鈴虫
- 2010年08月31日(火) 文:tatsuya
- 仏声人語
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この季節になると聞こえてくる鳴き声があります。それは、秋の風物詩・鈴虫の鳴き声です。我が家では、数年前から鈴虫の飼育を始めました。この季節になると鈴虫たちが大合奏が始まります。正確に言うと、羽根と羽根をすりあわせて音が出ているのですが。この鈴虫の鳴き声を聞くと温かい気
持ちになります。
持ちになります。
我が家の鈴虫の鳴き声は↓
皆さん鈴虫の一生をご存じですか?
【鈴虫の一生】
11月頃 土の中に卵として生まれる
6月頃 孵化して成虫になる。
8月頃 大きくなり鳴き始める
10月頃 新しい卵を残して、死んでいきます。
鈴虫の音色を聞かせてくれるのは2ヶ月。卵から孵化して成虫になり、2ヶ月で死んでしまいます。いつまでも鳴き続けるのではなく、鳴き声が聞けるのはたった2ヶ月。限られた時間。だからこそ、鈴虫の鳴き声を聞くと、秋を感じると共に、感傷的な気持ちになります。この鳴き声が聞こえなくなったら冬がやってきます。
仏典の言葉に「惠蛄(けいこ)春秋を知らず」という言葉があります。
これは、『往生論註』(曇鸞大師)の八番問答の最後に、『荘子』の言を引用している箇所にあり、「セミは夏の日に地上に現れて、ミーンミーンと精一杯鳴いて死んでゆく。だから、春や秋という季節を知らない。そのことはまた、夏という季節をも知らないこと」という意味です。
日本には四季があります。四季があるからこそ、それぞれの良さを教えられます。
夏の暑さがあるから秋の良さを知り、冬の寒さがあるから春の良さを知ります。
他を知る事で、新しく見えてくる世界があります。
まさしく人間の命もそうです。
私達は当たり前に今日を生きて、そして必ずみんな命を終えていく日がやってきます。
仏教では、そんな私のいのちを「生死一如」と説きます。
生と死は別々にあるものではなく、コインの裏表みたいなものなんだと。
死を通してこそ、本当の生(生きる)ということが見えてくるのだ。
終えていく命と知るからこそ、当たり前に生きている今を大切に生きなければと思わされます。。
今日も又、鈴虫たちの説法の声が聞こえてきます。
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