おめでとう


今年最初の仏声人語。
本年もよろしくお願いいたしますということで、今回は出産記録をお休みして、今さらながらお正月に関する記事を書くことにする。

今から数年前のこと。
過去、このサイトでも登場した「アーユス」という仏教系NGO団体の知り合いの職員さんから、お正月号のリーフレットのコラムを書いて欲しいという依頼を受けた。
最初はイヤイヤながらではあったが、自分の書いたものがキチンとした形となって、誰かの手元に残っていることを思うと、良いご縁をいただいたと今では感謝している。
以下は、そのときのコラムの原案である。


「もういくつ寝ると……」
お正月というと、思い出す童謡がある。
だが、聞くところによると、来年を待ちわびることができるのが【若さ】なのだそうだ。
思えば、お正月を待ち遠しく感じることがなくなって、久しくなったような気がする。

いつまでも、変わらぬものはないように。
いつまでも、若いままではいられない。

けれど、その変化を恐れるのではなく、悲しむのでもなくて。
変わりゆくことができることを、喜ぶこともあるだろう。
その喜びが、今あることの尊さを、私に教えてくれる。
限りのない時の流れ、いのちの繋がり、あらゆるものの営みが、連綿と受け継がれてきた先に今がある。
そして、絶えることなく繰り返された変化の中で、こうして歳を重ねることのできる私が、今ここにいる。
来年を待ち焦がれる若さはなくとも、一歳一歳の重みを感じるようになることが老いならば、変わりゆくこともまた尊いこと。

数え年の習いによれば、歳を重ねるのは誕生日ではなく、年の初めとなっている。
そう考えると、新たな年の始まりに言う「おめでとう」が、少し違う意味合いに聞こえてはこないだろうか。

私一人のいのちではなく、すべてのいのちの尊さを、互いに確認し合うかのように、「おめでとう」と言い合いたい。
み仏に願われぬいのちなど、一つだってありはしないのだから。



恥ずかしながら、昔の方が文章のクオリティが高かったと、今書く文章を読み赤面する。
この原案を踏まえて、さらにチスイさんの仏声人語の「親という痛み」の一部をパクった法話を作り、先日お話をさせていただいたのだが…。
聞いてくださったご門徒さんに感想をたずねると、「75点」。
…チスイさん、すんません。
あなたが悪いのではなく、私の力不足です。
今年もまた精進の年になりそうだ。

だが、今こうして、そんなふうに思うことのできることこそが、本当にめでたいこと。
なので、あらためて申し上げよう。

「明けまして おめでとう」

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コメント
いえいえ!使ってくれて有難うございます。
75点って結構な高得点かと。
sakullaさんも布教使になられたらと!
最近僕もご法座でメリシャカのことよくお話しします。
今年も、阿弥陀様の邪魔をしないように、精一杯高みを目指して布教に精進していきたいです。
  • チスイ
  • 2010/01/17 8:07 PM








   
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