傲慢な不安

bussei

sakullaの出産記録・エピソード5。


NICUは新生児集中治療室を意味する。

出生直後、もしくは出生してから退院までの間に、なんらかの深刻な問題が生じている赤ちゃんが運び込まれる場所。
私の場合、初産だったことから万が一のことを考え、近くの大学病院に定期健診・分娩予約をしていたのだが、結果万が一が起こり、赤ちゃんは病院内のNICUに即入院することができた。
しかし、個人病院やNICUがない病院での出産で問題があった場合には、赤ちゃんだけが他の病院へと緊急搬送されることになる。

NICUへの面会は両親と祖父母に限られている。
赤ちゃんの兄弟はもちろん、その他の親戚・友人の入室は禁止。
そして祖父母もまた、赤ちゃんのそばに近寄ることは禁止されており、ガラスを隔てた廊下から、窓越しの対面のみを1日1時間の間だけ許されている。
すべては免疫力のほとんどない赤ちゃんへの感染を防ぐためだ。

その代わり、両親の面会は24時間いつでも許可されている。
病院が家から車で5分程度の距離にあることもあり、毎日昼過ぎに面会に通っていたが、急に不安になって、深夜0時を回ってから会いにいったこともあった。
面会名簿を見ると、ある赤ちゃんの父親が出勤前の朝7時に毎日来ていたのが印象的だった。

指輪・時計などの貴金属はすべて外し、消毒液で肘まで入念に洗って滅菌水で流し、マスクをしてようやくNICU内に入ることができる。
室内は静かなイメージだったが、そうではない。
赤ちゃんの鳴き声や機器のアラームで、BGMに流れているオルゴールのメロディがよく聞こえないほど騒がしいときもあった。

人間の臓器で最後にできるのは肺。
それゆえ未熟児の多くは自発呼吸が微弱で、人工呼吸器の助けを借りなければ呼吸ができない。
人工呼吸器のリズムに自発呼吸を合わせることで、体内の酸素量を満たしていく。
だが身動きして呼吸が乱れると、リズムがズレて酸素量が不足してしまい、アラームが鳴る。
自力で同調できないと、供給する酸素を増やしながら看護師が強制的に同調させる。
看護師が装置のボタンを押すと大量の空気が体内に送り込まれるため、小さな身体が大きく揺れる…その光景を毎日祈る気持ちで見続けていた。

人工呼吸器の他にも、心拍数や血圧を表示するモニターなど、保育器は様々な機器とつながっていて、その全てが赤ちゃんの命を支えている。
全国的に見ても、NICUは不足しており、病床もまた不足しているのは明白な現実。
だが、病床を増やすといっても、保育器だけを増やせば解決するわけではないことを、未熟児を産んで初めて知った。
限られたスペースには限られた電源しかなく、限られた機器しか設置することができない。
何より、小さな命を診ることのできる医師と看護師が圧倒的に不足している。
医師たちの忙しさは、こちらが心配するほどで、そこには新生児医療の現実があった。

退院の目処はだいたい出産予定日前後。
何事もなく家に帰れるケースもあれば、自発呼吸がうまくできないで在宅酸素になるケース、看護師に代わり親が薬を飲ませ続けるケース、その他リハビリが必要な場合は通院するケースもある。
一度退院すると、その後すぐ入院することになっても二度とNICUに入ることはできない。
その逆に、退院することができなければ、ずっとNICU内で入院し続けることになる。
我々がお世話になったNICUには、4・5歳の子供がいた。
身動きもせず眠ったままの子供、歩行器で歩き回る子供、固形物を食べられずチューブで栄養を注入される子供。
最初にその光景を見たとき、赤ちゃんしかいないはずの場所に子供がいることが理解できなかった。
そして、理解した瞬間に思った。

「ああなったら、どうしよう」

他人事ではないがゆえに生じる不安な思いは、他人事であるがゆえに相手の心を切り裂いていることに気がつかない。
今、こうして書いていられるのも、「ああならなかったから」に他ならないという傲慢さがあるということは確かな事実。

慢心もまた煩悩…これは戒めの記録だ。

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