紙とCDとお坊さん
- 2010年09月13日(月) 文:kenyou
- 仏声人語
- comments(1)
みなさんメリシャカ。
暑かった夏も、ようやく終わりが見えて秋の気配がしてきましたね。
さて今回は、紙とCDとお坊さんについてのおはなし。
8月22日、時代を象徴するかのような出来事が一つありました。
それは、HMVという大手のCD販売店の旗艦店とも言える渋谷店が閉店したことです。
暑かった夏も、ようやく終わりが見えて秋の気配がしてきましたね。
さて今回は、紙とCDとお坊さんについてのおはなし。
8月22日、時代を象徴するかのような出来事が一つありました。
それは、HMVという大手のCD販売店の旗艦店とも言える渋谷店が閉店したことです。
私も東京に出た際には何度か足を運んだことがあるお店で、地方では手に入らないようなCDもたくさん揃っていて、時間を忘れてCDを物色したものです。
都会のど真ん中にあって、大きな店構えで、豊富なCDがある、そんなHMV渋谷店が閉店してしまうということは、にわかには信じられませんでした。
けれども、私の住む石川でチェーン展開していたCDショップも数年前に潰れていたりと、インターネットでの音楽配信や、携帯の着メロという新しい音楽の流通システムの発達によってCD離れが起こってきているのは、事実でありましょう。
レコードがCDにとって変わったように、CDも音楽配信にとって変わりつつある。
HMV渋谷店の閉店は、そういう時代の変化を象徴している出来事であったと思います。
そしてもう一つ、8月27日の新聞に、「紙があって、よかった」という新聞広告が全国一斉に掲載されました。紙の価値を再認識して欲しいという想いのもとに掲載された広告だったようですが、新聞にわざわざなんでこんな広告が載ったのか、少し疑問に思いました。
しかしよくよく考えれば、これもCDと同じ事情がありそうです。
最近、iPadやiphone、kindleといったモバイルの電子機器が相次いで発売され、書籍の電子化が進みつつあります。新聞も、紙という媒体ではなくそういった電子機器を用いて読めるようになってきました。
私もこの夏iPhoneを購入しました。そのアプリの一つには、産経新聞が無料で読めるというアプリがあって、ウチでは産経新聞をとっていないので、時折、それを活用しています。知り合いのiPhoneユーザーは、もう小説などの書籍も、iPhoneで読んでいると話しておりました。
先程の広告も、おそらくそういう現状において出された広告であると思うと、納得ができます。
情報のやりとりというものも、紙という媒体から、モバイル機器を用いて、デジタルデータのやりとりで行われるようになってきていて、書籍すらも、携帯電話と変わらない大きさのモバイルで読めるようになってきている。おそらくこの流れはこれからますます進んでいくことでしょう。
この世は諸行無常。次々と新しい技術が生み出され、古いものは淘汰されていきます。DVDの出現でVHSが廃れたように、CDという音楽を私たちに届けてくれる媒体も、紙という情報を私たちに届けてくれる媒体も、その役割を終えつつあるのかもしれません。
それは手に入りやすく便利になる反面、CDという「物」が好きだったり、「まこと」という本願寺派の仏教青年連盟の機関誌の発行に携わる身としては、少し寂しい気もいたします。
しかしその問題は、私にはなぜか他人事のようには思えませんでした。ひょっとしたら、お坊さんも、お寺も、今まさにCDや紙が置かれる立場と同じようなところにいるんじゃないか、という気がしたのです。
CDも紙も、音楽や文字を伝えるための、媒体であるならば、お坊さんやお寺も、仏教を伝えるための一種の媒体と言えるのでしょう。
CDや紙は、モバイル機器という新たな媒体に変わりつつあります。
言い換えれば、CDも紙もこの先必要とされる機会が減るということです。
そしてお坊さんやお寺も、今、同じように必要とされなくなりつつある、そんな現状にあるのではないでしょうか。
ただ、CDや紙には、代わりとなるものが出てきました。
それはつまり、伝えるべき中身である「音楽」や「文字による情報」というものは、伝わる形こそ変わりますが、きちんと伝わるということです。むしろ、より伝わりやすくなるというメリットだってあるわけで、決して悲観的なことではないのかもしれません。
ではお坊さんやお寺は、なにに代わってゆくのでしょうか?
