお名前です)
○送信先メールアドレス
○コメント:100文字以内(撮ったときのエピソードなど、なんでも結構です)

【写真画像について】
・携帯カメラ、コンパクトデジカメ、一眼デジなど、デジタル画像のみ受け付けます。
・お送りいただく画像は、投稿者本人のオリジナルな作品をお願いします。
・画像はJPEG形式、横幅サイズは1024px以上、ファイルサイズは3メガ以下でお願いします。
・応募作品はサイトやポストカードなどに使用させていただきます。その際に、一部加工する場合がありますのでご了承ください。
・人物写真の場合は、投稿者の責任でご本人の承諾を得た上でご投稿下さい。

■審査方法:投票制
*1周年記念パーティーへご参加の方々に投票していただきます。

■賞:
大賞(1点)mp3プレイヤー
*メリシャカアーティストの曲や法話データ入り
優秀賞(3点):メリシャカポストカード

■結果発表:メリシャカサイトにて6月15日(金)発表


ご不明な点がありましたら、コメントしていただくかこちらまでお気軽にお問合せください。
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インド?


なんとか第三弾。前回はこちら。 前々回はこちら。
キッスィがインド旅行で訪れた場所をご紹介するコーナーです。今回はエローラです。

アジャンタとセットの遺跡としてよく聞くけれども、
アジャンタは仏教のみの遺跡なのに対してエローラは仏教・ヒンドゥー教・ジャイナ教の遺跡が連なる遺跡群になっています。
拠点となるオーランガバードからは1時間弱のところにあり(ちなみにアジャンタは2時間以上かかったような気がします)こちらは川沿いではなく、崖っぷちに遺跡がならんでいる形式になっています。
三つの宗教寺院は同時期に造られたのではなく、仏教(7世紀)→ヒンドゥー教(7世紀〜8世紀)→ジャイナ教(9世紀)の順の年代で造られているみたいです。やっぱり、その時期に主流となった宗教の寺院を造っていったのでしょうね。

全部で34窟ある寺院の中で一番の見所はヒンドゥー教寺院の第16窟のカイラーサナータ寺院である。「カイラーサの主」という意味で、その主はシヴァ神。西ヒマラヤの高峰カイラー山がシヴァ神の住まいであり、そこが世界の水源地であると信じられているんですって。
写真はこのカイラーサナータ寺院である。これは、1つの岩を彫って作った寺院で、上から前から彫って作られたそうです。


これってすごいことだと思いません??
だって、現代で考えると図面無いとできないだろうし、上から彫る時もトンガリ帽子のてっぺんを定めた上で彫っていかないといけない訳でしょ。
ちょっとでもずれるとそれは全体が歪んでしまうし、それはそれは慎重な作業だったんでしょうね。
そして1つの石窟を作るのにも100年以上かかると言われていて、一人の人生以上の時間をかけて作られていることになります。それって、ただ作業を受け継がれてきただけではなく、その宗教のココロをも人から人へ受け継がれていったんでしょうね。

人間の持つ時間観のちっぽけさを感じた遺跡でした。
(画像はネット上より転載させていただきました。)
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花の御寺

またまた近畿漫遊記をどうぞ。

先日、所用で京都へ行ったついでに、ちょっと…いや、思いっきり足を延ばして奈良県桜井市に行く。
特急・普通電車を乗り継いで1時間半、向かった先は、真言宗豊山派の総本山にして、西国観音霊場第八番の寺。

花の御寺 長谷寺

緑豊かな山の中腹に、満開の桜の木に囲まれた伽藍がある。
その光景は「花の御寺」という名に相応しく、参拝者の目を和ませ、心を潤すものだった。

私は平安時代の貴族文化が大好きで、小学生のころから『源氏物語』や『枕草子』、『更級日記』などを読むような渋い子供だった。
(ちなみに、今その反動がきたらしく、しょうもない本ばっかりを読むダメな大人になってしまった…)
それらの古典文学に共通して登場するのが、この長谷寺。
つまり、歴史は物凄く古いということになる。

