メリシャカLIVE 2009 告知

ZAZENBOYS向井秀徳氏、西本願寺聞法会館に来る!

年の瀬を迎える京都で、遂に法話と音楽が出会う!

今年のクリスマスの次の日は、メリシャカLIVEでお会いしましょう!



法話 meets MUSIC.
メリシャカLIVE 2009 at本願寺聞法会館

12/26(土)

開演 15:30 (受付14:30 開場15:00)

会場 本願寺聞法会館

出演/ MUSIC
    向井秀徳アコースティック&エレクトリック
    AKI‐RA sunrise
  
   読経・法話
    浄土真宗本願寺派 若手僧侶
  
   パネルディスカッション
    MC 木下明水(熊本・勝明寺)
    パネリスト 福間義朝(広島・教専寺)

チケット
   前売り 2,000円(税込)
   当日券 2,500円(税込)

詳細は近日公開。
Tweet

アッと驚くインド旅行記

昨年にインドにての旅でのこと。

インドの仏跡ツアーの中盤戦。少し疲れがたまってきた頃だった。

メリシャカ!

大理石でできたお城タージマハールを裏から見学。

移動の車の中で、友人Aくんがマンゴージュースを飲むと、お腹の調子の調子が悪くなってきた。添乗員のマルさんが現地インドの薬を取り出した。これは胃腸に効く薬です、濃い緑色の錠剤の薬。みんなの胃腸も疲れてきているでしょう、インドの薬は効き目も強いので半分でイイですよと、言われるままにみんなで飲んでみた。すると、体調を崩していた友人の症状がさらに悪化、お腹を抱え込みながら本格的に苦しみ出した。

これは一大事と近くのホテルに駆け込み、ロビーでお医者さんを呼ぶことになった。
待つこと20分。
ピーポーパーポーと救急車が来るのかと思っていた私の思いをよそに、
スーツを着た二人組がやってきた。

聞いてみるとお医者さんだということ。
診断をするとすぐに太い注射器を一本取り出した。そして、お尻を出して下さいと。友人Aくんは高級ホテルのロビーでお尻を出し、太い注射器の針が突き刺さった。しばらくして、友人の体調は元通りになった。

先日読んだ本にこんな話が載っていた。
親子でのインドの旅。娘さんの体調が悪くなり、国立病院へ急いだ。
そこに到着すると、エレベーターもない7階建ての薄暗い建物。診療まで待たされ、やっとの診療を受けると、血液検査のため注射をすることに。しかし、注射器をみてみるとさっき使っていたものを取り出した。それは使い回しですねと聞くと、いや煮沸消毒をしているから大丈夫ですという返答が返ってきた。
慌てて、私立病院に行ったと言う話があった。
国立病院は無料の病院であり、旅行者は私立病院に行くのだそうだ。

日本での充実した医療システムになれている私たちにとって、
国立病院と言えば、近代的な医療設備が整っていると思ってします。

外から見てみると気付くことがある。
改めて日本の医療システムの充実ぶりには感謝です。
Tweet

絵本「いのちをいただく」

最近、食育という言葉を耳にする。

ウィキペディア(部分的に引用)によると「様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てることである。」
「単なる料理教育ではなく、食に対する心構えや栄養学、伝統的な食文化、食ができるまでの第一次産業についての総合的な教育のことである。」
「食育という言葉は明治時代に当時の西洋医学・栄養学批判を展開した石塚左玄が1897年(明治30年)頃、「体育智育才育は即ち食育なり」と造語した。」とある。


ほぉ!最近作られた言葉ではないんだ。明治時代から食についてちゃんと考えられていたんだ!


