お坊さんに聞いてみよう13(メリシャカメンバーのこたえ:ケンユウ)

 

・若者に負けてしまいそうです。若さとは何でしょうか?(PNしのっこ)


「若さ」ってなんだろう?と考えてみましたが、いろんな言い方ができますよね。例えば、「勢い」という言葉でも表せますが、裏を返せば、「経験がたりない」からこその「勢い」とも言えるかもしれません。年齢を重ねるということは、それだけ経験を重ねることであると思います。その積み重ねた経験によって、時に応じて、機に応じて、より慎重で、適切な判断を行うことが可能となってくる。それが一つの年齢を重ねることの強みであると思います。


けれど、その経験も、時代が移り変わるに従って価値がかわってしまうことがあります。自分にとっては有意義なものでも、若い人からみれば、時代遅れに感じられるものです。そのことを忘れてしまうと、「ワシの若い頃は…」という自分の価値観を押し付ける、若者にとっては少し距離を置きたい先輩になってしまったり、世代間の価値観のギャップに繋がります。ですから、そのことを頭の片隅に置いておくとともに、若者に「勝つ・負ける」と張りあっていくのではなく、席を次の人に譲るというようなイメージを持つのが良いのではないかと思います。


年齢を重ねた人も、過去には若者であり、今の若い人も、将来は次の世代に譲っていかねばならない時がやってきます。まさに「諸行無常」ですね。ですから、流れに逆らったり、握ったものを強く握りしめて「若さ」や「勝ち負け」にとらわれてしまいますと、却ってご自身の「今」を楽しめなくなってしまうかもしれません。ほんの少し力を緩めて、流れのままに身をまかせると、「若い人に勝たなければ!」と張り詰めていた気持ちも楽になって、ご自身の「今」を満喫できるのではないでしょうか。



・お坊さんも不安とか悩みとか持ってはるんですか?一般の人がよく悩んでいること(仕事、人間関係、将来のこと、恋愛とか)で同じように悩んだりすることはありますか?(PN真央)


悩み事。ありますあります。お寺のこと、少子高齢化の地域の将来や、自分の将来、これからのお寺の在り方や、人間関係に恋愛の悩みも、ぜーんぶ抱えて私は生きています。でもそれは、仏教を開かれた、お釈迦様が、私たち人間は、そういう苦しみを抱えて生きなければならない生き物である、ということを2500年以上前に、教えてくれているんです。お釈迦様が教えてくださった、私たちが抱える苦悩を「四苦八苦」と言います。この言葉は、見聞きしたことがあるかもしれませんね。


まず「四苦」というのは「生・老・病・死」の四つです。「老・病・死」の3つは、説明するまでもなく、私たち人間のいのちや存在を脅かすものへの恐怖からくる苦悩です。「生」が苦しみである、というのにはいろいろな考え方があるのですが、例えば、お母さんのお腹の中から生まれてくる、その時が大変な苦しみであるという説や、自分で生まれてくる場所や環境、境遇を思い通りに選べない、という苦悩、あるいはこの世界は「苦しみの世界」であるので、そこに生まれてくることが苦しみである、という考え方など、「生きる」ということよりも人として「生まれる」事自体が苦しみである、という事です。これを「四苦」といいます。


そしてもう4つ、愛しい人・大事な人とも別れていかなければならない苦悩「愛別離苦(あいべつりく)」、嫌な人とも出会ったり、一緒に過ごさなければならない「怨憎会苦(おんぞうえく)、欲しい物が手に入らない、物事が自分の思い通りにならない「求不得苦(ぐふとっく)」、身体で感じることや心の作用によって生じる「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」という苦悩があります。この4つと先程の「四苦」を合わせて八つの苦しみがあることから、「四苦八苦」といいます。


どうでしょうか?私たちが抱える悩みというのは、ほとんどがこの8つの苦悩で分類することができると思います。例えば仕事の悩みであれば、人間関係や自分の思い通りにことが運ばないことからくるものでしょうから、「求不得苦」と「怨憎会苦」の合わせ技です。恋愛の悩みも「求不得苦」や「愛別離苦」からくるものでしょう。私たちの人生には嬉しいことや楽しいこともありますが、それはずっとは続きません。必ずこのような苦悩に出会い続けなければならないのが、人生である。「一切皆苦」であると、お釈迦様は私たちに教えてくださいました。なぜお釈迦様がそんなことを教えてくださったかといえば、それはお釈迦様自身が、このような苦しみを抱える存在であったからです。この苦悩を解決する道として、お釈迦様は仏教として私たちにひらいてくださったのです。これらの苦しみを解決する。そのためにはまず、この私は苦悩的存在であるということを見つめなければなりません。


その逆に、なぜ自分がこんなに悩み苦しまなければならないのか?と思ってしまうと、かえって苦悩を深めてしまいます。自分を完璧な存在、特別な存在と誤解してしまうところに、全ての苦悩の根源があるのです。自分が悩み深い存在であるというところが仏教のスタートですから、お坊さんはそのことをちゃーんとわかっているはずです。ですから、お坊さんは苦悩にとっても敏感で、どんなお坊さんも、いろんな苦悩にぶつかっておられると思いますよ。 
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