勝手に仏像紹介 その5
ども、ケンユウです。
だいぶ更新が滞っておりましたが、久しぶりに仏像、紹介させていただきます。
今回紹介させていただきますのは、9月21日まで、東京は上野にあります、東京国立博物館にて公開されておりました、運慶作といわれている「大日如来坐像」です。
一時は、ニューヨークのオークションにかけられ、海外流出も危ぶまれたのですが、某宗教団体が、約12億円と言う膨大な金額にて落札した、ということでも話題になった、あの仏像です。公開されると知って、見たい見たい、と思っていたのですが、ようやく東京に行く機会に恵まれ、生で見ることが出来ました。
博物館・本館に入りますと、ちょうど、六波羅蜜寺の仏像の企画展(現在は終了)も行なわれており、地蔵菩薩坐像に地蔵菩薩立像、四天王の持国天と増長天などがおられ、その奥の部屋に、目指す「大日如来坐像」が展示されていました。
その「大日如来坐像」、実際に見てみると思ったほどの大きさではありません。1mあるかないか。坐像ということもあってか、迫力や威圧感のような物を感じることはありませんが、柔らかい後光がさしているかのような存在感がありました。
運慶と言えば、東大寺南大門の金剛力士像のような、仰々しいポーズに、力強い肉体を持った作品が思い浮かべられるのですが、それとは対照的に、静かで優しく、凛とした佇まい。
しかしそのお姿は、衣のヒダから、智拳印(※)を結ぶ指先、そしてその表情まで、とことんまで写実性を追求した様子が見て取れ、まさに傑作と呼ぶに値するお姿。
最も特徴的だな、と感じたのは、その大日如来のヘアースタイルでしょうか。如来像のほとんどは、螺髪(らほつ)と呼ばれる小さく巻いた髪の束がいくつも並んだ、パンチパーマのような髪形をしており、大日如来だけは、女性のお団子ヘアーのように、ストレートヘアーを頭の上で束ねた、髻(もとどり)と呼ばれるスタイルで、その髻を覆うように頭の上に帽子状の冠をのせていることが多いのですが、この「大日如来坐像」は冠を載せるのではなく、額にシンプルな輪っか状の冠をつけ、髻を露出したお姿。これは、他にあまり見られないように思います。
それもあってか、仏さまの像でありながら、実在の人間であるかのようなリアルさすら、感じられました。
またその「大日如来坐像」の隣には、栃木県足利市にある光得寺と言うお寺の、運慶作と伝えられている大日如来も展示してあったのですが、大きさこそかなり小さくなってはいるものの、そのお姿は瓜二つで、件の「大日如来坐像」と関わりのある、つまりは運慶作、と言うことを裏付ける仏像ではないか、ということでした。
現在、その二体の大日如来の展示も終了してしまったので、その尊いお姿を拝見させていただくことはできないのが残念ですが、おそらくまた、展示される機会もあろうかと思いますので、その時は是非、足を運ばれると良いかと思います。
写真でもいいからお姿を見たい、と言う方は、コチラかコチラでどうぞ。
だいぶ更新が滞っておりましたが、久しぶりに仏像、紹介させていただきます。
今回紹介させていただきますのは、9月21日まで、東京は上野にあります、東京国立博物館にて公開されておりました、運慶作といわれている「大日如来坐像」です。
一時は、ニューヨークのオークションにかけられ、海外流出も危ぶまれたのですが、某宗教団体が、約12億円と言う膨大な金額にて落札した、ということでも話題になった、あの仏像です。公開されると知って、見たい見たい、と思っていたのですが、ようやく東京に行く機会に恵まれ、生で見ることが出来ました。
博物館・本館に入りますと、ちょうど、六波羅蜜寺の仏像の企画展(現在は終了)も行なわれており、地蔵菩薩坐像に地蔵菩薩立像、四天王の持国天と増長天などがおられ、その奥の部屋に、目指す「大日如来坐像」が展示されていました。
その「大日如来坐像」、実際に見てみると思ったほどの大きさではありません。1mあるかないか。坐像ということもあってか、迫力や威圧感のような物を感じることはありませんが、柔らかい後光がさしているかのような存在感がありました。
運慶と言えば、東大寺南大門の金剛力士像のような、仰々しいポーズに、力強い肉体を持った作品が思い浮かべられるのですが、それとは対照的に、静かで優しく、凛とした佇まい。
しかしそのお姿は、衣のヒダから、智拳印(※)を結ぶ指先、そしてその表情まで、とことんまで写実性を追求した様子が見て取れ、まさに傑作と呼ぶに値するお姿。
最も特徴的だな、と感じたのは、その大日如来のヘアースタイルでしょうか。如来像のほとんどは、螺髪(らほつ)と呼ばれる小さく巻いた髪の束がいくつも並んだ、パンチパーマのような髪形をしており、大日如来だけは、女性のお団子ヘアーのように、ストレートヘアーを頭の上で束ねた、髻(もとどり)と呼ばれるスタイルで、その髻を覆うように頭の上に帽子状の冠をのせていることが多いのですが、この「大日如来坐像」は冠を載せるのではなく、額にシンプルな輪っか状の冠をつけ、髻を露出したお姿。これは、他にあまり見られないように思います。