「健全な」というのは、食べ物を残さず食べる。それだけではなく、食べ物として自分の手元に届くまでの様々な人たちの苦労や、いただくイノチまで見つめていく。
そういうことも含めた健全な食生活を目指しているんだろうね。

そこまで食べ物を考えていくと、刺身のままで海を泳いている・・・ような発想はしなくなるはずである。



そこで今回紹介したいのは「いのちをいただく」という絵本である。
主人公は食肉加工センターで働いている坂本さんで、牛を解体することを通して「食べる」ということを教えてくれる。


読んでいると、牛を解体する描写がある。グロいなと思ったけど、それがないとどんな偉い人でも肉を食すことはできない。
坂本さんの仕事ってとってもすごいな、と思った。


そして。
動物であれ植物であれ、かけがえのないイノチである。その一生懸命生きているイノチを断ち切ってボクが生存していくために食していく。
イノチをいただかないと、生きていけない自分を見つめなおす。それも食育であろう。



動植物のイノチを断ち切って自分のイノチのためにいただくこと、さらに自分の口に入るまでには様々な人のご苦労があることを改めて気づかせてくれた思い出深い本になった。
Tweet

お坊さんはもっと堂々とするべき

bussei

先日、うちのお寺で「お寺座LIVE」という音楽会を催しました。
イベントの内容は、3組のミュージシャンをお招きし、間に一口説法を2回、ラストに読経で締めるという流れです。今回の説法はぼくとメリシャカメンバーでもあるけんゆうくん。
説法(法話)を途中に入れて読経で締めるやり方は、築地本願寺ライブ「他力本願でいこう!」の初回に参加し、説法や読経と音楽の相性の良さを目の当たりにして、とても自然に受け入れられたので同じ方法を取ることにしました。
「他力本願でいこう!」の他にも、その原型となるイベント「誰そ彼」や、去年からスタートした福岡県行信寺「エンのエン」などが類似イベントとしてあります。いずれも、ミュージシャンへのこだわり、説法&読経入りというところで共通しています。メリシャカでも12月26日に京都でビッグイベントが催されます。(詳細はこうご期待!)

個々の相違点は、お寺の在り方と同様、本堂の大きさや地域性などそれぞれのやり方があって、うちの場合は、お寺で運営している児童劇団のOBが中心となってスタッフをやってくれているので、そこから出る意見を重要視しています。また、おばさまたちの団体「仏教婦人会」や「若婦人会」の方々にも接待やフード販売に参加してもらったり、門徒さんの地域代表者(総代)やご近所の方々への配慮にも気を使うよう心掛けています。メインのライブは、キャパ的に二百数十人を目標にしていて、なるべくジャンルの振り幅をもつようにもしています。お客さんは、もちろん、こどもからお年寄りまでどなたでもウェルカムですが、趣味的要素もあって20〜30代ぐらいの方が8割以上になります。男性より女性のほうが多くて、好奇心の強い人が集まっていると思います。というか、好奇心があまりない方はキツイイベントかもしれません。

お寺に若い人を集めるのがひとつの目的ではありますが、人が集まりさえすればいいわけではなくて、「何でもアリ」ではありません。ここがよく勘違いされるところで、お寺をただの場所貸しにするつもりはなくて、また、お寺でやる意味を感じないものはモチベーションの上げようがありません。
思考錯誤しながらではありますが、お寺ならではのライブを目指し、参加してくれた人たちの心に残るものを提供したくて、そこに仏教の深みをほんの一粒でも届けたいと思っています。ミュージシャンが一曲に想いのたけを込めるように、説法や読経にも計り知れない想いが込められています。坊さんは、あくまで仏の教えと聞き手のフィルターではありますが、同じ表現する立場としてステージに立ちます。幸いに、その想いは予想以上に届いている声が聞こえてきます。

