生きる力
- 2011年01月30日(日) 文:tatsuya
- 仏声人語
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Mさんは、今回が初めての来日。パレスチナ自治区から日本まで、ほぼ一日かけてのフライト。日本に到着して、初めての食事は鳥料理店に行きました。「何を食べたいですか」とメニューの中から選んでもらうと、「焼きそば」がいいと。イスラム教では、豚肉を食べることが禁じられているの豚肉抜きの焼きそば。理由を聞けば、パレスチナにある料理に似ているからだそうです。ちなみに、一番お気に召したものは「餃子」のようでした。
(パレスチナの家庭料理)
さて、その会話の中で、日本についてどんな印象を抱いていたのかという話になりました。すると、日本はきれいにすべてが整い決まっていて、人と人のつながりがないという印象を持っていたという。しかし、成田空港へ到着してから、隣に座った日本人が丁寧にサポートをしてくれたので、そんなこともないのかなぁとも語ってくれた。海外から見る日本の姿である。「そうだなぁ!」とみんなで納得してしまった。思い返せば、私が初めてパレスチナに行った時どんなイメージを持っていただろうか。パレスチナと言えば、空爆・テロ・・・怖い国という印象を抱いていました。しかし、現地でであったパレスチナの人たちはみんなにこやかな笑顔で迎えてくれました。
先日、フジテレビ「ホンマでっかTV」のスペシャル番組が放送されていました。その中で、「幸せは人との関係によって生まれる!?」ということを紹介していた。例えば、ベトナムは日本人の10分の1以下の収入ですが幸福度は92%、日本人の幸福度は87%。さらには、世界14カ国の子どもを対象に行った調査で、日本の子供が世界で一番幸せを感じてないという結果が出たといいます。。日本人の幸せは物を買うこと??物を買えれば幸せ。だからお金があると幸せで、お金がないと不幸と思ってしまう。そうではなく、人との関係によって生まれる安心感がしあわせだという話でありました。お互いに支え合い・助け合う安心できる社会の中でしあわせを感じる。しあわせは獲得するものではなく、気付いていく世界ということなのです。
数年前に訪れたパレスチナの難民キャンプの人々は、親を殺され・兄弟を殺され・仕事がなく・極限に近い中で生活を送ってました。しかし、子どもたちの目は輝き、力強く生きていました。あるご家庭を訪問した時のこと。近所の人たちと一緒に食事をしました。聞けば、亡くなられた方がいらっしゃる時は、近所で食事をわけあって食べる習慣があるということでした。悲しみをともにする姿がそこにはありました。
![image5-5[1].jpg](../35f/745296/20110130_855161.jpg)
(パレスチナの子どもたち)
お釈迦様は、仏陀とも呼ばれます。仏陀とはbuddhaの音訳。意味は目覚めるということ。何に目覚めたか?真理に目覚めた。縁起の教えに目覚められたのです。それは、人は一人で生きているのではない、さまざまな関わりの中、限りのない願いの中生きている生かされているいのちであることを教えてくれます。人は一人では生きていけません。ともに手を取りあって生きる。そこに、次へ踏み出す力が生まれてくるのです。パレスチナの子どもたちが大切なことを教えてくれました。
【参考】
アーユス研修のパレスチナ旅行記について5回に分けてまとめたものです(POSTEIOSより)
(パレスチナの家庭料理)
さて、その会話の中で、日本についてどんな印象を抱いていたのかという話になりました。すると、日本はきれいにすべてが整い決まっていて、人と人のつながりがないという印象を持っていたという。しかし、成田空港へ到着してから、隣に座った日本人が丁寧にサポートをしてくれたので、そんなこともないのかなぁとも語ってくれた。海外から見る日本の姿である。「そうだなぁ!」とみんなで納得してしまった。思い返せば、私が初めてパレスチナに行った時どんなイメージを持っていただろうか。パレスチナと言えば、空爆・テロ・・・怖い国という印象を抱いていました。しかし、現地でであったパレスチナの人たちはみんなにこやかな笑顔で迎えてくれました。
先日、フジテレビ「ホンマでっかTV」のスペシャル番組が放送されていました。その中で、「幸せは人との関係によって生まれる!?」ということを紹介していた。例えば、ベトナムは日本人の10分の1以下の収入ですが幸福度は92%、日本人の幸福度は87%。さらには、世界14カ国の子どもを対象に行った調査で、日本の子供が世界で一番幸せを感じてないという結果が出たといいます。。日本人の幸せは物を買うこと??物を買えれば幸せ。だからお金があると幸せで、お金がないと不幸と思ってしまう。そうではなく、人との関係によって生まれる安心感がしあわせだという話でありました。お互いに支え合い・助け合う安心できる社会の中でしあわせを感じる。しあわせは獲得するものではなく、気付いていく世界ということなのです。
数年前に訪れたパレスチナの難民キャンプの人々は、親を殺され・兄弟を殺され・仕事がなく・極限に近い中で生活を送ってました。しかし、子どもたちの目は輝き、力強く生きていました。あるご家庭を訪問した時のこと。近所の人たちと一緒に食事をしました。聞けば、亡くなられた方がいらっしゃる時は、近所で食事をわけあって食べる習慣があるということでした。悲しみをともにする姿がそこにはありました。
![image5-5[1].jpg](../35f/745296/20110130_855161.jpg)
(パレスチナの子どもたち)
お釈迦様は、仏陀とも呼ばれます。仏陀とはbuddhaの音訳。意味は目覚めるということ。何に目覚めたか?真理に目覚めた。縁起の教えに目覚められたのです。それは、人は一人で生きているのではない、さまざまな関わりの中、限りのない願いの中生きている生かされているいのちであることを教えてくれます。人は一人では生きていけません。ともに手を取りあって生きる。そこに、次へ踏み出す力が生まれてくるのです。パレスチナの子どもたちが大切なことを教えてくれました。
【参考】
アーユス研修のパレスチナ旅行記について5回に分けてまとめたものです(POSTEIOSより)
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