寺伝によると、朱鳥元年(686年)、道明上人が天武天皇ために「銅版法華説相図」をこの地に安置したことに始まり、のち神亀四年(727年)に、徳道上人が聖武天皇の勅願によって本尊・十一面観音菩薩を祀って開山したとある。

その長谷寺が古典文学に登場するのは、飛鳥時代に伝来し、奈良時代には非常に流行していた観音信仰が大きな要因。
観音信仰は、平安時代中期以降に新たに流行しだした浄土信仰と合わさって、もともと現世利益的な信仰だったものに、浄土往生に関わる菩薩への信仰という要素が加わっていったことから、観音菩薩像が祀られている長谷寺への参拝は、貴族に限らず武士や庶民にまで、古くから広く浸透していたらしい。

そのご本尊・十一面観音菩薩にお会いするためには、登廊(屋根付き階段)をひたすら昇らなくてはならない。
その段数399段 (←数えた)…なんとなく、あと1段欲しくなった。

本堂内に入り、高さ約10メートルの十一面観音の立像を見上げる。
右手に通常の観音像にはない鍚杖あるのは、地蔵菩薩が鍚杖を持っているのと同じで、自ら人の世で救済を続け歩く姿を彫り出したものだからだそうだ。
そう言われて見てみると、表情から滲み出る慈悲深さが倍増して見えてくる。

そもそも観音とは【観自在菩薩(観世音菩薩)】のこと。
サンスクリット語で「アヴァローキテーシュバラ」といって、広い視野でものを「観る」という語と、「自由」「自在」という語の合成でできている。

自由自在にものごとを観る。
自由自在に衆生を救う。

観音にはそんな意味がある。
そして、観音はすでに悟りを得ているにも関わらず、仏とならずに、生きとし生けるものを救うために働き続ける菩薩でもある。

十一面観音はその名のとおり、十一の顔を持つ。
それは菩薩の顔、怒りの顔、牙を出す顔、仏の顔と様々。
生きとし生けるものに対応して、その人に合わせた表情で救いの手を伸ばす。

そのうち、普段は絶対拝見することのできない後頭部にある顔が、どんな表情をしているか、ご存知だろうか?

答え…大爆笑(←ホント)

【暴悪大笑面】と言われている。
手を合わせつつ、目の前の大きな観音様が振り返ってくれることを、秘かに期待した。

本堂の正面には清水寺のような舞台がある。
そこからの桜を見下ろす絶景に息を飲む…次は秋に来たいものだと、再訪を誓った。

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サイズ:身長160cm

約10年前、車で人身事故を起こしたことがある。
10月末の雨の肌寒い日の夜。後ろからついてくる遊ぶ予定にしてた友人を気にしながら運転をしていたところ、道路の真ん中を歩く黒い人影が突然現れました。
あわててハンドルを切ったのですが、ドアミラーに体がぶつかり、その拍子でその人の顔面が助手席と後部座席のドアの間にぶつかり、2週間ばかし病院送りにしてしまったのです。その時時速30K出てるか出てないか位だったけど、倒れてからしばらく起きなかったので「(人生が)もう終わった」と思いながら救急車を呼んだ後、警察の調査を受けていました。

その時後ろにいた友人はもう一人の友人に電話。
今回はその電話の彼の事。
彼はその電話の後すぐに駆けつけてくれました。で、持ってきてのが

彼の妹のスキーウェア(当時中学生)

そして興奮気味に
「着ろ!寒いからとにかく着ろ!!」

着れられるわけ無いじゃん…そんな小さいの…(心の声)
その気持ちをむげに断るわけにもいかず
「ありがとう、借りるよ。寒くなったら着させてもらう」ともらいましたが、着ようとしないので
「早く着ろよ!、こんな時に…お前風邪引くぞ!!」と大まじめ。
思わず笑ってしまいました。

俺以上にパニックってる…。(心の声)

不安に駆られている時にそんな彼の訳の分からない励ましで冷静さと落ち着きを取り戻してもらった。そして彼は家族の車に乗って帰る最後の最後まで一人付き添って励まし続けてくれたのだ。
当事者よりもパニックになってた彼だったけど、そんな気持ちが何よりも嬉しかったし、心強かった。
今でも感謝している。
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インド?


