親という痛み
- 2009年10月09日(金) 文:チスイ
- 仏声人語
- comments(2)

最近、感動することがありました。
今まで生まれてきて一番の感動かもしれない。
10月3日午前8時12分、2908gで娘が誕生したのです。
その瞬間に立ち会うことができました。
赤ちゃんが泣き声をあげた瞬間、連れ合いも、僕も、連れ合いのお母さんも泣いてしまいました。
その瞬間を僕は生涯忘れないだろうと思います。
凡そ7時間の分娩は物凄い濃密な時間でした。連れ合いは本当によく頑張ってくれました。連れ合いに対する見方が今までと変わったと思います。凄いなと。そして有難うと。
また、世の中の母親の凄さを改めて思うのです。自分もこうして生まれてきたのかと思いました。
親というのは「痛み」を伴うものでした。親であるだけで感じる「痛み」があるのではないかと。
母親は子どもがお腹にいる間、前半はツワリで痛みを感じ、中盤はお腹を蹴られたり、張ったりして感じ、出産にあたっては陣痛の痛みを感じます。帝王切開に至っては切腹の痛みです。
僕は立ち会いはしましたが、何もすることができませんでした。ただ立ち尽くし状況を見守るだけでした。
助産師さんたちと途中「結局オリンピックは日本にならなかったですね。どこです?え?リオ」とか話しました。後で突っ込まれました。
生まれたら生まれたで、お母さんは夜寝られないから寝不足だし、赤ちゃんの体調に一喜一憂します。体力も精神力も削ぎ取られてしまう。赤ちゃんにやる母乳の為に、胸が張る痛みもあるのでしょう。
親は「痛み」を伴うのです。子の痛みが、そのまま自分の痛みと見ていくから、どうにも、やりきれない程に切ない痛みを感じずにはおられないのでしょう。sakullaさんの日記にも見られます。
赤ちゃんはそのことを覚えてはいない。実際、僕は自分が赤ちゃんの頃の記憶はないのです。
「親の心、子知らず」そのものです。
ところで、浄土真宗では阿弥陀さまのことを「親様」と呼ぶ歴史があります。真実の親様は阿弥陀さまだよと言われます。
阿弥陀さまとはあらゆるいのちを、「我が一人子」として見て下さる存在です。そこにはどれ程の痛みが伴われたのだろうか。
娘に生まれてきてくれてありがとうと言いたいです。子どもと親の年齢は同い年という。関係性として、僕はあなたによって親とならせていただいたのです。
ともに成長していきたいとつとに思う。ともに阿弥陀様の一人子として。
そして、プロフィール更新。
コメント
- maka
- 2009/10/10 8:15 PM
makaさん、有難うございます。
早速喜びを法話で話したりしています。
布教使の性でしょうか。
しかし、リアルタイムの話はブレたりしてなかなか上手くできません。
親心子知らずです。
あ、メリシャカLIVEの特設サイトアップしました。
ご覧になって、また感想を頂けたらありがたいです!
早速喜びを法話で話したりしています。
布教使の性でしょうか。
しかし、リアルタイムの話はブレたりしてなかなか上手くできません。
親心子知らずです。
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- チスイ
- 2009/10/11 7:58 PM






親になると体験にもとづく法話のレパートリーが増えていいなぁ、なんて事をついつい考えてしまう私です。
でも色んなこと体験できるってホントにありがたいことだよね。
とにかく、おめでとう。