ハトとタカとお釈迦様と「蒼穹の昴」のお話。
- 2010年10月02日(土) 文:るる
- 仏声人語
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お釈迦様がインドに生まれる前、つまり前世にどのような徳を積んだのか、という視点でつづられる経典がありますが、そこにハトとタカの話があります。
傷ついたハトが、シビ王いう王様の懐に助けを求めて飛び込んできました。
シビ王は助けてあげたのですが、タカがやってきて言います。
「そのハトは自分の獲物である、そのハトを食べないと自分が飢えてしまう」
そこでシビ王は、「ではハトの重さと同じ分の我が肉を与えよう」とタカに申し出ます。
けれども、どんなに肉を削いではかりに乗せても、ハトの方が重くて全くつりあいません。
最終的には、シビ王が身体ごとはかりに乗った時、同じ重さになったのです。
「では、ハトのかわりに私を食べるがいい」とシビ王は言い、後の世にお釈迦様として生まれ変わったのだ、というお話です。
傷ついたハトが、シビ王いう王様の懐に助けを求めて飛び込んできました。
シビ王は助けてあげたのですが、タカがやってきて言います。
「そのハトは自分の獲物である、そのハトを食べないと自分が飢えてしまう」
そこでシビ王は、「ではハトの重さと同じ分の我が肉を与えよう」とタカに申し出ます。
けれども、どんなに肉を削いではかりに乗せても、ハトの方が重くて全くつりあいません。
最終的には、シビ王が身体ごとはかりに乗った時、同じ重さになったのです。
「では、ハトのかわりに私を食べるがいい」とシビ王は言い、後の世にお釈迦様として生まれ変わったのだ、というお話です。
実は、先日テレビを見ていて、この話を引用した部分がありました。
そのテレビドラマは、NHKが中国と共同制作した「蒼穹の昴」というお話です。
ご存じ浅田次郎さんの原作です。
私が大好きなこの本がBSでドラマ化されるということで、とても楽しみに見ていました。
(先日、地上波でも放映が始まりました)
最終回で、このストーリーが出てまいります。
ネタバレしてしまうので申し訳ないのですが、主人公で、西太后に仕える宦官の春児(チュンル)が、自分の兄と慕う清国のエリート官僚、梁文秀の命乞いをするというシーンです。
ここで春児は西太后に、自分のいのちと引き換えに梁文秀を助けてくれ、許してくれ、と申し出るのですが、西太后は激高します。
「おまえは卑しい宦官。天下の状元(清国一のエリート)と引き換えになるわけがなかろう」と。
すると春児が、ハトとタカとお釈迦様の話をするのです。
ここでは、シビ王という名前は出てこずに、そのままお釈迦様のエピソードとして描かれていました。
そして、「このお話でわかることは、ハトとお釈迦様のいのちは等しく尊いのだということです。宦官でと天下の状元もいのちの重さは等しいはずです」と述べるのです。
ハトとタカのエピソードは、お釈迦様が前世でどれほどの徳を積んだかというところや、シビ王の徹底した私心のない布施行というものを称賛したり、他者を救うために自分のいのちを捨てるという美談として語られることが多いように思われますが、実はいのちの平等さを伝えるものであったのか、と改めて納得したのでした。
とはいえ、他者のいのちを奪ってしか生きられない私たちですが・・・
せめて、ひとつひとつがお釈迦様と同じ尊いいのちであるということを、忘れたらいかんなぁと思うのでありました。
ちなみに・・・テレビドラマの「蒼穹の昴」は原作の設定とはだいぶ違っていて・・・ん??と思うことも多々ありました。
でも、梁文秀が袁世凱に向かって権謀術数を働く時のワル顔は、かーなーり男前で思わずときめいてしまいました。笑。
中国との関係が大変気になるご時世ですが、毎週日曜日の11時、ぜひご覧くださいませ。
そのテレビドラマは、NHKが中国と共同制作した「蒼穹の昴」というお話です。
ご存じ浅田次郎さんの原作です。
私が大好きなこの本がBSでドラマ化されるということで、とても楽しみに見ていました。
(先日、地上波でも放映が始まりました)
最終回で、このストーリーが出てまいります。
ネタバレしてしまうので申し訳ないのですが、主人公で、西太后に仕える宦官の春児(チュンル)が、自分の兄と慕う清国のエリート官僚、梁文秀の命乞いをするというシーンです。
ここで春児は西太后に、自分のいのちと引き換えに梁文秀を助けてくれ、許してくれ、と申し出るのですが、西太后は激高します。
「おまえは卑しい宦官。天下の状元(清国一のエリート)と引き換えになるわけがなかろう」と。
すると春児が、ハトとタカとお釈迦様の話をするのです。
ここでは、シビ王という名前は出てこずに、そのままお釈迦様のエピソードとして描かれていました。
そして、「このお話でわかることは、ハトとお釈迦様のいのちは等しく尊いのだということです。宦官でと天下の状元もいのちの重さは等しいはずです」と述べるのです。
ハトとタカのエピソードは、お釈迦様が前世でどれほどの徳を積んだかというところや、シビ王の徹底した私心のない布施行というものを称賛したり、他者を救うために自分のいのちを捨てるという美談として語られることが多いように思われますが、実はいのちの平等さを伝えるものであったのか、と改めて納得したのでした。
とはいえ、他者のいのちを奪ってしか生きられない私たちですが・・・
せめて、ひとつひとつがお釈迦様と同じ尊いいのちであるということを、忘れたらいかんなぁと思うのでありました。
ちなみに・・・テレビドラマの「蒼穹の昴」は原作の設定とはだいぶ違っていて・・・ん??と思うことも多々ありました。
でも、梁文秀が袁世凱に向かって権謀術数を働く時のワル顔は、かーなーり男前で思わずときめいてしまいました。笑。
中国との関係が大変気になるご時世ですが、毎週日曜日の11時、ぜひご覧くださいませ。
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