秋の夜長
石橋をたたいて渡る ということわざ。
堅固に見える石橋でも、なお、安全を確かめてから渡る。用心の上にも用心深く物事を行うことのたとえ。ですが、
みなさんは、自分の目的地に行こうとした場合、どんな橋をどんな方法で進むタイプですか?
私は、石橋は叩かないタイプです。石橋なら大丈夫だろうと思って、渡っちゃいます…
橋が壊れてしまったら、道なきところに道を作って歩くのも、たぶん楽しいと思います。
石橋を叩きすぎて壊してしまうタイプ。
石橋にたどりつくルートばっかり調べて、実際に橋を見ないタイプ。
石橋の素材やうんちくを語りながら渡るタイプ。
あえて、石橋は渡らず、壊れそうな吊り橋を選ぶ人もいるかも。
考えてみたら、面白いなぁ。
しかし、問題はその目的地。
私たちの目的地は最終的にどこにあるのかなぁ。
そこに至るまでにどんな道が開けているのかなぁ。
自分のことばっかり考えて、他人のことを蹴散らして、気がついたらたったひとりで橋の上。
それはちょっとさびしいな。
自分の居心地をよくするのは、結局自分だから。
居心地がいいのは、やっぱりひととひととの間にいるときだから。
月影の いたらぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ
浄土宗の開祖法然上人は、このようなうたを読まれたそうです。
月の光が届かないところはないように、仏の教えも平等に降り注いでいるけれど、月を眺めた人だけがその光に気づくように、仏の教えもそうと気づくことが大事、という意味(私訳です)といただきたいですね。
気付かないところで、私の身にかけられている願いや思いに、気付かずに過ごしている。
石橋を建ててくれた人がいる。障害物をどけてくれた人がいる。
そっと背中を押してくれた人がいる。目的地で待っていてくれるものがある。
そんなことを考える秋の夜長。たまには静かに月の光を浴びてわが身を顧みるのもいいですね。
堅固に見える石橋でも、なお、安全を確かめてから渡る。用心の上にも用心深く物事を行うことのたとえ。ですが、
みなさんは、自分の目的地に行こうとした場合、どんな橋をどんな方法で進むタイプですか?
私は、石橋は叩かないタイプです。石橋なら大丈夫だろうと思って、渡っちゃいます…
橋が壊れてしまったら、道なきところに道を作って歩くのも、たぶん楽しいと思います。
石橋を叩きすぎて壊してしまうタイプ。
石橋にたどりつくルートばっかり調べて、実際に橋を見ないタイプ。
石橋の素材やうんちくを語りながら渡るタイプ。
あえて、石橋は渡らず、壊れそうな吊り橋を選ぶ人もいるかも。
考えてみたら、面白いなぁ。
しかし、問題はその目的地。
私たちの目的地は最終的にどこにあるのかなぁ。
そこに至るまでにどんな道が開けているのかなぁ。
自分のことばっかり考えて、他人のことを蹴散らして、気がついたらたったひとりで橋の上。
それはちょっとさびしいな。
自分の居心地をよくするのは、結局自分だから。
居心地がいいのは、やっぱりひととひととの間にいるときだから。
月影の いたらぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ
浄土宗の開祖法然上人は、このようなうたを読まれたそうです。
月の光が届かないところはないように、仏の教えも平等に降り注いでいるけれど、月を眺めた人だけがその光に気づくように、仏の教えもそうと気づくことが大事、という意味(私訳です)といただきたいですね。
気付かないところで、私の身にかけられている願いや思いに、気付かずに過ごしている。
石橋を建ててくれた人がいる。障害物をどけてくれた人がいる。
そっと背中を押してくれた人がいる。目的地で待っていてくれるものがある。
そんなことを考える秋の夜長。たまには静かに月の光を浴びてわが身を顧みるのもいいですね。





