不妊治療と仏教
- 2010年05月03日(月) 文:るる
- 仏声人語
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思い通りにならないのが人生、苦である。とお釈迦様が説かれた…そう何度も何度も聞いても、思い通りにならないことがあると心が乱れ、落ち込み、どうして私ばかりがこんなにつらい目にあうのか…と思い悩むのが、この私。。
みなさんは、不妊症といわれる症状のことをどのくらいご存知でしょうか。
みなさんは、不妊症といわれる症状のことをどのくらいご存知でしょうか。
結婚してすぐにでも子どもがほしいと願う場合、1年以内に自然妊娠するというのが、“普通”のようです。子どもがほしいと思っているのに、2年以上妊娠しない場合、「不妊症」とされ、治療が必要な場合があります。
不妊症にも、いくつもいくつも原因と症状があり、原因がはっきりしないまま子どもをあきらめてしまう方もいらっしゃいます。
そう、女性だけに不妊の原因があるわけではなく40%は男性に原因があるとも言われます。
私は、不妊症です。
不妊症にも、いくつもいくつも原因と症状があり、原因がはっきりしないまま子どもをあきらめてしまう方もいらっしゃいます。
そう、女性だけに不妊の原因があるわけではなく40%は男性に原因があるとも言われます。
私は、不妊症です。
ひとり子どもを授かりましたが、病院では奇跡とまで言われるくらいでした。
それも、ずっとずっと不妊治療を続けていて、もういいか…ちょっと治療は休もう…と思った矢先の妊娠でした。こういうことは、よくあることなのだそうです。つまり、不妊治療自体がストレスになっていて、それから解放された時に妊娠に至った、というわけ。
でも自分の力だけでは妊娠することができないため、治療は必要なのです。今、二人目を望んでいるために、治療をしているところです。
ジレンマです。
小さい赤ちゃんを抱いているお母さんを見るたび、妊婦さんを見るたび、それだけで泣いてしまったこともあります。
それも、ずっとずっと不妊治療を続けていて、もういいか…ちょっと治療は休もう…と思った矢先の妊娠でした。こういうことは、よくあることなのだそうです。つまり、不妊治療自体がストレスになっていて、それから解放された時に妊娠に至った、というわけ。
でも自分の力だけでは妊娠することができないため、治療は必要なのです。今、二人目を望んでいるために、治療をしているところです。
ジレンマです。
小さい赤ちゃんを抱いているお母さんを見るたび、妊婦さんを見るたび、それだけで泣いてしまったこともあります。
心底、うらやましいと思いました。
自分が女として欠陥人間であると、思っていました。
でも、不妊症の一番辛いこと、それは何だと思われますか?
自分が女として欠陥人間であると、思っていました。
でも、不妊症の一番辛いこと、それは何だと思われますか?
子どもを授からないこと、それはもちろんですが、実は、周りの人たちの言葉なんじゃないだろうかと思います。苦労なくして子どもを授かった場合や、最近よく聞かれるようになったできちゃった婚(授かり婚などという場合も)などの場合、不妊に悩む夫婦の心情には思い至らずに、軽く言ってしまうのです。
「早く子ども作りなよ」
「まだできないの?」
「若いうちに産まなきゃ」
「仕事ばっかりしないで子ども作ったほうがいい」
「うちはホントはいらなかったのにできちゃった」
「あなたにも早くできて、子どもが同級生になったらいいね」
「まだひとり?一人っ子はかわいそう」「二人目がんばらないといけないよ」
こういうのは、まだいいほうです。
ひどい場合には、
こういうのは、まだいいほうです。
ひどい場合には、
「それでも女なの?」
「ダンナとうまくいってないんじゃないの?」
「3人は育てないと人間として一人前とは言えない」
「3人は育てないと人間として一人前とは言えない」
心ない言葉にどれだけ傷つくか、想像していただけるでしょうか。
何気ない一言、軽い気持ちで言った一言、よかれと思って言った一言、悪気のない社交辞令。
こういったものが全てグサグサッと突き刺さるのです…
欲しくないわけじゃないんです。頑張ってないわけじゃないんです。
一番願っているのは、私たちなんです。
月に何度も時間の都合をつけて病院に通い、副作用のリスクを心配しながらも薬を飲み、注射を打ち、積み重なっていく医療費に頭を悩ませ、漢方やらサプリメントやらお茶やらを試し、痛い検査に耐え、保険がきかない高度な治療(体外・人工授精など)に進んでいく…
それでも毎月毎月、期待と落胆の繰り返し。
まさに出口の見えないトンネル、と言われる所以がそこにあります。
