自我⇔我執
ああもう。
ぐうの音も出ませんでした。
子どもにも、夫にも、職場でも、友達にも。
私の口から出るのは、批判とか注意とか愚痴ばかりで、なんでも自分の思い通りにしようとする気持ちのあらわれ。
それは正義でも何でもなくて、思い通りにならないことを怒ってるだけの、自分一人が正しいと思い込んでいるだけの、我執。
自我というものは、人間にとって、とても大事なものではあるけれど、それが行き過ぎると我執となるのですね。
そのバランスを、お釈迦様は「中庸」と言われたのかしらん。
これを言われてからというもの、「正義じゃなくて我」の言葉が、常に頭の中をぐるぐる回っています。
ちょっとだけ、何か言おうとするときに、吟味するようになりました。
進歩進歩。
ありがたいありがたい。
ぐうの音も出ませんでした。
子どもにも、夫にも、職場でも、友達にも。
私の口から出るのは、批判とか注意とか愚痴ばかりで、なんでも自分の思い通りにしようとする気持ちのあらわれ。
それは正義でも何でもなくて、思い通りにならないことを怒ってるだけの、自分一人が正しいと思い込んでいるだけの、我執。
自我というものは、人間にとって、とても大事なものではあるけれど、それが行き過ぎると我執となるのですね。
そのバランスを、お釈迦様は「中庸」と言われたのかしらん。
これを言われてからというもの、「正義じゃなくて我」の言葉が、常に頭の中をぐるぐる回っています。
ちょっとだけ、何か言おうとするときに、吟味するようになりました。
進歩進歩。
ありがたいありがたい。





