直葬とは?
- 2009年05月27日(水) 文:tatsuya
- 仏声人語
- comments(2)

直葬という言葉をご存じですか。
私は数年前に葬儀に関するシンポジウムで初めて聞きました。
直葬とは、葬儀をしないでそのまま火葬場へ直行する亡き人のおくり方である。
先日のNHKテレビのある番組で「増える直葬その背景をさぐる」という番組が放映された。
そこでは、4人に1人が直葬というおくり方をしている現状が報告された。
この直葬は以前は経済的困窮者が主だったが、社会的に認知されてきているという。
直葬を選ぶ理由(NHK番組より)
_搬欧北堆任鬚けたくない
→金銭的(葬儀費用直葬20万円前後 一般葬儀150万円前後)
∋劼匹發篆汎發いない
自分の価値観にあった葬儀
さまざまな理由があるが、なぜか直葬なのだろうか?
私見を述べれば、葬儀の意味合いが見えなくなっており、また核家族化の中で、他人に迷惑をかけたくないという気持ちが強いのではないかと思う。
「村八分」という言葉が表すように、昔はあらゆる行事を村ぐるみで行っていた。
「いってきます」と家を出れば「どこへ行くの」という近所のおばちゃんの声が聞こえてきた。
そんな近所の人たちに育てられてきた。なので、死ぬ時も一緒。
町の人が力を合わせて通夜・葬儀を執り行った。
迷惑をかけずには生きていけないことをみんな知っていたのだ。
それが核家族化になり、しかも社会でのつながりが希薄になっていく中で、
迷惑をかけたくないという気持ちが強まってきたのかも知れない。
あと、葬儀が儀式化してしまった側面がある。
本願寺ブックレットには浄土真宗の葬儀の意味合いについて以下のように述べられている。
・・・・・・・・・・
葬儀とは、不思議な縁によってであい、ふれあった人とのこの世でのご縁が尽き、人生最後のお別れをする儀式です。亡き人を縁として、改めて、生かされているいのちの尊さを知らされ、かけがえのない人生を大切に生きる心を教えられる時であり場であります。古くから、浄土真宗の葬儀では死を「生死無常の知らせ」として亡き人を偲び、『正信偈』が読まれ、「葬儀から中陰」を通して、お念仏の教えに出遇う仏縁とされてきました。
一体「葬儀」は誰のために、何のために行うのでしょうか。人が死ぬということは、遺族にとっては、その人との永遠の別れを意味します。死者に対する「追慕の思い」と、死者に対する「礼を尽くす」「供養する」という気持ちからの現れといえるでしょう。しかし、葬儀本来の意味を問うことがなければ、葬儀は単なる死者への形だけの儀礼に終始し、形骸化してしまいます。
・・・・・・・・・・・ブックレット基幹運動11真宗の葬儀より
上記で指摘する通り、葬儀の本来の意味を問うことなく、形だけに終始した結果が形骸化を招いているのではないかと思われる。
葬儀とは、亡き人との別れを通して、私が生かされているいのちの尊さを知らされ、かけがいのない人生を大切に生きる心を教えられる瞬間であります。なにより、亡き人を通して、念仏の教えが伝えられていく時でもあります。
忘れてはならないこと、私はオクリビトであると同時に、オクラレビトでもある(O先生のお言葉)。
ただ単に直葬を批判するのは簡単だが、私にとって葬儀とは?を考える大切な時であるように思う。
コメント
- まさと
- 2009/06/05 11:32 PM
まさと様
コメント有り難う御座います。
「おくりばな」初めて聞きました。
しかも、日比谷花壇さんではないですか。そういう時流なのでしょうか。
こういう時は、直葬がいい・悪いの議論になりがちですが、葬儀の意味合いをしっかりと自分自身が確かめていくことが大切だなぁと、改めて教えられます。
コメント有り難う御座います。
「おくりばな」初めて聞きました。
しかも、日比谷花壇さんではないですか。そういう時流なのでしょうか。
こういう時は、直葬がいい・悪いの議論になりがちですが、葬儀の意味合いをしっかりと自分自身が確かめていくことが大切だなぁと、改めて教えられます。
- tatsuya
- 2009/06/06 9:23 PM






おくりばなだそうです
http://www.hibiya-lsp.com/okuribana/