抜歯ング。
- 2010年08月24日(火) 文:キッスィ
- 仏声人語
- comments(0)
つい数日前、大きな行事が終わりました。
浄土真宗では、親鸞聖人が亡くなって750回目の法事としての事業が本願寺をはじめ、あちこちで行われています。その事業がうちの地域でも行われました。
午前中にお勤め・講演、午後は広島音楽高校によるミュージカル「しんらんさま」の上演をやったのですが、ボクの係はお勤めの出勤と駐車場整備でした。
お勤めは、ボクの独吟(独りで称えるお勤め)から始まるので、それはそれは緊張しましたよ。
だってね。学生の時にカラオケ行ってもあまりに下手すぎて、友だちに「音楽停止」ボタン押された経験ありなボクですよ。そんなボクが独りで、しかもお勤めのスタートを飾るだなんてありえない話なんです。
そりゃー練習しましたよ。2日前から。もっと練習すればいいんだけど、苦手なだけに後回しにしてました。この時期・・・夏休みの宿題と一緒っすね。
その時に実はもう一つ気になることを抱えてました。
本番3日前くらいから親知らずが痛み出したのです。この痛みって経験した人でないと分かんないでしょう!めっちゃ痛いですよね。なーんにも手に付かないほど痛いんです。
痛み出してからすぐ歯医者行けばよかったんだけど、なんせ↑のイベントの直前。痛み止めを飲みながらの準備でした。
また痛み止めが効いてる時はいいんだけど、効果がなくなってくると、またジンジンするんです。ボク以上に他のスタッフの方が大変なので、正直痛みは隠してました・・・。
そして。イベント終わった次の日、朝一で歯医者に行きました。
そしたら、痛む親知らずはもちろんだけど、その他2本の親知らずも虫歯になっているとのこと。
・・・3本抜くんすか?
これから3本!それに伴ってその何倍も歯医者に通うとなると、気が重くなってきました。
それにしても歯痛って、尋常ではないですよね。歯が痛いだけでこんなにも生活に支障が出るものかとびっくりでした。
普段歯痛もなく、病気もせず生活しているということは、どれだけありがたいことなのか。それをしみじみ思いました。
何気なく一日が始まり、何気なく一日が終わっていくかもしれない。でも、今日一日体の心配もせずに過ごせるってホントになかなか有ることが難しいことなのでは・・・。
布教の師匠が言ってたのを思い出しました。
仏教では生老病死を説く。生まれ・老いていき・病気になり・亡くなっていく。これが現実です。
でも、以下のことに当てはまらないなら、仏法を聞く必要はありません。
\犬てない人。
一秒も老いていない人
I賊,砲かったことがない人。
い垢任頬瓦なっている人。
ということは、仏法を聞く必要がない人はいないっちゅうことです。
私たちは生老病死に逆らって生きてはいけない。その中でどう生きるかが大切なんでしょうな。
何気なく過ごしていて当たり前だと思うことは、実はすっごくありがたいことで、すばらしい一日だと。それを歯痛から学びました。
抜歯なんてやだー、歯医者なんて嫌いだーとかバッシングするのではなく、素直に抜歯ングすることを受け入れていこうと思いました。