それもあってか、仏さまの像でありながら、実在の人間であるかのようなリアルさすら、感じられました。
またその「大日如来坐像」の隣には、栃木県足利市にある光得寺と言うお寺の、運慶作と伝えられている大日如来も展示してあったのですが、大きさこそかなり小さくなってはいるものの、そのお姿は瓜二つで、件の「大日如来坐像」と関わりのある、つまりは運慶作、と言うことを裏付ける仏像ではないか、ということでした。
現在、その二体の大日如来の展示も終了してしまったので、その尊いお姿を拝見させていただくことはできないのが残念ですが、おそらくまた、展示される機会もあろうかと思いますので、その時は是非、足を運ばれると良いかと思います。
写真でもいいからお姿を見たい、と言う方は、コチラかコチラでどうぞ。
(※)仏像マメ知識
仏(如来)が両手で示しているハンドジェスチャーを、印とか印相とか手印と呼ぶのですが、仏さまによって、様々な違いがあります。今回は、そのうち主な物をご紹介。
○智拳印(ちけんいん)
大日如来の印相。左手の人差し指を伸ばし、右手の指でそれを包み込むようにし、左手の人差し指の先に、右手の親指をつけた形。大日如来の智慧を表す。
○施無畏・与願印(せむい・よがんいん)
釈迦如来の印相の一つ。右手を挙げ、掌を前に向けるのを施無為印と言い、左手を下げ、同じく掌を前の向けるのを与願印と呼び、この二つを合わせた印相。
意味は、字の通りで、人々に対し、畏れなくても良いですよ、と安心を与え、仏の道を歩ませたいと言う願いをかける姿を表したもの。
阿弥陀如来にも、この印を結ぶ物もあり、薬師如来は、左手にさらに薬壷を乗せる事が多い。
○説法印(せっぽういん)
両手を胸の前まで挙げ、親指と他の指で輪を作る印相。釈迦如来が、初めて法を説いた時にいろんな手振りを交えて説き、その中で真理を説く際にこの説法印を結んだと言われる事から来る印相。転法輪印とも言う。
○禅定印(ぜんじょういん)
定印とも呼び、坐像の仏様によく見られる印相で、瞑想している姿を表すもの。両手をおなかの前に置き、左手の上に右手を乗せ、親指同士をくっつけて、大きな輪を作る。
○来迎印(らいごういん)・摂取不捨印(せっしゅふしゃいん)
阿弥陀仏の印相。施無畏・与願印のように、右手を挙げ、左手を下げ、掌を前に向けると共に、両手の親指と人差し指で輪を作った形。一般には阿弥陀如来が極楽浄土から迎えに来る時の印相とされますが、浄土真宗に於いては、摂取不捨、人々を収め取って決して捨てない=必ず救う、と言う願いを表すお姿とされ、摂取不捨印とも呼ぶ。
と、他にもいろいろとあるのですが、このくらいで。言葉で手の形を説明するのは難しいのですが、実際に仏像を見られる時に、どんな手の形をしているのかを見る時に、参考にしていただければと思います。
仏(如来)が両手で示しているハンドジェスチャーを、印とか印相とか手印と呼ぶのですが、仏さまによって、様々な違いがあります。今回は、そのうち主な物をご紹介。
○智拳印(ちけんいん)
大日如来の印相。左手の人差し指を伸ばし、右手の指でそれを包み込むようにし、左手の人差し指の先に、右手の親指をつけた形。大日如来の智慧を表す。
○施無畏・与願印(せむい・よがんいん)
釈迦如来の印相の一つ。右手を挙げ、掌を前に向けるのを施無為印と言い、左手を下げ、同じく掌を前の向けるのを与願印と呼び、この二つを合わせた印相。
意味は、字の通りで、人々に対し、畏れなくても良いですよ、と安心を与え、仏の道を歩ませたいと言う願いをかける姿を表したもの。
阿弥陀如来にも、この印を結ぶ物もあり、薬師如来は、左手にさらに薬壷を乗せる事が多い。
○説法印(せっぽういん)
両手を胸の前まで挙げ、親指と他の指で輪を作る印相。釈迦如来が、初めて法を説いた時にいろんな手振りを交えて説き、その中で真理を説く際にこの説法印を結んだと言われる事から来る印相。転法輪印とも言う。
○禅定印(ぜんじょういん)
定印とも呼び、坐像の仏様によく見られる印相で、瞑想している姿を表すもの。両手をおなかの前に置き、左手の上に右手を乗せ、親指同士をくっつけて、大きな輪を作る。
○来迎印(らいごういん)・摂取不捨印(せっしゅふしゃいん)
阿弥陀仏の印相。施無畏・与願印のように、右手を挙げ、左手を下げ、掌を前に向けると共に、両手の親指と人差し指で輪を作った形。一般には阿弥陀如来が極楽浄土から迎えに来る時の印相とされますが、浄土真宗に於いては、摂取不捨、人々を収め取って決して捨てない=必ず救う、と言う願いを表すお姿とされ、摂取不捨印とも呼ぶ。
と、他にもいろいろとあるのですが、このくらいで。言葉で手の形を説明するのは難しいのですが、実際に仏像を見られる時に、どんな手の形をしているのかを見る時に、参考にしていただければと思います。