イベントのアンケートから、いくつか紹介させてもらいます。

・目で耳で聞き、不思議な世界にひたり、心がなごみました。
・最後の読経まで一連のショウのようで楽しました。
・創造世界感と現実感のギャップがとてもおもしろかったと思う。
・最後の読経もよかった。みんな自然と正座になってたし。そうあるべきだよね、って感じました。
・様々な発見・感動・驚きなどがあり、とても楽しかったです。
・お寺座といっても単にお寺でライブのみかと思っていたが、お坊さんの説法もあり普段とは違う感覚でいれて良い。
・きよらかな想いでいっぱいです。
・説法や読経など工夫して入れておられ、お寺で行われる意味を深く感じられました。
・ライブの間に一口説法があり、というのははじめてで、聞けてよかったと思います。
・本堂と音楽がこんなにも合うなんて!!!素敵でした。
・お寺と音楽のコラボがここちよい空気をつくりだしていると思います。仏教を身近にかんじました。
・一口説法も初めてきいて、仏教について興味を持ちました。
・これからも毎年やってほしいです。最後のお経もとてもいい。
・お寺が身近に感じたイベントでした。
・音楽、説法&読経が不思議とマッチ。
・じいちゃん&ばあちゃん&子供とか普通にいるのが素敵でした。
・音楽、説法、読経。完全に素晴らしいコンセプトで成り立っています。
・音楽好きな人には法話もお経も「ライブ」として受け止められやすい気がしました。私たちは、お経や法話を聞くチャンネル自体を持っていませんので、こういう機会に聞かせていただけると、ほんとに「ありがたい」です。お経のときなんて、お坊さんが来られるとみんながざざざっと正座を始めて、「うわ、やっぱりみんなそうなんだなぁ」みたいな(笑)。すごく自然に、仏さまの話や声を聴いちゃうバックグラウンドって若い人のなかにもまだまだあるんだなぁと実感いたしました。


もちろん、肯定的な感想ばかりではなくて、「説教がイマイチ」、「お坊さんはもっと堂々とするべき」という叱咤激励があったり、去年は、「説法はいらない」という意見もありました。

「お坊さんはもっと堂々とするべき」

これはひじょーに嬉しい言葉です。
確かに、自信なさげな言葉は相手に不安を与えてしまいますね。

思うに、日本が西洋の文化を追いつけ追い越せと走り続けた時代に、お寺のイメージは「古い」とか「時代遅れ」として切り捨てられ、同時に、おじいちゃんやおばあちゃんも肩身がとっても狭くなりました。そのイメージをずっと引きずりながら、ようやくほとぼりが冷め始めた頃、「地下鉄サリン事件」や「宗教戦争」が起こり、「宗教って怖い」「怪しい」というイメージが加わりました。さらに、「坊主丸儲け」とか「偉そう」なんてイメージもあって、たまったものではありません。
そんな影響をモロに受けて、迫害されている気分のまま育ってしまったぼくは、信仰について語ることを恐れ、卑屈になりやすくて、いつもびびっています。


尊敬する先生が言われた、仏教徒の生き方をあらわした言葉を思い出します。

撤慢にもならず、卑屈にもならず、
遠慮もせず、気ままもせず、
おおらかに、しかし慎み深く生きようと心がける

はい。そのように心がけたいです。
Tweet

偏った平らな足

bussei


さて、出産直後のこと。
分娩台から降りようとするのだが降りられず焦る。
早く赤ちゃんに会いたいという気持ちはあるのだが、体が動かない。
切迫早産で入院してから、1ヶ月以上寝たきりで、トイレも食事も寝たままだった。
体を起こすのに必要な筋肉が、すべて削ぎ落とされて、できるのは寝返りだけ。

頭を起こそうにも、頭の重さに首が据わらず、ガンガンと頭痛に襲われる。
なんとか分娩台の上に座ると、今度は肺が圧迫されて息苦しく、吐き気までもよおしてきた。
そして全ての力を出し尽くし、気合を入れて立とうとするが、膝に力が入らない。
一歩踏み出すことが異様なほどに難しい。
車椅子に移るだけなのに、何十分もかかってしまう。

どうやら寝た状態が続くと、人は歩き方を忘れるようだ。
足をどうやって前に出すのか、どの部分から地に着けたらいいのか、考えながらじゃないとバランスが取れない。
赤ちゃんに会いたいのに、一人では座れず、立てず、歩けない歯がゆさが辛かった。

次の日から廊下で歩く練習をしていたが、なかなか自然な歩き方を思い出せない。
なんでこんなに歩けないのかと、ベッドの上で足の裏をみると、あるはずの土踏まずがなくなっていた。
綺麗に真っ平らな偏平足。