第2弾ありました!第一弾はこちら。
キッスィが訪れた場所を紹介するインドシリーズ。今回はアジャンタです。

アジャンタはエローラとセットでよく聞く遺跡ですが、その二つはすぐ近くにあるわけではありません。アジャンタはオーランガバードの北106キロにあり、エローラはオーランガバードから北西に29キロのところにあります。広いインドの中で言うとまぁ近い部類に入るかもしれません。

そのアジャンタは馬蹄形にカーブしたワーグラ川峡谷に沿って、550メートルほどの間の岩壁に29もの石窟群がある仏教遺跡です。
この遺跡は紀元前2世紀〜7世紀の間に造られ、時期によって三つの区分がされています。

1819年にイギリスの将校だったジョン・スミスによって発見されるまでひっそりとたたんずんていました・・・仏教の衰退していたという現実もあるんでしょうね。

一番の見所は第1窟の「蓮華手菩薩」の壁画です。その壁画は日本の法隆寺にある壁画と似ていることで知られていて、それを見比べるとすごい似ているのが分かると思います。(法隆寺の壁画→)


それにしても、デカン高原のなーんにもない馬蹄形になった川石窟を造ったのでしょうか。その理由が四つあります。
?地質学的理由でアジャンタの花崗岩が適度な硬さで彫りやすかった。
?作業する人や修行僧の飲料水・石を彫るため・仏事のため水が必要だった。
?地理的に瞑想のために静かな環境である。
?交易のための街道から離れすぎず、俗世界との関わりも保たれていた。

あっ馬蹄形なところっていう理由はあまりなかったですね・・・汗。
ただ、その当時から水は生きていくため・宗教的儀式に不可欠なものだったということでしょう。
2000年前から水の価値は変わっていないんですね!!

次回は・・・!?
(画像はネット上より転載させていただきました。)
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親ごころ

小学生の頃、ピアノを習っていました。
母親の願いで行かされていたため、あまりまじめな生徒ではなく、よくさぼって教室の近くにある高校のグランドで野球部の練習を見ていたことを覚えています。

教室は電車で20分ほどのとなり町にありました。
ある日の練習後、どこかに財布を無くしてしまい、電車で帰れなくなったことがありました。駅から教室までの間に落としたのか、どこを探しても見つかりません。たまらず教室から家へ電話をかけると、タイミングが悪く父が出ました。

タイミングが悪いというのは、うちの父はとても厳しかったからです。
中学生になってからも父と目を合わすことが出来ないほどに怖い存在でした。

“財布を無くしたので迎えに来て欲しい”ということを伝えると、案の定、一喝されてから、“無くしたのは自分の責任、歩いて帰って来い”と返答がありました。歩いて帰ると2時間ほどでしょうか。その時の自分の気持ちは記憶にありませんが、とにかく、歩いて家へ向かいました。テクテク歩く道中をどことなく覚えています。

半分ほど来た頃に、ふと後ろを振り返ると、平行して並ぶ道にいる車に気付きました。止まっているようにも見えるその車は歩くほどのスピードでトロトロ走っています。少し気にかけながらも、再び歩き出しました。しばらくして、また後ろを振り返ると、だいぶ離れたところで一定の距離を保ちつつその車がいました。今で言うなら、まるでストーカーのように、ずっとぼくをついてきているようでした。そして、何度かそれを繰り返しているうちに、その車がうちの車であることに気付きました。子供心に「何してんの?」「いるんなら乗せてよ!」と思ったに違いありませんが、父のもとへこちらからおずおずと行けるわけもなく、結局そのまま歩いて帰り着きました。
家へ帰ってからも、その話題は一切出ませんでした。


こんな他愛もない話ですが、今でもふと思い出すことがあります。
ぼくにもいつか子が恵まれ、子が似たような失敗をした時、おそらく父と同じ対応をするのかもしれません。
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ショッカーは我にあり

shinkiです。

本日、メリシャカ一周年記念ですよ。
メリシャカ仏教講座も本日からスタートです。
すばらしくシャカさんと、メンバーと、これを見てくれる皆さんのおかげ。
みなさんありがとう。

ん〜もうこのサイトが活動はじめて一年ですか…。
なんかもう5年くらいやってるような気がします。
最近、あまり参加してないけど、一年目の一発目コラムいかしてもらいやす!

