サークル活動。
- 2010年09月23日(木) 文:キッスィ
- 仏声人語
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久々に大学時代のことを思い出した。
僧侶になるには、浄土真宗だと龍谷大学に行くというパターンが多い。
でもボクは他の大学に行った。その時は僧侶になりたいという思いは全くなくて、とりあえず家から離れたい。それだけで真宗とは関係のない静岡の大学に行った。
大学に入学してまずするのは、サークル選びだろう。
入学式や講義始って間もなくは、入口から教室まで花道を歩くかのようにサークルの勧誘ビラをもらう。30枚以上は軽くもらった気がする。
その勧誘ビラの中から自分に興味あるものを探すのだが、同じ学科の友人と「どれにする??」なんて言いながらビラを選別していた。
その中の一枚を見て「これ面白そうじゃね?」。その一言で大学4年間のすべてが決まった。
アウトドアサークル ハックルベリー
なんとなく外で遊びたい。ただそれだけだった。
遊ぶ。実状はそんな生易しいものではなかった。
時には40キロのウォークラリー、時には富士山登頂、時にはテント道具をもって青春18きっぷで鹿児島まで行ったり。
40キロ歩いた時なんて、「なんか目的あるんですか??」と先輩に聞いても、「意味はないよ。意味ないことを一生懸命やるのがいいんだよ!」と納得できるような、できないような返答。
歩く練習も全くせず、起きて大学行くような感覚で集合場所行ったら40キロのウォークラリーだった。そんなある意味サプライズのようなサークルだった。
ウォークラリーのルールは簡単。JRで7駅ほど行き、そこから大学まで歩いて戻ってくるというもの。車に乗らなければ、途中コンビニ寄ってもファミレス寄ってもOK。そこはサークルぽい。
4年後、大学卒業する者、できずに居残る者、大学院に進学する者・・・その後はドラゴンボールのごとく、全国にサーッとあちこちに散っていった。
ボク自身は他のメンバーとは離れた京都に引っ越ししたので、それ以降はなかなか会うこともなくなった。
結局、大学時代に遊んだのは9割以上サークルのメンバー。それだけ、週1回の活動以外でも結びつきは固かったのだ、今となっては思う。
そのサークルはボクの4つ上の先輩が創設し、ボクの5つか6つ下の後輩クンまで在籍していた。だんだん個人主義の発達というか、淘汰されてというか、人数が少なくなってこのサークルは幕を閉じた。
サークルの解散式をしたのも思い出の一つである。さすがにその時は京都から駆け付けた。
サークルがずっと同じように存在するわけでないのは、口には出さないけど誰もが何となくは分かっていること。
でも、実際になくなると、静岡に行った時に自分の居場所が無くなって寂しいような、空しいような気になってくる。
たぶん同じようなサークルができてはまたなくなっていく。それを繰り返していくんだろうなぁ。
「諸行無常」とはまさにこのこと。常に同じ状態のものはなく、身の回りのすべてのことは例外なく変化していくということ。同じように見えて実は同じではない。人間が1日1秒老いているのと同じである。
同じ状態が続くわけはなく、サークルも盛り上がる時もあれば、下降気味の時もある。続行不可能になりサークルが消えてはまた新しいサークルができる。
その繰り返しの連続なのだ。自分もその中の一つにすぎない。でも、自分にとってはそれがすべてである。全体を見渡してみると、そのサイクルの一つにいたのだと後々から思うのである。
30歳手前になってから真宗を勉強するために龍谷大学の大学院に入学した。入学式の時に勧誘のビラを何枚ももらってしまった。
30手前のボクがもらってええの??と何度もココロの中で思ったが、表向き気持ちよくもらっておいた。