「おお、とうとう悟っちゃったか?」
思わず呟いたが、そんなわきゃない。

仏の身体には、見てすぐに分かる32の特徴と、微細な80の特徴がある。
これを総じて【三十二相八十種好(さんじゅうにそう・はちじっしゅごう)】という。
この三十二相の一つ目に挙げられているのが、足の裏が平らで安定してる様、つまりは偏平足を表す「足下安平立相」だ。

仏さまの足の裏がまっ平らなのは、「慈悲の平等」を表している。
ちなみに、仏像の眉間の上にあるイボのようなものも、三十二相の一つ。
白毫(びゃくごう)といって、白い毛が丸まっている状態なので、イボではない。
身体が金色なのも、パンチパーマなのも、見えないけど歯が40本なのも、全部三十二相に因っていて、その特徴の一つ一つに私たちを救わんとするための意味がある。

対して私の偏平足は、誰をも救うことのない、無慈悲の象徴。
新たな命を前にして、未熟児という現実に対する不安を隠せず、泣き崩れて嗚咽をもらす同じ口で、不手際な対処を重ねた看護師や医者への憎悪の言葉を吐き散らす。
悟ることなどできないことは、自分が一番分かっている。

因果の道理を説き、縁って起こるこの世界の繋がりを説く仏さまの教え。
仏さまが歩くと、人々の心に仏縁の華を咲かせ、その偏平足の足跡からは枯れた大地にも華が咲くと言われている。

だが私は、この平らな足で修羅の道を歩んでいた。
そのことに気付くのは、まだまだ先のことだった。
Tweet

僧侶よ!町に出ようよ!(メリシャカナイツ最終夜)

今回はスペシャルということで、お華葩(ケハ)という法要に撒く紙のお花を、お勤めの中で皆で撒きました。
法話はアサノさん。ディズニーとミッキーマウスの関係から、お釈迦さまと阿弥陀様の違いを明らかにされました。そして芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を新たに解釈されて、阿弥陀様の救いを語るというポップで斬新な法話でした。

世の中は今仏像ブームで、仏像好きな女の子を仏女と言ったりします。メリシャカナイツでは毎回法話をしましたが、この「法話」こそこれからもっと世の中に広めていきたいと考えております。ちまたでもっと気軽に仏教について語れたら良いなと思います。落語の原点も法話なんですよ。

最終夜ということでゲストには、兵庫大学教授 釈徹宗さんにお出でいただき、「いきなり始める仏教生活」というタイトルでご講義いただきました。



まず、メリークリスマス略して「メリクリ」に対抗して、お釈迦様の誕生日をもっと世の中に広めたいという思いを込めた造語「メリシャカ」について、そのように文化を上塗りしていくことは大切なこととお褒めの言葉をいただきました。なんだか嬉しくて有難かったです!
また、宗教を笑えるという文化は、かなりレベルの高い文化であるそうです。原理主義というものは笑えない雰囲気があるとのことです。
仏教はたとえ信じていない人にも「活用して下さい」と言える懐の深い教えである所が魅力であるのだなと、お話をお聞きして思いました。

VoNNの常連客のお一人からは「今、人材派遣会社に勤めていて、その職場で人と会って考えていることが、今日先生がおっしゃった仏教の見方と関わっている部分があってほっとした」というご感想が出ました。

その後は、参加者同士の意見を交わしたり、直接釈先生にお聞きしたり、いつもにも増して会の後も盛り上がったことです。

今回はMBSテレビ、本願寺新報からの取材もありました。有難うございました。また、彼岸寺さまには開催ぎりぎりにお願いをしたにも関わらず今回も素敵な紹介文を頂きました。まことに有難うございました。彼岸寺人気コーナー「坊主めくり」ライターの杉本さんには2度のご来訪有難うございました。

また、会場にはメリシャカナイツのフライヤーに素晴らしいイラストを提供して下さった、加藤圓正さんの原画と版画が飾られて、最終夜に彩りを添えて下さいました。心から御礼申し上げます!