『ショッカーは我にあり』。

とは初代仮面ライダー"藤原弘、"さんの言葉です。
まあ、俺が語るのは仮面ライダーくらいなもんで…。

数年前、姪っ子を車に乗せて運転していたときのことでした。
俺『仮面ライダー主題歌集聴かせてやるゾ。』
姪『え〜!聴きたい聴きたい!』

というのも、普通小さい女のコというのは、あまり仮面ライダーが好きでないのに、
この子はめずらしく好きらしい。
そんでもって、ここぞとばかりにCDをカーオーディオにブチ込んだのでした。
そして『仮面ライダー龍騎』の主題歌が流れていた時のことです。

姪『この歌好かん!(嫌い)』
オレ『なんで?』
姪『だって龍騎おもしろーなかったもん。友達もおもしろーなかったって言いよった。』
オレ『おもしろかったたい。』
姪『だって仲間同士で戦うとやもん。訳わからん。』
オレ『そこが醍醐味たい。』
姪『なんで?』

…と話は続くのですが、私はその時この小学校低学年の姪に、
人間ってどうするかワカラン生き物やろ?とか、
ムカついたら相手を叩きたくなるやろ?とか、
あれに出て来る仮面ライダーは自分の姿やぞ…と大人げなく教えると、
姪はこう言いました。

『そっか…人間だもんね。』…と。

自分が言った言葉に対して返してくれたことばなんだけど、
人間だもんね…って単純な言葉の重みをすごく感じました。
つまり、以外で純粋な心にしびれた訳ね。

別に人間って悪い生き物だから、
悪くて当然ということではなくて、
その可能性を自分の中に認めた時、
はじめて相手を認めることができるのだろうと思った。

まさに悪の軍団ショッカーは俺の中に有るんだろうな。
認め合う世の中になればちったあ平和になんのかな?
まあ、それができないから精進って言葉があるんだろうね。

まあ、俺の中でのイイ話。

そしてお釈迦サマの教えが世界に伝わるよう願いつつ、メリシャカっ!
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持つべきものは…

「自ら其の睫を見る能わず」

友人が訓戒にしている言葉をプレゼントしてくれた。

「100歩先にいる人の髪の毛先まで見ることができる者でも、自分の睫を見ることはできない」

転じて。

「人の欠点は見えやすいけど、自分の欠点は見えにくい」

ということらしい。
らしいというのは、意味まで教えてくれなかったからだ。
調べてみると、中国の法家・韓非の著書『韓非子』の観行篇にあるものだった。

相手の欠点には、それがどんなに些細なものであっても過敏に反応する。
けど、その欠点は、自分の中にある欠点と、同様の場合が多々ある。
自分の外側には眼が届いても、自分の内側には総じて無頓着だ。
その欠点に対する非難は、自分の内側を外側と同じくらい見つめることができれば、自然と自分に向かうのだが…そうはなかなかいかないもんだ。

自分の欠点が見えないということは、必然的に「自分は正しい」という思い込みが、相手に対する評価の根底に潜んでいるような気がする。

自分を棚上げして、相手の欠点を見つけては、鬼の首を取ったかのように非難し、相手を一刀両断してるけど。
本当はその刀の切っ先を、自分に向けるのが仏教の智慧なんじゃないだろうか。
そうして自分の有り様を知ることができる…気づかされるんだと思う。

誰もが皆、自身を棚上げした錆び付いた刀を振り回してる。
そして、自分で自分を斬りつけなくても、自分が誰かを非難するように、私もまた、常に誰かに一刀両断されていることに気づく。

鬼の首を並べる虚しさと、その首の中に自分がいるという苦しみ。

そういうことに気づくことで、相手を思う気持ちとかが、変わることもあるだろう。

なんて、偉そうに書いてるけど、こうして誰かに諌められないと、自分の睫の存在も、鬼の首にも気づけないことに気づかないんだな。
ありがとよ、友人。


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