カリスマ
- 2010年05月06日(木) 文:kensho
- 仏声人語
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まど・みちおさんを知っていますか?
「ぞうさん」「いちねんせいになったら」などの童謡の作詞家で、最近の詩が新聞に紹介されていました。
タイトルは『う〜む』
「日本と・・・/ウズベキスタン/とのサッカー戦は/1対1だったが/TVなどでも/勝った勝ったと/その場面を/やたらやるばかり/でとうとう/いつ負けたんや/ワカラズじまいで/こんな年寄りは/軍国主義という/言葉を思い出す」
サッカーの放送が特に問題だということではなく、何に限らず私たちは、うまくいったことや勝ったこと、成功に目を奪われ、何度も反芻したくなります。
「ぞうさん」「いちねんせいになったら」などの童謡の作詞家で、最近の詩が新聞に紹介されていました。
タイトルは『う〜む』
「日本と・・・/ウズベキスタン/とのサッカー戦は/1対1だったが/TVなどでも/勝った勝ったと/その場面を/やたらやるばかり/でとうとう/いつ負けたんや/ワカラズじまいで/こんな年寄りは/軍国主義という/言葉を思い出す」
サッカーの放送が特に問題だということではなく、何に限らず私たちは、うまくいったことや勝ったこと、成功に目を奪われ、何度も反芻したくなります。
その反映か、うまくいった人や成功例がもてはやされ、それを持つ人を「○○のカリスマ」「カリスマ○○」と呼んでテレビや雑誌でたくさん紹介されて、株式投資から美容師、主婦や子育てまでカリスマがいます。さすがにカリスマ僧侶は聞きませんが。
それらを見ていると、なるほどと思い、そうだったのかと気づかされ、最後は「あ〜あ、失敗した」となります。でも失敗や間違いだらけの子育ての結果、だめな人間ばかりになったでしょうか。
むしろ親の失敗の連続をよく超えて、子どもたちは育っているとも思うのです。
カリスマの子育て通りにしたら、すばらしい人になり、成功した方法通り行えば、全てうまくいき、そしてうまく終わるのでしょうか。それだけなら、うまくいかないことをいっぱい抱え、先がわからない不安もたくさんあって、失敗を経験し、他人の悲しみや痛みがわかり、共感し、支え合う世界は開かないでしょう。他人の失敗をわらう、孤高の存在にわたしたちはなりたいのでしょうか。
それらを見ていると、なるほどと思い、そうだったのかと気づかされ、最後は「あ〜あ、失敗した」となります。でも失敗や間違いだらけの子育ての結果、だめな人間ばかりになったでしょうか。
むしろ親の失敗の連続をよく超えて、子どもたちは育っているとも思うのです。
カリスマの子育て通りにしたら、すばらしい人になり、成功した方法通り行えば、全てうまくいき、そしてうまく終わるのでしょうか。それだけなら、うまくいかないことをいっぱい抱え、先がわからない不安もたくさんあって、失敗を経験し、他人の悲しみや痛みがわかり、共感し、支え合う世界は開かないでしょう。他人の失敗をわらう、孤高の存在にわたしたちはなりたいのでしょうか。
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