メリシャカナイツを始めて様々な出会いがありました。参加者同士の繋がりもできたみたいで、それが一番うれしいです。反省点も多いですが、若手僧侶がお寺で待っているのではなく、町に出てがむしゃらに語り合う場所を作ったという点では、大きな一歩だったのではないかと少しだけ悦に入っています。
「世界の子どもにワクチンを」日本財団(JCV)に毎回参加費より募金をしていましたが、1万5千円を超したと思います。有難うございました。
これで終わらせるのではなく、ここからが始まり、とVoNNのマスターも仰いました。
(思えばマスターには大変お世話になりました。色々と意見の食い違いもあったり、ぶつかったりもしましたが、VoNNという場所との出会いがなければメリシャカナイツは始まっていませんでした。随分マッチしていましたね)
共にイベントを企画したアサノさんにはこれからもよろしくお願いしますとしか言いようがありません。アサノさんがいないと成り立たないイベントでした。
今後は今回のイベントの総括をして、また次の一歩を踏み出したいと思います。

ご参加下さった皆様本当にありがとうございました。


僧侶よ!町に出ようよ!
お経を捨てずに町にでよう。そこで法話をしよう。
そして語ろう。仏の心を。
今を、過去を、未来までも。

ここで緊急告知があります。

12月26日(土) を是非とも空けておいて下さい。
メリシャカの大規模なイベントをします!音楽と法話のイベントで、大物ゲストミュージシャンをお呼びする予定です!
Tweet

too fast to live

皆さんメリシャカ。ケンユウです。

9月に入りめっきり涼しくなりましたね。そして今週末、9月12日はお寺座です。私も一口法話のご縁をいただいて、楽しみでありますが、早くも緊張しております。さてさてどうなることやら…

さて、最近ちょっと思っていることをば少し。
近頃、「ファストファッション」なる言葉を耳にすることがありました。はてなんのこっちゃと思っておりますと、ハンバーガーに代表される「ファストフード」に見られる「ファスト」がファッションにくっついてできた造語で、最先端の流行を取り入れつつ安く提供する、外国系の衣料販売店が主流として展開しているファッションの形態、のようです。
ははー、なるほど、と思ったのですが、そういうファッションに関してだけではなく、最近いろんな物事の変化のスピードが、どんどん速くなってきているように感じます。
例えば、テレビに出ている芸人さんやら、去年は流行ったとされる流行語、あるいは音楽などなど、流行と言うのは流れて行くと書くように次々と移り変わってゆくものでありますが、それにしても、一年を待たず、半年、3か月ペースで物事の流行り廃りが変わっていくのは、あまりに変化の速さが激しすぎるように感じざるを得ません。

しかしなぜこうも変化のスピードが速いのか、と言うことを考えてみますと、「流行」ということが「経済」あるいは「消費」ということと大きく関わっているから、なんでしょうね。
今の私たちの社会を支える経済、というのは、消費によって成り立っています。消費ありきで物が生産され、もし生産されたものが売れなければ、大きな損害となってしまうわけでありますから、作ったものはあの手この手で売らなければなりません。そこで、流行と言うものと結び付けられて、流行っていますよ、だから買いましょう、というような風潮になっていくわけです。つまり流行と言うものを利用して、消費をどんどんと刺激しているのです。
流行、と言うと、自然発生的に生まれるものと思いがちですが、そういう事情があるわけですから、決して自然に生まれているものばかりではないでしょう。例えば、毎年流行色、というのが取り沙汰されますが、これはその年に自然発生的に流行った色ではなく、業界が今年はこの色を流行色にしましょう、という決定の下、毎年決められている、と言うようなことも聞いたことがあります。そして流行色に限らず、いろんな流行りと言うものが、消費者の側からの発信ではなく、企業の戦略として作り上げられているように思います。
そしてその流行の流布に使われる媒体がメディア、ですね。雑誌はもちろん、テレビなどでも大きく取り上げられることで、それが流行であると、私たちは錯覚してしまいます。そう思うと、メディアの持つ力と言うか、情報をある意味操作できるという力は恐ろしいな、と思ってしまいます。ですから、メディアが流す情報が全て正しいと信じるのではなく、情報を正しく選択する知恵と言うのが、必要なスキルとなってくるのでしょう。

