腕立て伏せと読書と
- 2010年09月07日(火) 文:kensho
- 仏声人語
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突然ですが私の日課は、腕立て伏せと読書です。
どんなに仕事や飲み会で遅く帰ろうと、必ず腕立て伏せと読書は済ませてから寝ます。
なぜかって?!それはわかりません。
自分に課したルールのようなものでしょう。
私は2冊同時進行で本を読んでいるのですが、組み合わせは小説とそれ以外の参考書若しくは知識本です。
小説と小説の組み合わせは、ストーリーが混同するのでさけます。
読書で最近、職場の上司から紹介して頂いた本があります。
『葉桜の季節に君を想うということ』歌野昌午。
ミステリー小説ですが、生半可なミステリーではないです。
凄いです!!
文体が読みやすいというのもありますが、話の展開が他で呼んだ小説とスケールが違います。ネタバレになるので内容は避けますが。
要はいかに自分の主観で物語をとらえ消化していたか、終盤でよくわかります。
私たちの生活でも同じ事が言えます。
いかに自分の都合で物事を見て判断し、そして自ら迷いの世界を作り巡っているか。
わかっていながらなかなか難しいことです。
念仏の生活とは、どういったことなのか。
それは、気付かなかったことに気付いていける、狭い範囲で固定的に物事を考えていたことが、揉みほぐされていく世界が開けてきます。
立ち止まった時、自分視点ではなく仏様視点で見ることで、自分自身が開かれてきます。
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