「お得度ですか?」

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先日、電車に乗っていると、私が子連れだったものだから席を譲ってくださった方があった。
大きな荷物を持っていた中年女性。
とてもありがたいタイミングだったので、好意に感謝。。

その人は荷物からレジュメを出して、読み始められた。
その本「得度習礼」の冊子だった。

ああ、この方はこれからお得度に行かれるのだな〜と思って、自分のときを懐かしく思い出しもした。

私が得度をして僧籍をいただいたのは平成13年のことである。
携帯も預けなければならず、テレビもなく新聞や週刊誌もない。
俗世間から一切を離れた生活をしなければならないのだが、私のときは例外だった。

9・11事件が起きたのだ。

だから、朝の講話のときだっただろうか。
「異例のことだが」と前置きをして講師の先生が、テロ事件のことを話してくださったのだった。

これから戦争になるかもしれない、こんな世界の始まりのときに僧侶としてどう生きていくか、しっかり考えてほしい。
そういわれた記憶が鮮明である。


ところで、私は当時、違和感を感じていたことがある。
「お得度ですか?」と聞かれて「はい」と言うと、相手はこう言ってくれるのだ。

「それはおめでとうございます」

・・・得度は、めでたいことなんだろうか?
それなりに覚悟を決めて得度を迎えた私にとって、それは必ずしも“めでたいこと”ではなかったので、とっても居心地の悪い思いをしたものである。

でも、今ならこう思う。
得度をするということは、新しく生まれ変わるということだ。
誰かの子どもだったり、誰かの親だったり、どこかの一員であったりというような俗世間のつながりとは全く別の、「仏弟子」という、仏と己のまっすぐな絆で結ばれた新しい生き方をするということだ。

それはやはり、新しい生を受けることであり、生まれ変わるということであるので、だからこその「おめでとう」なのだ。
私が、その心にどんなにちっぽけな決意をしても、大して問題ではなかったのである。


得度を終えたときのすがすがしい気持ちを思い出した。
席を譲ってくださった女性に、「お得度ですか」と声をかけたら驚かれた。
いぶかしげに「はい」と言われたので、「あ、私も7年前に…」と答えた。
そのあと私は、「おめでとうございます」と言いかけたのだが、その方に「それは御苦労さまです」と言われてしまった。

それで、私はおめでとうございます、が言えなくなってしまった。
得度は、御苦労さまなことだろうか…と考えてしまったのだ。苦笑。

それで、「寒くなるようですから、お気をつけて」と言って電車を降りたのだった。

うーん。振り出しに、戻る。である。
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