と、ここから少し仏教らしいお話をさせていただきますが、このような流行と言うものを利用した、消費の刺激、というものは、今の経済を支えるために必要な行為であるのでしょうが、同時に私たちの欲望を強く刺激するものであります。
つまり手を変え品を変え、いろんな手立てでもって私たちの欲望を刺激することによって、消費行動へと向かわせ、企業は利益を得ているのです。
もちろん、そういう活動は正当なものであるでしょうが、一つ気をつけなければならないのは、欲望を刺激するということは、私たちに苦を生み出させている、ということでもあります。
新しいものが欲しい!となる刺激を与えることによって、私たちの心には必ず葛藤が生まれます。「今使っているものもあるけど…」とか、「予算がね…」とか、「これ持ってないと話題についていけなくなるかな」などなど、いろんな葛藤そして苦悩が生じ、さらに手に入らない場合は、不満足と怒りの心に悩まされるでしょう。
つまり、今の経済と言うのは、私たちの苦しみを代償にして成り立っていると言っても、過言ではないんです。

とは言え、社会や経済と言うものは、私たちが生きていくうえで必要なものであります。ですから、安い物や流行りの物を、作られた情報に流されて買ったりするなと言うわけでも、今の経済のあり方を全否定しているわけでもありません。私たちが生きていくうえで、いろんな物が必要になってきますし、逆に倹約倹約!我慢我慢!となってしまうのも、心に苦しみをため込むことに繋がりますからね。
しかし、強烈に欲望を刺激し、消費を促そうとする情報は、私たちの心に苦しみを生みださせる、いわば毒饅頭のようなものでありますから、目まぐるしく移り変わる、作りだされた流行と言う激流に流されるのではなく、また逆に必要以上に自分に我慢を強いるのでもなく、自分にとって本当に必要なものを吟味していくと言うことが、より、苦に悩まされない生き方であろうかな、と思います。

変化のペースがどんどんと加速していく現代でありますが、速すぎる流れや強烈に心を刺激する情報に身を任せるのではなく、そこから一歩離れて、慌てずゆっくりゆったりと、スローな生活を心がけるのが、仏教的な生き方であると言えるのでしょうね。
Tweet

一生バカやって生きてくぞ!

本日は何の日かと言いましたら、京都×メリシャカナイツ最終夜の前夜であり、
なにより私チスイの誕生日です。

いよいよ京都×メリシャカナイツも(一応の?)終わりです。



思えば、イベント初心者ということもあって色々ありました。
最初は5回続けられるかどうか本当に分からなかったですし、毎回お客さんが
入るかどうか心配でした。プロデューサーのアサノさんから言わせたら
チスイは超が付くほどポジティブらしいですが、決してそんなことはございません。
(正直第5夜も心配。皆急にインフルエンザにかかったらどうしようかと)

しかし、メリシャカナイツを始めて結ばれた御縁は、僕にとっては本当に大きかった。
まず、尊敬する最前線で活躍されている先生にお出でいただいたこと。
お会いできて、狭い空間で色々とお話を聞かせていただいたのは贅沢でしたよ。

そして、直接的ではないですが、メリシャカナイツを通じて築地本願寺ライブ
「他力本願でいこう!2009」にて法話させていただいたこと!
ASA-CHANG&巡礼さん 大友良英さん Tiger Fake Fur(川本真琴)さん BAN BAN BAZARさん
コーヒーカラーさん キウイとパパイヤ、マンゴーズさんという 凄いアーティストの方々の
間に法話をさせていただきました。一生の思い出ですよ。

お寺で音楽を聴いて楽しみ、今回は法話も聞いて楽しんでもらいたかったのです。
非力ですが、法話もいいもんじゃなみたいに思ってもらえたら嬉しいのです。

よくこのような意見があります。

「お寺はお経や、法話を聞く場所であって、音楽はしないほうが良い。
それは専門外だ」
僕はそうは思いません。お寺は何をしても良いと思いますし、お寺という空間は
ライブハウスには出せないような音楽との相性の良さがあるからです。

しかし、「じゃあ、お経や法話はせずに、音楽や落語や娯楽だけをしたら良いじゃないか」
と言うのは違うと思うのです。

今回、他力本願でいこう!に法話で参加させていただき、改めて
若い方も法話を楽しんで聞いてくれている!
と思ったのです。お寺でお坊さんが必死に何かを伝えようとしている、それは
聞いてみたいことじゃないかなと、改めてそう思ったのです。