もし代わりとなるものがない状態のまま、お坊さんやお寺が廃れてしまえば、その伝えるべき中身、「仏教」が伝わりにくくなってしまいます。お坊さんもお寺も単なる媒体に過ぎませんから、それが廃れたり他の媒体に代わるのは大した問題ではなくとも、伝えるべき中身である仏教が廃れてしまうというのは由々しき問題ではないでしょうか。
しかし逆に考えれば、代替となるべき媒体がないのであれば、まだまだお坊さんやお寺の活動次第、頑張り次第で、その必要性は改善される可能性がある、ということでもあると思います。
ですから、新聞広告ではありませんが、「仏教があって、よかった」と一人でも多くの人に思っていただけるように、お坊さんも一人一人がしっかりと精進しつつ、いろいろなやり方を取り入れながら、仏教を伝える役割を果たしていかねばなりませんね。
都会のど真ん中にあって、大きな店構えで、豊富なCDがある、そんなHMV渋谷店が閉店してしまうということは、にわかには信じられませんでした。
けれども、私の住む石川でチェーン展開していたCDショップも数年前に潰れていたりと、インターネットでの音楽配信や、携帯の着メロという新しい音楽の流通システムの発達によってCD離れが起こってきているのは、事実でありましょう。
レコードがCDにとって変わったように、CDも音楽配信にとって変わりつつある。
HMV渋谷店の閉店は、そういう時代の変化を象徴している出来事であったと思います。
そしてもう一つ、8月27日の新聞に、「紙があって、よかった」という新聞広告が全国一斉に掲載されました。紙の価値を再認識して欲しいという想いのもとに掲載された広告だったようですが、新聞にわざわざなんでこんな広告が載ったのか、少し疑問に思いました。
しかしよくよく考えれば、これもCDと同じ事情がありそうです。
最近、iPadやiphone、kindleといったモバイルの電子機器が相次いで発売され、書籍の電子化が進みつつあります。新聞も、紙という媒体ではなくそういった電子機器を用いて読めるようになってきました。
私もこの夏iPhoneを購入しました。そのアプリの一つには、産経新聞が無料で読めるというアプリがあって、ウチでは産経新聞をとっていないので、時折、それを活用しています。知り合いのiPhoneユーザーは、もう小説などの書籍も、iPhoneで読んでいると話しておりました。
先程の広告も、おそらくそういう現状において出された広告であると思うと、納得ができます。
情報のやりとりというものも、紙という媒体から、モバイル機器を用いて、デジタルデータのやりとりで行われるようになってきていて、書籍すらも、携帯電話と変わらない大きさのモバイルで読めるようになってきている。おそらくこの流れはこれからますます進んでいくことでしょう。
この世は諸行無常。次々と新しい技術が生み出され、古いものは淘汰されていきます。DVDの出現でVHSが廃れたように、CDという音楽を私たちに届けてくれる媒体も、紙という情報を私たちに届けてくれる媒体も、その役割を終えつつあるのかもしれません。
それは手に入りやすく便利になる反面、CDという「物」が好きだったり、「まこと」という本願寺派の仏教青年連盟の機関誌の発行に携わる身としては、少し寂しい気もいたします。
しかしその問題は、私にはなぜか他人事のようには思えませんでした。ひょっとしたら、お坊さんも、お寺も、今まさにCDや紙が置かれる立場と同じようなところにいるんじゃないか、という気がしたのです。
CDも紙も、音楽や文字を伝えるための、媒体であるならば、お坊さんやお寺も、仏教を伝えるための一種の媒体と言えるのでしょう。
CDや紙は、モバイル機器という新たな媒体に変わりつつあります。
言い換えれば、CDも紙もこの先必要とされる機会が減るということです。
そしてお坊さんやお寺も、今、同じように必要とされなくなりつつある、そんな現状にあるのではないでしょうか。
ただ、CDや紙には、代わりとなるものが出てきました。
それはつまり、伝えるべき中身である「音楽」や「文字による情報」というものは、伝わる形こそ変わりますが、きちんと伝わるということです。むしろ、より伝わりやすくなるというメリットだってあるわけで、決して悲観的なことではないのかもしれません。
ではお坊さんやお寺は、なにに代わってゆくのでしょうか?
もし代わりとなるものがない状態のまま、お坊さんやお寺が廃れてしまえば、その伝えるべき中身、「仏教」が伝わりにくくなってしまいます。お坊さんもお寺も単なる媒体に過ぎませんから、それが廃れたり他の媒体に代わるのは大した問題ではなくとも、伝えるべき中身である仏教が廃れてしまうというのは由々しき問題ではないでしょうか。
しかし逆に考えれば、代替となるべき媒体がないのであれば、まだまだお坊さんやお寺の活動次第、頑張り次第で、その必要性は改善される可能性がある、ということでもあると思います。
ですから、新聞広告ではありませんが、「仏教があって、よかった」と一人でも多くの人に思っていただけるように、お坊さんも一人一人がしっかりと精進しつつ、いろいろなやり方を取り入れながら、仏教を伝える役割を果たしていかねばなりませんね。
コメント
今、渋谷の街は空室だらけ…と区役所勤務の友人に聞きました。CD離れは大きな要因でしょうが、渋谷の街自体が人の流れの変化によって衰退しているんだとか…。今、役場が率先して入居者探しをしているそうです。このデフレの中、利益と出費のバランスが取れなくなってしまったんですね。あのAmazonは定価の40%が卸値です。つまり60%が利益。これだったら、送料を考慮してもなんとかやっていけたのでしょうが…
- かっきぃ
- 2010/09/17 10:23 PM