何気ない一言、軽い気持ちで言った一言、よかれと思って言った一言、悪気のない社交辞令。
こういったものが全てグサグサッと突き刺さるのです…
欲しくないわけじゃないんです。頑張ってないわけじゃないんです。
一番願っているのは、私たちなんです。
月に何度も時間の都合をつけて病院に通い、副作用のリスクを心配しながらも薬を飲み、注射を打ち、積み重なっていく医療費に頭を悩ませ、漢方やらサプリメントやらお茶やらを試し、痛い検査に耐え、保険がきかない高度な治療(体外・人工授精など)に進んでいく…
それでも毎月毎月、期待と落胆の繰り返し。
まさに出口の見えないトンネル、と言われる所以がそこにあります。
そして悲しいことに、友達の妊娠出産を素直に喜べない自分を発見してしまうのです。
おめでとう、という言葉が、すんなり出てこない…
そういう自分に絶望し、こんなに心が狭い人間だから赤ちゃんがやってこないんじゃないだろうか、なんて思い始める、マイナスのループにはまってしまったりします。
ニュースで子どもの虐待の事件を耳にすると、なぜそんな家じゃなくてうちに来てくれないんだろう、と思います。
できちゃった婚で仕方なく結婚した、なんて聞くと、本当に本当に、いらないんだったら私にちょうだい、とさえ思うのです。
子どもができない体だとしたら、無理に望むこと自体、仏教の意に反しているんじゃないだろうかと思うことがよくあります。
思い通りにならないのが人生だと聞いているにも関わらず、思い通りにしようとしている自分がいます。
私がしていることは、はたして正しいことなんだろうか。
いくら考えても、答えは出ません…。
そもそも、ひとり授かった私がこんなコラムを書くことで、傷つけてしまう人があろうことをわかっていながら、あえて書くことも正しいのかどうか…
それでも、ひとりでも多くの方に知ってほしいとも思うんです。
子どもを授かることは、決して夫婦が「作った」結果ではないこと。
子どもは、まるで粘土細工でもするかのように「作る」ものではないってこと。
望んでいても授からない人がいて、とってもとっても苦しんでいるってこと。
もし、あまり苦労しないで妊娠出産した人がいたら、それはものすごくものすごく奇跡的なことであって、他の人もそうであるかのような、決して当たり前のことじゃないってこと。
何気ない一言で、夜も眠れないくらい傷つくことがあるってことも。
私は不妊症に悩んでいますが、きっと人にはそれぞれ、立場の違う人にはわかってもらいにくい悩みや苦しみがある。
人って、その立場にならないと本当の痛みはわかりませんね…。
私も、傷つくことばかりだと思っているけれど、本当は傷つけていることも同じくらいたくさんあるのかもしれません。
おめでとう、という言葉が、すんなり出てこない…
そういう自分に絶望し、こんなに心が狭い人間だから赤ちゃんがやってこないんじゃないだろうか、なんて思い始める、マイナスのループにはまってしまったりします。
ニュースで子どもの虐待の事件を耳にすると、なぜそんな家じゃなくてうちに来てくれないんだろう、と思います。
できちゃった婚で仕方なく結婚した、なんて聞くと、本当に本当に、いらないんだったら私にちょうだい、とさえ思うのです。
子どもができない体だとしたら、無理に望むこと自体、仏教の意に反しているんじゃないだろうかと思うことがよくあります。
思い通りにならないのが人生だと聞いているにも関わらず、思い通りにしようとしている自分がいます。
私がしていることは、はたして正しいことなんだろうか。
いくら考えても、答えは出ません…。
そもそも、ひとり授かった私がこんなコラムを書くことで、傷つけてしまう人があろうことをわかっていながら、あえて書くことも正しいのかどうか…
それでも、ひとりでも多くの方に知ってほしいとも思うんです。
子どもを授かることは、決して夫婦が「作った」結果ではないこと。
子どもは、まるで粘土細工でもするかのように「作る」ものではないってこと。
望んでいても授からない人がいて、とってもとっても苦しんでいるってこと。
もし、あまり苦労しないで妊娠出産した人がいたら、それはものすごくものすごく奇跡的なことであって、他の人もそうであるかのような、決して当たり前のことじゃないってこと。
何気ない一言で、夜も眠れないくらい傷つくことがあるってことも。
私は不妊症に悩んでいますが、きっと人にはそれぞれ、立場の違う人にはわかってもらいにくい悩みや苦しみがある。
人って、その立場にならないと本当の痛みはわかりませんね…。
私も、傷つくことばかりだと思っているけれど、本当は傷つけていることも同じくらいたくさんあるのかもしれません。
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