そして、音楽と法話は意外とマッチするなーと。

9月12日には、メリシャカのドン、としさんのお寺で「お寺座」というイベントがあります。
(ミクシィhttp://mixi.jp/view_community.pl?id=965009)
これもまた、音楽、法話、お経、そしてアートまでもが混然一体となって楽しませてくれる
素晴らしいイベントです。
ここでも、としさんとメリシャカメンバーのケンユウさんが法話を担当されます。

10月10日には、福岡で「エンのエン」というイベントが行われます。ここでは、アサノさんやチスイと同職コウノウラ君が、ノイズ音楽とともに「法話」をするというスサマジイ内容になっています。

「一生、バカやって生きていくぞ!」

先日、OTODAMA09という大阪の野外フェスに行った時、トリを飾った筋肉少女帯の大槻ケンヂが叫んだ言葉です。敬愛するオーケンの一言にめちゃめちゃ感動しました。僕もずっと思っていました。
大人になっても、楽しくて、一生懸命バカができるのが良いなと。今、それはフェスというお祭りで若者はやっているんじゃないでしょうか。

お寺で音楽と、法話で、一生バカをやって、皆で楽しんで幸せを感じて生きたいです!
明日の京都×メリシャカナイツ最終夜、どうぞお出で下さい!
Tweet

仏法をあるじとし、世間を客人とせよ

仏声人語のバナー

タイトルは、蓮如さまのお言葉です。

普通の会社で働き、お寺で暮らしているわけではない私にとって、
いつも心にある言葉のひとつです。


仏法を主人とし、世間を客人とするということは、
「仏法を中心として世間を生きよ」という意味で、
ともすれば、真逆の生き方をしてしまいがちな私を戒めてくれます。

真逆の生き方とは、この世をうまく生きるための手段として
仏法を利用しようとするものであり、念仏を我欲を達成する手段とみなす生き方。

仏教を、何かよそのもの、非日常のもの、特別なものととらえてしまって、
自分の日常には関係ないととらえたり、自己中心的な考えになってしまったり、
そういう生き方も、真逆の生き方と言えるのかもしれません。


今、健康についてとても関心が高くなっていますよね。
メタボ健診が取り入れられたり、健康食品が人気だったり。
エコだロハスだ、マクロビだ、トクホだ、と。

それは、一体何のためなんだろう。。

もしもそれが単に、長生きしたい、病気になりたくない、
だって、もっともっとあれもしたいしこれもしたいんだもん、
お金もかけたくないし、年も取りたくない、キレイって言われたい、
若いって言われたい、人にみせびらかしたい…

自分の欲望を満たすだけのために、健康でありたいんだろうか?
健康ブームのそこが、すごく、疑問でした。


でも、最近やっとたどりついた結論。
健康に気を使うということは、もらったいのちを大事にすることなんだな。

いのちを、自分のものだと思えば、固執する。
死にたくない、長生きしたい、健康でいたい。
他人によく思われたい、人に見せびらかしたい。
ってね。

だけど、私のいのちは私のものじゃないですよね。
ずーーーーーーーーーーっと前から引き継がれてきて、
今、私という形をとっている、っていうか。。
で、もしかしたら未来にも引き継がれていくかもしれない、いのちなんですよね。

だからさ、預かったものを大事にする、みたいな感じなのですね。

なるべく身体に悪いものは摂らないでおこうとか。
身体が喜ぶものを食べようとか。
心がくたびれてしまうようなことはやめとこうとか。

決して、自分の欲望を満たすだけのためではない、健康への気の遣い方って、
確かにあるなぁ。

たぶんそれが、小さな「仏法をあるじとし、世間を客人とせよ」なんじゃないかなぁ。と。

いつも飲むビールを、糖質OFFのタイプに変えた、最近の私です。
Tweet
TWITTER+SHAKAMUSIC
新しい記事
月別アーカイブス
エディター
とし


お問い合わせ
メルアド.gif