善人なおもて往生をとぐ―親鸞 わが心のアジャセ―

先日、広島で舞台があったので見に行った。それは親鸞聖人の750回目の法事を記念して行われた舞台で、2500年前のインドの話である。

2500年前!? それはちょうどおしゃかさまが生きておられた時代で、おしゃかさまの従兄弟ダイバダッタとマガダ国という国の家族をめぐる話である。


そのあらすじは以下の通り・・・リンク先探したけど、いいのが見つからないので、会場でもらったパンフレットをもとに書いておきます。

インドの大国、マガダ国のビンバシャラ王とイダイケ王妃は、子どもがいないことに悩んでいた。いろんな占い師に相談したところ、山で修行している仙人が3年後に死に、その生まれ変わりとして王子が生まれると予言される。


しかし、国王は3年が待ち切れず、仙人を殺してしまう。仙人は「王子に生まれ変わって王であるあなたを殺す」と言い残して命を終えた。その予言通りイダイケは懐妊するが、予告を恐れ、子どもをお城のベランダから落とし殺そうとする。

だが、子どもは手の小指を折っただけで奇跡的に助かり、国王夫妻は親の愛情に目覚め育て始める。その子どもである王子は「アジャセ」と名づけられ、両親の愛情を受けてすくすくと育っていく。

一方、釈尊を妬み、教団の統率者になろうと企んだダイバダッタは、成人したアジャセに言葉巧みに近づき、王子の出生の秘密を暴露する。釈尊に代って新しい指導者となろうという魂胆を持つダイバダッタは「あなたは父であるビンバシャラ王を殺して、新王となりなさい」とアジャセをそそのかします。

ダイバダッタから自分の出生の秘密を聞かされたアジャセは怒りのあまり、父ビンバシャラ王を牢獄に幽閉する。面会に来ていた母イダイケは密かに蜂蜜を渡していたので、幽閉していても亡くなることはなかった。それを知ったアジャセは母にも刃を向ける。ついにビンバシャラ王は牢獄の中で息絶えてしまう。

やがて父王に代って王座についたアジャセは後悔の念から全身に悪臭を放つ瘡(皮膚病の一種)ができ、不治の病になり苦しむ。地獄に堕ちることを確信し、恐れおののくアジャセは名医ギバの勧めに従い、釈尊のもとを訪ねる。そして、アジャセは「苦しむあなたが救われるまで、私も一緒だ」という釈尊の無条件の受容(慈悲のココロ)に出遇い、瘡が癒えていく。それでもまだアジャセはまだ自分の犯した罪報に囚われ、地獄に堕ちることを恐れ続ける。

釈尊の静かで深い慈悲のココロに満ちた言葉に触れたアジャセに変化が生じ始める。自分の罪過を悔い、地獄に堕ちることを恐れていたアジャセが「自ら地獄に堕ちることになっても、人々の悪心を破るために、これからは生きていきたい」と宣言する・・・。

王子アジャセが出生を知って両親を恨み、釈尊の教えに出遇うことによって自分の恨みから殺そうとした自分に気づいていくというアジャセの苦悩が切々と伝わってくる内容になっていた。

そのアジャセを川崎麻世さんが演じていて、普段TVで見る鬼嫁を持つダンナのイメージは微塵もなかった。
一言でいうと「迫力」。それしか表現できない。

舞台っていうものを初めて見て、昔のインドの話ではあるけど、この苦悩は決してアジャセだけのものではなく、身の回りにあることでもあるなーと思ったんです。
周りのことに惑わされて殺すとまではいかないにしても、真実をなかなか見ようとはせず、むしろ反対の方向へ進もうとしている・・・不真実だとは知らずに。
でも、そのことをも包み込む暖かい真実に出あうと、自然と頭が下がる思いになっていくんだな。そういう生き方をしていきたいな、と思った舞台でした。



数日前に友達に譲ってもらったチケット。舞台すぐ下の一番前でした。もうね、役者さんの息も聞こえるくらいの距離でしたよ。
特に川崎さんは目と鼻の先で一人でのセリフもあって、見入ってしまいました。衣装は王子をイメージしたスコットランドのキルトのようなスカート状のもので、細部にまでこだわっているかんじでした。

チケットを用意してくれた友達も、最後釈尊の教えを聞く僧侶の一人として出演してました。うらやまし〜。



どうでもいいことなんですけど、近すぎて川崎さんのすね毛の薄さにもびっくりでした。思わず「白っ」と言いそうなくらいに・・・。
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